「ただいま戻りました。」

「安室さん!」


台所でコップを洗っていた浜沢さんが、駆け足で玄関まで来た。


「大丈夫でしたか?」

「はい、大人しく帰りましたよ。」


部屋にまた上がるべきか迷った。
でも浜沢さんがスリッパ再び出してくれたので、結局部屋に上がることにした。


「今日は本当にありがとうございました。よければ1杯飲みませんか?」


僕が座椅子に座ると、浜沢さんはビールと一緒におつまみをお盆に乗せて持ってきてくれた。


「では、1杯だけ頂きます。」


缶ビールがコップに注がれる。
薄口のグラスは冷やされており、口当たりもよさそうだ。
おつまみは冷奴、枝豆、チョコレート。
食後の飲み直しにちょうど良い量だ。
僕も浜沢さんのグラスにビールを注ぐ。
丁度いい量になったところで、お互いグラスを軽く合わせた。


「よく頑張りましたね、浜沢さん。」

「全部安室さんのおかげです。」

「これで彼も帰るだろうし、浜沢さんも安心して過ごせますね。」

「はい…」


浜沢さんが俯く。
飲む手を止めて浜沢さんの顔を見ると、涙を溢れさせていた。


「浜沢さん?」

「ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんです。なんだか、こみ上げて来ちゃって…っ」


浜沢さんは慌ててティッシュを数枚取って涙を拭く。


「親切に声かけてくれたから…周りに馴染めるように気にかけてくれたから…嬉しいって、私も仲良くしたいって思ったんです。」

「……」

「私が皆と仲良くしたいって思うと、いつも違う事になるんです。私が友好的な対応した時には、もう相手は違うんです。」

「…わかりますよ。僕も、そういう事ありましたから。」


趣味が合った、共通の番組で話が合った、隣の席になった、帰り道が一緒になった。
様々なきっかけがあった。

友達が増えたつもりで接していた。
でもその時には、相手は異性として僕に接していた。


「何が悪いのかわからないんです。でも、後から間違えてたんだって事はわかるんです。」


静かに涙を流す浜沢さん。
人との距離感が、まだ掴めてないのだろう。
相手が本当に好意を示すまで、気づけないのだろう。



「大丈夫ですよ、愛未さん。」

「安室さん…」


僕は愛未さんを包み込むように抱きしめた。
胸元にある愛未さんの顔は見えない。
きっと驚いてるだろう。


「きっと、愛未さんの事を理解する方と出会えます。愛未さんも、人との距離がわかるようになりますから。」

「…ありがとうございます。そうなったら嬉しいです。」


安心したのか、僕の体に身を預けた。
力が抜けたらしい。


「今夜は一緒に居ますよ。彼が戻って来ないとも限らないので。」

「はい。お願いします。」


僕は彼女の苦悩を理解できる。
安心して側に居てくれる相手が少ないのは悲しい事だ。
今この瞬間も、別の男性だったら運命を感じていたかもしれない。
このまま彼女を押し倒して、体の関係に持ち込むかもしれない。
でも彼女が求めてるのはそんな事じゃない。
僕には、それがわかる。




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