正しさは一つじゃない

———オールマイトが雄英の教師に就任したというニュースは全国を驚かせ、連日マスコミが押し寄せる騒ぎになっていた。


とろみ
「·····まったく、何なのあのマスコミの行列!インタビューされないで通るの無理じゃない!」


ぷんぷんと頬を膨らませながら、とろみが腕を組む。


悟見
「まぁ、とろみさんもですの?私も通学途中に捕まってしまって困りましたわ·····」


疲れたような顔をしながら悟見が言うと、勇樹が彼女の背を励ますようにぽんぽんと叩いた。


勇樹
「連日ニュースになってるものねェ。生徒のアタシたちなんかそりゃあいいネタになるわヨ」


その横で琉音も小さく苦笑いする。


琉音
「すごかったよね·····門の前、全然進めなくて本当に困っちゃったよ」
「ぐいぐい押されるし、マイク向けられるし·····逃げ場なくて、なんかちょっと怖かった·····」
「·····さすがに、ちょっとやり過ぎだよね」


その言葉にとろみが振り向きこう言った。


とろみ
「アンタもそう思うわよね!?しかもみんな揃って同じ質問してくんのよ!!」
「『オールマイト先生をどう思うか』『オールマイト先生はどんな授業をするか』とか·····」
「もう耳にタコどころか、脳に刻まれてんのよ!!!」

勇樹
「うーん·····アタシも『正義の象徴の授業ってどんなものですか?』って三回は聞かれたわァ」
「·····そんなのこっちが聞きたいわよネ」


勇樹が肩をすくめながら、くすりと笑う。


とろみ
「ここ学校よ!!学び舎よ!!ちょっとは遠慮して欲しいわ!!!」


飯田
「———その通りだ、水頼夢くん」


·····低く、しかしよく通るその声に、騒がしかった教室内が一気に静かになる。

振り返ると———そこには飯田が立っていた。


飯田
「雄英高校はヒーローを育成するための教育機関だ!」
「マスコミが押し寄せるのは理解できる。だが、あれでは生徒の安全も秩序も守られていない!」


腕を振り上げびしりと言い放つその姿に、周りの生徒は「またやってるよ」と言いたげな視線を向ける。


陽太
「うわ出た、委員長モード」

陽二
「でも兄ちゃん、飯田の言ってることはなかなかに正論だぜ·····」

陽太
「·····だよなぁ。うるさいけど」


黄明羅双子のその言葉にくつくつと周りの生徒から笑いが漏れる中、飯田は一切揺るがない。


飯田
「正論であるならば、尚更放置して良い問題ではない!」


びしり、と床を踏み鳴らす。


飯田
「我々はヒーロー科の生徒だ!」
「自らの行動が、周囲にどのような影響を与えるかを考えるべきだろう!」


———その言葉には、迷いがなかった。

ただひたすらに、“正しいこと”を通そうとする強さ。

·····教室の空気が、ほんの少しだけ張り詰める。
誰もが「正しい」と分かっている。

だからこそ———反論する言葉が、見つからない。

·····誰かが口を開けば、“間違っている側”に回る気がして。


———その時。


張り詰めた空気の中で———息をするのも、少しだけ気を遣うような沈黙の中で。

ひとつだけ、違う温度の声が落ちた。


勇樹
「·····ねェ、飯田ちゃん」


低いがやわらかく、しかしよく通る声。
·····勇樹が、ゆるく首を傾げながら口を開いた。


勇樹
「生け花って、した事あるゥ?」

飯田
「·····は?」


予想外の言葉に、飯田の動きが一瞬止まる。


勇樹
「花の茎も枝もねェ·····最初から“行きたい方向”持ってるのヨ」
「光の方とか、水の方とか·····ちゃんと理由があって、“そっちに伸びてる”のヨ」

「·····それ無視して曲げると——パキッていくワ」


そう言うと勇樹はくすり、と笑う。

·····けれどその目は、どこか真っ直ぐだった。


勇樹
「アタシ、実家が花屋だからさァ。ちっちゃい頃から生け花を散々やらされてんのよネ」


指先で、空中に弧を描く。



「·····花ってねェ」


「無理に曲げると———折れるのよ」



その言葉に、教室の空気がほんの少し変わる。


飯田
「·····何が言いたい?」


飯田の声は、低い。
———だがそれは怒りから来るものではなく、純粋な問いかけだった。


その問いかけに、勇樹は肩をすくめる。


勇樹
「えー、別にィ?アンタが間違ってるッて言いたいわけじゃないわヨォ」


そして———一歩、踏み出す。


勇樹
「·····むしろ、正しいと思うわ。めちゃくちゃ」


あっさりと肯定する。

·····それが逆に、周囲を驚かせた。


勇樹
「———でもさァ」


少しだけ、言葉を区切る。


勇樹
「正しいからって、まっすぐ突っ込みすぎると——折れちゃうのよネ」


「——アンタも、周りも·····」
「“正しいまま”折れるのって·····勿体なくなァい?」


その一言で、教室の空気が———すっと静まる。


飯田
「·····」


飯田は何も言わない。
·····ただ、真っ直ぐに勇樹を見る。

勇樹はふっと笑った。


勇樹
「折れろ、なんて言わないワ」


その声音は、やわらかい。


勇樹
「でも——“曲がり方”覚えるのもさァ」


指先で、今度はゆるやかなカーブを描く。


勇樹
「·····ヒーローを目指すものとしての勉強にならなァい?」


———沈黙。
それはほんの数秒だが·····誰も、すぐには口を開かなかった。

·····けれど、その時間は妙に長く感じられた。


飯田
「·····曲がり方、か」


飯田が、小さく繰り返す。
その表情は、いつものように強張っていなかった。


飯田
「僕は———」


·····言葉が、喉の奥で引っかかる。

出てくるはずの“正しい答え”が、喉の奥で——形を保てなくなる。


まるで———
どこか一部だけ、欠けてしまったみたいに。



飯田
「·····いや·····君の言いたいことは、理解したつもりだ」


その言葉が———ほんのわずかに、胸に引っかかる。

それは、完全な同意ではない。

———だが、拒絶でもない。



飯田
「だが、僕は———」



再び言葉を続けようとした、その時。


———ガラリ。


教室のドアが開く音が響いた。


相澤
「ホームルーム始めるぞ、席に着け」


低く、気だるげな声。

一瞬で、空気が切り替わる。


陽太
「げ、相澤先生·····」

上鳴
「やっば、席着け、席!」


ざわりと動き出す教室。

勇樹はくるりと踵を返す。


勇樹
「·····はいはァい、解散解散」


ひらひらと手を振りながら、自分の席へ戻っていく。

すれ違いざま。


勇樹
「·····まァ、折れない程度に頑張りなさいヨォ」


飯田に小さく、そう囁いた。


飯田
「·····」


飯田は、その背中を見つめる。


———“正しさ”を貫くこと。

———“曲がる”ことを覚えること。

そのどちらも。

ヒーローに———必要なのだとしたら。



飯田
「·····曲がり方、か」



飯田はその言葉を、口の中で転がすように小さく呟く。


まだ完全には理解できない。

だが·····否定することも、できなかった。


———それはつまり。

どこかで、認めてしまっているということだった。


———そして。


席に戻っていくその歩みは、柔らかかった。

———ほんの、わずかにだけ。



<< top >>

index
ALICE+