少年の声が美しい庭園に響き渡る。
剣が独特の金属音を上げて弾かれると、黒髪の少年――神聖ブリタニア帝国第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはそれに逆らわず芝生の上へと倒れ込んでしまった。
それからしばらくして、その剣が後ろへと落ちる。
きっ、とその紫水晶の瞳を自身が握っていた剣を弾き飛ばした人間に対して向けた。
赤い髪は先程の剣の動きで見事に舞い上がり、正しく焔のように見えたし、歴戦の騎士の風格すら漂わせるようになったが十代の後半の終わりが見えてきただけの少女のような風体もわずかにあどけなさとして残っている。
その人物はルルーシュを見下げて、静かにため息をつく。
「これでは練習にもなりませんよ、ルルーシュ殿下」
「う、うるさい。僕が剣を苦手としているのなんて、お前が一番知っているだろう!」
剣を払う動作すらまるで流麗なダンスを見ているかのように美しい洗練された動きに対して負け惜しみにしても見苦しい言葉を放ったあと、ルルーシュは慌てて立ち上がった。
黒いリバリーズは動きづらそうなほどだというのに、その人物は息も上がらせず、ルルーシュの剣を弾かせてみせた。
すると、後方から青いドレスを纏った美しい皇帝妃がやってくると速やかに礼を執った。
「あら、いいのよ、楽にして頂戴、アスナ。紅茶を淹れたの、どうかしら?」
「それではお言葉に甘えまして、マリアンヌ様」
――ナイトオブサーティーン、アスナ・シュヘン・ガル・クラウンはブリタニアの英雄であるとルルーシュは知っている。
剣の実力はさることながら、先日は次世代――おそらくは実戦投入されることになるだろうKMFの演舞を行い、皇帝から褒美を頂戴したことは記憶に新しい。
指揮官としても有能だったのか、数多の戦場で、多くの戦果を上げるようになっていた。
昔はさほど接点の多いわけではなかった従姉であったが、ここ数年はぐっとルルーシュと近い距離になっていた。
――アスナは今、ルルーシュの家庭教師役を任じられており、その一日の大半をアリエスにて過ごしていた。
「僕はアスナから戦略の話を聞くほうが好きだ」
ルルーシュはケーキにフォークを刺しながら一つつぶやいた。
アスナは少し拗ねたような従弟に笑ってみせる。
「だって、アスナはシュナイゼル兄上とチェスでいい勝負をするって、クロヴィス兄上が――」
「……あいつ、余計なことを」
心の底から飛び出たような低い声に、ルルーシュは肩を震わせた。
「ルルーシュ、私は別に戦略家じゃないんだぞ」
「でも」
「私は騎士だ。当然、ラウンズに名を連ねていただいている以上当然、軍の指揮権が与えられる。――無能というわけに行かない、ただそれだけのことだ」
静かに諭すようにそういいながらアスナは紅茶に一つ砂糖を入れた。
ルルーシュがそんなアスナの目をじ、と見つめる。
アスナの目は見えないのだという。
その話をするとシュナイゼル兄上はわずかばかりに悲しそうな顔をするが、目が見えても見えなくてもアスナは何も変わらない。
見えていなくてもアスナは強い。
コーネリアと剣の勝負をしているところを先日見たが、圧倒的な動きだった。
流麗なダンスでありながら、その裏には――深い影があるようにルルーシュには見えた。
コーネリアの正攻法とは違う。
いや、真正面から相手と向かっていくところは間違いなく似ているのかもしれないが――圧倒的に裏打ちされたものが違うのだ。
それがアスナという剣の強さだった。
「戦略の話を聞くなら、シュナイゼル殿下がよろしい」
「兄上は忙しいだろう?」
「間違いなく。――今日も遠方まで会議に出向かれている」
アスナは静かに頷いた。
今はルルーシュやナナリーと過ごしていることも多いアスナだが、元はシュナイゼルの婚約者だった。
元、というのは厳密には違う。
まだ二人の婚約は正式に破棄されたわけではない。
アスナが行方不明になってしまっていた一年の間に有耶無耶になった挙げ句、アスナが実家であるシュヘンベルグ家の大公爵を継いだが故に、更に霧散してしまったという方が正しい。
大公爵を継いだ女性が皇室に嫁いできた例はない。
ルルーシュにだって、わかる。
アスナはシュナイゼルに嫁ぎ、皇室に入るつもりがないのだということくらいは。
「私も最後に殿下にお目にかかったのは二ヶ月前だからな」
シュナイゼルは学校を卒業すると同時に、いや、その前から実質上宰相の任を与えられていた。
学業が終了するとそれは本格化し、まだ年若い自分を慮ってシュナイゼルは積極的に他国とのパイプを築き上げている。
元々の美しい容姿も相まってか、彼はあらゆる社交界で引っ張りだこのようで、連日晩餐会やら、ガーデンパーティーやらと忙しいようだ。
故にナイトオブサーティーンとして戦場を駆け回り、暇ができればアリエス宮に入り浸るアスナとは当然のようにすれ違いが生じていた。
「アスナですら二ヶ月会えないんだろう? ――じゃあ、僕はもっと会えないじゃないか」
「どうだろう。殿下はルルーシュとのチェスを楽しみにしてるみたいだ。もしかしたら、私よりも早く謁見できるかもしれないよ」
アスナは気休めにもならないようなことを口にした。
それが不可能であることくらいルルーシュにだってわかる。
シュナイゼルは多忙だ。
最も親しいアスナが後回しにされているのなら、庶民の皇妃を持ち、皇位継承権だってさほど高くない自分なんて更に後回しだろうと考えた。
シュナイゼルは兄弟を平等に大切にしてくれる人ではあったが個よりも全を大切にする人だった。
恐らく、シュナイゼルの中にある個という存在はアスナだけだ。
これまでも。
そして、これからも。
「アスナ、次はどこへ出兵の予定なんだ?」
「ロシアの方へ。白ロシア戦線の方で出撃命令が出てる」
アスナは静かにいい、紅茶のカップをソーサーへ置く。
「遠いな」
「エリア拡大は陛下の現在再優先事項だからな。ヴァルトシュタイン卿も駆り出されて大変なことになっているし、つい先だってはマリアンヌ様も戦線に出ておられたくらいだ」
アスナはそこで漸くケーキに手を伸ばした。
「帰ってきたら、また、チェスをしてくれるか?」
「もちろん。ルルーシュが戦略を立てて準備しているのを楽しみにしている」
まだまだ少年の翳りが抜けないルルーシュの頭を優しくなでてやるとわずかに嬉しそうに頬を染めた彼がたまらなく愛おしく見えた。
その頭脳は恐らくシュナイゼルに近い。
しかし、その内面はあらゆる感情に満ちた振れ幅の大きさを持っていた。
――あの方とは正反対だな。
マリアンヌが再び姿を見せると、お昼寝から起きたところのナナリーを抱っこしたままやってきた。
ナナリーはアスナがいることに感激し、その膝にすがってくる。
――平和は、確かにここにあった。
* * *
白ロシア戦線は思ったよりも長引かなかった。
むしろ、敵よりも内部のほうが問題だな、とアスナは思うほどである。
ユーロ・ブリタニアの問題はそれほど根深く、いずれブリタニアの遺恨として処理し無くてはならない問題になるだろうと旗艦の中で書類をめくりながら思った。
ユーロ・ブリタニア――正式名称、ブリタニア帝国ヨーロッパ侵攻軍。
しかし、それはブリタニア本国から派遣された遠征軍なのではなく――精神的な独立性の見られる、帝政を執るブリタニアの中では極めて異例の組織だ。
元は、市民革命によりブリタニアに亡命した貴族の末裔である彼らは現在、祖先の地を取り戻すという大義名分を掲げ、ユーロピア共和国連合と敵対している。
また、皇族の管理下にない上にナイトオブラウンズと同格の実力を誇る四大騎士団各総帥に加え、単純な軍事力の面でも本国に匹敵している。
それが原因で、本国とユーロ・ブリタニアはここ数年冷ややかな関係性を保っており、今のところは目に見えて大きな争いには発展していないが、その戦力の増大具合は宰相のシュナイゼルも目を瞑れないレベルになるのに時間はかからないだろうとアスナは予想している。
彼らを放置し続けることは決して得策とは言えないが、現状、ヨーロッパ方面においては彼ら以上にいい人材もいないのが実情か。
ヨーロッパを本国の正規軍を動かして攻めるとしても、まだ足場が足りない。
アスナは先だって面会を済ませた、ヴェランス大公を思い出した。
オーガスタ・ヘンリ・ハイランド――通称ヴェランス大公。
ユーロ・ブリタニアの宗主であるその男はアスナよりも遥かに年上で、年が近いとするなら自分の父親ぐらいだろうか。
娘ほど若いアスナに対しても貴族としての礼節を守って接してくれた人間性は評価するが――その水面下での動きは皇帝の剣としては容認しがたいものがある。
アスナは静かに点字だらけの書類を投げ捨てて、ため息をつく。
失礼します、とドアを叩く音が聞こえて、アスナは入室を許可した。
入ってきたのはアスナ付きの秘書官である。
彼は物静かではあるが、決して仕事ぶりは悪くなく、無駄口が少ないのでアスナは気に入って登用していた。
彼はどことなくいいづらそうに口を切った。
「ナイトオブサーティーン、お客様が」
「誰だ。火急以外は通さないようにと――」
アスナは鋭く部下を睨みつけた。
現在、旗艦は基地にて停止しており、次の移動まで三十六時間の半舷休息中であり、もちろんアスナも例に漏れず休息中だ。
本来なら旗艦内ではなく、基地に用意されている高級士官用の宿舎にて休んでいるはずのアスナがここにいるのはそれなりに仕事があったからであって、火急の司令以外は通さないようにとの厳命はしてあった。
秘書官もそれは承知の上なのだが、彼も彼自身の裁量では判断しかねる事情があったのだ。
彼はしばし悩んだようにしたが、漸く口を開く。
「それが、第二皇子殿下なのです」
いかが致しましょう、と秘書官が声を掛けるよりも前にアスナは旗艦の執務室を飛び出していた。
かつかつと、ドアの外から聞こえてきた足音にシュナイゼルはつい忍び笑いをしてしまう。
だが隣にいた側近であるカノンがそれに気づいたのか少しばかり咎めるような視線を向けてくるので、わかっているよとシュナイゼルは笑ってみせた。
ドアが少しだけ荒々しく開くと、アスナが立っていた。
「殿下、もしもいらっしゃるのでしたら事前に連絡をと、何度も言っているではありませんか!」
アスナは少し大股気味に近づくと、シュナイゼルを取り囲んでいた武官たち――厳密には文官から成り上がってきた将軍職のお歴々を一瞥し、下がらせた。
彼らの目的は火を見るよりも明らかだ。 ――シュナイゼル第二皇子の覚えもめでたくなれば、自分の立身も、などと考えているのだろうが、アスナが全て黙殺する。
「君を驚かせたかったんだ」
「お時間が空いたのでしたら、本国に戻られ休まれるべきだったでしょうに……わざわざご足労痛み入ります」
アスナは恭しく礼をすることはなかったが、その口調は当然であると言わんばかりに丁寧に整えられていた。
「いいんだよ、私が君に逢いたかっただけだから」
シュナイゼルはそう言って穏やかに微笑みながらアスナの頬に手をかけた。
頬にかかる赤い髪をそっと払うと、アスナの瞳を見る。
以前に比べると幾分か目と目が合い、視線が絡んでいるように思える。
「……殿下、いくら、人目がないとはいえ」
お控えを、といいかけて、少し困ったように笑っているような気配を感じてアスナは口にするのを憚った。
目が見えなくなって、数年も経つとアスナは見えなくても他者が今、どういった表情をしているのかわかるようになった。
シュナイゼルがそういう表情をするのは悲しい。
「……殿下、お茶を用意します。よろしければ、旗艦内のテラスへ移動しませんか」
「もちろんだとも。君と時間を過ごせるのなら。――大丈夫そうかな」
「はい。次の行動までは半舷休息中です。私も休息を取らねば、部下たちに怒られてしまいます」
少し茶化したように笑って見せれば、シュナイゼルが少しだけホッとしたような顔をする。
互いの間にできてしまった埋めようのない溝はどうしようもないことではあるとアスナは自覚しているが――シュナイゼルの悲しい顔が見たいわけではない。
彼が心穏やかに暮らすために剣をとったのだから、自分がその平穏を脅かすものになってはならない。
アスナはちらりと、参謀たちへ視線を向けた。
彼らは全員が無言で何度も頷くのを確認してアスナはシュナイゼルに手を差し出した。
「殿下、よろしければエスコートを」
「……普通は逆だと思うのだけれど。では頼もうかな」
アスナの黒いイブニンググローブの上にシュナイゼルの手がそっと重なった。
柔らかく握り込むと、アスナはそっと歩き出した。
シュナイゼルを伴い、デッキからテラスへと移動する最中は、軍の話を全く交えず、互いの近況を伝える程度の雑談にとどまった。
軍の話なら幾らでもできるが――シュナイゼルやアスナは互いが仕事以外で顔を合わせたときにはできるだけしないように心がけていた。
――アスナはシュナイゼルが軍事に関わることに賛同できなかったし、
――シュナイゼルはアスナが騎士として戦うことに拒否を示していたからだ。
互いに仕事であるなら互いの領分を侵すことはしなかったが、いい反応ができるわけではない。
そういうことをわざわざ持ち出してくる必要はなく、アスナはアリエスでの平穏な日々についてシュナイゼルに語って聞かせた。
「ルルーシュが羨ましいな」
シュナイゼルは紅茶にミルクを落としながらそうつぶやいた。
「今までは私が君を独占していられたのに」
――今となっては、君はルルーシュ、ルルーシュだ。
シュナイゼルがそう言って笑うので、それが半ば冗談であることを悟ったアスナはまったくと表情をわずかに緩めて、シュナイゼルの前に手製のお菓子を差し出した。
「何をおっしゃっているんですか。ルルーシュは今、いろいろなことを学んでいる最中なのですよ。兄君でいられる貴方が大人げないことをおっしゃってはなりません」
アスナの言葉にシュナイゼルは肩をすくめた。
アスナはあくまでも家庭教師としてルルーシュと関わっているだけに過ぎない。
もちろん、弟のようにかわいくはあるし、家族のように思うこともあるが、それとこれとは別。
アスナにとってはどこまで言っても、シュナイゼルこそ優先されるべき人間なのだ。
「しかし、かつては君と日を開けずに会って、一日中共に過ごしていたというのに――今日だって二ヶ月ぶりだ」
シュナイゼルはアスナから出されたお菓子にためらいもなく手を伸ばす。
その信頼にアスナは嬉しくも感じるが、少しだけ危うさも感じる。
もしも、自分が――と考えて首を振った。
そういったことにならないし、決してしないと決めている。
「本当はもっと君に会いたいと思っているんだよ」
「……それは、光栄なことです」
意味は、深く考えてはいけない。
幼い頃と今とではまるで立場が違うのだから。
アスナは薄暗いものを感じながら、ふと紅茶へと視線を落とした。
艦橋とは違い、テラスは軍艦であるのにも関わらず白いテラステーブルとそれと揃いの椅子が置かれており、随所にアスナが手を凝らしているのが目に浮かぶ。
わずかに吹く潮風に赤い髪が流されると、アスナは手を添えて風の方向へそっと顔を向けた。
「アスナはまだ戻れないのかな」
シュナイゼルが静かにそう聞いた。
「……戦線は長引かないでしょうが――エリア10の平定後暫定の政庁のまとめ役をせよ、と皇帝陛下からの勅令がでておりまして」
仕事の話はできるだけしない、というのが二人の間のルールではあるものの、帰国に関する話が出てしまうと自然と仕事の話も持ち出されてしまう。
「では、これからすぐにインドシナ半島方面に?」
「はい。暫定政庁の方がうまくいっていないようで。――もしかするとお力をお借りすることになるかもしれません」
アスナは申し訳なさげに眉を下げて、シュナイゼルに笑ってみせた。
ナイトオブサーティーンとして以上にアスナが皇帝に重宝されているのは、属領としたエリアが安定してしっかりとした総督府を設立できるようになるまでの簡易的かつ暫定的な統治において代理執政官として任命できるところにある。
実際に皇族を派遣するには未だ危険だが、間違いなく治世を行うことのできる皇帝の直轄の人間を派遣したい――という希望をほぼ叶えられるのがアスナだったというわけだ。
皇帝の姪であることを理由に(実際の皇位継承権はすでに存在していないが)皇族と同等に総督府を動かす権限を与えられる。
故にアスナは戦場を飛び交うばかりではなく、総督が正式に決まっていない、または入れ替わりが起こってしまった場合に代理執政官としてエリアを一つ、短期間ではあるが任せられることもある。
今回はエリア10――暫定的な統治機構が作られただけであり、まだまだその統治は完璧とは言えず、アスナが派遣されることとなったのだ。
政治面はあまり得意ではないという自覚がアスナにあるだけに、次へ回すための準備を整えなければならないこの役割は十分な重荷である。
「私の力で解決できることならいくらでも尽力しよう。――父上への口添えも必要なら協力するよ」
「エリア10は思ったよりも荒れてはいないようですから、さほど心配はしてませんが――どこの世界にも、私が統治に携わることに面白くないと思っている方がいるようなので」
アスナは困ったように笑う。
あまり周りの雑音を気にするような質ではないが――とやかくと言われ続けると、周りとの連携にも支障をきたすのである程度は譲歩しなくてはならないことも出てくるだろう。
シュナイゼルに口添えを頼むとしたら、おそらくはそこだ。
皇帝陛下から直接言葉を賜るのもありだが、そこまで大仰にしてはそれこそ軋轢を深めるだけ。
第二皇子と大公爵が懇意であるのはすでに周知の事実でもあるし、申し訳ないがシュナイゼルはアスナにとっては最大の武器でもある。
そこに存在していなくとも、十分に効力を発揮してくれる。
「それにしても……ヨーロッパからインドシナまでは随分な強行軍だ」
大丈夫かい?
シュナイゼルが純粋に心配を込めてアスナに言った。
その言葉は非常にありがたいもので――アスナとすれば、これから数ヶ月は本国の土を踏めないものであったので、些か悲しげに目を細めた。
あの薔薇園に戻りたい。
「途中で補給のため、エリア9に立ち寄る予定です。そちらでも幾分か公務の手伝いがあるようですが――」
統治されているエリアが何の問題もなく機能しているかというチェックもしてこいとのことで――エリア9への視察もアスナはしてこなくてはならなかった。
強行軍に強行軍を重ねたようなスケジュールではあるが、これが終わればしばらくは本国で休息を取れる予定だ。
その旨を伝えると、シュナイゼルが少しだけ嘆息しながら無理だけはしないようにと言い含めた。
「君はどうしても一人で解決しようとしてしまうから」
空になった紅茶のカップにアスナは紅茶を注ぎながらシュナイゼルのその言葉を聞いて、居た堪れないように肩をすくめた。
「一人で全てをやろうとしないことだよ。特に君は政治面の専門家ではないのだから――いざとなればいくらでも力を貸すのだからね」
「――ご厚情、誠にありがとうございます」
静かに礼をしたアスナにシュナイゼルは柔らかく微笑みかけた。
優しく手を伸ばして、アスナの頬に触れた。
その指が静かに、アスナの肌をなぞって、愛おしく目を細めた。
「で、殿下」
困ったように声を上げ、頬に朱を挿すアスナにシュナイゼルはクスクスと笑った。
昔のようにその頬にそっとキスを落とす。
「……もう、殿下」
「わかってるよ。――気をつけて」
シュナイゼルはそっとアスナを抱きしめて、離した。