·····その後、警察が到着したことで
今回の不法侵入したマスコミは撤退することとなり、校内には徐々に平穏が戻っていった。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、教室にはいつもの空気が戻り始める。
だが———ほんのわずかに、残っている。
·····あの騒ぎの“余熱”のようなものが。
八百万
「ホラ委員長、始めて」
八百万にそう促され、出久はびくりと肩を揺らした。
出久
「あ、う、うん·····!」
一歩、前に出る。
まだ少し·····ぎこちない足取り。
出久
「でっでは·····ほかの委員決めを執り行って参ります!」
声が少し裏返るが·····それでも、続ける。
出久
「·····けどその前に、いいですか!」
教室の空気が、すっと静まる。
一気に出久に視線が集まる。
出久は、ぎゅっと拳を握り———顔を上げる。
出久
「委員長は、やっぱり飯田くんが良いと·····思います!」
飯田
「·····!」
———一瞬、時間が止まる。
出久
「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ、僕は·····飯田くんがやるのが正しいと思うよ」
出久のその言葉に、他の生徒も賛同する。
切島
「あ!良いんじゃね!?飯田、食堂で超活躍してたし!緑谷でも別にいいけどさ!」
上鳴
「非常口の標識みてえになってたよな」
お茶子
「勇樹姐さんもかっこよかった!まるで飯田くんのサイドキックみたいだったよ!」
勇樹
「あらヤダ、褒めてもなにも出ないわヨ♡」
空気が、少しずつ軽くなる。
———先ほどまでの緊張が、ほどけていく。
飯田
「·····」
その中心で。
飯田は、何も言わずに立っていた。
飯田
「(·····正しい、か)」
そして静かに、口を開く。
飯田
「緑谷くん、君の判断は——」
一瞬、言葉が止まる。
飯田
「·····いや」
小さく、首を振る。
飯田
「——君の“選択”は、尊重する」
その言葉は、どこか柔らかかった。
飯田
「·····だが——委員長という役目は、軽いものではない」
一歩、前に出る。
飯田
「それでもなお、僕が相応しいと——そう思うのか?」
問いかけ。
試すようでいて———確認するような声音。
出久
「うん」
出久は、迷わなかった。
出久
「さっきの飯田くんは———」
少しだけ、言葉を探して。
出久
「·····ちゃんと、“周りを見てた”」
「だから、大丈夫だと思う」
その一言。
飯田
「·····」
———沈黙。
だがそれは、重いものではなかった。
飯田
「·····そうか」
ほんのわずかに。
肩の力が、抜ける。
飯田
「(——曲がる、か)」
手のひらの痛みを、少し思い出しながら。
·····小さく、胸の内で繰り返す。
飯田
「·····ならばその役目、引き受けよう」
その言葉は、はっきりとしていた。
———覚悟が、あった。
切島
「よっしゃ決まり!」
陽二
「異議なーし!」
陽太
「委員長交代ー!」
ぱちぱちと拍手が起こる。
今度は、さっきよりも自然な音だった。
飯田
「·····では改めて」
飯田が姿勢を正す。
飯田
「1-Aクラス委員長として、皆を導く責務を全うする!」
「未熟ではあるが——よろしく頼む!」
その姿は、最初に見た“固さ”とは少し違っていた。
ほんの少しだけ———柔らかい。
それを見て、勇樹は小さく笑う。
勇樹
「いいじゃなァい」
誰にも聞こえないくらいの声で、そう呟いた。
———その時。
相澤が、面倒そうに口を開く。
相澤
「·····なんでもいいから早く進めろ·····時間がもったいない」
「「「ひっ!」」」
一瞬で空気が締まる。
飯田
「つ、次いくぞ!さっさと終わらせる!」
飯田が慌てて進行に戻る。
その様子に、教室に小さな笑いが漏れた。
———こうして、紆余曲折を経て。
飯田は1-Aの委員長の座に就いた。
その立ち姿は、以前より、少しだけ·····
———しなやかだった。
・
・
・
出久
「(———それにしても·····どうやって·····)」
「(ただのマスコミが、学校内まで入り込んできたんだろう·····?)」
教室のざわめきの中———出久は、ほんの少しだけ視線を落とした。
さっきまでの混乱。
あの、人の流れ。
そして———違和感。
出久
「(偶然·····?)」
頭の中で、何度も反芻する。
出久
「(·····違う)」
言葉にしなくても、分かる。
あれは———“偶然”ではない。
胸の奥に、引っかかるものが残る。
出久
「(なんか·····嫌な感じがする)」
その感覚は、まだ形を持たないまま。
———静かに、沈んでいった。
・
・
・
———同時刻·····雄英高校・正門前。
そこには、先ほどまでの喧騒の名残が、はっきりと“形”として残されていた。
根津
「·····ただのマスコミが、こんなこと出来る?」
校長の冷静な声が、静かに落ちる。
根津
「唆したものがいるね」
短く、断言するように続く言葉。
その場に立つ教師たちの視線の先。
そこにあるのは———無惨に、破壊された門。
門扉は綺麗なものの、ゲート自体は歪み、ねじれ、コンクリートは砕け、ひび割れ———本来あるべき形を完全に失っている。
外からの衝撃ではない。
まるで———“構造そのもの”を壊されたような破壊痕。
「·····なんですかね、この紙みたいなの」
一人の教師が、足元に散らばるそれをつまみ上げる。
ひらり、と揺れる薄片。
だがそれは、ただの紙ではなかった。
「·····いや、違うな」
別の教師が眉をひそめる。
「紙“みたい”に見えるが·····これは、素材そのものが歪められている」
ぐしゃり、と。
その“紙のようなもの”に軽く力を入れると、異様な手応えが返ってくる。
柔らかいはずのものが、妙に粘り気を持っているような———
根津
「·····“圧し潰された”んじゃない」
校長が、ゆっくりと口を開く。
根津
「“崩された”んだ」
———その言葉に、場の空気が一段、重くなる。
「·····通常の物理的破壊では説明がつきませんね」
「ええ。衝撃の方向が一定じゃない·····“面”で崩されている」
教師たちの間で、分析が交わされる。
「———個性、か」
誰かが、低く呟く。
「·····それも、かなり“質の悪い”類の」
その言葉に、一気にその場の空気が冷える。
———校長は、しばらく無言でその光景を見つめていた。
その瞳は細く、思考の奥へと沈んでいる。
根津
「·····偶然ではないね」
ぽつり、と。
「このタイミングで」
「この精度で」
「この場所を——壊している。」
その一言に、何人かの教師が顔を上げる。
根津
「侵入は目的じゃない、これは———“可能だ”という証明だよ」
———教師陣はその意味を理解するのに、時間はかからなかった。
雄英に侵入できる。
防壁を破壊できる。
そして———気づかれずに、それをやってのけることができる。
根津
「·····邪なものが入り込んだか」
「もしくは———宣戦布告の腹づもりか·····」