つがいになる覚悟ならとうに出来ていた

「……あれ、俺の服が何枚かない」


そう言うと鉄平は首をかしげる。
仕方ないと別の服に着替え、ぽつりとこう呟いた。


「……そういや、あの二人はまだ出てこねえのかな」


……先週から、何だかおかしい事が続いている。
先週からフロランタンが部屋にこもって再生屋の仕事にまったく出てこず、
同じく先週から、いつも受付業務をしているはずのフランベルも部屋にこもりきり。


「……フロランタンだけでも呼びに行ってみるか……」


そう言うと鉄平は腰を上げ、ゆっくりと歩きだした。



「……おい、フロランタン!どうしたんだよ!」


ドンドン、と鉄平がフロランタンの部屋のドアを叩くと、フロランタンが部屋の中からか細い声で返事を返した。


「うぁ……鉄平兄さんっすか……?」

「お前どうしたんだよ、先週から仕事にも出てこねぇで」

「あれ……兄さん、お袋から聞いてないんすか……?」
「ダメっすよ兄さん……この時期の俺とフランに近づいたら……」

「おいおい……体調でも悪いのか?」

「えぇ……それを聞くのはヤボってもんすよ兄さん……」


「俺とフランは今……“発情期”なんす……」


「お袋はつがいの親父がいるっすから、兄さんや俺に影響ないっすけど……」
「つがいの居ない独り身の俺達は今、とてもじゃないっすけど……外には、出られないっす……」

「んな……!?」

「……しかも、今年分の抑制剤を親父が注文し忘れてたもんだから……そりゃあもう大事なんすよ……」
「鉄平兄さんも俺たちのせいでヤケドしたくはないっすよね……?一応これ、預けとくっす……」


フロランタンはそう言うと、ドアを腕が通るギリギリだけ開けて鉄平に何かを差し出した。


「……これは?」

「俺特製……ナインテールフォックス用の発情鎮静剤っす……」
「俺とフランが何かしでかした時は……ネイル注射でそれをどこでもいいんでぶち込めば大人しくなるっす……」


そう言うとフロランタンはすぐ部屋のドアを閉める。

「今、お袋が急いで抑制剤を仕入れに行ったんすけど……まだ2日ほどかかるらしいんすよ……」
「だから……は、早く、どっかに行ったほうがいいっすよ……特にフランに何かされる前に!!」

「……お、おう。俺になにか出来ることがあったら言えよ……?」

「ありがとうっす……でも、今は大丈夫なんで……早めに逃げるっすよ……フランは多分、今頃がフェロモンのピークっすから……」

「……おう、わかった。それが終わったら戻ってこいよ」


他にも言いたいことがあったが鉄平は大人しくそれを飲み込み、その場を後にしようとした。
しかし……鉄平が何気なしにフランベルの部屋の前を横切ったとき、ふわっと甘い匂いがしたと思ったその瞬間……その足は止まった。



「……!?(足が……動かねえ……!?)」


そのまま自分の意志とは真逆に、鉄平はフランベルの部屋の方を向きドアに手を掛けて開けようとする。


「……おいおいおい、そりゃマズいって!!」


だがしかし抵抗空しく鉄平はドアを開けてしまい、さらに部屋の中に歩を進めてしまった。


「……ふぁ……誰ですかぁ……わたしの大事な“巣”に入るなんて……」


その瞬間、目を疑うような光景が鉄平の目に飛び込んでくる。

……そこにはベッドの上でふーふーと荒い息を吐きながら、横たわるフランベルの姿があった。

熱にでも浮かされたような、とろんとした赤い顔にとろりと溶けた目。
いつもふわふわの尻尾はこれでもかというほど膨らみ、しきりにその身を震わせている。


しかも……フランベルの周りに落ちている服や、きつく抱きしめている服は、鉄平が失くしたはずの服であった。

周辺にはふわりと甘い匂いが漂い、その匂いのせいか体の自由が全く効かずに指先すら動かせず、鉄平は動きを完全に縛られていた。


「(この甘い匂いは……ナインテールフォックスのフェロモンか……!!)」

「あはぁ……てっぺーさんだぁ……vV」


フランベルはそう嬉しそうに甘えた声を出すと、
自分の尻尾を勢いよく伸ばして、ドアの前にいた鉄平を自分のいるベッドの方へ引きよせる。


「うわあっ!?」

「……ふふ、うふふ……嬉しいです……鉄平さんvV」
「わたしの“つがい”に……なりに来てくれたんですよねぇ……?vV」

そう言うとフランベルは鉄平に近寄り、腕でも、尻尾でも鉄平を強く強く抱きしめる。
そしてとろんと溶けた表情で何度も鉄平の胸板に頬ずりし、心底嬉しそうな声でこう言った。

「……わたし、鉄平さんが好きですから……大好きなんですから……ふふ……ね?いいですよねえ……?」
「首元に咬みついちゃいますけど……できるだけ痛くしないようにしますから……わたしが咬み終わったら鉄平さんも……咬んでくださいね?」


その瞬間、フランベルの放出していたフェロモンが少し途切れる。
そのまま首元に咬みつかれそうになるが、鉄平はフェロモンの途切れたその隙を見逃さず
一瞬だけ自由になった体で咬みつきを上手に避け、こう言った。


「……フランベルちゃんからの熱いアプローチは正直昇天ものだけど、そういうのは素面(しらふ)の時に言ってくれっとうれしいんだけどな」


そしてそのまま、ノーガードのフランベルの首筋にネイル注射で鎮静剤を打ち込んだ。
その痛みにフランベルは一瞬「きゃうんっ!」と小さい鳴き声を上げ、そのまま鉄平の胸元へ倒れ込む。

その数十秒程あと、ゆっくりとフランベルは体を起こした。


「あれ……私は、何を……」

「気がついたかい、フランベルちゃん?」

「!?え!?なんで、鉄平さんが……」


今のフランベルは鉄平の胸元に抱きついたまま。
その状態に頭の処理が追いついていないのか、目をぐるぐるとさせながら赤い顔をした。
しかしすぐに顔から血の気が引き、真っ青な顔で鉄平の首筋を見る。


「あ……く、首筋は大丈夫ですか!?わたしにどこか咬まれてないですか!?」

「大丈夫、どこも咬まれてねーよ……フランベルちゃんこそ、今はフロランタンの鎮静剤が効いてるけど体調はどうだ?」

「ええ、なんとか……火照りがちょっと落ち着いたので理性が戻ってきたみたいです……」

「それにしても、悪かったな。フェロモンに充てられたとはいえ、ノックもなしに部屋に入ってきちまって」

「い、いいえ!そんなことありません!前もって発情期の事を説明しておかなかった私も悪いですか……ら……」

そう言ってフランベルが赤くなった顔をベッドのほうに背けると、そこには今だに鉄平の服が何枚か落ちている。
それを見た瞬間にフランベルの動きが完全に止まり、顔がさらに真っ赤に染まっていく。

「……き、きゃあああああっ!?な、なんで……わたし、鉄平さんの服で巣作りを……!?」

羞恥と混乱が最大になり、半分パニック状態のフランベルに鉄平は優しく声をかけた。

「お、落ち着けって……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……!わ、わたし……なんてこと……!!」
「発情期だからって……服を盗るなんて、そんなことしちゃいけないのに……!!」

……しかし、フランベルは鉄平への恥ずかしさと罪悪感からか、大粒の涙を瞳に浮かべて泣き出してしまった。

それを見かねた鉄平は、フランベルを優しく両手で抱きしめる。

「大丈夫だって。俺は気にしてないよ」

「……鉄平……さん?」

「俺はむしろ嬉しかったんだぜ?フランベルちゃんが俺の服を選んで巣作りして、しかも俺の事を“つがい”に望んでくれたんだから」

「わ、わたしったら、そんな事を……?」

「……それが例え、発情期からくる妥協でもいい。俺はフランベルちゃんが好きなんだ」

「……!」

突然の鉄平の告白に、フランベルは狐耳まで真っ赤にする。
……9本の尻尾も、全部先端まで力が入ったようにぴんと立ったままで。

「私も……私も、鉄平さんの事がずっと、ずっと好きでした!」

そう言うと、フランベルは照れ隠しのように鉄平に抱きつく。
……その数分後、フランベルは驚いた表情で自分の体を見つめた。


「あ……あれ……?体の火照りが無くなってる……?」

「ん?どういうことだ?」

「抑制剤があっても体が火照ってたのに……なんだか……わたし、発情が終わったみたいです……?」

「ええっ!?」


その瞬間、抑制剤を買いに行っていたカヌレがフランベルの部屋のドアをけたたましい音を上げながら開けた。


「フランベル!!抑制剤だよ!!」


しかし、カヌレは鉄平が部屋にいることに気づいて顔を赤くする。

「……なんだい、鉄平!!もうフランベルとつがいになったのかい!?」

「ち、違うっておかみさん!誤解だ!」

「そそ、そうよお母さん!」

「……んん?確かにつがいになったにしては首や体に咬み傷がないね」

「でもお母さん、不思議なの……鉄平さんに告白してもらって、私も告白したら体の疼きも火照りも無くなって……」


フランベルがそう言うと、カヌレはその場で大笑いする。
そして、2人にこう言った。


「そりゃあそうさ!あたしらナインテールフォックスの発情期は子供を孕むためじゃなくて、自分が好きなオスや自分に好意を寄せるオスに自分を見つけてもらうためのもんだからねぇ……見つけてもらったら発情期は過ぎちまうさ!!」
「そもそもナインテールフォックスのフェロモンは、自分に好意を寄せるオスを見つけて自分とつがいになってもらうために出すもんだよ。まぁ、たまに強すぎて他のオスにも当たっちまうがね。」

「ええっ!?」

「はは……私はおじゃまみたいだから逃げとこうかね。相手のいないフロランタンには抑制剤をやらなきゃなんないみたいだしねぇ」

そう言うと、カヌレはとことこと歩いて部屋から出ていく。
…そして、残された2人は顔を赤くして見つめあった。


「……えっと、その」

「フランベルちゃん……」

「は、はい?」

「その……色々すっ飛ばしたけど……俺と、つがいになってくれるか?」

「……ええ、勿論!」


そう言うと、鉄平はフランベルをしっかりと抱きしめる。
フランベルも嬉しそうに笑い、鉄平を抱き返すのであった。


……その後、2人が咬み合い本当のつがいになるのは、また別のお話。





ーーーーーーーーーーーーーーー
今度は長い……
発情期ネタは1度やっておきたかったんですヾ(:3ヾ∠)_

20190203

ALICE+