突然の解放
……目が覚めても、あたりは暗いまま。
今にも燃え尽きそうな蝋燭のゆらゆらと揺れる頼りない明かりだけが、この部屋を照らしていた。
信者たちは、この部屋を『聖なる女神の部屋』と呼んでいる。
…しかし、そんな名前とは裏腹に、
部屋の壁や天井にはびっしりと大量の御札と何本ものしめ縄が張られていて、
窓のないこの部屋で唯一の出口である扉にも、何十枚……いや、何百枚もの御札がびっしりと隙間無く貼られていて、おまけにしめ縄まで張り、
桜花が絶対にこの部屋から出られないようにしてあった。
一日に1回、信者が部屋の蝋燭を取り換えに来る以外、きつく鍵が閉められ、桜花はずっとその部屋に閉じ込められていた。
「……昔の夢、だったのね」
桜花は自嘲気味にそう呟いて、うつぶせの状態からゆっくりと体を軽く起こした。
外からは、呪文のように何度も信者の言葉が聞こえてくる。
「おお、我らの女神よ!どうか我らに尽きることのない富を、幸福を、分け与えたまえ!」
その言葉を聞いて、桜花は「もううんざりだ」とでも言うように顔をしかめた。
「……何が『我らの女神』よ。私は『倉院の里の女神』だわ!」
「貴方たちの先祖が私を無理やり捕まえて倉院の里から連れ出して…ずっと私の力を無理やり絞り出して……!!」
「こんな酷い部屋、封じられて弱っていなければ、すぐにでも出て行ってやるのに……!」
そう言うと、桜花はちらりと自分の後ろにある小さな祠を見た。
壁や扉と同じように、たくさんの御札やしめ縄で固く閉ざされたその中には、
これまた、額に御札を貼られている桜花そっくりの小さな人形が入っている。
本来、桜花の『幸運を呼ぶ力』は、桜花が愛する者にしか効かないし、与えられない。
……しかし、この人形の呪いの力で、桜花は何十年も無理やり力を搾り取られていた。
愛してもいない、人間たちのために。
出したくもない力を出し続け、その力を吸い取られ続けて弱り、それを少しでも回復させようと寝ては起きて、を繰り返し続ける日々。
そのせいで、桜花はすっかり衰弱しきっていた。
「……きっともう、外では何十年も経ってるでしょうね……」
「まあ……最初に私を攫った人間はもちろん、きっと供子も……もう、老いて死んでるわよね…」
「何年も何年も…ここで、力を吸い取られて弱っていくばかり……」
そう呟くと、桜花はぺたん、と力なく床に突っ伏した。
「……いつか私が、ここから出られる日が……来るのかしら……」
そんな事を考えながら、
桜花は床に突っ伏したまま、静かに眠りについた。
そして、数日後……
いつも通りに大人しく眠っていた桜花は、外の異様な騒がしさに目を覚ました。
「ん……一体、何事なの……?」
這うように扉の近くまで移動し、桜花はそっと扉越しに聞き耳を立てた。
「……な、なんだ貴様らは!」
「黄金幸福教教祖、非道了助!逮捕するッス!!」
「く、くそっ!お前たちのような穢れた人間共が、この聖域に足を踏み入れるなど許されるはずがない!!」
「言い訳は、署で聞くッスよ!」
「(…も、もしかして……他の人間がやってきたの!?)」
でも、話を聞いてみればどうやら非道とは敵のようだし……
「(もしかしたら…ここから出られるかもしれない……!)」
桜花はだるくて重い体を引きずりながら、
扉を出来る限り強く、ドンドンと何度も叩いた。
「(……例えここの扉が開いても、普通の人間には私は見えないし、祠の中に人形がある限り、逃げられはしない。)」
「(でも……でも、誰かが祠を開いて、
あの人形を壊すか、御札を剥がしてくれたなら!)」
「(今すぐにでも、この忌々しい部屋を出ることができるはず!)」
……私はもう、暗い部屋で弱り続けていくなんて嫌!
桜花は必死に扉を叩き続けた。
そのうち、捜査官の一人が音に気付く。
「ん?……なあ、イトノコ刑事。……何だか変な音がしないか?」
「えっ?ああっ!!……確かに、扉を叩くような音がするッス!」
「もしかしたら、誘拐された子供か女性がまだ残っているのかもしれない。少し様子を見てきてくれないか?」
「了解したッス!」
「(気づいてくれた……!)」
「えーと、物音はこの部屋からッスね…何だか、近寄りがたい雰囲気ッス……」
「……でも、もし人がいたら大変ッスよね…」
イトノコ刑事は御札やしめ縄がべったりと貼られた扉を前に一瞬尻込みするが、
覚悟を決めたように深呼吸すると、勢いよくドアノブに手をかけた。
「御札が邪魔で入りづらいッス……よい、しょっと!」
御札をビリビリと無理やり破る形で部屋に入ったイトノコ刑事は、壁中の御札に目を丸くした。
「……う゛ッ、何だか凄い部屋ッス……お、おーい、誰か居ないッスかー?」
桜花はイトノコ刑事が気づくよう、わざと祠を揺らす。
イトノコ刑事は祠が揺れたことに一瞬びっくりすると、祠を見つめた。
「……ち、小さい…ほ、祠?」
「あっ!…こういうところに麻薬とか、証拠が隠されてたりするッスよね!一応見ておくッス!」
扉と同じようにベリベリと引きちぎるように御札を剥がし、
イトノコ刑事は祠をそーっと開く。
……そして、中に一つだけ入っていた人形を手に取った。
「これ、人形ッスかねえ……?」
「どうやら普通の人形らしいッスけど、御札が邪魔でちゃんと顔が見えないッス……」
イトノコ刑事はそう言うと、額の札を剥がそうとした。
…しかし手を滑らせ、人形を床に落としてしまう。
パリン!と、陶器独特の割れる鋭い音が、部屋に響き渡った。
その瞬間、一瞬だけだが…
蝋燭の炎が天井に着きそうなほど大きく燃え上がり、
部屋中に春の日差しのように明るい光と、桜のように甘くていい香りが満ち溢れた。
「えっ、ええっ!?…何が起きたんスか!?」
「私……自由よ!自由なんだわ……!!」
今まで桜花を縛り付けていた呪いがなくなって体が軽くなり、走れるほどに回復した桜花は、
「今、何が起きたのかわからない」という顔をして狼狽えるイトノコ刑事のそばを、走って駆け抜けた。
捜査官や鑑識の隙間を縫い、
捕らえられた信者たちの前を通り過ぎ……桜花は風のように走り去って、その場から消えた。
「……ま、待ってくれ、女神よ!貴女を信じ続けた私たちを置いて行こうと言うのか!?」
そんな非道の悲痛な叫びにも、一切耳を貸すことなく。
「はあ……はあ……」
もう二度と捕まらないように、必死に走ってあそこから逃げてきたはいいものの……
「…ここは、一体どこなのかしら……」
「と言うか…ここは本当に日本なの?まるで、別の国みたい……」
辺りには、山のように高いビル。
周りには沢山の人や、車が行きかっている。
今まで長い間閉じ込められていた桜花には、見たこともないものばかりだった。
…そのうち、桜花の足元がおぼつかなくなり始めた。
なぜなら……呪いが解けて一時的に回復したように感じただけで、
桜花がひどく衰弱していることに変わりはなかったためだった。
次第に桜花はフラフラと千鳥足になり、道にあった石に躓いた拍子に転んでしまった。
地面に打ち付けたところがひどく痛むが、起き上がるどころか指先すら動かせない。
じわじわと霞む視界に、桜花はそっと目を瞑った。
「(わたし……もう…うごけ、ない……)」
「(…せっかく……自由に、なれたのに……)」
そしてそのまま、桜花は意識をなくした。