ある少年は隠し駒

 両親に腕を引かれた子供、集団でお揃いの服を着てる女子軍団、戦場から生還でもしたのかと突っ込みたくなるくらい熱い抱擁をしているカップル……。指定された駅に着いてまだ10分も経ってないが、オレの脳内は帰りたい≠フ5文字で埋まりつつある。だけど今一つの所で行動に移せないのは自分を呼びだした人物のせいだ。



「あれー?オネーサン美人だね?よかったら一緒しない?」

「……いくらオマエでもそれ以上言ったらぶん殴るぞ、珠綺」



 振り返りながらギロリと睨みつけると、ニット帽にトレーナーワンピ、それからダウンジャケットを羽織った珠綺がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて突っ立っていた。



「ンだよ、せっかく褒めたのに……ノリ悪ぃな」

「朝っぱらからこんなトコに呼び出されたオレの身にもなれっての」

「新宿も渋谷も原宿も、アイツらの目に触れそうなトコじゃ碌に話も出来ねーだろ?せっかく自由に出来るってのに、人の目気にして行動制限されるのなんか御免だからな」

「だからってー…」



 口を開きかけてすぐに止めた。言ったところでオレがコイツに敵うワケねぇ、と。無言のまま肩を落としていると、珠綺はオレが反論しないのを察したらしく満面の笑みを浮かべて進行方向を指差した。



「さ、行こうぜ春千夜!私1度行ってみたかったんだよ、こういうテーマパーク!」



 浮かれているのか珠綺の足取りは軽い。まぁ、そもそも「直接会って話したい」って珠綺に持ち掛けたのはオレだからな……。せめてもの抵抗で小さく溜息を吐いてみたが、マスクに覆われているせいでオレの落胆っぷりは珠綺の目に触れる事は無かった。



「ココを選んだ理由は分かったけど……オマエこんなアホみたいな世界観好きだったっけ?」

「……お前、今この場にいる全員敵に回したからな」



 そうやって呆れ顔で言われたけど、オレの知ってる珠綺と目の前のテーマパークの世界観がかけ離れ過ぎてんだよ。多摩プラの駅から徒歩数分のとこにあるこのテーマパークには絶叫マシンは疎かアトラクションだって片手で数えるくらいしかねぇ。出来る事と言えば着ぐるみと写真撮ったり、ショーを見たり、やたら高ぇメシを食ったりする事くらい。ウンザリした顔で船型のアトラクションに並んでると、珠綺が苦笑しながらこう言った。



「いや、確かに私の趣味じゃねーんだけど……弟がさ、ココで売ってるクリスマス限定のオモチャ欲しいって言うから…」



 父親に手を引かれて船に乗り込む小学生を目で追って、珠綺は更に続ける。



「私もタツヤも、親にこういうトコ連れて来てもらった記憶がねぇんだよ。私なんかまだ好き勝手やってた方だけど、アイツは誰に似たのか聞き分けが良くってさ。『お父さんもお母さんも忙しいから仕方ない』って休みの日は部屋に籠って勉強してるんだと」



 珠綺が自分から家の事を話すなんて珍しい。コイツはあまり、自分の事を話したがらねぇから。



「姉貴の鏡だな」



 茶化しながらそう言うと、それに対して珠綺は「ハッ」と鼻で笑う。



「そんなんじゃねぇよ。私は未だにアイツが私に求める姉≠フ姿が何なのか、よく分かってねーんだからな」



 いよいよオレらの順番が来て2人揃って乗り物に乗り込む。アトラクションは子供向けなだけあって、中は身を屈めても若干窮屈に感じるくらいだった。そのサイズに合わせて、珠綺はきゅっと身を小さくして席に座る。珠綺は膝に両腕をついて機械的な動きを繰り返す人形をボーっと眺め始めた。横目にその表情を窺うも、相変わらず珠綺が何を考えているのかなんて到底分かるはずも無かった。



『芹澤珠綺は十代目黒龍と繋がっている』



 隊長からその話を聞いたのは場地が死んで間もない頃だったと思う。正直「何をバカな」と口を滑らしそうになった。だって、マイキーの隣りには珠綺が居て、珠綺の隣りにはマイキーが居る。それがオレにとっての普通だったからだ。だというのに、肝心の珠綺にその疑惑を突き付けると僅かに目を見開いただけで意図も簡単に首を縦に振りやがった。



「へー……凄いな。どこで察したんだか……」



 飄々とした態度で「ふぅむ」と腕を組み、珠綺はじぃっとオレの顔を見てうんうんと唸り出す。



「いつかはバレると思ってたけど……まさか春千夜が直接来るとはなぁ…」

「テメェ……マイキーを裏切る気か?」

「裏切る、か……んー、何とも答えづらい質問だな」



 煮え切らない答えにチッ、と舌打ちが出た。相手が珠綺じゃなかったら殴りかかっているところだ。……そう、この時も珠綺だから♂」りかかれなかった。根拠なんて何も無ぇけど、珠綺は理由も無くマイキーから離れるようなヤツじゃねぇって、それだけは確信があったから。



「お前の質問に答えるとするなら、答えは多分イエスだ。私は今から万次郎を裏切って黒龍に行く」

「ハァッ!?ンなのぜってぇマイキーが許さねぇぞ!」

「でもそれは万次郎を陥れる為じゃねぇ。場地の仇を討って……万次郎を利用しようとしてるヤツを潰す為だ」

「マイキーを……利用する…?」

「信じるか信じねぇかはお前の判断に任せる。ただ、少しでも私を信じてくれるなら頼みがある」



 ひとつ、珠綺自分が黒龍と繋がってる事は東卍の奴らに隠さない事。ひとつ、東卍と黒龍との間で揉め事が起こった時は状況を報告する事。ひとつ、東卍と対立した後の連絡は全てメールで行う事。



「お前には何のメリットも無ぇ。それとこの件について詳細をお前に話すつもりも無ぇ。ただ、このままだといつか東卍も万次郎も飲み込まれちまう。遅かれ早かれな」



 命令されてるワケでも強制されてるワケでも無いのに言葉の圧力が半端ない。その時下した判断が正しかったのかは未だ分からず終いだが、結局オレは今日に至るまで珠綺に東卍内部の動きを流し続けていた。言われた通り、連絡はメールのみ。……というのも、コイツはメール以外の連絡に応じようとしねーからだ。電話をかけても保留音が流れるだけで留守電にすらならねぇ。しかも最近はオレらを徹底的に着信拒否にしてるのか、かけたところで電源が入っていない∞電波の届かない所にいる≠ニいった案内が流れるばっかで繋がりすらしない。



『オマエと黒龍の関係について、今日の集会で議題に上がりそうだぞ』

『八戒と柴大寿の繋がりの件で隊長格が集められた』

『今から三ツ谷が八戒と花垣武道、松野千冬を連れて柴大寿に会いに行くらしい』



 だから仕方なくメールでやりとりをしてるのだが、珠綺の返事はいつも『分かった』の一言だけ。流した情報がどんな些細なものだったとしても、珠綺は送った内容以上に詳細を追及するような事は無かった。



「……オマエ、一応は黒龍の遊撃隊長なんだろ?」

「ンだよ一応≠チて、失礼だな」



 アトラクションも限られている園内じゃ数時間でやれる事なんて尽きちまう。早々に昼飯を食いにフードコートに立ち寄ると、何を思ったか珠綺は上機嫌に食欲の失せるような緑色のカレーを頼みやがった。ソレ、本当に食うつもりか……?オエッ、オレには絶対無理だわ。



「わざわざオレから情報仕入れなくても、黒龍の中でそういう話が回って来るモンなんじゃねーの?」

「ああ……んー、何つーか、多分私はまだ警戒されてるんだと思う。まぁ、賢明な判断だとは思うけどな」



 対立してるチームと仲良かったようなヤツ、そう簡単に信用しちゃマズいだろ?そう言って珠綺はケラケラと笑った。ひとしきりグロテスクなカレーを写メに納めると、珠綺は携帯を傍らに置いて恐る恐る緑色の液体を突っつきだし、意を決したかのようにぱくりと口に入れた。



「……その証拠に、この前春千夜がくれた情報も、私のトコには流れてこなかったよ」

「この前って、三ツ谷が柴大寿ンとこに行くって送ったアレの事か?」

「そうそう。アイツら一応私と三ツ谷が幼馴染って知ってるはずなんだけど、今日の今日に至るまで三ツ谷と接触したって連絡も和平協定の話も私には一切入ってこねぇ。……ま、何も知らねぇと思われてた方が動きやすいから良いんだけどさ」



 食わねぇの?と珠綺がオレの手元をスプーンで指す。珠綺が食ってるのよりは幾分かマシとはいえ、オレの前に置かれたカレーも中々の色をしてる。黄色いカレーなんて見た事があるか?一体何入ってんだよ、コレ。



「あ、そーいえば」

「ん?」



 口に運ぶタイミングを掴めずにいると、珠綺が思い出したように声を上げた。



千咒・・、元気そうだったぞ」

「……ハァ?」



 自分が想像してたよりも大分低い声が出たが、それどころじゃねぇ。呑気に生クリームたっぷりのココアを啜るそのツラを睨みつけるも、珠綺は素知らぬ振りを続けている。



「アイツ強くなったな。気を抜くと負けそうになるからちょっと焦ったわ」

「ソレ、オレに言う必要あるのか?」

「ん?まぁ私の独り言だと思って聞いとけよ」



 珠綺は特に笑顔を見せるワケでもなく、ただくるくるとストローで生クリームを混ぜながら片肘を付いた。



「千咒を見てて思ったけど、弟や妹って知らねぇ間にちゃんと成長してんだな。タツヤだって、ついこの間まで涎垂らしてたと思ったら今はランドセル背負って学校行ってんだぞ?感動を通り越して怖いとすら思うわ」

「………」

「私がタツヤと同じ年の時、私の世界は姉さんが与えてくれるモノが全てだった。だから姉さんには感謝してるし尊敬もしてる。……でも、きっとタツヤは私に同じモノを求めちゃいねぇ。ガキだガキだと思ってたけど、多分アイツの方が私よりもよっぽど大人な気がするんだ」

「……随分良く喋るな」

「んー?……ちょっぴりセンチメンタルなのかもな。こうして何気ない会話すんの、そういえば久々だし」



 コーヒー地獄から解放されるのも久しぶり!そう言って珠綺は思いっきりココアを吸い込む。



「さっきからチカチカ光ってるけど、放置しっ放しでいいのか?」

「ああ、コレ?光ってるだけならメールだから別に構わねぇよ。急ぎだったら電話バイブが鳴るだろうし」



ブーッ、ブーッ…



 タイミング良く珠綺の携帯が震えた。珠綺は「チッ」と舌打ちをしてサブディスプレイを確認する。すると表示された名前に驚いたのか、パチパチと瞬きをして僅かに口角を上げて見せた。



「……出なくて良いワケ?」

「ん、後でかけ直すよ。今はデート中だろ?」

「ハァッ!?」

「うるさ……大声出すなよ、周りに迷惑だろ?」



 オマエがとんでもねぇ事言うからだろ!勢い良くテーブルに両手をついたせいで置いてあったトレーがガシャンッと跳ねた。オレがわなわなと震えてるっていうのに珠綺は相変わらずの態度でポチポチと携帯をいじっている。全く、とんでもねー女だ。



「……ところで、私に用事って何だよ?メールじゃ済まねぇって事はよっぽどの事なんだろ?」

「あ゛?あー……」



 こてん、と首を傾げる珠綺は顔立ちが整ってるだけあってそこらの女優なんかよりよっぽど可愛いと思う。それが少し悔しくて、腹いせとばかりに懐から取り出した小包を珠綺の顔面目掛けて投げ付けた。



「痛ッ!!」



 面白いくらい顔を顰めて、珠綺は小筒の角が当たったと思われる部分を何度も摩っている。ザマーミロ、と視線を向けていると、珠綺は不貞腐れながらもテーブルに転がったモノを拾い上げた。



「……何だよ、コレ?」

「いらねーなら返せ」



 オマエ、もうすぐ誕生日だっただろ?そう言うと、珠綺は大きな目をまん丸に見開いて、ようやく年相応の笑顔を見せた。



「サンキュー!今年は誰からも貰えねーと思ってたからマジで嬉しいわ!」



 その言葉に少しだけ心が痛くなった。オレはコイツを祝えたけど、マイキーは……。オマエを1番祝いたがってるのはマイキーなんだぜ?



「……GODIVA!!流石春千夜!私の事分かってんじゃん!」



 ウキウキと包みを解いて早速1粒を摘まみ上げた珠綺。ソレ、1人で全部食ったら食い過ぎだからな……まったく。