「私の事ですか?」

「そう、浜沢さんの事。ちゃんと聞けてないですよね。」

「うーん。」


浜沢さんの住む家まで歩く。
浜沢さんは僕の腕に自分の腕を組んで隣を歩いていた。


「梓とは高校の同級生です。勤め先は一般的な会社で働いてます。コーヒー好きです。あとは…あ、お酒も好きです!」

「お酒…でしょうねぇ。」


あれから結構飲んでた。
飲んでたのに、彼女のは今平然と歩いている。


「彼とは飲みに行ったりしたんですか?」

「誘われた事はありますけど、行ってません。妻子持ちの方と2人で出掛けるなんて…あり得ませんよ。」


誘われた時、どう思ったのだろう。
呆れたのか。
悲しかったのか。


「あとは、うーん…自分の事を話すのって難しいですね。安室さんは?どんな方なんですか?」

「僕は…」


安室透としての僕は。


「ポアロでアルバイトしながら、上の階にある探偵事務所の弟子をやらせて頂いてます。」

「将来的に探偵になりたいんですか?」

「そうですね。立派な名探偵になりたいですよ。」


全部安室透という設定だ。
嘘をついてるつもりは無いが、演じてる自覚はある。
でも、もしかしたらそれは浜沢さんも同じかもしれない。
彼女はあまり自分の事を話さない。


「ここです。私の住んでるマンション。」

「オートロックですか。結構いいマンションに住んでますね。」

「念のため、防犯に考慮しました。」


浜沢さんがマンションのエントランスまで来ると鍵を取り出す。



「…引っ越してから、初めてです。」

「え?」

「誰かを招くの。実は初めてなんです。ここ、住んだばかりで。」

「そうだったんですか?ご実家は?」

「私が就職したのを機に、父の実家に引っ越しました。いつも1人で帰ってきてたんですけど、いいですね。誰かと一緒に帰るのって。」

「…そうですね。」


エレベーターに乗り、上昇する。
ストーカーに1人で悩まされていた浜沢さんにとって、オートロックが1番の頼りだったのかもしれない。


「ここです。あまり広くないですが、ゆっくりして下さい。」

「お邪魔します。」


部屋は1DKのようだ。
一人暮らしにしては少し広めの空間は綺麗に片付いていて、シンプルながらも女性らしい彩りで飾られている。
浜沢さんがスリッパを出してくれたので、靴からスリッパへ履き替える。


「あれ?何で部屋に来ることになったんでしたっけ?」

「盗聴器などが仕込まれてないか、確認するためですよ。」

「道具もなくて出来るんですか?」

「怪しい物を目星つけるくらいなら…彼から頂き物などされてますか?」

「あるんですけどー…あ、その前にお茶入れますね。座っててください。」


玄関、ダイニングキッチンを通り過ぎ奥に案内される。
奥の部屋にはテレビ、ローテーブル、ベッドなどが揃っていた。
スリッパを脱ぎ、促されるまま座椅子に腰掛ける。


「あまり気を使わないで下さい。」

「ふふっ、そんな訳にいかないですよ。ちょっと待っててくださいね。」


浜沢さんがキッチンの方へ下がっていく。
座椅子の横にある大きめのくまのぬいぐるみを手に取り、膝に乗せてみた。
案外落ち着く。


「お待たせしました。…あぁ、それ。」

「あ、すみません。触り心地がよかったので、つい」

「良いんですよ。気持ちいいですよね。」


持ってきてくれたのは冷たいお茶だった。
早速頂く。


「そのくまちゃんが彼から頂いた物ですよ。」

「ブーッ!」


柄にも無くお茶を吹き出してしまった。




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