リルの伝説の始まり
ここは、とある南の小さな島バテリラ。
暑い日差しが降り注ぎ、熱を含んだ海風が吹き抜けるその島で、
·····その日、一人の赤子が産声を上げた。
「·····生まれたぞ、シアン!!女の子だ!!」
「しっかりして、シアン!」
「わ、たしの、あかちゃん·····」
「駄目だ、出血で意識が朦朧としている!」
「·····何をしている、早く輸血を!血が止まらないんだ!!」
「今やってる!!」
出産後で赤子の泣き声が響く中、顔面蒼白の女性·····
ポートガス・D・シアンの周りを医者や産婆たちがドタバタと慌ただしく駆け回る。
その中でシアンは、優しく赤子を引き寄せて胸元に抱きしめた。
「あなたは·····わたしと、あの人の子·····海の女神の名を継いだ、女神の子·····」
「ご、めん、ね·····わたし、ずっと、あなたを守って、あげられなかった·····」
「ルージュ姉さんみたいに·····まもれ、なかった·····」
そう言うと、シアンは震える手で赤子の手を優しく握る。
「わたし、死んでも·····そばにいるから、ね·····リル·····」
「わたしが死んでも·····あなたを·····まもって、あげるから·····」
「·····シアン、もう喋っちゃダメよ!すぐにバンシーが来てくれるから!」
そう産婆の一人が言うと、シアンは息も絶え絶えにこう言った。
「もし·····バンシーが来る、までに、わたしがもたなければ·····こう、伝えてくれる·····?」
「この子の名は·····『リル』だと·····くれぐれも、あなたに任せた、と·····」
「わかった!わかったわ!だからもう·····」
「よかっ、た·····」
シアンはそう言うと安堵の表情を浮かべ、もう一度リルを優しく胸元に抱きしめる。
「海の女神、テーテュースよ·····どうかこの子には··········」
蚊の鳴くような声で祈るようにそう言うと、シアンは赤子を抱いたままゆっくりと瞳を閉じる。
·····そしてそのまま、シアンが目を覚ますことは決してなかった。
そして·····シアンの亡くなったその2時間後、
小舟でやってきた、ひとりの少女が島に降り立つ。
少女の目には常に涙が浮かんでおり、その髪色は明るいオレンジと明るい黄緑の2色に分かれていた。
「·····シアン姉様が、亡くなった?」
「あぁ·····無理もない、あの子は赤子を1年と少し·····つまり15ヶ月も腹に宿していたんだからな·····」
「いち、ねん·····?じゅうご、かげつ·····?」
「·····全く、姉妹揃って無茶をする子だ·····!!シアンもルージュの最期を見ていただろうに··········!!」
「し、シアン姉様の子供は!?」
「安心しろ、子供は無事だ。今はリンダの家で乳を貰っているだろう」
「子供が無事なのは良かったけど·····バンシーさん、兄さんになんて言ったらいいの·····?」
そのうち、バンシーと呼ばれた少女はぐすぐすと泣き始め、その目には血涙が流れ始めた。
「バンシー、涙をお拭き。まだ10歳で年端も行かない子供のお前には酷かもしれないが·····」
「·····?」
「シアンは死の間際、お前に「この子を託す」と言ったんだ。これからお前はこの子を·····『リル』を、父親であるダーキニーに手渡すまで、守らねばならんのだぞ」
そう言うと、医者はバンシーの肩を掴んで目を合わせた。
その目を見たバンシーの目からは血涙は止まり、バンシーの顔つきも凛々しくなる。
「もちろん、お前に一切を押し付ける気は無い。私達も大人として、お前を守ろう。」
「·····わかった、バンシーさんも頑張る!兄さんに会うまで·····シアン姉様の子供を守るの!」
「よく言った、バンシー!さぁ、リンダのところに行っておいで。リルを寝かしつけて待っていてくれるはずだ。」
「うん!」
そう言うと、バンシーはリンダの家に向かって走り出す。
その後ろ姿を見て、医者は祈るように手を組み小さくこう呟いた。
「·····願わくば、海の女神テーテュースの加護を、あの子たちに与えたまえ·····」
その後、リンダの家にて·····
「話は聞いたよ·····お前さんもまだ10歳なのに、赤ん坊抱えて大変だろう」
「·····大丈夫よ!バンシーさんはリルの叔母さまになるんだから、リルを守るのは当たり前なの!」
そう言うと、バンシーはおくるみに包まれたリルを優しく抱きしめる。
「その歳で叔母さんってのも、変だけどねぇ」
そう笑うと、リンダはこう言った。
「·····ところでバンシー、お前さんの兄さんはいつここに来るんだい?」
「ここに来る前に兄さんに電伝虫で連絡したんだけど·····まだ忙しいみたいで、2年はかかるかもしれないって·····」
「なんだって!?あいつは生まれたばかりの自分の子供と年端も行かない妹を2年もほっとくのかい!?」
「·····リンダおばさま、兄さんを怒らないであげて。兄さんはとっても忙しいから、仕方ないの」
「それにしたって·····!」
「でも、少ししたら·····大体2ヶ月くらいで、代わりの迎えの人をよこすって言ってるわ。だからそれまでバンシーさんがリルを育ててあげるの。」
バンシーがリルを抱きしめながらそう言うと、
リンダは顎に手を当ててしばらく考え込み、腹を括ったようにこう言った。
「·····よし、わかった!迎えが来るまでの間、あんた達·····うちの子になりな!」
「ええっ!?」
「なぁに·····うちも子供が生まれたばかりだが、2人も3人も変わりゃしないさ。それより年端も行かないお前さんが苦労するのを見てられないんだよ」
「でも、リンダおばさま·····バンシーさん達2人でなんて·····迷惑じゃないの?」
「子供がなぁに遠慮してんだい!あたしは男ばっかり産んじまってるもんでね、女の子が欲しかったのさ!」
「ダーキニーか代わりの奴が迎えに来るまで、お前さん達はあたしの娘だよ!」
そう言うと、リンダは2人をぎゅっ、とまとめて抱きしめる。
そして·····その日からバンシーとリルはリンダの家の子供として、生活を始めたのだった。
·····しかし、それから2ヶ月経っても、半年経っても、ダーキニーからの迎えは来なかった。
「·····兄さん、どういうこと?もう半年過ぎているのよ?どうして迎えが来ないの?」
《·····なんだと?もう3回も迎えを送っているはずだぞ!》
「うーん·····ルージュ姉様とシアン姉様の件で、海軍の見回りもまだ残っているし·····もしかしたら、それに捕まっているのかもしれないけれど·····」
《その可能性も、有り得なくはないが·····あいつらが海軍の見回り程度に引けを取るだろうか·····?》
「ねぇ、兄さん·····兄さんがもっと早くこっちに来れないの?リルが寂しがってるわ。」
《俺もそうしたい所だが·····あいつの補佐は俺しか務まらん。この任務が終わればすぐにでもそちらへ向かおう。改めて迎えを寄越す手はずは整えておく。》
「·····うん、分かったわ、兄さん。バンシーさんがリルを守るから、必ずリルを迎えに来てね·····」
《もちろん、分かっているさ》
ガチャ、と電伝虫が切れたあと、
バンシーは深いため息をついて首を傾げる。
「·····“3回も迎えを送ってる”、それなのに迎えが来ないなんて·····一体、どういうことなの·····?」
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