ある少女の隠し駒

「頼むよ芹澤、オマエしかいないんだって!」

「オレら全員アイツにボコボコにヤられてよー…」

「オレらの仇取ってくれよ!な!?」



 その日の給食は月に1度あるかないかのきなこ揚げパンの日だった。おかわりジャンケンにも勝ててかなり気分も良かったていうのに……。食器を片付けてグラウンドでサッカーでもしようとしていた私を呼び留めたのは、隣りのクラスの下僕その1、その2、その3だった。



「何で私がお前らの為に動かなきゃいけねーんだよ。勝てねぇ喧嘩はするなって小1の時に教えてやったろーが」

「「「う゛……」」」



 そもそも何でコイツらが下僕≠ゥというと、小1の冬に「オレらに勝ったら下僕でも何でもなってやる!」とか言って私に喧嘩売ってきた事がきっかけだった。女のクセに男みたいな格好してスカしてた私が気に食わなかったらしい。勿論、泣きながら土下座して詫びるまで完膚なきまでに叩きのめしてやったけど。



「大体、その柴八戒≠チてのは1コ下なんだろ?お前らプライドってモンがねーの?」

「ンな事言ったって、アイツの兄貴が誰か知ってるか?」

「……兄貴?」

「え、芹澤知らないの?……いってぇ!!」



 ワザとらしく驚いて見せた下僕その2の頭を殴って、さっさと言うようにその1に視線で促す。その1はぶるっと震えて焦りながら続けた。



「柴大寿≠セよ!オレらの1コ上で、この辺じゃ勝てるヤツがいねぇくらい強いバケモンみたいな男!」

「うーん…知らねぇなぁ…」



 確かに私はこの頃から喧嘩が好きだったけど、自分がその発起人になる事は殆ど無かった。きっかけは大体万次郎で、標的にするのはアイツが学区内で気になったヤツばっかだったから私の学区内で大々的に喧嘩する事は皆無と言ってよかっただろう。だから自分の学区内で誰が強いかだなんて気にした事も無かった。強いて言えば自分の学校内で1番強いのが私であればいい、それだけだ。



「で?その柴大寿と柴八戒がどうしたって?お前らがボコられただけなんだから兄貴が報復してくるワケでもねーんだろ?」

「そりゃそうなんだけど……」

「柴大寿ってのはマジでやべぇんだよ。なんつーか…こう……」

「……ハァ。分かった分かった。じゃあその柴大寿って奴がお前らに何かしてきたら言いに来いよ。その時は私が大寿とヤりあってやる」

「「「芹澤〜!!!」」」

「だから、これに懲りたら身の丈以上の喧嘩はしねー事だ。男なら自分のケツは自分で拭けるようになれ」



 結局、アレからすぐに三ツ谷が八戒を手懐けちまったから私は八戒ともその兄貴ともヤり合うって事は無かったんだけど……。



「……まさかここでご対面とはなぁ」

「ハハハ、まぁせっかく来たんだ。楽にしろや」

「楽に、ねぇ……?」



 目の前にはソファにどっかりと腰を下ろした柴大寿。私の座る後ろには腕を後ろに組んだ乾と九井。多分、部屋の外にも黒龍の連中が数人待機してるんだろう。



「オイオイ、勘違いすんな。オレは何もオマエを恐喝しようとしてるワケじゃねぇ。ただ、ココが協力した報酬について話し合いてぇだけだ。何がお互いにとって1番の得策か、なぁ」



 ホント、横柄≠チて言葉を体現化したようなヤツだな。それでも周りの連中に慕われてるのはコイツが単なる喧嘩馬鹿じゃないからなんだろう。昔見せてもらった黒龍の特服は東卍のソレに似てた気がするけど、乾達が着てるのは真っ白な軍服だ。黒龍の周りに金が集まり始めたのは今に始まった事じゃない。万次郎達が潰した九代目、その前の八代目から黒龍は名ばかりのチームに成り下がっていた。今の黒龍は私が知っていた初代黒龍の面影はどこにも無い。かと言って八代、九代目とも違う。



「協力金ならとっくに支払ったはずだけど?」

「オマエから受け取ったのはあくまでも頭金。成果報酬は別だ」

「ぼったくりもいいとこだ。中坊から幾ら巻き上げてぇんだよ」



 肩を竦めると背後から首元にナイフを突き付けられる。



「テメェ、口の利き方には気を付けろ。ボスにナメた態度取ったら承知しねぇぞ」

「あー、そりゃ悪かったな。敬語なんて滅多に使わないもんで」



 両手を上げて敵意が無い事を示すと、乾は舌打ちをしてゆっくりと離れて行った。



「芭流覇羅の一件で協力してもらった時もこっちとしてはかなりの大金を渡したんだ。今回のストーカー探し≠ナ助けられた事には感謝してるが流石にもう支払えるだけの金はねぇ」

「得るモン得ておいて支払えねぇ、なんて通用すると思ってんのか?」

「思ってねーからこうして大人しく来てやったんだ。もうヘタクソな前置きはいらねぇ。私が黒龍に入る。そう言えば満足か?」



 私がそう言うと、大寿の口角がみるみるうちに上がっていく。



「先に言っとくけど、東卍をゆする道具として私を使おうとしてるなら見当違いだ。私にそんな価値はねぇ。東卍内で私が黒龍お前らと繋がってる事に気付いてる奴もいる。近いうちに私は東卍の集会にも出入り出来なくなるだろう」

「オマエこそ見当違いもいいとこだ。オレはオマエの喧嘩の腕を買ってるんだぜ、芹澤珠綺。ここ最近バイトとしてウチのシマを荒らしてる連中を駆除してくれてたみてぇだが中々の働きっぷりだったらしいじゃねェか」

「……そいつはどーも」



 人使いが荒すぎて何度か殺意が湧いたけどな。



「オマエ程の腕があれば女とは言え引く手あまただろう。それなのに手出し出来なかったのはオマエの背後バックに佐野万次郎がいたからだ」

「……アイツは関係ねぇ。もうマイキー・・・・と関わる事もねぇだろ」

「守ってもらってたってのに…怖ぇくらい薄情な女だな」

「テメェ、私を入れてぇのか入れたくないのかどっちなんだよ」



 勿論、歓迎するぜ。大寿が両腕を広げると同時に私の座っているソファの背もたれに白い特服がかけられた。



「少し話しただけでもオマエが頭が切れるヤツって事はよく分かった。呼び出しには必ず応じろ。オレがテメェに指示すんのはそれくらいだ。何か言いてェ事は?」

「……そうだな、1つだけ」



 すっかり冷めきったコーヒーを一口口に含んで、小さく息を吐く。



「乾は知ってるかもしれねーけど、黒龍は私にとって思い入れのあるチームだ。入ったからにはチームの為に尽くそう。だから……」



 正直、稀咲の件が片付いてもそうでなくても、九井を頼った事で何かしら揉めるのは覚悟の上だった。それでも今に至るまで黒龍との繋がりを持ち続けたのは稀咲を排除出来なかった時の為の保険。言わばこの展開は今の私にとってはチャンスでしかない。



「私は自分が正しいと思ったように動く。何が黒龍の為で、何を排除すべきか。全て黒龍の為に動くと誓う」

「……オレの言う事は聞けねぇと…?」

「黒龍のトップはアンタだろ。アンタが黒龍の総長でいる限り、黒龍に尽くすって事はアンタに尽くすって事だ」

「……その言葉、忘れんじゃねェぞ」



 白い特服片手に一人エレベーターに乗り込んで、ようやく肩の力が抜けた。乾や九井だけならまだしも、大寿の強さはホンモノだ。勝てねぇ喧嘩はするもんじゃねぇ。とりあえずここまでは自分の描いたように事が運んでくれてホッと胸を撫で下ろす。だけどこれが終わりじゃない。ここから始めなきゃいけねーんだ。今回はほぼ1人で事を進めなきゃならねぇ。



「……ゲッ、今日かよ…」



 ポケットから携帯を取り出して新着メールを確認していると、そのうちの1件の内容に思わず溜息が漏れた。



「部屋、片付ける暇無ぇなー……ホテル探さなきゃ」



 間違いなく、今晩の集会を最後に私は東卍と距離を置く事になる。それが数週間で終わるのか、それとも数年か……最悪一生アイツらと笑い合う事は無くなるだろう。だからあと数時間だけ、何も知らない顔をさせてくれ。



「……あ、万次郎?いや、腹減っちゃって……集会前にたい焼きでも買いに行かねぇ?」