「先輩のことは尊敬してます。仕事面でも、家族サービス面でも。」


浜沢さんがゆっくり話し始めた。
僕も彼も、俯いた彼女の表情は見えない。

「家族写真を見せて頂いた時、先輩と結婚できた奥さんは幸せだと言いました。理想の家族像だから羨ましいとも言いました。」


浜沢さんが顔を上げる。


「でもそれは、家族を捨てて私と一緒になってほしいという意味ではないです。」

「愛未ちゃん…」


泣いてるかと思った。
しかし浜沢さんは涙を流すことはなかった。
ただ、今にも泣きそうではある。


「遠慮とか、迷いとかじゃないんです。先輩を恋愛として見れないという意味です。」


自分との恋愛を夢見た先輩を諦めされる為に、浜沢さんはゆっくりと否定する言葉を並べる。
言いたくなくても言わなくてはいけない。
あやふやな答えでは、相手は気持ちから解放されないから。


「もうご家族の元へ帰って下さい。そして、二度とここへは来たらダメです。何事も無かったように、これからも幸せな家庭を築いて下さい。」

「本当に…未練とか、気持ちとか、無いのか?」


相手もまだ望みを捨て切れないでいる。
中途半端な言葉を残せば、彼は未練を捨て切れないだろう。


「私は透さんを愛してます。彼と一緒になりたいんです。だから諦めて下さい。」

「愛未ちゃん…」


僕の腕に、自分の腕を絡めるようにして抱きつく浜沢さん。
迷いない言葉に演技っぽさは感じない。
だからこそ、彼は諦めたような表情を浮かべた。


「わかった…ごめんね、愛未ちゃん。本当に好きだったんだ。君のこと。でも諦めるよ。愛未ちゃんの言う通り、家族とこれからも過ごす。」

「…よかったです。」


浜沢さんは安心したらしく、お茶を飲み始めた。
僕も釣られてお茶を飲む。
男性はかなり気まずそうだ。


「…さて、話し合いが落ち着いたようですが愛未さん。貴女は彼を訴える事が出来ます。どうしますか?」

「うっ」


男性の肩がビクッと反応した。
好意を持たれてない事が判明したと言うことは、彼がやって来た事全てが犯罪にあたることは理解してるらしい。


「訴えません。私の連絡先を全てこの場で消し、帰って頂ければ十分です。」


きっと私生活を全て覗かれたはず。
それでも浜沢さんは許すのか。


「あ、ありがとう…愛未ちゃん。」

「スマホを貸してください。私に関するデータは消します。」

「わかったよ。」


男性が差し出した携帯電話を僕が受け取り、データを確認する。
アドレス帳、発着信履歴、メールの履歴、全てを削除した。


「写真や動画もあるみたいですね。」

「それも消して良いですよね?」

「待ってくれ!」


同意を求める浜沢さんに、男性は反対した。



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