あーあ、気づいてくんねえかな。
ある日のことだった。いつものように収録が終わって家に帰ろうとした時、未祐さんから連絡が来た。
今から仕事終わるんだけど、ご飯行かない?
俺は絶対に使わない可愛らしい絵文字にスタンプ付き。この人はよく、俺をご飯に誘ってくれる。俺は大体釣られたようにそのまま向かって、なんともない普通の話をして、笑って、たまに仕事の話をして真面目になって、そしてまた笑って、この人を家まで送っていく。
「どうしたの晃、行かない?」
櫻井さんがブースの扉を開けたままこちらを伺った。俺は携帯の画面と櫻井さんを交互に見比べて、どうしたものかと考える。
櫻井さんの後ろには他にも共演者がわらわらといて。今日はこのまま皆でご飯行くかーなんて言葉がチラチラあって、俺もそれに参加する予定だった。
「んーーすみません櫻井さん、俺今日パスします」
「あれ、そうなの?珍しい」
驚いたように目を見開いてそう言った櫻井さんに頭を下げる。俺はリュックをもう一度背中に背負い直して、いそいそとブースを出た。
「文句なら未祐さんに言っといてください」
俺がそう一言いえば、櫻井さんは納得したかのように首を縦に振って笑った。
「廊下は走らないんだよ〜」
「はーい!」
エレベーターはまだきてないらしいから階段使おう。わちゃわちゃと固まっていた共演者の人たちがこっちを見て大声をあげる。「お前来いよ!」「ごめんなさいパスです!」「おい晃ー!!」「すんません!」この人達もう酒でも入ってんの?ってぐらいテンション高いんだけど。
俺は非常口の重い扉を開けて、中に入った。ここは5階。元バスケ部の足舐めんなよ。俺は気合を入れて、足に力を込めた。
「あー!来た来た!遅いぞ晃君!」
「ったく、今日櫻井さん達とご飯行こうとしてたんですけど?」
とか言いながら、俺は結局この人の誘いを優先してしまうんだけどさ。
未祐さんはニコニコと笑いながら手を振って、俺のその言葉に声を出して笑った。
それに対してぶすっと拗ねたような顔をすれば、未祐さんは俺の両頬を片手で掴む。ぷすーっと、気の抜ける音が聞こえた。
「どこ行こっか」
「何食べたいんですか?」
携帯を出して現在地から行けるお店を探せるように準備をする。誰に関してもこうなわけじゃない。未祐さんが行きたい食べたいって思うものを、見つけてあげたいだけ。
全部、彼女のため。
「晃君は何食べたいの?」
「俺?未祐さんが食べたいものでいいよ」
「たまには君の食べたいものも聞きたいな」
俺が食べたいものなんてマックとかしかない。それかケンタッキー。
えー、と言いながら考える。まだまだ育ち盛りな俺。食べたいもので思い浮かぶのなんて焼き肉ぐらいなんだけど。
悩み続けるのも時間の無駄だ。時刻は今19時30分。金曜日の夜ともあって駅前は人でたくさんだった。
「焼肉は?」
「うん!良いね」
あ、いいんだ。
俺は携帯をポケットにしまってリュックの紐を掴む。ここからだったら焼肉屋はたくさんある。チェーン店の場所をいくつか頭に思い出して、空いてるところに入れたらいいかなと考えてみる。
「じゃ、行こっか」
「ん」
未祐さんは笑顔を浮かべながら首を傾げる。ちっこいこの人を上から見下ろして、ああ、無防備だなぁなんて少し思いながら、俺は手を広げて彼女の前に差し出す。
「ん?」
「いいから、ほい」
不思議な表情で俺を見る未祐さん。思わず笑いながら俺は彼女の手を無理やり引っ張った。
しっかりものと思われているけれど、この人ほんと俺の前だとドジっ子特性強いから。今まで何回躓きそうになってたか。その度に引き寄せたり、とめて上げたりしてさ。
あ、でも鈴村さんが言ってたな。
松来は晃の前になるとボケぼけになるんやで。
って。
「私の方が年上なんだけどなー」
「だったら年上らしいところ見せてくださいね。はい行くよ〜」
「晃君てば、また私のこと子供扱いした!」
俺の後ろでワーワー騒いでる未祐さんの手を引っ張る。
はいはい、って適当にあしらえばまた怒ってなんか言うけど、結局俺の手を離さないでくっついて歩いてくるあたり、未祐さんも俺のこと好きだよなって、思っちゃうんだよな。
自惚れじゃなきゃ、いいんだけどさ。
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憂いにキエル。