ある青年と不良達
オレが12年前の今日≠ノタイムリープ出来るというナオトのぶっ飛んだ仮説が証明されてから3日が経った。オレもニュースで見た通り、ヒナは東京卍會≠ニいう凶悪犯罪組織の抗争に巻き込まれて死んだ。つまり、東京卍會≠ェ抗争を行わない2017年を実現する事が出来れば、ヒナの死なない2017年へと未来を変える事が出来るはずだ。東京卍會≠フ巨大化を阻止する為、この組織の2トップである佐野万次郎≠ニ稀咲鉄太≠ェ出会わないようにする。それがナオトからヒナを助ける為にナオトから与えられたミッションだった。偶然にも昨日の喧嘩賭博で佐野万次郎≠ノは接触する事が出来たのだが……。
「タケミっちさ、チャリ二ケツで漕げる?」
「はい、まぁ…」
「よかったー。ケンチン、タケミっちに漕いでもらいなよ」
「オレ後ろって好きじゃねーんだよな……ふらつくんじゃねーぞ」
「は、はいぃ…」
こ、怖ぇ……。授業中にもかかわらず一方的に教室へ乗り込んできたと思ったら、あっという間に2人で溝中の3年を伸してカーペットのようにしてしまった。オレやアッくんが束になっても敵わなかったキヨマサ君を蹴り一つで黙らせた東京卍會&尅穀キの龍宮寺堅に、キヨマサ君に喋る間を与えず一方的に殴り倒した総長の佐野万次郎。笑って許してくれたとは言え、下駄箱でヒナがマイキー君をビンタした時は死を覚悟したくらいだ。それこそ、数日前に線路に落ちた時のような。
「え、えっと……マイキー君は…」
「オレ?大丈夫、もう1人呼んでるから」
そう言ってマイキー君はにんまりと笑みを浮かべた。
「もう1人?」
「もう来てると思うんだけど……」
「マイキー、アレ」
きょろきょろと辺りを見回すマイキー君に、ドラケン君がある一点を見つめて軽く顎を癪って見せる。つられてオレもドラケン君の視線の先を目で追うと、随分と校門の前が騒々しい事に気が付いた。
「誰が気安く触って良いって言った?あ゛ぁ!?」
「ひぃっ…ご、ごめ…ぶっ!!」
「一昨日新調したばっかなんだぞ……テメェらの汚ぇ手で私のネイルが傷付いたらどう落とし前つけんだコラァ!!」
な、何だ…あのカオスな状況は…。ドラケン君の後ろから恐る恐る覗き込んでみれば、地面には数人の3年生が転がっている。これによく似た光景、ついさっきも廊下で見たばっかだぞ。そこから段々と目線を上げると、黒髪の女子生徒が自分よりも二回り程大きな男の頭を掴んで顔面に膝蹴りを食らわせていることろだった。パンツ見える!パンツ見える……って、ん?
「珠綺ー、他所の学校で暴れんなよ」
いや、それアンタが言います?ドラケン君が声をかけると、珠綺と呼ばれた女子生徒は掴んでいた3年生をぽいっと捨てて振り向いた。
「遅ぇ」
癖の無い真っ直ぐな黒髪に着崩しの無い黒のセーラー服。そして顔に似合わない荒っぽい言葉遣い。間違いない、この子、この前渋谷の駅近くでぶつかった子だ!
「急に『大溝中学に集合』ってメール送って来たと思ったら全然出て来ねぇし……お陰で変なのに声かけられるわ、手ぇ掴まれるわでホント最悪」
「は?珠綺手ぇ掴まれたの?どいつに?」
途端にマイキー君の目が鋭くなる。あまりの恐ろしさに後ずさると、すかさずドラケン君が止めに入った。
「どいつだっていいだろ。もう全員意識ねーよ」
「よくねー!」
「あー蹴りたりねぇ……あ、そういえば見て見て。ネイル変えたんだよ」
「そうか、良かったな」
「心がこもってねぇ」
「ねー、珠綺どいつ?」
「おい珠綺、どうでもいいからマイキー止めろ。死人が出るぞ」
本当に何なんだ、この自由人達は。マイキー君、もう先輩らを足蹴りにするのはやめてあげて下さい。1人完全に蚊帳の外状態でいると、珠綺ちゃんが棒立ちしているオレに気付いて「あ!」と声を上げた。
「よ、この前ぶり」
「あ、うん。この前ぶり……?」
「相変わらずボロボロだなぁ、お前は」
絆創膏だらけのオレの顔を見て、珠綺ちゃんは初めて会った時みたく「ぷっ」と笑う。う……この子、やっぱり凄く可愛い。どこか照れくさくて「ハハハ」と視線を反らしながら頬をかいていると、音も無くマイキー君の顔がぐいっと近付いてきた。
「何?タケミっち、珠綺と知り合い?」
「え?えーっと…知り合い、っていうかー……」
マイキー君の真っ黒な瞳がじぃっとオレを捉える。怖ぇ。怖すぎる。さっきヒナを庇った時の数倍怖い。
「マイキー、タケミっち脅すなよ」
「つか、喧嘩賭博≠フ事で電話した時も説明しなかったっけ?この前道でぶつかったひょろいのが賭場でボコられてた、って」
なぁ?と珠綺ちゃん。ああ、とドラケン君。っていうか、ひょろいのってオレの事……?
「オレ聞いてねーし」
「はぁ……ホント、万次郎って人の話聞いてないよな」
「珠綺も大概だと思うけど」
「あ゛ぁ?」
「昨日だってさー…」
あ、また置いてけぼりだ。2人はぎゃあぎゃあと騒ぎながら自転車置き場の方へ歩いていく。というか凄すぎるよ珠綺ちゃん。あのマイキー君相手でも全く物怖じしないなんて。呆気に取られるオレの肩を叩き、ドラケン君が口を開いた。
「凄ぇ女だろ、珠綺」
「あー……っと…」
返事に困り言葉を詰まらせると、ドラケン君は「ははっ」と声に出して笑いながら何度もオレの背中を叩く。彼にしてみれば軽く叩いているつもりなのかもしれないが、すっげー痛い。
「口悪ぃし、東卍の隊長格でも手を焼く程に喧嘩は強ぇ。おまけに料理の腕は壊滅的」
「それ、珠綺ちゃんに聞かれたらめちゃめちゃ怒られるんじゃ……」
「でも、マイキーにとっては大事な女なんだよ」
お前にもヒナちゃんが居んだから、少しは分かるんじゃねぇ?と言われて顔が熱くなった。もう一度2人の方を見ると、相変わらず騒いで入るもののどちらも楽しそうに笑っている。そっか、マイキー君ってこんな風に笑える人なんだ。
「ん」
「……何だコレ」
「自転車の鍵」
「……で?」
「珠綺運転して」
「私はタクシーじゃねぇんだよ!」
ナオトは12年後の東京卍會≠ヘ酷い極悪集団と言っていたが、本当にマイキー君がそのアタマなのだろうか?
「おい、いつまでそこに居るつもりだよ。行くならさっさと行こうぜ?」
珠綺ちゃんの声にハッと我に返る。気が付くとマイキー君は既に後ろ向きで荷台に跨っており、ひらひらとオレらに手を振っていた。
「す、スンマセン!」
「ハハッ!ケンチンがその図体でニケツの後ろってウケるね」
「お前が言い出したんだろうが」
「女にチャリ漕がせるヤツが何言ってんだか……」
珠綺、安全運転で。途中で爆睡したら振り落とすからな、万次郎。ペダルを漕ぎだした珠綺ちゃんの背中にもたれかかり、マイキー君は満足そうに笑っていた。
←/long top/→
main/top