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「全部…消さないで欲しい。思い出として、残したいんだ。」
まだ食い下がるのか。
しつこい人だ。
「ダメです。この場で消さないのなら訴えます。」
意外にも浜沢さんは厳しい言葉で制した。
「先輩、分かってください。私は出来れば大事にしたくないんです。」
「う…わかった…」
彼が渋々納得するのを確認し、僕は浜沢さんに関するデータを全て削除した。
「まさか、ご自身のパソコンにデータはありませんよね?」
「ない!それは信じてくれ。パソコンは、妻も触るから…だから、愛未ちゃんの情報は一切入ってない。」
僕の問いに彼は強く答える。
正直怪しい。
しかし、確認する術はない。
「わかりました。信じます。」
「…良いんですか?データがあるかもしれませんよ。」
「確認することは出来ないですし、それなら先輩を信じたいです。」
浜沢さんの人の良さは少し呆れる。
自分の裸が見られていただろうし、データを残してる可能性もあるのに。
「…さて、これはお返ししますね。」
僕は彼に携帯電話を返した。
「それと、これは僕の方で処分します。よろしいですね?」
これ、とは置き時計の事だ。
まだ動いている。
下手に返す方が、何をするかわからない。
内臓データがあるかもしれない。
「わかり…ました…」
「では、僕が下まで送りましょう。愛未さんはここで待っててください。」
「はい。お願いします。」
僕が立ち上がると、男性もゆっくり立ち上がる。
浜沢さんも立ち上がると、男性は浜沢さんの向かいに立った。
「怖い思いをさせてごめんね…本当に、僕は両思いだと思ってたんだ。」
「誤解させてしまったならごめんなさい。私は、家族を思いやる先輩を尊敬してます。」
「うん。さようなら。」
「はい。お元気で。」
男性が玄関へ向かう。
良かった、暴力沙汰にならなくて。
男性は靴をはき、浜沢さんに会釈してから部屋を出た。
僕も男性に続いて部屋を出る。
「……」
エレベーターホールでは男性は沈黙を貫いた。
まぁ、僕と話すこともないだろう。
「僕が…」
「はい?」
エレベーターがついた瞬間。
男性から言葉が発せられた。
「僕が、1番近いと思ってたんだ。」
「……」
「誰よりも、僕にだけ心を開いてると思ってた。でも、時々離れたと感じる瞬間があるんだ。分かり合えてたと思ってたのに、急に距離が生まれる瞬間が。元の距離感に戻りたくて近づくと、また少し離れて…それで、また近づくんだ。」
「…そうですか。」
「離れた気がして、おかしいなって思って近づけばまた笑ってくれて…だから、離れたら近づかなきゃって思うんだ。そしたら、おかしくなってきて…」
「それも今日で終わりですね。現実に戻れますよ。」
エレベーターが1階に着く。
僕が開くボタンを押して、男性にエレベーターから降りるよう促す。
男性はエレベーターから降りる一歩手前で、僕の目を見た。
「気をつけた方がいい。彼女は、人を惑わすのが上手いんだ。」
「…助言として受け取っておきますよ。」
僕はこの男性と同類ではない。
少し異性と話しただけで狂う程惚れ込むような、そんな過ちは犯さない。
彼を見送り、僕は再び浜沢さんの部屋に戻った。
(大事にならずに終わってよかった。)
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