俺の心臓なんか止まってしまえ


そして夜。

俺はキャラバンの上で、兄ちゃんの写真を眺めていた。

写真の中の兄ちゃんは、ずーっと昔の時の、幼い顔のまま。
かたや俺は、もう中学生。
顔も少し大人びているし、胸だって本当にわずかだけど膨らんできた。

そう思うと、時ってなんて残酷なんだろう。

「・・・」
「隣、いい?」
「へ?」

俺がそんなことを考えていると、隣から吹雪の声が聞こえた。

「え、あ、い、いいぜ。」
「ありがとう。」

そう言うと、吹雪は俺の近くに腰掛けた。

「お前、風邪引くぞ。俺の毛布使えよ。」
「僕はいいよ。君こそ風邪引いたら大変じゃないか。」
「いいから、いいから」
「じゃあ、2人で使おうよ。そしたら2人とも暖かいし」

そう言うと、吹雪は俺の肩に毛布をかけた。
自然と二人の距離が近くなる。

心臓の鼓動が早くなる。
心臓が煩いほど鳴る。

あぁもう煩い俺の心臓。
いっそのこと止まれ。

俺は、兄ちゃんの写真をもう一度見た。

「その子、雪女くんの弟か何か?」
「・・・ううん、俺の兄ちゃん。」
「お兄さん?」
「あぁ。彰人って言うんだけど・・・俺が小学生になってすぐ、病気で居なくなったんだ・・・」

涙が自然と零れてくる。

「俺が兄ちゃんみたいになるまで、一緒に居てくれるって言ったのに・・・。ある日、病気で・・・」
「・・・分かるよ、その気持ち。」
「えっ?」
「僕も・・・弟を亡くしたんだ。弟だけじゃなくて、家族みんな。」
「家族、みんな・・・」
「雪崩に巻き込まれて・・・生き残ったのは僕1人だけ・・・」
「そうか・・・お前も、辛い思いしてきたんだな・・・」
「うん・・・それから、暗いところとかが駄目になったんだ・・・」
「分かるよ。俺も雪崩に巻き込まれたことがあるから。」
「えっ?」
「北海道に居た頃に言っただろ。「あんなことがあったから」って」
「うん・・・」
「あれはな、雪崩に巻き込まれたからなんだよ。」
「・・・そう、なんだ」

俺は髪をかきあげて、ぽつぽつと喋り始めた。

「小さい頃の話だよ。叔母さんに預けられて、ウインタースポーツを叩き込まれてたときの話だ。」
「俺はある日、山の近くでスキーの練習をしてた。そのとき、雪崩に巻き込まれたんだ。」
「苦しかったし、冷たかった。早く出たいのに指すら動かない。このまま死んじゃうのかと思ったくらいだからな」
「・・・」
「何とか凍死寸前で助かったけど・・・それから怖くてスキーやスノボは出来なかった。」
「・・・どうして、立ち直れたの?」
「兄ちゃんが居てくれたから。怖がる俺を撫でて慰めてくれた。・・・いい兄ちゃんだったよ」
「そっか・・・」

俺は、写真たてを抱きしめた。

「本当にいい兄ちゃんだった。俺のこのペンダントは、兄ちゃんがくれたんだ。」
「そうなの?」
「そう。兄ちゃんとペアのペンダント。俺はこれを肌身離さずつけてるんだ」
「いいね、雪女くんは。」
「そうか?」
「うん・・・」

寂しそうな顔をする吹雪に、
俺は何も言えなかった。

「・・・僕、もう寝るね」
「そうか。しっかり寝ておけよ」
「うん、じゃあまた明日」
「また明日な。」

そう言って降りていく吹雪を見て、
心がまた痛んだのは、俺だけの秘密だ。

「・・・あいつらも、辛い思いしてんだな」

そう言って、俺は蝶の髪留めを見つめた。

綺麗で意外にリアルだ。

今度あいつを見かけたら、返してやらなきゃな・・・

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