プロローグ



·····わたしの体が、ひどく痛む。
だけど何が起こったのかは、全くわからない。


「(あれ·····ユーマは?どこにいるの?)」


気がつけば、隣にいたはずのユーマもレプリカもシェディムもいなくなっていて、わたしは地面に倒れ込んでいた。
そのまま誰かを呼ぼうとしても喉が乾いているのか、出る声がひゅう、かひゅ、と掠れて音を成さない。


「(·····何が、起きたの·····?)」


本当に頭が混乱しているのか、わたしの身に起こっている事がわたしにも理解できない。
まるで頭の中に霧がかかっているようで、思考が全くまとまらない。



·····でも、ユーマと一緒にユーゴさんの言いつけを破って門の外へ出ていった事は、うすぼんやりと覚えている。



「(·····とりあえず、ユーマ達を探さなきゃ·····)」


そうして体を起こそうと身をよじったその瞬間、わたしの体に激痛が走り·····
痛みのせいか、意識が急にクリアになった。


「(そうだ·····わたし達、ブラックトリガーに·····!!)」


そのことを思い出したわたしは「早くユーマ達を探さなきゃ」と思う心とは裏腹に、
痛みのせいでわたしの体には力が全く入らず、地面に倒れたまま動けない。

そして今まで顔の右側を下にして倒れていたせいで気づかなかったが、
どうやらわたしの右目は潰れたか抉れたようで、右目はもう闇しか映さない。
顔を必死に動かして残った左目で体のほうを見てみると、わたしの右足と左手は吹き飛ばされて影も形も無くなっていた。


「(·····なるほど·····そりゃ体も痛むし動けない訳だ·····)」


痛みのせいか無駄に冷静になったわたしがそのまま地面に落ちた虫のように横たわっていると、
傷だらけのシェディムに誘導されたお母さんが、慌てた様子でわたしの方に走ってくるのが見えた。


·····あぁ、ダメだよ、こっちに来たら。
あの黒トリガーに見つかったら、どうするの?


「·····おかあ、さん」


ようやく絞り出した声も、酷く掠れている。

目や腕や足に気を取られた上にひどい痛みで今まで全く気づかなかったが、
わたしのお腹にはどうやら大きな穴が開いているようで、声を出し息を必死に吸い込むたびにしゅうしゅう、と空気がお腹の穴から抜ける音がした。


「·····純白様!」

「マシロ!!あぁ·····なんて酷い怪我を!!」

「·····おかあさん·····はやく、にげて·····ぶらっく、とりがーが·····」

「今は大丈夫よ、敵はわたくしに気づいていないわ·····!」

「よかっ、た·····おかあ、さん·····」

「純白様、そのような酷いお怪我で喋ってはいけませんわ·····!」

「·····ごめんなさい、ごめんなさい·····わたくしがあなた達を止めなかったから·····!!」


リリスはそう言うと、純白を抱きしめて泣き縋った。


「その傷·····さぞかし痛かったでしょう、苦しかったでしょう·····わたくしの、愛しいマシロ·····!」

「わたしは·····だい、じょぶ·····おかあさんが、ぶじなら、いいん、だよ·····」

「あぁ·····マシロ·····可愛い顔まで酷い怪我をして·····可哀想に、可哀想に·····!!」


純白を抱きしめたままで子供のように泣きじゃくるリリスを純白はただ、光の消えかけた瞳で見つめることしか出来なかった。
そしてリリスはしばらく泣いたあと、にこり、と薄く微笑んで、純白の頭を優しく何度も撫でる。


「·····マシロ、大丈夫よ。わたくしが今すぐ、あなたを元気にしてあげますからね」

「おかあ、さん·····?」

「もちろん·····傷ついてしまったその顔も治してあげましょう。」

「えっ·····?」

「·····その傷なら、欠けた部分にわたくしの顔を分けてあげればいいわ。わたくしにはもう、必要ないのだから」

「おかあさん、なに、を·····?」

「リリス様?何をなさるおつもりで·····」



「愛しているわ、わたくしの可愛いマシロ」



純白やシェディムが問いかける間もなく、リリスは純白の額にキスをすると純白をぎゅう、と力強く抱きしめた。

その瞬間辺りが弾けるように白く光ったかと思うとゆっくりと光が消えていき·····その光が全て消えると、
純白の体から全ての傷が無くなっており、黒色と青色だった髪と目の色が、白色と赤色に変わっていた。

·····そして純白の口元には、もともと無かったはずのホクロがひとつ。



「·····おかあ、さん?」





「·····あな、たは·····わたくし、の····いと、しい·····」








微笑みながらそう呟くとリリスの体は塵と化し、そのまま純白を通り抜けて地面に崩れ落ちた。

その塵の中から、手のひらに収まるほどの大きさをしたトリオンキューブが数個、純白の周りにぽろぽろとこぼれ落ちる。



「·····リリス様!!」



その風景をぼんやり見ていた純白は、シェディムの涙混じりのその声でハッと意識を取り戻した。





·····その時、わたしは気づいたのだ。
お母さんが私のためにすべての力を使い果たし、私を生かすために犠牲になったという事に。








·····そのあと、わたしがどうやって基地に戻ったのか全く記憶にない。

ぼんやり覚えているのは、わたしと同じように髪が真っ白になったユーマがわたしの手をずっと引いてくれていたという事と、
わたしの様々な感覚が急に過敏になって、視覚や匂いに酔って吐きそうなのを必死でこらえていた事だった。


そのあとでわたしはお母さんの黒トリガーと共に、お母さんのサイドエフェクトである「超感覚」を引き継いでいたことを知ったが、
これは大人たちの誰にも言わずにユーマとレプリカ、シェディムとわたしだけの秘密にした。
なぜなら·····




「ユーゴは息子を、リリスは娘を守って死ぬとはな·····」

「言いたくはないが、ユーゴの方に生き残ってほしかった。」

「リリスにも同じことが言える·····リリスを失ったことで戦力の減少は避けられないだろう。」

「いや、まだ子供たちが受け継いだ黒トリガーがある!」

「うむ·····それをうまく使うしかなかろう。」

「ユーゴの死もリリスの死も·····とても悲しいことだが、我々は戦いを続けなければならない!」

「·····マシロ、お前の母親のリリスも争いのない国を望んでいただろう?」

「ここで戦いをやめるのは、今までのユーゴやリリスの働きを無にするという事だ!」

「我々と共にユーゴやリリスの仇を討とう!二人もきっとそれを望んでいる!!」



そうわたし達に語り掛ける大人たちからは、ひどく濃い「嘘をついた時の臭い」がしていたからだ。




わたしはその臭いに吐きそうになるのを必死に我慢して、「·····そうだね」と告げるので精一杯だった。
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