お別れ
井戸の傍には、古い壊れた石垣があった。
次の日、僕が修理を終えて戻ってくると、
ステラはその石垣に腰を下ろして、両足をぶらぶらさせているのが遠くから見えた。
「(あ、ステラだ)」
僕が声をかけようとすると、
ステラの声が聞こえてきた。
「・・・じゃあ、憶えていないの?」
「どうも、ここじゃなさそうだよ」
「(誰と話してるのかな?)」
「そうだよ!今日なの!」
「だけど、場所はここじゃなかったわ・・・」
僕は、石垣のほうに歩いていったけど、
誰の姿も、誰の声も聞こえない。
だけどステラは、真剣そうな顔で、見えない誰かと話をしていた。
「・・・その通りよ」
「砂の中の、私の足跡がどこから始まっているか、見てきて欲しいの。」
「私をそこで待っているだけでいいよ。私、今夜そこへ行くんだから」
僕は、石垣から20メートルくらい離れたところで見ていたけど、
やっぱり何も見えなかった。
「あなた、いい毒持ってるのね。」
「その毒なら、きっと私・・・長いこと苦しまなくてもいいんだよね?」
(毒って何!?)
僕は急いで、ステラの元へ駆け寄った。
「さぁ、もう向こうへ行って・・・私の友達が来るし、私、下へ降りたいの・・・」
そのとき、僕は石垣の下のほうを見下ろして、ギョッとした。
そこには、30秒で人の命を奪う、
金色の毒蛇がいたから。
僕がピストルを向けて、その蛇を撃とうとすると
蛇は何かを察したように、すぅっと砂のなかに入っていった。
そして、石垣から下りるステラを両腕で受け止めた。
ステラの顔は、雪の様に白くなっていた。
「どうしたの?今度は蛇と話をするなんて!」
僕は、ステラがいつもしている赤色の襟巻きをゆるめて、水を少し飲ませた。
すると、ステラは僕の首に腕を絡ませた。
「(どうしよう)」
「(言葉が、出てこないや)」
ステラの心臓は、まるで撃たれた鳥のように弱く鼓動していた。
それから、ステラは少し震えながら、僕にこう言った。
「士郎、飛行機のいけないところが見つかったのね。・・・・よかったわ。」
「・・・これで、士郎は家に帰っていけるわ・・・・」
「何で知ってるの?僕、今からそれを知らせようと・・・」
「・・・・・・」
ステラは、僕の質問には答えなかった。
だけど、続けてこう言った。
「私も、今日、家に帰るわ・・・」
それから、悲しそうに―
「でも、士郎のところより、もっともっと遠いの・・・もっともっと大変なところなの・・・」
「ス、ステラ・・・!!」
僕は、赤ちゃんを抱くようにステラをしっかりと、抱きしめた。
だけれど、ステラの体は・・・どこかの深い淵にでも落ちていって、
引き止めるにも引き止められないような気がした・・・
「私、士郎の描いてくれた羊も持ってる。羊を入れる箱も持ってる。それから口輪も・・・」
そしてステラは、悲しそうに笑った。
「ステラ、君は・・・・」
「・・・」
「怖かったん、だね・・・」
ステラは、怖かったはず。
それに間違いは無い。だけれどステラは静かに笑っている。
「私ね、今夜はもっと・・・怖い思いをするの・・・」
きっと・・・
どんなに強く手を握っても・・・
どんなに強く抱きしめても・・・
ステラを引き止めることは、出来ないんだ・・・
「ステラ・・・もう君の笑い声を聞くことは、できないの・・・?」
「僕、君の笑い声がもっと聞きたいんだ・・・」
けれどステラは、その問いには答えず、こう言った。
「・・・今日で一年。私の星は、去年私が降りてきたところの、ちょうど真上に来るのよ」
「嘘でしょ・・・!?星とか蛇とか・・・」
「居なくなったり、しないよね!?」
ステラは、少しだけ困った顔をしてこう言った。
「士郎・・・大切なことは、目に見えないのよ・・・」
「うん、そうだね・・・」
「花だって同じよ。もし士郎が、どこかの星にある花が好きだったら・・・」
「夜空を見上げるのが、楽しくてたまらなくなる。どの星も、花でいっぱいになるのよ」
「そうだね・・・」
「水も同じよ。士郎が私に飲ませてくれた水・・・あの水、どんなご馳走より美味しかった。」
「そう、だね・・・」
「ね、夜になったら、星を眺めてよ。」
「私の家はとても小さいから、どこにあるのかは士郎に見せてあげられないけど、それがいいよ」
「士郎は、私の星を星のうちのどれかひとつだと思って見上げる。」
「そう思って星を見上げると、星が好きになるよ。星がみんな、友達になるわけ。」
「ステラ、僕は・・・その笑い声が好きだよ」
「じゃあ・・・私の笑い声、持っていてね。私からの贈り物よ。私があの水を持っているように。」
「水を・・・?」
「人はみんな、違った目で星を見るから。」
ステラはにこっと笑って、こう言った。
「旅をする人にとって、星は道しるべなの。学者の人は難しい問題だと思ってるし」
「私の会った実業家なんか、星を金貨だと思ってた。ただの光る点だと思ってる人も居た。」
「星は、自分が何者かって教えてくれないから。・・・士郎にとっての星は、そのどれでもない。だから士郎には他の人と違った星が見えるはずよ。」
「僕にとっての、星・・・」
「私ね、あの星の中の一つに住むの。その一つの星の中で笑うんだ。」
「だから士郎が、夜に星を見上げたら、星がみんな笑ってるように見えるのよ。」
「するとね、士郎だけが笑い上戸の星を見るわけ。」
そして、ステラはまた笑った。
「・・・ね、どんなときも・・・士郎は私の友達。悲しいときだってさ、私と一緒に笑いたくなるよ。」
「そこに星があって、嬉しいって思うよ。 」
「ふふっ、士郎の友達はビックリするだろうね。士郎が空を見上げて笑ってるんだから。」
「そして士郎は、「星を見ると、いつも笑いたくなる」って答えると思うよ。 」
「あはは・・・その友達は、士郎がおかしくなっちゃったって思うだろうね。」
「私、とんだイタズラをしちゃったかな?」
ステラは、また笑った。
「そうすると、私は星の代わりに、笑い上戸の小さな鈴をたくさん、士郎にあげたことになるね。」
ステラはそういうと、真面目だけど悲しげな顔をしてこう言った。
「士郎・・・今夜は、ここに来たらダメだよ」
「・・・僕、君のそば、離れないよ」
「私、病気になったみたいな顔しそうよ・・・何だか、生きてないような顔しそうよ・・・」
「だからそんな様子、見たってしょうがないじゃない・・・」
「僕、君のそば、離れないよ」
「でも、蛇が居るのよ?・・・蛇ってば、意地悪だから・・・士郎に噛み付いちゃうかもしれないわ!」
「君のそば、離れないよ」
「・・・そっか、蛇ってば、2度目に噛み付くときはもう、毒は無いんだっけ・・・」
ステラは一瞬、安心したような顔をすると、
また悲しそうな表情になった。
そしてその夜、僕はステラが出かけたことに気がつかなかった。
僕は急いで後を追って、ステラの手を優しく掴んだ。
「士郎・・・」
「ステラ。」
「来ないほうが良かったのに。私、死んだようになるんだよ・・・」
僕は、黙っていた。
「・・・ね、遠すぎるのよ。私ね、とてもじゃないけど、この体を持っていけないの。重すぎるんだもの」
「でも、それは、そこらに放り出された古い抜け殻と一緒なのよ。」
「悲しくなんてないわ、古い抜け殻なんて・・・」
僕は、また黙っていた。
「・・・ね、私も星を眺めるわ。星がみんな井戸になって、キィキィ歌うの。」
「そして、私にいくらでも水を飲ませてくれるの・・・」
僕は黙っていた。
「ふふ、本当に面白いでしょうね!士郎は5億も、泉や鈴を持つのよ!」
そして、今度はステラも黙ってしまった。
泣いていたから・・・
「だから・・・かまわず、私を1人で行かせてね」
といって、ステラは腰を下ろした。
怖かったから・・・
それからまた、こう言った。
「ねえ・・・私の花・・・私ね、あの花にしてやらなきゃいけないことがあるの」
「弱い花なの。無邪気なの。身を守るものは、4つのトゲしか持ってないの。」
僕も腰を下ろした。
立って居られなかったから。
「さぁ・・・もう、何にも言うことは無いわ・・・」
「もう・・・いいのよ・・・・」
ステラは立ち上がって、一歩づつ歩き出した。
僕は、金縛りにでもあったように、動けなかった。
そのとき、
ステラの足首に、黄色い光がひとつ、
きらっと光った。
ステラは、声一つ立てず
ゆっくりと、1本の木が倒れるように、静かに倒れた。
静かだったのは、辺りが砂だったから。
最後に、ステラの口がゆっくりと動いた。
“ありがとう しろう”
と、呟いたから。
・・・さて、今となってみると、6年前の事だよ・・・
僕はこの話を、まだ誰にもした事が無い。
お母さんにも、アツヤにも・・・。
その後、僕に会った友人達は、僕が生きているのを見て、そりゃ大げさに喜んでいた。
・・・僕は、悲しかったけれど。
そりゃ、今でも悲しい。
だけれど、どうしようもないから。
だってステラは、自分の星に帰っていったのだから。
夜が明けたとき、ステラの体はどこにもなかった。
つまり、全然重い体じゃなかったわけだ。
あれから僕は、星に耳を澄ますようになった。
5億の鈴が、鳴り響いているから。
これは、作り話でも、空想でもない
本当の話。
僕が初めて一目惚れをした、女の子の話。
僕に大切なことを教えてくれた、女の子の話。
僕の目の前で綺麗に散った、女の子の話―
きっと大人たちには分からない、
大切なことの話・・・
星の王女さま fin
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