混乱、そして分断

「——早く避難を!」


飯田のその声に、生徒たちは急いで入り口へと向かう。


——だが、その一歩は踏み出されなかった。



黒霧
「させませんよ」



———そこに、“いた”。

気づいた時にはすでに、
行く手を塞ぐように黒霧が立ちはだかっていた。



相澤
「(しまった、一瞬まばたきの隙に——一番厄介そうな奴を!)」


黒霧
「·····初めまして、我々は敵連合」
「僭越ながら·····この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは」



「——平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」



「本来ならここにオールマイトがいらっしゃるハズ·····なのですが、何か変更があったのでしょうか?」
「まぁ、それとは関係なく·····私の役目は——」


黒霧がそう言いかけたその瞬間———
爆豪と切島が勢いよく飛び出し、黒霧に攻撃を仕掛ける。


切島
「その前に俺たちにやられることは、考えてなかったか!?」


黒霧
「危ない危ない·····」
「そう·····生徒といえど優秀な金の卵」


13号
「ダメだ——どきなさい、2人とも!」


13号の静止も虚しく、黒霧のゲートが勢いよく広がり———


——全員の視界が、音も気配もなく·····一瞬で黒に塗り潰された。



・

・

・



———その瞬間、足場が“消えた”。

胃が浮くような感覚に、琉音は目を見開く。



琉音
「え、うそ、落ち——」



·····言い終わるよりに先に、琉音は重力に従って下へ落ちていく。


———強い風にあおられて、着ていた白衣が引き剥がされるように離れていく。



琉音
「(水に、落ちる·····!!)」


琉音は防御姿勢を取る間もなく———水面に叩きつけられた。


息が詰まり、視界が滲む。

そして黒い影が、視界の隅から迫って——



「·····久智付!無事か!」



大きな水音を立て、水を割って現れた巨体。

シャチのような姿の陽二が、体を滑り込ませるように潜り込み———
琉音を背に掬い上げた。



そのまま陽二は琉音を水難訓練用の船の上へとはね上げ———水を蹴るように跳ね上がり、音を立てて甲板に乗り込んだ。

船体がぎしり、と軋む。
跳ね上がった水しぶきが、遅れてばしゃりと甲板に落ちた。



琉音
「·····ゲホッ、ゲホ!」



喉に入り込んだ水を吐き出しながら、必死に息を整える。

視界がぐらつき、肺が焼けるように痛い。


———それでも、生きている。



琉音
「はぁ·····っ、は·····」



琉音は何度か肩で息を繰り返し、ようやく顔を上げる。

———すると、先に船に乗り込んでいた出久達が琉音に気づく。



出久
「·····琉音ちゃん!」

琉音
「いずくん!?」

梅雨
「琉音ちゃんもここに飛ばされてきたのね」

琉音
「う、うん·····そうみたい·····」
「陽二くんが、助けてくれたの·····」


琉音がそう言うと、梅雨はため息を一度だけついてこう言った。


梅雨
「·····しかし、大変なことになったわね」

出久
「カリキュラムが割れてた·····!」
「単純に考えれば、先日のマスコミ侵入は——情報を得るために奴らが仕組んだってことだ」

琉音
「じゃ、じゃあ·····轟くんや火花ちゃんが言ってたみたいに、相手側は虎視眈々と準備を進めてたって、こと·····?」

陽二
「しかも、オールマイトを殺すなんて大それた話まで持ってきてるって言うんだから·····」
「ぞっとしねえな、この状況」

梅雨
「·····オールマイトを殺せる算段が整ってるから、連中こんな無茶してるんじゃないかしら?」

峰田
「ど、どういう事だよ·····!」
「オールマイトが負けるかもしれねえってことかよ!?」


———その言葉に、空気が一瞬だけ冷える。

誰も、すぐには否定できなかった。


出久
「(奴らにはオールマイトを倒す算段がある·····多分、その通りだ·····)」
「(なんで殺したいんだ?一人で平和の象徴と呼ばれる人だから?悪への抑止となる人だから·····?)」


ブツブツ呟きながら、出久はふと視線を上げる。
·····そこには、少し不安そうな顔をした琉音がいた。


出久
「·····っ」


胸の奥で、何かが引っかかる。


出久
「(·····違う、考えてる場合じゃない!)」


ぐっ、と拳に力を込め、出久は一度だけ息を吸い———口を開く。


出久
「奴らに·····オールマイトを倒す術があるんなら·····!!」
「僕らが今、すべき事は·····」

「———戦って、阻止する事だ!」



———その言葉に、琉音は目を見開く。
一瞬だけ不安が揺れたが———けれど、それを押し込めるようにすぐに口角を上げ、出久を見ながら一度だけ頷いた。



峰田
「何が戦うだよバカかよぉ!!無理に決まってんだろ!!」
「オールマイトをブッ倒せるかもしれない奴らなんだろ!?」

陽二
「落ち着けよ峰田!敵を倒すだけが戦いってわけじゃねえ!」
「·····逃げ道作るのも、戦いの一つだろ!」

峰田
「だってどうすんだよ!船の周りは大量の敵に囲まれてんだぞ!?」


·····そんな喧噪を後ろに、琉音はあることに気づく。


琉音
「ねえ、いずくん·····さっきから、思ってたんだけど·····」
「下にいる敵たち、明らかに水中戦を想定した“個性”ばっかじゃない?」

梅雨
「·····それって、この施設の設計を把握したうえで人員を集めたってこと?」

出久
「そう!僕もそこに気づいたんだ!」
「そこまで情報を仕入れておいて、周到に準備してくる連中にしちゃおかしい点がある」
「この水難ゾーンに、陽二くんと·····蛙すっ·····つっ、梅雨·····ちゃんが移動させられてるって点!」

梅雨
「·····自分のペースでいいのよ」

峰田
「だから何なんだよー!!」

出久
「·····だからつまり、生徒の“個性”はわかってないんじゃない?」


そう出久が言うと、梅雨と陽二は顔を見合わせる。


陽二
「何てこった·····その通りだぜ緑谷!」

梅雨
「蛙の私を知ってたら、あっちの火災ゾーンにでも放り込むわね」

陽二
「えーと、俺なら·····小回りが利かねえ倒壊ゾーンだな」
「つまり今ここは——俺らにとっては“まだマシな場所”ってワケだ」

出久
「僕らの“個性”がわからないからこそ、きっと——」
「バラバラにして数で攻め落とすって作戦にしたんだよ」

陽二
「·····みてえだな」
「微かに音が聞こえるだけだが——ご丁寧に各ゾーンに何人か分断してやがる·····完全にな」


陽二のその言葉に、船の上の空気が一段と引き締まる。


出久
「·····数も経験も劣る僕らの、勝利のカギは一つ——僕らの“個性”が相手にとって未知であること!」
「敵は船に上がろうとしてこない!これが仮説を裏付けてる!」


「(·····でも、それは向こうも決してこちらを舐めていないってことだけど·····)」


・

・

・

「·····とりあえず、一度みんなの“個性”を整理しよう」


出久のその言葉に全員頷き、まずは琉音から話し始めた。


琉音
「えーと、私は·····触れたり、キスで細胞を活性化させて治癒させることができるよ。」
「リカバリーガールの“個性”みたいなものって考えると、わかりやすいかな」

「·····あと、もう一つだけあるんだけど」


そう言うと琉音はほんの少しだけ、迷うように視線を落とす。


「自分の体に使うと、ちょっとだけ無理がきくようになるの。」
「でも·····そんなに大したものじゃないよ」


陽二
「いや、回復できるってだけでデカいぞ·····無理はすんなよ、久智付」
「回復役が潰れたら終わりだからな」

峰田
「今キスって言った!?」

琉音
「ご、ごめんね。男の子にはキスしないことにしてるの·····その、いろいろあるから」

出久
「·····えっ?」
「えっ·····!?」




———その一瞬、思考が止まる。



「(男の子にはキスしない·····?)」

「(じゃあ、あの時は·····)」


———戦闘訓練のあと、額に触れたあの感覚がふっと蘇る。


「(·····え、あれって·····)」


「(——いや、今それどころじゃない!)」


顔が、じわっと赤くなる。

しかし、すぐに頭をぶんぶんと振って意識を引き戻す。
そのまま、陽二に声をかけた。


出久
「陽二くんの“個性”は——」


·····しかし、陽二の様子がおかしい。

顔を青ざめさせ、焦るように背中や腰回りをしきりに探っている。
———まるで、何かを失くしたように。


出久
「·····陽二くん?」

梅雨
「ケロ·····どうしたの、陽二ちゃん?」

陽二
「·····落とした」

出久
「な、何を?」


陽二は一瞬だけ、言葉を詰まらせる。

視線が、船の甲板から縁へ———そして水面へと落ちる。



陽二
「·····遺伝子注入器だ」



———空気が、ぴたりと止まる。


峰田
「·····は?」

琉音
「遺伝子、注入器·····?」

陽二
「俺のキメラの“個性”を、安定させるための装置だ」
「人間の意識を保つための·····リミッターみてえなもん」


そう言うと、陽二はぎり、と歯噛みする。


陽二
「ワープさせられて落ちた時に·····多分、水中に落とした」
「·····おまけに、緊急時用の自分の遺伝子が入った注射も·····注入器の中に入ってた」

峰田
「はぁ!?じゃあどうなるんだよそれ!」

陽二
「長く変身してると·····“持ってかれる”」
「———キメラの方に、な」


·····その一言で、空気がはっきりと変わる。


琉音
「·····それって、危ないって事·····だよね」


陽二はその問いに、黙って一度だけ頷いた。


陽二
「あと一回·····五分までが限界ってとこだろうな」

出久
「·····じゃあ、無理に戦うのは危険だ」
「なるべく短時間で動こう」


その言葉に船の上の全員が、無言で頷いた。

———その瞬間。


ドン!と大きな音を立てて、船が揺れる。


敵
「·····じれったいだけだ、ちゃっちゃと終わらそう」


陽二
「くそっ!あいつら·····焦れて手を出してきやがったぜ!」

梅雨
「なんて力·····!船が割れたわ」


敵
「船が沈むまで1分もかからねえ·····水中に入りゃ100%俺たちの勝ちだ」


峰田
「うわぁあああ確かにぃいいい!!」

梅雨
「·····峰田ちゃん、本当にヒーロー志望で雄英来たの?」

峰田
「うっせー!怖くない方がおかしいだろうがよ!」
「ついこないだまで中学生だったんだぞ、入学してすぐ殺されそうになるなんて誰が思うかよ!」


———船体が、ぎしり、と嫌な音を立てる。

水面が、すぐそこまで迫っている。

このままでは———沈む。


出久
「(ダメだ·····このままじゃ·····!)」


喉が、ひくりと震える。

手も、足も———思うように力が入らない。

怖い。

はっきりと、そう思った。


「(·····でも)」


ぎゅ、と拳を握る。


「(ここで止まったら……みんな……!)」


顔を上げる。

震えは、消えないまま。

それでも——目だけは、前を向く。


出久
「·····勝つには——これしかない!」



———その声は、わずかに震えていた。



出久の言葉が、空気を切り裂く。


そして、出久はちらりと琉音の方を向く。
———少し振り切れてはいるものの、不安な表情が目に焼き付く。



出久
「(守って、みせる·····!)」



———次の瞬間。


「·····待っ——!」


誰かの制止の声が上がるよりも早く、
出久は———船の縁を蹴った。


落下していく最中、強い風が頬を叩く。

視界いっぱいに広がる水面。

そして———そこに群がる敵。


出久
「(ここを突破しても、まだ敵はいる!腕は犠牲に出来ない·····!!)」
「(だから——今、できることは!!)」


全身の力を、ただ一点に集める。


「———デラウェア·····!!」


指先に、力を込め———振り抜く。


「スマァァァッシュ!!」



———次の瞬間。

水面が、爆ぜた。

白い飛沫が、空へと吹き上がる。



出久
「梅雨ちゃん!峰田くん!」



その声に梅雨は即座に反応し、琉音と峰田を抱えて船を飛び降りる。

そして峰田は“個性”の髪の毛を水面にこれでもか、と落とし———

敵はスマッシュの衝撃で出来た波に飲まれながら、髪の毛のおかげでひとまとめにくっついていく。



出久
「·····水面に強い衝撃を与えたら、広がって収縮する——一網打尽だ!」



そして勢いを失くし落ちていく出久を———



陽二
「———やるじゃねえか、緑谷!!」



水面を割いて、影が飛び出す。



大きな鳥型のキメラになった陽二が、受け止めて———全員が、その場から離脱した。



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