ある少年の胸騒ぎ

 珠綺は表情豊かな女だ。面白い事があれば口を開いてひーひー笑うし、気に食わねぇ事があれば隠す事無く顔を顰める。結構情に厚いからお涙頂戴の映画で目を潤ませたり、唐突に称賛されて照れたように頬を掻く事もあった。だけど、アイツは極端に自分の弱いトコを見せるのを嫌っていた。前にその事をエマに言ったら、エマは少し困った顔をして「『女は人前で泣くもんじゃない』んだって」と答えた。



「珠綺ね、そういうとこマイキーに似てると思うんだ。いくら喧嘩が強くても、口が悪くても、中身は普通の女の子なのにね」



 幼馴染の三ツ谷や昔馴染の場地なんかには心の内を吐露していたらしいが、そんな2人ですら珠綺が自分の事で泣いてる姿を見た事が無いって言っていた。だから、アイツが望むならとオレらは強い芹澤珠綺の姿だけを見るようにしてた。それが例え、強がっているだけの仮初の姿だったとしても、だ。



「なぁ、ケンチン…」

「んー?」

「珠綺がさ、泣かねぇんだよ。場地が死んでから、ずっと」



 一虎への言伝を頼まれて欲しい。そう言うマイキーに呼び出されたファミレスで、マイキーは片肘を付きながら透明なコップに入ったオレンジジュースをぶくぶくと鳴らした。



「珠綺が?」

「そう。場地が死んだって報告した時も、葬式の時も、墓参りした時も……アイツ何も言わねぇんだ」



 確かに、場地が死んでからも珠綺の様子はいつもと何ら変わらなかった。まるで場地が死んだ事なんて無かったかのように、アイツはマイキーの隣りで絶やす事無く笑顔を見せていた。



「……オマエには違ぇのかもしれねーけど、オレらからすればアイツが泣かねぇのはいつもの事だからな…。流石に今回はオマエにも心配かけたくねぇだけなんじゃねぇか?」

「違ぇよ。珠綺は泣かねぇんじゃなくて、泣くのを我慢するのが上手いだけ」



 オレンジ色の液体の嵩が減り、いよいよズズッと音を鳴らして空になる。それからいつ頼んだか分からない覚めたフライドポテトを摘んでポイッと口の中に放り込んだ。



「アイツさ、未だに夜1人で寝れねぇんだよ。最初はガキみてぇってバカにしてたけど、人前で泣けないからその分積もりに積もったモンが夜一気に溢れ出すんだと」



 オレが言ったって珠綺には絶対言うなよ?マイキーはギロリとオレを睨みつけた。誰が好き好んでそんな野暮な事するか。けど、そこで1つの矛盾が出る。誰かがいると安心して寝付けるのだとしたら、それこそ本当に珠綺は泣ける場所を失っちまうんじゃないか?そう言うとマイキーはフフンと鼻を鳴らした。



「珠綺はオレの前じゃちゃんと泣くもんね」



 何でそんな得意気なんだよ。呆れ気味にツッコミはしたけど、マイキーにとって珠綺が特別であるように、珠綺にとってもマイキーは特別な存在なんだから当たり前といえば当たり前の事だった。



「……だけど、今回はいくら抱きしめても頭を撫でても泣こうとしねぇ」



 いっその事、場地が死んだのはオレらのせいだって詰ってくれりゃいいのにな。ああ、オレもそう思うわ。オレらに背中を向けて姿眩ますくらいなら、その方がよっぽど気が楽だったよ。





* * *





「あ?それで、黒龍とモメる?」

「はい!」



 話したい事がある、とタケミっちと千冬に指定されたのはどういう縁かあの時と同じファミレスだった。中には所用で来れないマイキーと三ツ谷を除いた隊長格らが既に揃っていて、オレが席に座るのを待って徐にタケミっちが口を開く。兄である大寿を殺すという八戒を止める為、黒龍を潰したい。その申し出はついさっき三ツ谷と柴大寿との間で取り決めた和平協定に違反する内容に違いねぇ。



「ふざっけんなよテメェ、殺す≠ネんてオレは百万回言ってるワ!」

「そんなんで人殺してたら地球終わってんぞバカヤロー」

「殺すぞタケミっち!あ!ほら、また言った!」



 スマイリーとムーチョが口々にタケミっちの申し立てに文句を放つ。正直、タケミっちの着眼点には今までも助けられてきたから何とも言い難いがー…。



「どう思うよ?ドラケン!」

「んー……却下!」



 個人ではなく、東卍の副総長として言えるのはこの一言だけだ。



「タケミっち、オマエらにも何か思う事があるのかもしれねぇけど、オマエらは三ツ谷の約束した和平もぶっ壊すつもりなのか?三ツ谷の顔に泥を塗る行為だぞ?」



 勿論、オレも三ツ谷も和平協定が永遠に続くとは思っていねぇ。いつか黒龍とぶつかる事があるかもしれない。ただ、それは今すべき事ではねぇ。



「……それに、今の黒龍には珠綺がいる。オレらは割り切れたとして……タケミっち、オマエは珠綺とヤり合う覚悟があるか?」

「………」



 タケミっちと千冬だけじゃなく、その場に居た誰もが口を紡いだ。



「……異論はねぇな。話は終わりだ!」



 ファミレスを出てZEPHYRに跨ってガシガシと頭を掻く。『オレらは割り切れる』だなんてよく言ったもんだ。オレらこそ割り切れねぇの間違いだろうが。



『芹澤珠綺は黒龍と内通している』



 そう伍番隊から密告を受けた時、真っ先に頭を過ったのは場地の一件だった。珠綺は場地と仲が良かったから、場地を呼び戻す為にアレコレ自分で調べてたんじゃねーか、って。だから、オレらはあの日珠綺を問いただせばアイツが助けを求めて来ると踏んでいた。なのに、結果はどうだ?珠綺は自分の個人的な私情で黒龍と繋がっていると断言し、数か月前の場地と同じようにオレらから離れていっちまった。



「ここに来る前さ、珠綺とたい焼き買いに行ったんだよ」



 帰り際、誰も居なくなった神社の境内でマイキーがぽつりと呟く。



「アイツが食ってたクリームあんが美味そうだったから、オレ半分以上食っちまってさー」



 困ったように笑うその様は、いつか見た珠綺のソレとよく似ていた。



「帰りにアイスでも買ってやろう、とか思ってたけど……ムダになっちまったな」



 手を離したのはオレらか、それとも珠綺か。答えを知ろうにも当の本人が姿を見せないんじゃ話にならねぇ。ハァ、と思わず漏れた白い息が夜の色に混じって消えていく。もし場地がいたらー……なんて考えて頭を振った。何考えてんだよオレ。そもそも場地が生きてたとしたら珠綺が姿を消す事は無かったんだろうが。少しずつ、何かの歯車がずれていく。いつかそれがとんでもない衝撃を起こしちまいそうな気がして……。オレはぶるり、と肩を震わせる。背中がゾクリとしたのはきっと、ひゅぅと髪を攫った風が冷たかったせいに違いねぇ。