掻い潜る闇



キャプテンとの言い合いというか小競り合いも終わり、私はやっと街の方まで来れた。

誰にも言えてないけど、失ってた筈の記憶が断片的に脳裏に浮かぶようになった。
1番最初に浮かぶのは血の海。
人間の血とはあんなに鮮やかで暗くて命を感じさせるものなのか。
そしてその中に転がる両親だった人。顔がもう思い出せなくてぼんやりしている。
─この先を思い出して良いのか分からなかった。
なんだか良くない気がする。漠然とした恐怖があった。

私を助けてほしい、でも思い出して向き合うのは怖くて出来ない。
こんなこと同性のイッカク姉にだって言えない。

(ちょっと疲れてるんだ、きっと)

最近眠りが浅いのと、お風呂をシャワーで済ませてばかりいる。
夜に船に帰るか悩みながら、街を歩いていく。
その辺のホテルとかでもいいかもしれない。なんとなく船に帰りたくないような気分でもある。

適当なカフェに入り、カウンターの席に座った。

「この近くで腕のいい彫師がいたら教えてほしいのですが」

コーヒーを注文し、マスターに訊ねるとゆっくりと私を見る。

「居るにはいるが…1人で行くのかい?」
「えぇ…そのつもりです」
「…この街に彫師は1人しかいない。技術は確かだが、いる場所の治安が悪いんだ」

少し小声になるマスター。私は少し顔を近付ける。

「心配いりません。場所を教えて頂けますか」

マスターは少し渋い顔をしたけど、サラサラと住所を書いたメモを渡してくれた。

「…充分に気を付けて。もし連れがいるなら連れと行くに越した事はないと思うが…」
「本当に大丈夫ですよ。場所、教えてくれてありがとうございます」

コーヒー美味しかったです、と告げて私は店を後にした。



(マスターさんの言う通りだ。いる人の目付きが街の人達と違う)

この感じはいつぞやに訪れたシャボンディ諸島の無法地帯の者たちの視線に近い。

(何かあっても大丈夫だとは思うけど…)

す、と小太刀に手を掛けて歩みを進めた。
程なくして教えられた住所に辿り着く。

コンコン、とノックをすると入室を促す声。
キィ、とドアを開けるとそこには1人の女性が立っていた。

「お話を聞いて来ました、刺青を彫って貰いたいのですが」
「よく来たね。座りな」

すぱ、とタバコをふかしながら彼女も同時に椅子に腰掛けた。

「あたしはリルってんだ。アンタの名前は?」
「ミヤビです」
「ミヤビ…聞いたことあるな…あ、お尋ね者だろ?」
「えっと…」
「良いんだ、客として来てくれたんだし通報なんてしないよ。あたしの仕事だって見る人からすると怪しいらしいし」

ぢり、とタバコを灰皿に押し付けながら言葉を紡ぐリル。ちょっと寂しそうな目に見える。

「さて、と…刺青だったね。どういうモンだ?」
「これを彫ってほしいんです」

小さく折りたたんだ紙に描かれてるのはハートの海賊団のシンボル。

「死の外科医のトコのか」
「知ってるんですか?」
「悪名高いよな。まさかミヤビみたいなのがソコに属してるとは思わなかったけど」

リルは小さく笑いながら新しいタバコを取り出し火をつけた。

「…と言いますと?」
「海賊らしくないのよ。でも目の奥には鋭いものを感じるわ。…これは何処に彫るんだい?」
「ここ、に」

私が示したのは項だった。

「オーケー。すると大きさは…このぐらいはどう?」
「はい、それでお願いします」



(思ったより痛かった…)

リルは丁寧に施術をしてくれた。痛みはあるもののすごく綺麗に彫ってくれている。

あの船に置いてもらって1年。比較的安全に生きてこられたのは間違いなく拾ってくれたキャプテンのおかげだ。
その感謝と、キャプテン達みんなの助けになることを誓い、今度の島でハートのシンボルを彫ると決めていた。

(師匠とは敵同士になるけど、私の進むべき道はここなんだ)

項につく髪の毛が邪魔だったのでサイド寄せの三つ編みに縛る。うん、まとまったしいい感じ。

「そんな髪型してるとますます海賊には見えないな」

フフ、とリルが紫煙をくゆらせながら笑う。

「そうですか?でも海賊ですよ」
「だろうね…いい目をしてるよ」
「ありがとうございます。こんなに綺麗に彫ってくれて」
「アンタの肌は白くて綺麗だし捗ったよ。また彫りたくなったらいつでもおいで」

これ渡しておくよ、とくれたのはビブルカードと電伝虫の番号だった。

もう一度お礼を言うと彼女の店を後にする。

その瞬間だった。

強い力で抑え込まれ、身動きが取れなくなった瞬間に口に何かを当てられる。
そしてぐらりと視界が傾いた。




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