ある少年の告白

 稀咲に銃口を向けられ、全く恐怖を感じないかと問われたらンな事はねぇ。死ぬのは怖いし、やり残した事だって沢山ある。タケミっちへの情に流されず早いとこ稀咲の情報を刑事に渡しとくんだったなぁ、とか、そもそも何で稀咲に酒を勧められた時にもっと注意深く動けなかったんだ、とか。いつだったか、酔っぱらった珠綺さんが「場地は詰めが甘かった」って零してた時があったっけ。スイマセン、オレも同じみたいです。
 ……あー、悔しいなぁ。12年経ってこんな近くにいても、結局オレは珠綺さんの1番にはなれなかった。珠綺さんは最後までオレが珠綺さんに抱く感情は場地さんに対するソレと同じだと思ってたんだろうな。まぁ、それを分かってて否定しなかったオレが悪いんだけど。オレ自身、珠綺さんを憧れの目で見てたのか、それとも恋愛対象として見てたのか分からなくなっちまってたんだ。だけど、さっきあの人の頭が吹っ飛ぶ映像を見せられて、今更だけどようやく今まで持っていた疑問に終止符を打つ事が出来た。そうだ、オレは場地さんのあの一件がある前からあの人に惹かれてたんじゃねぇか、って。乱暴な口調も、すぐ手が出ちまうトコも、1人で突っ走っちまうトコも、全部全部愛おしいって思ってただろうが。



「ちゃんと伝えとくんだったなぁ……」



 12年前のオレ、自信を持て。オレが好きになった人はスゲェ良い女だぞ。好きな人の為にがむしゃらになれる最高の女。もし、あの時自信を持って自分の気持ちを口に出来てたなら何か変わったのかなぁ?……ま、そんな事思ったってもう遅い。あの世があるなら、話は別だけどな。





* * *





「千冬…オレ…っ、オレ未来から来たんだっ」



 前々からタケミっちは突拍子もねぇ事をやるヤツだとは思ってたけど、今日の発言は過去一じゃないか?思い返してみたら東卍オレらと関わるようになったのもいきなりだった。愛美愛主との抗争についてマイキー君が招集をかけた集会にひょっこりと現れたのが始まり。妙に珠綺さんに馴れ馴れしい態度を取ってたからよく覚えてる。……別に妬いてるとか、そんなんじゃねーからな。



「は……?何言ってんだオマエ?未来から来た=H」

「えっと……その…」



 戸惑った顔をしながらもタケミっちの口はからはオレの知らない未来話やこれまでの経緯がどんどんと出て来る。何で東卍に入ったのか、何で未来と過去を行き来してんのか、未来の東卍がどうなってて、オレらがどうなっちまうのか。普通なら「そんなSF漫画みたいな事ありえねーだろ」って笑い飛ばすとこなんだろうけど、今までのタケミっちの言動を考えると「確かに」と納得せざるを得ない事が幾つもあった。



「オレ…死ぬんだな…」



 12年後、稀咲に頭撃たれて。



「……………なんちゃって。冗談だよ、冗談!」



 ハッと我に返ってタケミっちが手をバタつかせるけども遅ぇ。オレの中でタケミっちのバカみたいな発言がしっくりきちまったんだから。



「……何となく気付いてた」

「……え?」

「考えてみりゃあオマエは変なトコが多いし、いつもと雰囲気が違う時があったし」

「……それは…えっと…」



 可笑しいと思ったんだ。芭流覇羅との抗争前に場地さんと陸橋で話した時、タケミっちは別れ際に場地さんに向かって「死なないで」と言った。あの時は随分大袈裟な事言うヤツだって思っただけだったけど、コイツが未来の事を知ってたのだとしたら辻褄が合う。タケミっちは知ってたんだ。あの日、場地さんの身に何が起こるのかって。



「……知っていたのに止められなかった。場地さんを救えたのに…」

「すげぇな、オマエ」

「え?」

「1人で戦ってたんだろ?誰も褒めてくんねぇのに……胸張れよタケミっち。大事なのは結果じゃねぇ!誰も見てねぇのに逃げずに戦った。オレはオマエを尊敬する」



 オレの脳裏を過ったのは、今この場に居ないあの人の影だ。数日前の集会でマイキー君に黒龍との関係と咎められた珠綺さんは、表情一つ変えずに自分が黒龍に入るって事をその場で宣言した。大方、伍番隊の奴らがマイキー君に告げ口したんだろう。



「そうだ……オレ、オマエに聞きたい事があって。何で珠綺ちゃんは黒龍なんかに行ったんだ?」

「……珠綺さんが言うには数か月前から誰かにストーカー・・・・・されてて、それを解決する為に黒龍の九井の手を借りた代償だって」

「ストーカー?」



 あくまでも珠綺さんの言葉を信じるなら、だけどな。そう付け加えて、オレは話を続ける。



「相手は珠綺さんの行きつけのネイルサロンにも出入りしていて、珠綺さんを待ち伏せる為に予約情報とかも手に入れていたらしい」

「………」



 タケミっちは無言で顎に手を当てて何かを考え込んでいる。コイツなりに何か思い当たる事でもあったんだろうか?



「……そんな事があったなら、何でマイキー君達に相談しなかったんだろう…?」

「芭流覇羅や場地さんの事で手一杯だった時だったから言い出せなかった。それに、ストーカーくらい暴走族を潰すのよりも簡単だと思った。それが珠綺さんの言い分だ」

「確かに、珠綺ちゃんくらい喧嘩が強ければ自分で何とか出来ちゃうかも」

「黒龍は金≠ナ暴力≠売るチームだ。当然、珠綺さんも代償を要求される。だけど、珠綺さんはそこらの奴らと違って腕が良い。だから、黒龍の奴らは対価として珠綺さんが黒龍の一員になる事を要求した」



 珠綺さんの強さを考えりゃ可笑しな話ではねぇ。腕っぷし自慢が集まる東卍の中でも珠綺さんはドラケン君に次ぐくらいの実力の持ち主だ。後ろに東卍マイキー君がいたせいで手出しが出来なかったんだろうが、彼女を欲しがるチームなんて山ほどあるに違いねぇ。



「……でも、オレは珠綺さんが黒龍に行った理由は場地さんと同じだと考えてる」

「場地さんと同じ……って事は、稀咲の尻尾を掴む為?」

「ああ。だって可笑しいだろ?珠綺さんはマイキー君の見方だって言ってたのに……。そんな珠綺さんがつまらねぇ理由で黒龍の特服を着るなんて考えらんねぇ!」



 神社でマイキー君と向き合って、珠綺さんは淡々とした口調で話し続けた。



「これは自分の問題だ、お前らには関係ねぇ」

「金輪際、東卍と関わるのはやめる」

「覚えておけ。黒龍ウチ東卍お前らでヤる事になった時、お前らは私の敵だ」



 周りには東卍の連中しかいないってのに臆する事無くそう言い切れるのは流石としか言いようが無かった。珠綺さんは東卍のメンバーでもねぇし、マイキー君の彼女でもねぇ。誰も、彼女に文句を言う事なんて出来ない。東卍の特服を着た連中を掻き分けて石段を下りていく珠綺さん。珠綺さんは一度も振り返る事は無かったし、マイキー君もそれを止める事はしなかった。



「マイキー君は何も言わなかった……いや、言えなかったんだと思う。あの時のマイキー君は東卍の総長だったから、私情を挟むべきじゃねぇって思ったのかもな」

「そんな……それじゃあ、2人はずっとこのまま……」



 タケミっちの言う未来がホントなら、マイキー君が変わった理由の1つは間違いなく珠綺さんの存在がデカい。本人は隠してるつもりなのかもしれないけど、珠綺さんが居なくなってからマイキー君はボーッとしてる事が増えた気がする。集会が終わると誰かを探すようにキョロキョロしたり、不意に携帯を開いて何もせずに仕舞うトコも何度か見た。このままじゃダメだ。これ以上隙を見せればそれこそ稀咲の思うつぼになっちまう。



「そういえば………千冬、オマエ珠綺ちゃんの事が好きだったんだな?」

「………へ?」

「オレが見た未来だと、珠綺ちゃんがオマエと結婚しててさ」



 その事を知った場所が場所だったから、詳しい事は聞けなかったんだけど。タケミっちは呑気にンな事言ってるけど、脳内に宇宙が広がってるオレの耳には生憎少しも入ってこない。誰が、誰と結婚してるって?珠綺さんが、オレと?



「はぁぁああッ!?」



 ここが住宅街じゃなくて良かった。そうじゃなかったら罵声が飛んできたかもしれねぇ。口を鯉みてぇにパクパクさせてると、タケミっちが「あ」と呟いて拳をポンッと叩いた。



「そっか、今好きだとは限らねーか。未来で一緒に行動するようになって……ってのも考えられるし」

「〜〜〜〜ッ!!!バカか!?未来のオレは稀咲を潰す為に珠綺さんと手を組んでるんだろ?だったら偽装結婚かもしんねぇじゃんか!!」

「え、何でそんな必死になってんだよ……」



 そりゃ必死にもなるわ!オレの気持ちなんて誰にも言った事がねぇのに!!……それに、オレ自身自分の気持ちが分からなくなりつつある。場地さんが死んでから、オレは珠綺さんに場地さんの影を重ねる事が多くなった。珠綺さんが神社を去って行った時もそうだ。芭流覇羅に行くって石段を下りていく場地さんの光景が頭から離れねぇ。オレはホントに珠綺さんの事が好きなのか、それとも場地さんに似てる珠綺さんに憧れてるだけなのか、自分の気持ちに全く自信が持てねぇんだ。



「……偽装結婚…か。それは思いつかなかったなぁ…」



 うんうんと頷くタケミっちを見てホッと方を撫で下ろす。良かった、コイツが単純で。……第一、珠綺さんがマイキー君以外の男を好きになるなんて有り得ねぇよ。12年経っても稀咲を追っ掛けてるのが良い証拠だろうが。



「んー……だけどさ」

「何だよッ!?」

「いくら場地さんの為だったとして、千冬は好きでも無い人と結婚出来るのか?」



 ………こんな時ばっか頭冴えててどうすんだよ。恨みがましく睨んだところで、タケミっちは首を傾げるだけ。タケミっちからしてみりゃ疑問に思った事を口にしてるだけだから悪気も何もねぇんだろう。



「……どうだろうな。死ぬ気で稀咲の事を追い詰めたいと思ってたら、そうするかもな」



 そう言うと、「千冬は大人だな」って感心したように返された。バカ、大人なのはオマエだろーが。見た目はオレとあんま変わんねぇから敬うつもりは全くねーけど。
 ……だけど、そうだな。それは相手が珠綺さんだからかもしれねぇ。珠綺さんだから、例え偽物の関係だったとしても夫婦でいたいと思ったんだろう。



「あれ?それって……」



 急に黙り込んだオレに「どうした?」ってタケミっちが不思議そうな顔をしている。ありがとな、タケミっち。オレ、ちゃんと答えが出てたんじゃねーか。



「オレ、ちょっと行くとこ思い出した」

「え!?ココに置いてけぼりとかやめてくれよッ!?」

「ハハ、ンな無責任な事しねーよ」



 悔しいけど、タケミっちのお陰で自信持つ事が出来たんだからな。





* * *





「………何だよ、用事って?」

「急に呼び出してすいません」



 公園の中を流れる池に掛けられた橋の上で、珠綺さんはダルそうに手摺に背中を預けた。流石にプライベートであの白い特服を着る事はしないらしい。ダボダボのパーカーにタイトなGパン。ラフな格好が好きな珠綺さんらしい服装だ。そういえば、今珠綺さんに言った言葉、芭流覇羅との抗争前日に場地さんを呼び出した時に言ったソレと全く同じだ。なんつーか、何から何まで珠綺さんは場地さんに似てるんだな。そう思うと少し笑いが込み上げてきた。



「あんだけしつこく電話されたらなぁ……今後は無ぇと思え」



 1度や2度の電話じゃ会ってくれないのは覚悟の上だった。小一時間、執念深く鬼電し続けてようやく繋がった珠綺さんに「話がある」って無理矢理約束を取り付けると、都内のビジネスホテルに迎えに来いって指示をされた。



「家、帰ってないんですね」

「……まぁな。あの家の合鍵、渡したままなんだよ」



 誰に、なんて言わなくても相手は分かってる。



「ま、もう来る事もねぇだろーけどな」

「………ドラケン君に聞いた話だと、昨日も一昨日も、マイキー君も家に帰ってないみたいですよ」

「……ふーん」



 じゃあ、ホテル住まいに切り替えて正解だったな。珠綺さんは「ハッ」と笑って吐き捨てるようにそう言った。



「前も言ったけど、私はまどろっこしいのは好きじゃねーんだ。要件を聞いたらさっさと帰らせてもらう」

「はい、分かってます」



 オレの言葉に珠綺さんの目付きが鋭くなる。深く息を吸って、ゆっくり吐いて。1歩、2歩、3歩と彼女に近付いて、それから真っ直ぐにビー玉みたいな目と視線を合わせた。



「オレ、珠綺さんの事が好きです」

「………………………え?」



 分かりやすく表情を崩す珠綺さん。さっきまでピリッとした顔付きだったのに……久しぶりにこんな珠綺さんを見れたのは役得でしかない。



「………ちょっと待て千冬、お前何言ってんだ?」

「珠綺さんに告ってます」

「いや、違ぇ………ん?違くないのか?や、そーじゃなくて……」

「オレ、珠綺さんが好きッス」

「それはもう聞いた!ちょっと黙ってて!」



 珠綺さんは頭を抱えて「あー」とか「うー」とか唸り出した。きっと、オレが「黒龍を抜けろ」とか「オレも手伝う」とか言い出すと思ってたんだろうな。勿論それを言いたいのも山々だが、今日の目的はそれじゃねぇ。



「……お前、私を場地と勘違いしてねぇか?」

「確かに場地さんの事は今でも尊敬してますけど、場地さんと付き合いてぇって思った事はありません」

「いや、そりゃそーだろーけど……」

「口が悪ぃトコも、すぐ手が出ちまうトコも、何でも1人で突っ走っちまうトコも、全部好きッス」

「……ん?私、バカにされてねぇ?」



 バカにするなんてとんでもねぇ!それが珠綺さんの良いトコでしょう?



「珠綺さんの1番がマイキー君でもいい。オレを見てくれなくてもいい。でも、このまま気持ちを伝えられずに終わるのは嫌だと思ったんです」



 未来のオレが珠綺さんの事をどう思ってるかなんて知った事じゃねーが、少なくともオレは偽装とはいえ好きでもねぇ女と結婚出来るような懐は持ち合わせていない。結婚するなら自分が好きになった人と、出来れば幸せな家庭を築いていたいと思う。でも、もしそれが叶わないのなら、せめて好きな女を支えるヒトでいる事は出来るだろう。



「多分、今言わないと一生後悔する。だから、今日伝えるって決めたんです」



 ポリポリと指でかいてる頬が少し赤い気がするのは寒さのせいでも掻きすぎたせいでもないよな?珠綺さんは「そっか」と呟いて、スゥッと息を吸った。



「………ありがとな。そう言って貰えて嬉しいよ。まぁ、なんつーか……意外ではあったけど。お前の好きなタイプって、どっちかってーとヒナちゃんみたいな子だと思ってたから」



 確かにタケミっちの彼女は可愛いとは思うけど……。微妙な顔をしたオレを見て、珠綺さんは「ブハッ」と吹き出した。



「悪い悪い。ホントに意外だったんだって。お前、私に場地を重ねてただろ?アイツが死んでから特に……だから、お前が私を見てる時は場地を見てるんだって思い込んでた」

「う゛……」



 その事に関しては否定は出来ねぇ……。



「アイツと似てるって思われんのはなんか癪だけど……まぁいいや。」



 そう言って、珠綺さんはゆっくりとオレに頭を下げた。



「気持ちは嬉しいけど、私はそれに応える事は出来ない。ごめんな」

「え、頭上げてくださいよ。オレは別にー……」



 あわよくば、って気持ちが無かったとは言わないけど、これは分かりきってた事だ。



「珠綺さんの1番は、やっぱマイキー君ですか?」

「……そうだな。ムカつくけど、私には万次郎しかいなかったよ。今までも、これからもな」



 久しぶりに見た笑顔の珠綺さんは凄く綺麗で、見ていて悲しくなるくらいだった。



「……ありがとうございました、聞いてくれて」

「お礼言われるような事はしてねぇよ……あの鬼電の事は許してねーけどな」



 ギロッと睨まれて思わず背筋がピンッとなる。でもそんな強ばった表情もすぐに解けて、珠綺さんはポケットから何かを取り出してオレの手に握らせた。



「これは……?」

「場地の形見におばさんに貰ったんだ。お前に預けとく」

「え?」

「要らなかったら捨てろ。必要だと思ったら使え」



 風邪引かねぇうちに帰れよ。そう言うと、珠綺さんはオレが「送る」と言う間も与えずにさっさと暗闇へ消えて行っちまった。渡されたモンが何だったのかと掌を緩めると、街灯に照らされたのは見た事のある折畳み携帯電話。



「……コレ、場地さんの携帯だ」



 何度も落としたのか所々塗装がハゲてるのが何ともあの人らしい。フーッと息を吐くと、途端に膝から崩れ落ちそうになった。慌てて尻から地面に倒れると、そのまま無意識に膝を抱え込んでいた。



「あー………思ってたよりキチィ……」



 目からこぼれた何かで膝が濡れていく。フラれるのは覚悟してたのになぁ……。オレ、やっぱちゃんと珠綺さんに恋してたんじゃん。詰めが甘かったかな?ぐしゃぐしゃになった顔を隠して、オレは自傷気味に笑った。