目に見えないもの
【8日目】
僕の飛行機が、砂漠に不時着してから8日目。
もう一滴しか残っていない水を喉に通して、
ステラの丸薬商人の話に耳を傾けながら、こう言った。
「僕も、どこかの泉の方へ、ゆっくりゆっくり歩いていきたいなぁ」
「私の友達の狐がね・・・」
「ステラ、もう狐どころじゃないんだよ」
「どうして?」
「だって、修理は進まないし、喉が渇いて死にそうだし・・・」
「死にそうでも、友達が居ることはいいことよ。私、狐と友達になれてよかったと思ってるの。」
あぁ、きっとこの子は
今がどんなに危険な状態か、分からないんだ。
飢えたことも無い、喉が渇いたことも無い。
ほんの少し日の光が差せば、
それだけで幸せなんだろう・・・
そして、ステラは僕を見て、こういった。
「私もお水が飲みたいな・・・井戸を探そうよ・・・」
「探すって言っても、こんな砂漠で当てもなく・・・」
僕がそういうと、ステラは僕の手を握って
僕を引っ張った。
「行こう。」
「え、あ、うん・・・」
僕の手より何回りも小さいステラの手。
僕はそのとき、この手を離したくないと考えた。
何時間も僕たちは歩き続けて、
いつの間にか辺りは暗くなって、星が出ていた。
「(黙ってると気が遠くなりそうだなぁ)」
「ステラ」
「何?」
「ステラも、水が飲みたいの?」
「・・・水は、心にもいいのかもしれないわね。」
ステラは悲しそうにそう言った。
そして僕たちは、また歩き始めた。
ステラはくたびれたのか、その辺にあった石に腰を下ろした。
僕も、そばにあった石に腰を下ろした。
「星があんなに美しいのも・・・目に見えない花が一つあるからなのよ・・・」
「そうだね。」
「・・・砂漠は、美しいわ。」
「・・・だね。」
カラカラの死の世界。
だけど僕は、
砂漠が大好きだ。
不思議に光る砂の中に、
何か美しい秘密を隠しているに
違いないから。
「・・・砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからなんだよ・・・」
「・・・そうだね。だからこんな風にキラキラ不思議に光っているんだろう・・・」
「そうか。家でも、星でも、砂漠でも、その美しいところは、目に見えないんだ」
僕がそういうと、ステラは嬉しそうに笑った。
「嬉しいな。士郎が私の狐と同じことを言うんだもの。」
「・・・ステラ?眠っちゃったの?」
ポタ
「あれ?何で涙が・・・」
あぁそうか。
僕は今、この世で一番
壊れやすい宝物を目にしているんだ。
月に照らされた青白い顔も
まぶたを覆う睫毛も
風に震える、金髪も・・・
涙が出るほど美しいけれど
本当に美しいのは、外側じゃないんだ。
大切なものは、目に見えないのだから。
僕は、そっとステラを撫でた。
星が花を隠しているように、
砂漠が井戸を隠しているように、
ステラの心の中には、
一輪の薔薇が咲いてるんだ。
「ん・・・・しろ、う?」
「ごめんステラ。起こしちゃった?」
「ううん。いいの。」
「・・・井戸を、探そうか。」
「そうね!」
そして夜が明けるころ、僕たちは井戸を発見した。
「みんな、特急列車に乗り込むけど、今じゃもう、何を探しているのか、分からなくなってるの」
「・・・ご苦労様な話よね」
僕たちが行き着いた井戸は、
砂漠にはふさわしくない井戸だった。
僕は、夢を見ているような気持ちだった。
「変だな、みんな用意してある。車も、つるべも、綱も・・・」
僕がそういうと、ステラは笑った。
そしてステラは、綱に手をかけて、井戸の車を動かした。
車はうめくように、ギイと音を立てた。
「聞いて士郎、この井戸、目を覚まして歌ってるわ・・・」
僕は、ステラじゃ力不足だと思って、こう言った。
「僕が汲んであげるよ。君には重いだろうから」
そして僕は、つるべいっぱいに溜まった水を汲み上げた。
キラキラと光って、綺麗な水だった。
「私、そのお水欲しいな。」
僕は、つるべをステラの唇に近づけた。
ステラは、目を瞑って幸せそうに、
それをごくごくと飲んだ。
まるで、お祝いの日のご馳走でも食べるかのように。
「そうだ、私・・・この水が欲しかったんだ。」
「僕もだよ。この水は、君と僕が星空の下を歩いて、見つけた水なんだよ」
「そして井戸の歌を聴きながら、士郎が力をこめて汲み上げた水だわ。」
「この星の人ったら、同じ庭で五千も薔薇を植えたりしてるけど・・・・」
「でも自分たちが何が欲しいのか、何を探してるか分からずにいるのよ・・・」
「うん、分からずにいるんだ・・・」
「だけど、探しているのものは、1つの薔薇の花の中にだって、少しの水にだって、あるんだけどなあ」
「そうだろう、きっと」
「だけど、目じゃ何も見えないのよ。心で探さなきゃ」
僕は水を飲んで、ほっとした。
すると、ステラが何かを思い出したような顔をして、こう言った。
「士郎は、約束を守らなくちゃ」
「約束?」
「羊に嵌めてやる、口輪のこと。」
「私は何があっても、あの薔薇を放っておく事はできないの。」
「あぁ、そうだったね・・・」
僕は、ポケットから描きなぐった絵をいろいろと取り出した。
「士郎の書いたバオバブったら、何だかキャベツみたい。」
「ひどいなあ!ずいぶん得意になって描いたバオバブなのに」
「これ、狐ね。この耳ったら、あまりにも大きすぎるわ・・・まるでリボンみたいじゃない」
「大目に見てよ。だって僕はウワバミの外側と内側しか描けなかったんだから」
「ふふっ、それでいいのよ。子供にはわかるんだから」
僕は、そこで口輪を鉛筆で書いた。
それをステラに渡すとき、僕は心がいっぱいになった。
「ステラ、君は僕の知らない、いろんなことを、しようとしているんだね・・・」
僕がそう言うと、ステラは何も答えずに、
泣きそうな顔になって、空を見た。
「あのね、私・・・この地球に降りてきて、明日で、1年目の記念日なんだ・・・」
「そういえば私、この近くに降りてきたんだっけ・・・」
僕はそれを聞くと、変に悲しくなった。
「一週間前、僕たちが出会ったとき、ステラは人里から1000マイルも離れた砂漠を一人で歩いてた。」
「ただ歩いていたわけじゃなくて、降りてきた場所へ戻るためだったんだね・・・」
ステラは、少し顔を赤くした。
僕は、続けてこう言った。
「記念日だったからだろうね・・・」
「あぁ・・・私、少し怖くなっちゃった・・・」
「・・・?」
「さ、士郎は飛行機を直さなくちゃ。」
「ステラ・・・」
「私、ここで待ってるわ。明日の夕方、また、ここに来てよ。・・・待ってるから。」
「・・・分かったよ。」
僕は大人しく、飛行機のところへ戻った。
そしてまた、帰るときに涙が零れた。
「あれ、どうして、また・・・」
“別れとは、悲しいものだな”
「・・・別れ?」
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