“曲がる”ということ

·····その後、ホームルームが始まりほどなくして相澤から議題が提示された。


相澤
「学級委員長を決めてもらう」

「「「学校っぽいの来たーーーーー!!!」」」


切島
「委員長!やりたいですソレ俺!」

青山
「ボクの為にあるヤツ☆」

芦戸
「リーダーやりたーい!」


次々に上がっていく手。
もちろんその中で、出久と琉音も手を上げていた。

普通科なら雑務といった感じでこんなことにはならないと思うが、ここは雄英のヒーロー科。
集団を率いるトップヒーローの素地を鍛えられる役と考えれば、この人気も頷ける。

教室は一瞬で、軽い騒ぎのような熱気に包まれた。


上鳴
「·····ちょ、待て待て多すぎだろ!」

陽太
「何人いるんだよ委員長志望!」

切島
「じゃあもう全員でやればいいんじゃね!?」


笑い混じりの声が飛び交う中———


飯田
「静粛にしたまえ!!」


びしり、と。
教室の空気を裂くような声。


飯田
「”多”をけん引する責任重大な仕事だぞ·····!「やりたい者」がやれるモノではないだろう!!」
「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務·····!民主主義に則り真のリーダーを決めるというのなら·····」

「これは投票で決めるべき議案!!(手を高々と上げている)」


切島
「そびえ立ってんじゃねーか!何故発案した!!」


その言葉に、教室内にどっと笑いが起きる。


梅雨
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」

陽二
「やっぱ梅雨ちゃんもそう思うよな?」

切島
「そんなん皆自分に入れらぁ!」

飯田
「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間という事にならないか!?」

切島
「まぁ·····確かに」

陽二
「それはそうかもな」


ざわざわと、空気が“納得”の方へ傾く。


切島
「じゃあ投票でいこうぜ」

芦戸
「異議なーし!」


·····決まるのは、一瞬だった。
相澤は特に口を挟まず、面倒そうに言い放つ。


相澤
「決まったならさっさとやれ。五分で終わらせろ」


その一言で、各自が手持ちの適当な紙切れに名前を書き、前にある箱へ入れていく。


ガサ、ガサ、と。


静かな音だけが教室に満ちる。


———そして。


陽太
「じゃあ、開票するぞー」


陽太が箱をひっくり返し、票を読み上げていく。


「緑谷一票ー」

「八百万一票ー」

「飯田一票ー」

「切島一票ー」

「また緑谷ー」

「·····お、また緑谷」


ざわ、と空気が揺れる。

———思い出されるのは、先ほどの戦闘訓練。
無茶で、危険で、けれど——誰よりも“まっすぐだった”あの姿。


出久
「·····え?」


出久が、間の抜けた声を漏らす。

全て数え終わった後、黒板に書かれた名前の横の正の字——

出久の名前横の正の字の画数は———四本。


出久
「僕、四票!?いやいやいやいや!?なんで僕!?」


一瞬だけ、胸の奥がざわつく。
“選ばれる”ことの重さが、遅れてのしかかってきた。


爆豪
「なんでデクに·····!!誰が·····!!」

切島
「まぁおめーに入るよかわかるけどな!」

陽太
「違いねぇな」

爆豪
「ウルッセェクソモブ共!!!!」

陽太
「ほらそういうトコだよ」


そんな会話を聞きながら、琉音とお茶子は「(かっちゃん(爆豪くん)にバレたら怖いな·····)」と思いつつ2人揃って目を逸らしていた。


陽太
「·····つーことで、緑谷が一番多いな。決まりでいいか?」

芦戸
「異議なーし!」

陽二
「決定ー」


ぱちぱちと、軽い拍手が起きる。


出久
「えっ、ちょ、待ってほんとに!?僕!?」


完全に動揺している出久。
その隣で、琉音がぱっと笑う。


琉音
「いずくん、すごいね!」

出久
「え、いや、そんな、僕なんて·····!」


顔を真っ赤にしてぶんぶん手を振る。

その様子を、飯田は静かに見ていた。

———“まっすぐな正しさ”とは、少し違う形で選ばれた少年を。


相澤
「·····じゃあ委員長は緑谷、副委員長は八百万だ」

出久
「よ、よろしくお願いします!」


頭を下げる出久。

その声はまだ少し震えているが、目はまっすぐだった。

その様子を見て、飯田はわずかに頷く。
その視界の端で、勇樹がふっと肩をすくめているのが見えた。


飯田
「(·····こんな選ばれ方もも、あるのか)」
「(正しさは——一つでは、ないのかもしれないな)」



そしてその考えは———すぐに、“行動”として試されることになる。









お昼時の食堂。
ヒーロー科の他にサポート科や経営科の生徒も一同に介する場所で、出久と琉音、お茶子と勇樹·····そして飯田は昼食を取っていた。


昼のざわめきの中で。
どこかだけ、少し静かな空気があった。

———先ほどのやり取りが、まだほんのりと残っているように。


出久
「いざ委員長やるとなると務まるか不安だよ·····」

琉音
「いずくんなら務まるよ〜」

飯田
「大丈夫さ、緑谷くんのここぞと言う時の胆力や判断力は“多”をけん引するに値する」
「だから君に投票したんだ」

お茶子
「·····でも飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの?メガネだし!」

飯田
「“やりたい”と相応しいか否かは別の話·····僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

出久
「“僕”·····!」

お茶子
「·····ちょっと思ってたけど飯田くんって·····坊ちゃん?」

琉音
「ち、ちゃーちゃん·····」

飯田
「·····そう言われるのが嫌で一人称を変えてたんだが·····」


———そこから3人は飯田の家が代々ヒーロー一家で、ターボヒーローインゲニウムが彼の兄であることを知る。


飯田
「規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー!」
「俺はそんな兄に憧れヒーローを目指したが·····人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。上手の緑谷くんが就任するのが正しい!」

お茶子
「なんか初めて笑ったかもね、飯田くん」

飯田
「え!?そうだったか!?笑うぞ俺は!!」


そんなお茶子と飯田の会話に、勇樹はくすっと笑う。

その視線は、どこか少しだけ柔らかかった。


勇樹
「·····アンタ、笑ったら案外可愛い顔してンのネ」


勇樹はくい、と頬杖をつきながら、少しだけ目を細める。


飯田
「·····か、可愛い·····?俺が?」

勇樹
「ええ、そんな顔できンなら、多分大丈夫ヨ·····少しは、“曲がろうとしてる”みたいだしネ」
「前より、ちゃんと周り見えてる顔してるワ」



———その言葉が、静かに落ちる。



飯田
「·····!」


思っていたよりも真っ直ぐに、その言葉は胸に刺さり――ほんの一瞬だけ、飯田の目が見開かれる。

だが、すぐにいつもの表情に戻る。


飯田
「·····どうだろうな」


そう言いながらも、声はどこか強張ってはいなかった。


飯田
「まだ、うまくはできそうにないが·····曲がるというのは、思っていたより難しいな」
「·····力の抜き方が、まだ分からない」

勇樹
「·····ふふ、言われてすぐに出来たら誰も苦労しないわヨ。」
「ゆっくりでいいのヨ、まだまだ先は長いじゃなァい?」


勇樹がそう言って微笑みかけると、
飯田はほんのわずかに視線を落とす。


飯田
「だが——それでも、確かめてみる価値は———」



言葉を続けようとした———その瞬間。

けたたましい警報音が、空気を引き裂いた。



耳をつんざくような警報音が、校舎全体に響き渡る。


<セキュリティ3が突破されました>
<生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください>


「セキュリティ3!?」

「校舎内に誰か侵入してきたってこと!?」

「3年間でこんなの初めてだ!!」


ざわめきが一瞬で膨れ上がり、不安が連鎖する。
·····誰かの声が、誰かの恐怖を煽る。

生徒たちは口々に叫びながら、出入口へ殺到していく。

出久たちも、すぐその波に飲まれた。
押される。流される。声が掻き消される。
誰かの肩がぶつかり、トレイが鳴り、悲鳴が混ざる。


———気づいた時には、もう互いの姿は見えなかった。



出久
「琉音ちゃ·····うわっ!」

お茶子
「デクくん!」

琉音
「い、いずくん!!」


———その中で。

飯田だけが、立ち止まっていた。


飯田
「(このままでは———)」


一瞬で状況を見極める。

侵入者はただのマスコミだが、誰もそれには気づいていない。
教師もすぐに来る様子はない。
出口は混雑、押し合い、転倒の危険———


———このままでは、二次災害が起きる。


飯田
「(流れを、変えなければ———!)」


即断。


飯田
「俺を·····浮かせろ麗日くん!」

お茶子
「へ!?」


次の瞬間———パンッ!と音を立てて、二人の手が触れた。

無重力。

ふわり、と浮き上がる感覚——しかしそれは一瞬で塗り潰される。

飯田
「うおおおおおおっ!!」


飯田の個性———“エンジン”が唸る。

空中に浮いたまま、飯田の体は勢いよく弾丸のように一直線に突き進んだ。


飯田
「(しまった、止まれない———!!)」
「(このままでは——ぶつかる·····!!)」


空中、逃げ場なし、方向転換は不可。

このままでは———勢いよく壁に激突する。

———その瞬間。

少し離れた場所で、それを見ていた勇樹の瞳が細くなる。


勇樹
「·····あァ、そういうこと」


すべてが、一本の線で繋がる。

飯田の個性、直進しかできない推進力。
止まれない焦り。

そして———あの進路。


勇樹
「·····なるほどネ。飯田ちゃんのやりたいコト———」

「———分かったワ」


次の瞬間。

勇樹の右腕が、しなやかにほどけるように·····蔦に変化する。


勇樹
「なら——“曲げて”あげるワ!!」


緑のそれが一気に伸び、空間を裂くように駆ける。

狙いは———


勇樹
「そこッ!!」


出入口の上。

蔦は近くのパイプを掴んで、瞬時に固定される。
そして———声高に叫ぶ。



「飯田ちゃん!!」


「———掴んで!!」




一直線に突っ込む飯田の視界に、差し出された“進路”。


飯田
「っ——!!」


迷いは、一瞬。
その手で———掴む。


バチンッ!!


強い衝撃、勢いよく引っ張られる感覚。

軌道が、強引に“曲げられる”。


飯田
「ぐああああああっ!!」


腕にかかる負荷が、尋常じゃない。

骨が軋む。
皮膚が裂けそうになる。

その時。


勇樹
「握りすぎると———!!」


必死に足を踏ん張る、勇樹の声が飛ぶ。


勇樹
「手ェ、擦り切れるわヨォ!!」

飯田
「っ·····!!」


———ほんの僅かに、力を抜く。

その瞬間。

角度が変わる。

直線だった軌道が、弧を描く。

———曲がった。


飯田
「·····いける!!」


そのまま勢いを殺さず、方向転換。

一直線だった“暴走”が、

“進路”に変わる。

そして———

ドンッ!!!

非常口へ。

———突き抜けた。


飯田
「皆さん·····大丈ーーー夫!!」


短く、端的に、それでいて·····大胆に。


飯田
「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません!大丈ー夫!!」
「ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」


———その言葉に、ざわめきが止まる。

波のようだった混乱が、
嘘のように静まっていく。

押し合っていた人の流れが、ほどける。

呼吸が戻る。

視界が開ける。

誰かが、立ち止まる。

誰かが、周りを見る。

そして———

“冷静さ”が、戻ってくる。

———ほんの少し前までの、あの混乱が。

まるで、なかったかのように。

静かに、収束していった。



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