きっと帰るから
「おはよう、イヨ!」
「ん……おはよ、ホースケ。」
毎朝、俺は事務所に行く前にイヨの店である「Handy Craft」の前を通る。
いつもそこで朝の挨拶をして、そのあと軽いキスをするのが日課なのだが、
今日は、イヨの様子が違っていた。
いつものイヨは、朝早く店を開ける前に
店のショーウィンドーのガラスを磨いたり、店の前を箒で掃いて綺麗に掃除したりしていたが、
今日はボタンやリボンのステッカーが貼られた大きなトランクの上に座り、
膝の上で、ホワイトボードに何やら文字を書いていた。
“ご迷惑をおかけしますが 諸事情により、数日ほどお休みします。 店主・待針 イヨ”
「……これでよし、と」
イヨはそのホワイトボードを店のドアにひっかけ、座るために横にしていたトランクを起こす。
「……出発する前にホースケに会えてよかったよ。会えなかったらメールで教えようかと思ってたからさ」
「イヨ、どこか行くのか?」
「うん……」
そう言うと、イヨは困ったように後ろ頭を軽く掻いた。
「ちょっと、マドルカ国のお母さんの実家に戻ることになっちゃってね……」
「ええっ!?」
「あっ、安心して!…ちょっとした仕入れのトラブルの解決と、私の手芸道具のメンテナンスに行くだけだから」
「トルソーはどうしたんだよ」
「ああ、昨日の晩に金音ちゃんと銀音ちゃんのところに預けてきたよ。あの子たち猫好きだしね!」
「……トラブルの解決って、何日くらい?」
王泥喜がそう聞くと、イヨは左手を顎に当てて考え出した。
「んー、そうだなあ……西鳳民国とボルジニア経由だから、片道移動でも最低3日はかかるし、結構複雑な用事だから…最悪、2週間はかかるかな」
「そんなに……!?」
王泥喜が悲しそうにしょんぼりとうつむくと、イヨは王泥喜にぎゅっと抱き付いた。
「……しょんぼりしないで……私も、本当はホースケと離れたくなんかないんだよ?」
「う、うん…」
「大丈夫!用事が終わったらすぐ帰ってくるから!」
「……“私の”ホースケのもとにね!」
イヨはそう言うと、王泥喜の右耳にかかっているイヤーフックを、人差し指でつついて揺らした。
シャリン、シャラン……と、リシャール鉱石特有の小さく澄んだ音が耳元で鳴る。
「…あ、そろそろタクシー捕まえて空港行かなきゃ!」
イヨはトランクの取っ手を掴むと
急いで王泥喜の頬に「いってきます」のキスをして、タクシーを捕まえてそのまま空港まで行ってしまった。
……それからと言うもの。
王泥喜は3日目くらいから生気がじわじわと無くなっていき、
裁判の時でもご自慢の大声が出なくなり、いつもの「待った」や「異議あり」の声もだいぶ小さくなっていた。
事務所でも30分おきにイヤーフックを自分の指で揺らしながらため息をついて、
いつもの王泥喜とは完全に別人であった。
「はあ………」
「(まったく…ため息つきたいのはこっちだよ……仕事にならないからイヨちゃん、早く帰って来てくれ……)」
…と、成歩堂に思われているのも知らずに。
そして2週間後。
「ただいま帰ってきましたー!」
「あら。…お帰りなさい、イヨちゃん。お仕事片付いた?」
「あっ、桜花さん!もちろんバッチリですよ!……あ、あとこれお土産のマドルカクレープです。」
「あらあら、気を遣わなくていいのに…」
イヨの元気な挨拶を聞きつけ、
王泥喜は急いで事務所の玄関へと走り出した。
「…イヨっ!」
「ん、ホースケ!たーだいま!」
王泥喜はイヨを見るなり勢いよく抱き付き、
イヨも嬉しそうな笑顔で何度も頬ずりした。
「王泥喜くん、すっかり元気になったわね」
「えっ?」
「ふふ、王泥喜くんったらね、イヨちゃんが居ない間ずっと元気がなかったのよ?」
「……お、桜花さん!」
「あら、本当の事じゃない。」
「ホースケ……意外と寂しがり屋だったんだね。」
「……う、うるさい!…確かに、寂しかったけど……」
「いいんだよ、寂しがり屋で。私もホースケに会えなくて寂しくてさ…」
「実を言うと、実家でも飛行機でも寝れなくて、この二週間ほぼ寝てないんだ」
「ええっ!?」
「……だからね、今、すごく…ねむ…い……」
そう言うとイヨは、王泥喜の腕に倒れ込んで、幸せそうにすやすやと寝息を立て始めた。
その幸せそうな顔に、
王泥喜は困ったような、でも嬉しそうな顔で笑うと、
事務所のソファーへとお姫さま抱っこで運んだ。
あいたい、愛たい。
(そっと額に「おかえり」のキスをしておいて。)
自分で書いておいてなんですが、
イヨちゃん、2週間の間ほぼ寝てないってそれすごくやばいんじゃ……
20150605