ある少女の懺悔

「……ホントにココでいいわけ?」

「ハイ、ありがとうございました」



 軽く会釈をすると目の前の青年は少しだけ呆れたような顔をして白い息を吐いた。



「せっかくのクリスマスなのにそんなボロボロで、しかもこんなトコに降ろしてくれだなんて変わってるね」

「ハハ……」



 私もそう思うわ、と的を得た反応に渇いた笑みが漏れる。この場所へ着いた時、いつだったかの夏休みに万次郎が思い付きで「肝試しに行こう」と言い出した事があったのを思い出した。私はそういう罰当たりな事はするもんじゃねぇって反論したけど(断じてビビったワケじゃねぇ)ドラケンも場地も、それからまさかの三ツ谷までも万次郎の提案に賛成しやがって…。可哀想な私は泣く泣く万次郎に引きずられるがまま無理矢理肝試しに参加させられたんだっけ。あの最悪な夜の出来事以来、もう二度と夜中にこんなトコ来るもんかって固く誓った……はずだったんだけどなぁ。



「用事がすぐ済むなら待ってるけど?」

「いや、ココまで乗せてくれただけで十分なんで」



 最初声を掛けられた時「こんな時に不審者なんて面倒くせぇ」って内心悪態吐いた謝罪も兼ねて、もう一度だけ頭を下げる。青年は興味無さそうに「フーン」と鼻を鳴らすと、自分のマフラーを解いて私の首にぐるぐると巻き始めた。



「グェッ……ちょ、ちょっと…?」

「今日クリスマスだからプレゼントしてやる」

「は?いや、そこまでしてもらうワケには………ッ!?」



 手袋に覆われた手が私の首を掠めた瞬間、ぞくりと背筋が凍り付く感覚に襲われた。長時間外に居たせいで風邪でも引いたのか?いや、確かに悪寒には違いないが、筋肉が体温を上げようと震えてるあの独特の感覚とは少し違う気がした。どっちかっていうと、心霊番組を見てる時に味わうあの独特の嫌悪感に近い。……え、まさかホントに?慌てて周囲を見回すが、私の目に雪景色以外のモノが飛び込んでくるような事は無かった。



「ん?どうした?」

「い、いやぁ…別になにも…」

「……よし、巻けた。オマエ中坊だろ?あんま遅くならないうちに帰れよ」



 男は私の頭を二、三度乱暴に撫でてバイクに股がった。



「はぁ……え、ちょっと待った!マフラー!」

「メリークリスマス」



 角形のヘッドライトにでっけぇオイルタンク……バイクの事はあんまよく分からねぇけど、あの型は見た事がある。まだ真一郎君が生きてた時、油まみれになった彼が見せてくれたバイク雑誌に載ってた車種だ。雑誌で見た色と違うのは色々と弄ってるからなんだろう。それこそ、私には理解出来ない世界だから深追いしようとは思わねぇけどな。白いバイクが白銀の中に溶けて見えなくなるのを確認して、私は吸い寄せられるように自販機の前に立った。マフラーを貰った事で大分マシになったんだろうが、にしても今晩の冷え込みは異常だ。悴む手に息を吐いて、ポケットに突っ込んでた小銭をなんとか取り出す。ガコンッと音を立てて落ちてきた缶を2つ手に取り、肩を竦めながら早々に目的地を目指す事にした。





* * *





「ぐ……っ!!」

「え、えぇっ!?……ぐぇっ!!」



 私の右拳が大寿の左頬にめり込んだと同時にアイツの拳が私の腹を突いた。少し体勢を崩してふらつくだけの大男とは違い、私の身体は勢いよく後方へと吹っ飛ばされる。背中への衝撃を覚悟してると、想像していたよりも随分柔らかい床の感覚とカエルが潰れたような悲鳴が下から聞こえてきた。



「?………ああ、タケミっちか。悪ぃ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……ッス…」



 チラっと視線を動かすと必死に乾に応戦してる千冬の姿が目に入る。どうやらタケミっちも乾にぶっ飛ばされてここに倒れ込んでたらしい。高い天井に向かって深呼吸をし、私は尻に敷いたタケミっちの頭を軽く叩いた。



「そのままの姿勢でちょっとだけ耳を貸せ」

「………?」

「正直な話、私が大寿アイツに勝てるかどうか五分五分ってとこだ。タケミっちが応戦しててくれたお陰で幾らか体力的なハンデを貰ってたけど、根本的に私と大寿じゃ体力だけじゃなくてタッパも筋力も違い過ぎる」

「そ、そんな…」

「でも、私とオマエの目的を達成するには何としてもアイツを沈めておかなきゃいけねぇ」

「オレらの、目的……?」



 深く頷いて矢継ぎ早に続きを口にする。



「場地に聞いたのか知らねぇが、タケミっちも知ってるんだろ?稀咲の事」

「!?」



 私の言葉にタケミっちの身体が分かりやすく反応した。



「どこまで知ってるのか知らねぇけど、アイツはヤベェ。早いとこ手を打たねぇと取り返しのつかない事になる」



 だけど、稀咲が危険人物だという事を示す物的証拠は何も無い。それは奴がとても用心深く、他人を扱う事に長けた人間だからなんだろうけど、荒立てる事のデカさに比べて稀咲は何つーか………そう、アイツは影が薄いんだ。愛美愛主の時も芭流覇羅の時も、そして東京卍會も、アイツは着実に駒を進めながらも決して前に出て来ようとはしねぇ。虎視眈々と大将の首を狙うワケでもなく、虎の威を借りる狐のように、むしろ好んで万次郎の影に身を潜めたがってるようにすら見える。



「千冬から連絡を貰った時、タケミっちが稀咲に協力を仰いだって聞いてこれはチャンスだと思ったよ」

「もしかして…」

「そ、だから千冬に予め三ツ谷を呼んでおくように指示を出したんだ。稀咲がお前らを裏切った時の証人としてな」



 重い腰を上げてタケミっちの腕を掴み引っ張り上げる。万次郎よりは背が高いけど、アイツ結構がっしりしてるからな。腕を引く勢いが良すぎて思わず反対側に転びそうになったのはここだけの話。よくもまぁ、こんなひょろい身体で大寿のパンチ受け止めてたもんだと感心しちまったわ。



「いいか?物的証拠が無い今、稀咲に対抗出来るのは信憑性が高いと思わせられる証言だけだ。三ツ谷、千冬……それから柚葉。何としてでもコイツらを守って、万次郎の前で証言させろ」

「ちょっと待ってよ!三ツ谷君達を守れって、それじゃ珠綺ちゃんは……」

「自惚れんなよ?私にすら勝てねぇお前が大寿に敵うハズもねぇだろうが」



 そう言って額を指で突くとタケミっちはぐぅ、と言って押し黙った。やっぱり分かりやすい反応に笑みが零れる。



「大まかな事はさっき伍番隊の副隊長にメールで知らせといた。ムーチョの耳に入れば何かしら行動に移してくれるだろ」



 大きく息を吸い込んで、それからゆっくりと吐き出す。改めて大寿に向き合うと奴はイライラとした様子で私を睨みつけていた。



「殴り合い中に雑談とは随分と余裕だなぁ?」

「悪ぃ悪ぃ。今日はクリスマスだろ?コレが終わったらどっかでパーッと打ち上げようって話してたんだよ」



 全身痛ぇしアイツの硬い筋肉のせいで右手の拳は内出血してやがる。大寿に完全勝利するまでに必要だと割り出した3カ月ってのは間違いじゃ無かったワケだ。拳を握るだなんて小学生以来だから、色んな事が鈍りに鈍っていて1カ月ちょっとでは感覚を取り戻すのでやっとだった。ジムで手解きを受けたお陰である程度の体の動かし方は思い出したけど、身体を鍛え上げるには時間が足りなさ過ぎたんだ。タケミっちには勝算5割なんて大見え切ったが、実のところは2割にも満たねぇ。抗ったとして共倒れが良いトコだろう。



「珠綺ちゃん、オレもー……」

「お前がふんばるのはもっと先だ。教会ココを出ても外には猿共がうようよしてんだぞ?」



 我ながらずっと不思議だったんだ。学校で三ツ谷がタケミっちの特服を仕上げてた時、何でこんな弱々しい奴に安心感を覚える自分が居たのか。どうして、道端で大寿に伸されたコイツを見て東卍万次郎を任せたいと思ったのか。だけど、八戒にダサいと喝を入れたその声を聞いてようやく理解した。



「でも、珠綺ちゃんだってもうふらふらじゃんか……!」

「……それは思ってても言わねぇもんなんだよ、普通」

「ご、ごめん…」



 カッコが付かねぇと文句を言えばタケミっちは素直に肩を窄めた。うーん、正直な奴だよ、ホントに。



「悪ぃけど、タケミっちは手出しすんなよ?お前のお陰でようやくケジメの付け方が分かったんだから」

「オレのお陰?ケジメ……って、何の?」



 チンプンカンプン≠チて単語を顔に張り付けて頭を捻る姿に笑いが込み上げてくる。こんな状況なのに自然に笑顔になるんだから人の感情ってのはよく分かんねぇもんだ。



「そーだなぁ……この後、打ち上げの時にでも教えてやるよ」



 私はタケミっちの襟元を掴んで目一杯後ろへ引いた。それと同時に此方目掛けて大寿の力強い一歩が踏み出される。多分、コレで片が付くな……。どこか他人事のように思いながら、私は足を一歩引いて両腕を顔の前に構えた。





* * *





 寒いのは好きじゃねぇけど、まだ誰にも汚されてない新雪は嫌いじゃねぇ。どこまでも続く銀世界は見てて気持ちが良いし、初めて足を踏み入れる時は未だにワクワクする。こんな夜中に、しかもクリスマスに墓参りする馬鹿なんて要る筈も無く、寺の境内からココに来るまで真っ白な絨毯には私の足跡だけが点々と続いていた。暑い雲に覆われて月も星も見えない夜ではあったけど、見事なまでに白い世界のお陰で肝試しの時のようなおどろおどろしさは見る影も無い。白≠ヘ聖なる色≠チてイメージが強いけど、言われてみると心成しかこの場も洗礼された空間の様に思えてくる。



「……よっ、久しぶりだな」



 場地家之墓≠ニ彫られた墓石の上には例に漏れず数センチ程度の雪が積もっていた。一瞬手で払い除けてやろうかとも思ったけど「私がこんなに寒い思いをしてるんだからお前も道連れだ」という持論が勝って、提案は一瞬でおじゃんとなった。



「葬式以来だな、会いに来るのは」



 よいしょ、と墓石の前で胡坐をかき、ポケットから数分前に自販機で買ったものを取り出す。雪の敷かれた上に缶を乗せるとほんの少しだけ雪が溶けた。



「前奢って貰った時は私が飲んじまったからな、お前のおしるこ。そん時の詫びだから、まぁ飲めよ」



 言って私は自分用に買った缶コーヒーのプルタブに指をかける。ゴクリと一口飲み込むと、低すぎる外気温で既にぬるま湯くらいに冷めた黒い液体は相変わらず泥みてぇな味だった。



「……ケジメ、付けようと思ってたんだけどなぁ…」



 お前のせいで台無しだよ。そうやって睨んだところで勿論反応なんかある筈も無い。



「お前、万次郎を呼びやがったな」



 突進してくる大寿の動きに合わせてどう身を反らすべきか、そう思案している私の耳に飛び込んできたのは聞き慣れた排気音だった。その独特な排気音にハッとしたのは私だけじゃない。三ツ谷やタケミっちも、大寿までも動きを止めた。



「私が大寿をぶっ飛ばすか、それともアイツが私をコテンパンに伸すか……そのどっちかでケジメが付く筈だったんだ。私の、逃げ癖・・・に対するケジメがな」



 場地、お前だって分かってたんだろ?東卍が芭流覇羅と抗争をしたあの日、私があの場に行かなかったのは私が弱かったせいだ。私はあの日、万次郎が一虎を殺しちまうんじゃないかって、それを目の当たりにするのが恐かったんだ。いや、あの日だけじゃねぇ。家の事も、姉さんの事も、万次郎の事も……私はずっと見たくねぇモンから逃げて来た。綺麗なモノだけを見ていたかった。だから、今日の今日になるまでお前に会う事すら出来なかった。



「勝てねぇ喧嘩はするもんじゃねぇ……なんてよく言ったもんだ。私は痛いのも、負けるのも、惨めな思いするのも大嫌いだから、自分に自信が持てねぇ限り行動に移したくなかっただけ」



 だから、私よりも遥かに弱ぇのに大寿に向かってくタケミっちの姿勢は正直理解が出来ねぇ。でも、思い返せばタケミっちはいつもそうだった。キヨマサ達に襲撃された時も、無鉄砲に一虎についてって芭流覇羅の溜まり場に乗り込んだ時も、タケミっちはその場にふんばって逃げる事をしなかった。



「大寿は万次郎が一発で倒しちまったし、外に居た野猿共はドラケンが1人で黙らせちまった。私としては不完全燃焼でしかねぇんだけど……ま、そのお陰でお前ントコ来れたと思えば悪くはねぇな」



 手にした缶から温もりが消えていくのを感じてもう一口喉へ流し込んだ。



「………ごめん、場地」



 顔を下げると胡坐をかいた白い特服の上にポタポタと雫が垂れる。



「お前に全部背負わせた」

「判断を見誤った」

「私なら、お前を止められたのに」



 言い訳染みた懺悔しか出て来ない事に反吐が出る。だけど、私の口は止まらない。



「タケミっちも、三ツ谷も、千冬も……みんな利用しちまった」

「それなのにみんなとの関係を絶つのが恐くて連絡先を消さなかった」

「結局、私は何も出来ていない」



 寒さも相まって垂れてくる鼻水を一生懸命啜って、随分と背の縮んだ場地の分身に顔を上げた。



「ホントはお前じゃなくて、私が—————…」

「オイ、珠綺」



 私この言葉を遮った声に心臓が大きく音を立てた。振り向かなくたってこの声が誰もモノなのか明らかだ。



「その続き言ったら許さねぇぞ」



 何でコイツがココにいるんだ?タケミっち連れてどっかに行ったんじゃなかったのか?息を吸うのも忘れて必死に頭を回転させ現状を整理してみるけど答えは一向にまとまらない。そうこうしてる間に背中に温もりと重みを感じた。



「……真一郎君や、場地とバイク走らせるんじゃなかったのかよ」

「そのつもりだったけど、場地が用事があるって聞かなくてさ。アイツに言われるままCB250Tバブ走らせたらココに着いた」

「そ、うか……悪い事したな、予定狂わせちまって」



 もし私がエマやヒナちゃんみたいに素直だったら、もう少し可愛気のある科白でも吐けたんだろうに。



「予定なんか随分前に狂わされたまんまなんだけど。色々考えてたのに全部ぶち壊しやがって」

「……ンなの、私の知ったこっちゃねぇし」



 ……ホント、救いようが無いくらい可愛くねぇ。



「珠綺ー…」

「何だよ」

「頼むから、オレのトコに帰って来て」



 風の音すらしないくらい静かなこの場では、マフラーに顔を埋めてくぐもった万次郎の声が嫌に大きく聞こえた。



「寝ても起きてもオマエが居ない生活はもう嫌だ」

「寝る時はオレにおやすみって言って?」

「起きた時はおはようって笑って?」

「頼むから、オレを置いてどっかに行かないで……?」



 首に巻き付いた両腕の力が強くなる。少し苦しいけど、振り解く事なんて出来ない。だって、だって—————…



「わ、たしも……万次郎と、一緒に……居たい…っ!」



 腕の力が弱まった瞬間を見計らって振り返ると、情けなく笑う万次郎がそこに居た。目も鼻の頭も真っ赤になった万次郎を見れるなんて、私だけの特権だと思いたい。恐る恐る伸ばした私の腕をぐいっと引っ張って、頭からギュッと抱え込まれる。加減を知らねぇせいでやっぱちょっと苦しいのだが、ぐしゃぐしゃになった顔を見られなくて済むのでホッとした。



「ごめ、ごめん……ごめん、万次郎」

「珠綺が謝る事じゃねぇ。オレの為だったんだろ?」

「私が、全部…メチャクチャにしちまった…」

「してねぇよ。三ツ谷もタケミっちも、みんな無事だろうが」

「…でも、でも…場地の事は……っ!」

「場地はさ、珠綺が行くって言ったところで反対してたと思うぜ?お前が廃車場に来る事について」

「………」

「場地を守れなかったのはオレらの方だ。それに比べてアイツはお前を守り切った。だから、オレは場地に感謝してんだ……ちょっと癪だけどな」



 ……そう言えば、場地アイツは自分よりも周りの事に目がいく奴だったな。実際どうだったのか聞きたくても当の本人は墓石の中で眠っちまったから真相は分からねぇ。でも、場地が今ここに居たら私に何て声を掛けるのかは想像出来る。



「珠綺」

「……ん?」

「もう、オレの居ねぇトコで泣くな」

「……うん」










『マイキーの隣りに居てやれよ』









 そう言って笑うに違いねぇ。

 なぁ、そうだろ?私の相棒。