この世界は美しい
キャプテンに俗に言うお姫様抱っこをされたまま、私は恐る恐る甲板へと続くドアノブに手をかけた。
ポーラータング号は3日前に上陸した秋島につけられたままだ。
「おれがついてる」
キャプテンの静かな声に勇気を出して、3日ぶりの外の世界に繰り出す。
天気は穏やかな晴れ。
すぐ傍に海があるのを思い出して、景色から目を背けるようにキャプテンにしがみついた。
「うみ、は、」
「あァ」
少しずつ、手繰り寄せる、嫌ではない方の思い出。
「昔、あの時の私にしたら、かなり長い距離を泳いだことがあって、」
「辿り着いた島で会ったのが、師匠だったの」
「そうか」
「得体も知れない私の事を傍に置いててくれて…」
「…」
ふと見上げるとキャプテンの表情はかなり厳しいものになっていた。
「キャプテン?」
「!なんだ」
「ううん、なんでもない」
そうだ。私には師匠もいる。ここのみんなもいる。
大丈夫だ。
「…っ、!」
意を決して海に目を向ける。
小さく波が立っている。
今日の海は普段よりも穏やかに見えた。
「ミヤビ、無理してないか」
「う、ん、大丈夫、」
海ってこんなに綺麗だったっけ。
過去に私のことを殺そうとした水とは違う。
「キャプテン、」
「ん?」
「ありがとう」
「礼を言われることはしてねェよ。ミヤビの強さだ」
キャプテンの腕の中から見る海は今まで見たどの海よりも美しい。
「ね、キャプテン、ワガママ言っていい?」
「…内容による」
「このまま、砂浜を少し歩いてほしいんだ」
「それなら」
お易い御用だ、とキャプテンは私を抱き上げたまま、砂浜へ降り立つ。
さくさく、と砂を踏む音をキャプテンの踵が少し高いブーツが鳴らしてると思うとバランスが悪くて小さく笑ってしまう。
「やっと、」
「?」
「笑ったな、作ってない顔で」
みんなに心配かけさせまいとしていたのもキャプテンにはお見通しだったらしい。
「よく見てるね」
「…大事な船員の事だからな」
そのまま会話もなく少しキャプテンに歩いてもらった。
なんだかそれが心地よくて。
「キャプテン、ちょっと下ろして?」
「歩けるのか」
「分からない、から、支えててほしい」
キャプテンが割れ物を扱うように私の足をそっと砂浜に下ろす。
私はキャプテンに支えられながら少しずつ海の方へと歩んでいく。
ちゃぷ、と足先が触れて冷たさに驚き思わずキャプテンの手を強く握ってしまった。
「どうした?やっぱり具合が」
「ううん、冷たくてびっくりしただけ、大丈夫」
そのまま、私は更に海へ歩いて行ってするりとキャプテンの手を離れる。
「おいミヤビ、それ以上は」
「大丈夫!」
私はそのまま海に倒れ込んだ。
**
なんでか分からないが笑ったミヤビの顔はいつもより顔色も悪かったのに美しかった。
いつも以上に綺麗に見えた。
ミヤビが下ろしてほしいというので素直に下ろすと手を繋いだまま海へと向かって行く。
いくらミヤビが変わった実の能力者だとしてもさすがに不安だ。この3日で体力はかなり落ちているだろう。
考えていた瞬間、繋いだ手に力が込められる。
具合が悪いのかと訊ねたがその答えは首を横に振るものだった。
おれの手を呆気なく離した彼女は更に海へと向かう。
なぜかミヤビが死にに行くような気がしてしまい、おれは手を伸ばした。
それは届かず、ミヤビは海に倒れた。
「ミヤビ!」
力が抜けるが、もう少しだけなら深くまで行けそうだ。
気が気じゃなかったおれの気持ちを知ってか知らずか、ミヤビは普通に起き上がった。
「久々に海に入りたくなっちゃって。ごめんね、キャプテン」
「…」
あれだけで取り乱した自分にも自己嫌悪し、閉口した。
「自分で歩けるか?」
「また抱っこしてくれるの?」
「…おれの服が濡れる」
「洗えばいいじゃん」
「…」
服が濡れるのが不快なのは確かだが、いつもの調子を取り戻しつつあるミヤビに心の底からほっとした。
おれは再びミヤビを抱き上げ、船へと引き返した。
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