崩壊の予兆

———同時刻。

どこかの廃ビル———使われなくなった施設の一角。

剥き出しのコンクリート、軋む鉄骨、遠くで滴る水音。

古いバーカウンターだけが残る、世界から切り離されたようなその場所で。




「·····なァ、どうなると思う?」



———気だるげな声が、静かに落ちた。

机の上に転がるゲーム機。
その画面には、崩れたキャラクターと“GAME OVER”の文字。

それを見下ろしながら、弔はぽり、と首元を掻く。



「正義の象徴が——敵に殺されたら」


指先が、乾いた音を立てる。

かさ、かさ、と肌を掻くその音だけが、やけに生々しい。

その問に、弔の隣に座っていた少女·····禍使神まがつかみ まとい が、ゆっくりと顔を上げた。



「あら、それって·····」


くすり、と。
喉の奥で転がすような笑い声。



「とっても·····面白そうね」


縫われた右目。
裂けて縫い合わされた口元。

その異様な造形とは裏腹に———浮かべる表情はどこか無邪気で。

けれど、確実に“歪んでいる”ことだけは———
それだけは、確かだった。



「———でも、それって」


纒はそう言いながら、脚をゆっくりと組み替え、カウンターに肘をつき、頬を預ける。



「“どうやって殺すか”じゃなくて·····」


ほんの少しだけ、弔に身を寄せる。
·····距離が、近まっていく。

近すぎる距離なのに——
それを“何か”と呼ぶには、どこか歪んでいた。



「———“殺されたあと、どうなるか”の話でしょう?」


その言葉に。

弔の指が、ぴたりと止まる。



「·····あー」


ぽつり、と零れる声。



「·····そうそう、それ」


わずかに、口元が歪む。



「·····壊れるかなって、思ってさ」

「この社会」


視線は定まらない。

———だが、その奥には確かな“破壊衝動”が滲んでいた。



「あら、そんなの·····」


纒が、柔らかく笑う。



「·····あなたが壊そうと思えば、いつだって壊れるわ」


———その声音は、あまりにも自然で。

まるで疑う余地すらない“前提”のように。



「1人に乗っかかってる“平和”なんて———」


纒は言いながら、ゆっくりと弔に手を伸ばす。
そして迷いなく弔の手を、そっと引き寄せる。

その動きに迷いなく、当然のように——
何度も繰り返してきた動作みたいに。
·····触れる理由など、必要ないと言わんばかりに。

弔もまた、自然な動きで指をずらし——四本の指で、纒の手に触れる。



「———あなたのこの手一つで、十分よ」


纒が囁く。
その指先で、弔の指をなぞるように触れて·····柔らかく、やさしく、甘やかすように指を絡めて。



「·····そうじゃない?」


———けれど、囁く内容は破滅そのものだった。


弔は、その手を見下ろす。

触れれば、壊れる———自分の指。

さっきまで掻いていた首元とは違う、“確かな実感”。



「·····うん」


———短く、頷く。

だがその声はさっきよりも、少しだけ深い。



「お前がいてくれるなら———全部、壊せる」


ぽつり、と確信のように呟く。


そして弔は、そのまま指を離す気はないと言わんばかりに——わずかに力を込める。



「·····来てくれるんだろ」


·····確認ではない、当然のような声音。

それに対して·····纒は、一瞬だけ目を細める。



「·····ふふ」


そして、肩をすくめて小さく笑う。



「そんなの、聞くまでもないでしょう?」


だが、その距離はまだ近いまま。



「·····あなたが壊すなら———」



———まるで何もない右目も、弔を見つめていると勘違いしそうな距離に。
吐息が触れるほどに·····顔を寄せる。



「私も——傍で、見てるわ」


優しく囁かれた、その言葉は。

協力でも、従属でもなく———共犯と呼ぶには、少し歪んでいた。



「·····そっか」


弔は、それを聞いて少しだけ笑った。

さっきまでどうでもよかった“ゲーム”より、今は目の前の方がよほど面白い。

·····そう、言わんばかりの顔で。



「·····じゃあさ」


弔は纒の手を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がる。



「———壊しに行こうぜ」


まるで、ダンスを誘うかのようなその一言は、軽い。

けれど———

この世界にとっては、あまりにも重かった。

——二人でいる限り、避けようのない結末。

それは、ただの思いつきのようで——
すでに決まっていた結末のようでもあった。



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