かえらず

※ローがかっこ悪いです。


あれから何度かミヤビとやり取りをし、予定が合いそうだったので食事の約束を取り付けた。
結構必死で、我ながらみっともなかったかもしれない。

そういや今更だがミヤビと気安く名前で呼んでいるが嫌じゃ無いだろうか…

ぐるぐると思考してしまう。かつて異性の事でこんなに気を遣った事があっただろうか?
言い寄ってくる女を適当にあしらい躱し欲を発散したければ群がる中から適当に選んで…

おれは最低なヤツだ…こ、こんなことミヤビに知られたら…

「ちょ…キャプテン?どうしたんスか?」

コーヒーどうぞ、とペンギンが声を掛けながらおれの向かいに腰を下ろす。あァ、と短く返事をし、カップに口をつける。

「なんか百面相してましたよね?心配事でも?」

そう問いかけてペンギンの隣に座ったのはシャチ。2人とも付き合いの長い…後輩みたいなものだ。
どうやら食堂で休憩をとっている間にこんな考え事を始めていたらしい。以前はもっと仕事のことを考えてきっちり動けていた筈なのになんたる失態を…と考えていたらそれすら顔に出てたらしい。

「え、ちょ…今度はどうしたんですか」
「い…や、なんでもねェ。仕事に戻る」

これ以上こいつらに見られるのは勘弁してほしい。おれは食事をとり終えていたのをいい事にそのまま立ち上がった。



どうにか仕事がひと段落し、おれは喫煙所へと足を運ぶ。
喫煙所に入るやいなやおれは煙草の1本を咥え、火を灯す。

「キャプテン、女の子ってのは匂いを凄く気にするもんですよ」

そう言われビクリと肩を震わす。今日はなんだ?弱みを握られる日か?

「シャチ…んなわけねェだろ…」
「えっ!?それだけキャプテンを悩ます女の子の存在が現れたと思ったのに…」

ドスを利かせたが図星である。今この喫煙所におれ達以外に誰も居ないのが救いだった。

「ねェよ。お前まだ仕事残ってただろ。あいつはうるせェからとっとと片付けた方が身の為だ」

シャチの直属の上司が五月蝿いのは事実。

「それもそうですね…今度また飲みに行きたいっス!では!」

敬礼のようなポーズをして軽快に喫煙所を去って行った。
1人喫煙所に残り煙草をふかす。
そう、明日がそのミヤビと食事に行く日なのだ。



午後13時近く。あの日のように柔らかい陽射しと優しい風が吹いている。

「ローさん!お待たせしました!」

はぁ、とパタパタ少し先から走ってくる。わざわざ走らなくても良いのに。

「大して待ってねェ。危ねぇから気をつけろ」

嗚呼、今日も綺麗で儚い。膝より下のスカートの裾が風で遊ばれている。脚の白さが眩しい。

「えへへ、すみません、ローさんが見えたから走って来ちゃいました!」

へらりと笑う笑顔の眩しさにまた一つ、目の前の年下の彼女に溺れるのが分かる。

「っ…、行くぞ」

彼女の腕をとり、歩き出す。
が、するりと彼女の腕はおれの手を抜ける。

「あの、こっち…でも良いですか?」

きゅ、とミヤビの細い指がおれの手に絡む。どく、と心臓が大きく跳ねる。

「あ、あァ…なんだって良い」

実は彼女は異性に慣れているのだろうか?もやりと黒い感情がおれの心を覆う。

「ローさん?どうか…しました?」

昨日も言われたな、そんな事。

「いや、ただ、」

まただ、この世界に2人しか居ないような感覚。全ての音が、遠のく。

「すごい、綺麗だと、思った」
「え…っ」

ぶわ、と白い、少し薄づいただけの頬が色を濃くする。綺麗だ、本当に。なんというか、花が開くような。

「い、いや…その、」
「…い…す…」
「ん?」

「嬉しいです…」

耳まで真っ赤、首も。目を伏せながら恥ずかしそうに言うから、たまらない、本当にたまらない。

「おれは…」
「?」

顔が紅いままきょとんとした顔でおれの言葉を待っているミヤビ。

「いや…なんでもない。忘れてくれ」

彼女の手を引いて歩き出した。

「忘れられるわけ、ないじゃないですか」

彼女の呟いた言葉は風にさらわれ、おれに届かなかった。


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