1時間後、部屋にインターホンが鳴り響いた。
マンションの入り口、オートロックから鳴らしてるのだろう。
浜沢さんが立ち上がり、モニタ越しに対応する。


「はい。今開けます。」


もう少しで来る人物の為に、浜沢さんはスリッパを並べたりお湯を沸かし始める。
僕と浜沢さんが使っていたマグカップを下げて、洗ったら乾いた布巾で拭いていた。


ーピンポーンー


お湯が沸ける頃。
玄関ドアの向こう側に人の気配がした。
インターホンが鳴ると、浜沢さんは玄関に近付く。


「浜沢さん、待ってください。」

「え?」

「念の為、僕が出ます。そのままお茶を入れてて下さい。」

「…分かりました。」


ヤケを起こさないとも言い切れない。
浜沢さんを玄関から離す。
僕は玄関の鍵を開けて、ドアを開いた。


「こんばんは。」

「うっ…こ、こんばんは…」


僕が出た事が驚きだったらしい。
困惑した彼の手元には何も持ってなかった。
だが、僕が居たことは観ていたはずだ。
だからなのか、僕が居ることに混乱する様子は無かった。


「愛未さんは今手が離せないんです。上がって下さい。」

「は、はい…」


男性は僕より少し年上のようだ。
とくに派手なところもなく、一般的な男性。
頼りない面持ちだが、やさしそうではある。


「愛未ちゃん、お邪魔します。」

「こんばんは。今お茶出しますね。座ってて下さい。」


浜沢さんが声かけた事で、彼も安心したらしい。
大人しく部屋に入り、座椅子に腰掛ける。
丁度浜沢さんがお茶を持って来た。


「どうぞ。」

「ありがとう、愛未ちゃん。あの、元気…だったかな?」

「元気ですよ。先輩は?奥さんとお子さんはお元気ですか?」

「愛未ちゃん、川釣りに興味あるって言ってたよね?川釣りの基本的な道具を買っておいたんだ。値段は気にしなくて良いよ。趣味は共有したいもんな?僕も趣味は好きな人と共有したい派なんだ。」

「えっと…」

「あと、覚えてるかな?愛未ちゃんが僕に言ったよね?川釣りに興味あるなんて初めて話したって。僕も会社で川釣り話で盛り上がったのは初めてだったんだ。気が合うよね、僕たち。」

「……」

「僕と一緒になれる人は幸せだって、羨ましいって言ってたよね?」

「そういう意味じゃなくて…」


浜沢さんが俯く。
やはりダメだったのか。
彼は、別れを覚悟して来たのではなかったのか。


「愛未さんは、僕と付き合ってます。なので貴方とは交際出来ないんですよ。」

「そんな筈はない。愛未ちゃんは僕を頼っているんだ。」

「それはあくまで仕事上の関係ですよ。」

「そんなことない!愛未ちゃん、変な男に付き纏われてるんだろ?だから僕の所に来れないんだな?」


少し前のめりになり声を荒げる男性。
浜沢さんを庇うように、僕が間に入り浜沢さんを後ろに引かせる。
すると浜沢さんが僕の手を握った。


「…はぁ。」


小さな溜め息。
恐らく僕にしか聞こえない。
浜沢さんの震える手を、僕は強く握り返した。



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