·····その日の放課後。
個性把握テストを終えた生徒たちは、それぞれ着替えを済ませると疲れた様子で校舎へ戻っていく。
そして琉音も更衣を終えて教室へ向かおうとした·····その時だった。
「———久智付少女!」
·····一瞬、時が止まる。
琉音の背後から、よく通る声が響いた。
それは聞き覚えのある、力強い声だった。
·····いや、聞き覚えなんてものじゃない。
昔から何度も出久と聞いた、その声の主は———
その姿を見た瞬間、琉音の目が大きく見開かれる。
声に惹かれるまま振り向いた拍子に、琉音の胸元のチェーンが小さく鳴った。
———ちゃりん。
胸元で小さな指輪が静かに揺れた。
琉音が振り向くと、そこには·····雄英の校舎の影を背に立つ、大きな影があった。
逆光の中でも、その堂々としたシルエットは一目でわかる。
筋骨隆々の体躯、風に揺れるブロンドの髪。
·····平和の、象徴。
「オールマイト·····!」
思わず琉音は声を漏らす。
テレビやニュースでは嫌というほど何度も見てきた。
けれど、こうして真正面に立つと、その存在感はまるで別物だった。
オールマイトはゆっくりと琉音へ歩み寄る。
その鋭い視線が、ふと琉音の顔に止まった。
·····いや。
———正確には、その髪に。
オールマイト
「·····」
一瞬だけ、オールマイトの歩みが止まる。
夕日の光を受けて、桜色の髪がふわりと揺れる。
その中で、小さなハート型のメッシュがきらりと光った。
その色と形を見た瞬間———
彼の脳裏に、遠い記憶がよぎった。
燃え上がる金色の炎。
背中合わせで戦った戦場。
自分の隣で共に笑っていた、一人の男。
そして———
その炎へと伸びる、黒い手。
オールマイト
「·····」
オールマイトは小さく目を閉じる。
だがすぐに、その記憶を振り払うように琉音を見つめた。
オールマイト
「(·····あぁ、やっぱり)」
オールマイトの表情が、わずかに変わる。
ゆっくりと目を細め、確かめるように琉音を見つめた。
そして静かに、口を開く。
オールマイト
「·····君は」
一瞬だけ言葉を選ぶように目を細めて。
オールマイト
「治人の娘さんだね」
琉音
「——え」
琉音の喉からかすれた声が漏れる。
思わず胸元の指輪をぎゅっと握りしめた。
·····どうして。
どうしてこの人が、父の名前を知っているのか。
ゆっくりと顔を上げて、琉音は混乱したままオールマイトを見つめた。
琉音
「·····なぜ」
小さく息を飲み込んでから、言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。
琉音
「なぜ·····オールマイトが、父のことを?」
琉音の問いに、オールマイトはすぐには答えず、ほんの一瞬だけ視線を空へ向ける。
夕焼けに染まった空を見上げるその横顔は、どこか懐かしむような表情だった。
やがてオールマイトは小さく息を吐き、視線を琉音へ戻す。
オールマイト
「·····君のお父上とは、昔少しだけ縁があってね」
穏やかな声だった。
けれどその奥に、確かな実感が滲んでいる。
オールマイト
「私がまだ駆け出しの頃だ。今より·····ずっと未熟だった時代だよ」
オールマイトは苦笑のようなものを浮かべる。
オールマイト
「その頃、彼と共に現場に立つ機会が何度かあってね」
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
まるで·····遠い炎を思い出すように。
オールマイト
「君のお父上は·····よく燃える人だった」
一拍置いて、続ける。
オールマイト
「·····比喩ではなくね」
琉音の胸が、小さく跳ねた。
それを見たオールマイトは淡く笑う。
オールマイト
「戦場の真ん中で、まるで不死鳥のように炎を纏って戦う人だった」
琉音
「フェニックス·····!」
·····それは、父親のヒーローネーム。
その名前を口にした瞬間、琉音の指が胸元の指輪を強く握りしめる。
オールマイト
「そう、フェニックスだ」
オールマイトはゆっくり頷いた。
オールマイト
「勇敢で、心優しくて·····」
そして、少しだけ言葉を探すようにしてから、さらに続ける。
オールマイト
「そして誰よりも、他人のために燃える人だった」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
やがてオールマイトは、琉音の髪——ハート型のメッシュへもう一度視線を向けた。
オールマイト
「·····その髪を見た時、すぐに思い出したよ」
静かな声だった。
オールマイト
「昔、同じ炎を見たことがある」
その言葉に、琉音の肩が小さく揺れる。
胸元の指輪を握りしめたまま、視線を落とした。
そして——琉音は指輪から手を離し、ゆっくり口を開く。
琉音
「·····でも」
小さな声だった。
琉音
「——私は·····炎にはなれません」
オールマイトの眉が、わずかに動く。
·····琉音は自分の両手のひらを見つめながら続けた。
琉音
「少ししか·····燃えないんです」
拳をぎゅっと握る。
琉音
「·····受け取った、だけなんです」
夕焼けの光の中で、その言葉はどこか頼りなかった。
オールマイトはしばらく何も言わず、琉音を見つめていた。
やがて、ふっと小さく笑う。
オールマイト
「·····そうか」
短い言葉だった。
オールマイト
「だがね、悲観してはダメだ」
オールマイトは空を見上げる。
オールマイト
「炎というものは、不思議なもので·····」
夕焼けの空が、黄金色に燃えている。
オールマイト
「小さな灯でも、まだ小さな炎でも·····誰かの道を照らすことはできる」
そう言うと、オールマイトは琉音に視線を戻す。
その瞳は、優しかった。
オールマイト
「焦る必要はない」
「·····灯っているなら、それで十分だ」
琉音は驚いたように目を瞬かせ、そしてすぐに小さく頭を下げる。
琉音
「·····ありがとうございました」
琉音は踵を返し、校舎へ向かって歩き出す。
夕焼けの中で、桜色の髪がふわりと揺れた。
やがてその姿は校舎の影へと消えていき、静かな校庭に、オールマイトだけが残った。
そこに、風が一度だけ吹き抜ける。
オールマイトは腕を組み、夕焼けの空を見上げた。
オールマイト
「·····治人」
オールマイトは遠い昔を思い出すように目を細めて、ぽつりと呟く。
オールマイト
「お前は·····私に親愛をくれていたのか」
少しだけ苦笑する。
オールマイト
「戦友だと·····思ってくれていたのか」
———夕焼けの空が、まるで遠い昔の炎のように·····ただ、静かに燃えていた。