超常黎明期

———翌日から、雄英での学生生活が始まった。


午前は英語などの必修科目。
昼休憩をはさみ、いよいよ“ヒーロー科”らしい授業が始まる。


休憩後の教室のざわめきの中、相澤がチョークを黒板へカッカッと音を立てて叩きつける。


相澤
「この時間はヒーロー基礎学の座学だ。初回という事でまずは超常黎明期——個性社会の成り立ちからの話をする」


黒板に大きく書かれた文字は———”超常黎明期”。


「中国の軽慶市で発光する赤子が生まれたのが、個性の始まりと言われているというのは既知の通りだ」

「·····個性が発現し始めた頃、社会は今みたいに整ってなかった。法律も制度も、個性社会に追いつくには時間がかかった」

「個性保持者への差別、未熟な個性保持者の暴走、個性保持者への違法実験·····色々横行した」


教室の空気が少し張り詰める中、相澤は淡々と話を続ける。


「そんな中で、個性と社会の折り合いをつけるための制度を作った人間が何人かいる」


相澤はそう言うと、黒板に複数人の名前を書いた。
生徒たちはそれをノートに書き写していき、最後に黒板に書かれた人名は———



“イチェリア・ナイチンゲール”



「こいつは女医だ」


生徒たちが少しざわつく。


「·····超常黎明期の時代に女医ってだけでも珍しいが、こいつは個性持ちだった」

「女性差別、女医への偏見、個性保持者への差別·····その全部を乗り越えた人物だ」


そう言いながら、相澤はチョークでさらに文字を書き、話を続ける。


「こいつがやったのは主に二つ」


”保護指定個性の基準制定”

“治癒個性の医療転用”


「当時、治癒系の個性は“医者がいなくても怪我や病気が治る便利な能力”くらいにしか思われてなかった。」

「だが·····こいつはそれを医療として体系化した」


相澤がチョークを止め、教室を見渡す。


「·····あと、ヒーロー志望の奴は覚えとけ」


少しだけ声が低くなる。



「治癒系の個性は———」



「戦場で一番狙われる」




その言葉に一瞬で教室がしん、と静まる。
琉音を含む何人かの生徒が、固唾を飲む。


「敵からすれば、前線を倒すより治療役を潰した方が早いからな。それは超常黎明期でも同じだ。」


そう言うと相澤は黒板に書かれたイチェリアの名前を軽く叩く。


「治癒個性の医者や野戦医は、特によく狙われる。」

「·····超常黎明期は、そういう時代でもあった。」


その言葉に琉音の胸が、なぜかほんの少しだけざわついた。


「·····それともう一つ」


カツン、と乾いた音を立て、チョークが再び黒板を叩く。


”保護指定個性”


「この単語について答えられる奴はいるか」


相澤のその問いに、八百万はスッと手を挙げた。


相澤
「八百万」

八百万
「はい、“保護指定個性”は·····扱いを間違えれば社会的に危険になる個性、あるいは、希少性が高すぎる個性で、遺伝などの様々な要因を考慮して決められるものです」

「現在はDNAの登録制度や保護施設が整備され·····ヴィランに狙われても迅速に救出できる体制が整えられています。」


その答えに頷くと、相澤の視線がある席で止まる。


「例えば———そこの双子、お前らのキメラ個性だ」

「お前らの個性は“血液中にある絶滅動物の遺伝子”の希少性、暴走時の危険性によって保護指定個性に指定されている」


相澤はそう言いながら、陽太と陽二の方を顎で指した。
差された陽太と陽二は離れた席ながらも「え?俺達?」と言いたげに顔を見合わせる。


「絶滅した動物の遺伝子が入ってる個性なんて、そうそうない。上手く扱えば、絶滅した生物の研究や復元に役立つ可能性もある」

「·····だが逆に、悪用されたらどうなる?」


教室が静まり返る中、相澤は腕を組む。


「誰か答えてみろ」


その言葉に今度は飯田が手を上げる。


相澤
「飯田」

飯田
「はい!違法研究や兵器利用に繋がる危険性があります!また希少個性保持者の誘拐や、それに伴う個性保持者の人身売買などの犯罪も増加する恐れがあります!」

相澤
「その通り」


相澤は頷く。


「兵器化、違法改造、遺伝子売買、人身売買·····そんな犯罪ばかりだから保護指定個性なんて制度がある。この制度の基準を作ったのが、この女医だ」

「———だが」


相澤は少しだけ言葉を区切る。


「こいつは途中で突然、消息不明になる。記録が途絶えたのか、死んだのか、それとも———」

「·····それは誰にも分からない。功績だけ残して人物は行方知れず·····歴史じゃよくある話だ。」


相澤はそう言うと、「保護指定個性」のページを指差して「ここのページに、そいつの写真がある」と告げる。


その声と共に生徒たちがページをめくる音が響く。



指定されたページには———印刷越しでも一目でわかる、古びたモノクロ写真。

そこにはひどく画質の荒い、若い女性の写真が載っていた。



とろみ
「·····うわ、画質悪っ」

上鳴
「これ本当に医者?」

陽太
「ていうか結構若くね?」


あちこちの席からそんな声が上がる。

———その時だった。


とろみ
「·····あれ?」



琉音のすぐ隣から、小さな声が聞こえる。

琉音の隣に座っていた女子———水頼夢すらいむ とろみが教科書を覗き込みながら首を傾げる。


とろみ
「この人、アンタにちょっと似てない?」

琉音
「え?」


琉音が思わず顔を上げる。 とろみは教科書と琉音の顔を交互に見比べる。


とろみ
「·····ほら、雰囲気とか」


その様子に、とろみの隣の席の女子である———波路卦はじけ 火花ひばなも身を乗り出す。


火花
「どれどれ?」


教科書を覗き込み、琉音の顔を見て·····少しだけ目を細める。


火花
「あー·····言われてみれば似てるかも?」


そのやり取りを、さらに隣の席の陽太が聞きつけた。


陽太
「·····んー、確かにちょっと似てんな」


その一言で、周囲の視線が少しずつ琉音に集まり始める。


芦戸
「モノクロだから分かりにくいけど、髪型とかそれっぽい!」

耳郎
「髪型だけじゃん」

陽二
「先祖とかじゃね?」

お茶子
「まさかぁ」


そんな声がぽつぽつ上がる。
琉音は戸惑ったように教科書の写真を見つめた。


·····古い写真の上に画質も悪く、顔立ちはぼやけている。


それでも分かるのは——
彼女が、まだ若いということくらいだった。


·····それでも、どこか。 自分に似ている気がした。



———その時だった。



相澤
「静かにしろ」


相澤の低い声が教室を切った。 ざわめきがぴたりと止まる。

相澤はため息をついて、「偉人に似てる奴なんて、探せばいくらでもいる」と話し出す。


相澤
「歴史の教科書見て“この人クラスの誰かに似てる”って話になるのは、どこの学校でも毎年あるが———」

「大抵はただの空似だ。くだらんことで騒ぐな」


教室に静寂が戻り、再びページをめくる音が戻る。

その中で———出久は、もう一度教科書の写真を見つめた。

·····彼女の写真は、同じページの他の写真よりも明らかに画質が荒い。
モノクロのせいか、顔の輪郭すらぼんやりしていた。


それでもくっきりと、前髪に何かメッシュのようなものが入っているのが分かる。


そこを見て、出久はふとこんなことを考えた。



出久
「(あれ·····この髪、琉音ちゃんに似てる·····?)」



そのまま、 ちらりと自分の席から二つ後ろの席にいる琉音を見る。

一つにまとめられた薄ピンク色の髪·····そして、特徴的なハート型のメッシュ。


出久
「(いや·····でも、さすがにそんな偶然は·····)」

「(この人の個性は“他人の傷を自分に移す”って書いてあるから、琉音ちゃんの”治癒個性”とは全然別物だし·····)」



そう思いながらも、もう一度写真を見ると·····なぜか、胸の奥が少しだけざわついた。



画質の悪いモノクロの写真の中で、 その女医は静かに微笑んでいた。



——まるで、未来を知っているかのように。




しかし、そんな余韻もつかの間———


オールマイト
「わーーたーーしーーがーー!!」

「普通にドアから来た!!」


オールマイトが高笑いを上げ、勢いよく教室に入ってきた。
その瞬間、生徒たちみんなが一気にざわつく。


切島
「オールマイトだ·····!すげえや、本当に先生やってるんだな·····!」

出久
銀時代シルバーエイジのコスチュームだ·····!画風が違いすぎて鳥肌が·····!」


オールマイトは教壇に立つと、さっそく快活に話を始める。


オールマイト
「ヒーロー基礎学の実技!ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う科目だ!」

「早速だが今日は戦闘訓練を行う!!」



“戦闘訓練”



その言葉に生徒たちはさらにざわつく。


切島
「マジで!?いきなり!?」

陽太
「うおおお、ヒーローっぽくなってきた!」


ざわめく生徒たちを前に、オールマイトはにかっと白い歯を見せて大きく笑う。


オールマイト
「その通り!だが·····その前に!君たちにはこれを着てもらう!!」

「入学前に送ってもらった「個性届」と「要望」に合わせてあつらえた·····戦闘服コスチューム!」


オールマイトがそう言うと、教室の壁の一部がせり出し、中からヒーロースーツの入ったケースが詰まった棚が現れる。


オールマイト
「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!」

「「「「「はい!」」」」」






オールマイト
「———さあ、始めようか有精卵共!」



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