皇暦2009年――初夏。
その年は、極東の島国、日本とブリタニアの間で望まない緊張感に包まれていた時期である。
大陸全土を支配する神聖ブリタニア帝国は、貪欲で巨大な手のひらをインドシナ半島にまで伸ばし、またたく間にこれを軍事占領。
属領として自国の勢力範囲に加え、その臨時総督に若き大公爵アスナ・シュヘン・ガル・クラウンを据えて新領土エリア10の設立を高らかに宣言した。
これに対し、ブリタニアと敵対するEU、中華連邦の二強国は即座に反応する。
同盟国である二国は、膨大なサクラダイトの埋蔵量を誇り、二勢力の間で中立をうたう極東の経済大国、日本までも取り込んでブリタニアに対する経済制裁を実施。
さらには追従する発展途上国を誘ってブリタニアの船舶をあらゆるありとあらゆる海域で封鎖。
これにはブリタニア側も猛烈に反発し、両陣営は互いの国境線でにらみ合いを続けている。
――そういった、情勢だった。
その衝撃的な事件がアスナの耳に入ったのはインドシナ半島――現在の名前をエリア10の新しく設立された租界内の政庁、執務室の中でのことだった。
駆け込んできたのは秘書官である。
冷製で落ち着いている彼が走っている姿に、それらを知っている人間ならば振り返って確認するレベルであったという話だが、あいにくとアスナはその時書類整理のために机にかじりついている真っ最中だったのだ。
見えない目で、書類を追うことは難しく、全て点字や音声テープにされた書類たちとにらめっこをしていて疲労が溜まっていたことも事実であった。
駆け込んできた部下に対してアスナは疲労の滲んだ瞳を向けて、嘆息した。
エリア10は矯正エリアとまでは行かないが、まだまだ治安の安定しない地域だ。
またなにか起こったか、とアスナは問題が増えれば終わらない書類も積み上がるなと考えながら部下に向かって声をかけた。
彼はしばらく声も発せないと言わんばかりに肩で息をして、呼吸を整えていた。
「ほ、本国で……」
漸く絞り出した声は掠れていた。
彼は膝においていた手を何とか持ち上げて、顔をあげるとアスナを見た。
「本国で――マリアンヌ様がご逝去されました……!」
そこから、アスナは大慌てで本国への帰参の準備を整えなくてはならなかった。
政庁の内部組織を再編し、軍部にも話を通す。
足りない兵力に対してはシュナイゼルに改めて連絡をして正規軍を回してもらえるように整えた。
このエリア10は中華連邦との距離も近く、それらを踏まえた軍事施設が建設されることになっていたので、少しばかり早いがアスナはその計画を前倒しするようにと文官たちを説得した。
恐らく、日本を挟んで中華連邦・EUとにらみ合いを続けているならば、この新しいエリアは軍事拠点とされる。
叔父が自分を派遣した意図を図れないわけではないアスナは未だ渋ろうとする文官たちに怒鳴り散らして急がせた。
開戦になってからでは、遅いのだと。
それほどまでに二勢力の摩擦がひどいことをアスナは感じ取っていたし、シュナイゼルが自分を案じていたのは――このまま開戦になれば、アスナはこのエリア10の総督として軍事に当たらなければならなくなるからだろう。
マリアンヌの死が直接政治面に響いてくることはないだろうが――本国でゆらぎがあれば、即座に反応されてしまう。
アスナの言葉に漸く文官たちは重い腰を上げて、政庁内では連日会議が行われ、アスナは寝る間も惜しんで働いた。
更に、本国から正式な総督が決定し、シュナイゼルによってその情報が齎されると、漸くアスナは役割を解放された。
正式な総督は皇族がなる、というのがアスナの臨時総督についた時の条件であったため、仕事をやりかけで投げ出すのはアスナの性分的にはあわなかったが、やってきた第五皇子におおよその引き継ぎを済ませた。
全てが最短で整えられのも、影でシュナイゼルが口添えをしてくれていたからだろうとアスナも気づいているが、今はそれどころではなく、就任祝いのパーティーにも出席することなく帰りの民間機へと飛び乗った。
この時、アスナは敢えて本国が用意したというチャーター便を使用せずに民間機を選んだのはシュナイゼルにのみ語ったことであるが、彼女は長らく本国を離れており、本国内の開戦への国民感情が気になった。
大きな空港を経由すれば自然とそれらは耳に入り――空港の多くの民間機は日本、EU、中華連邦へと向かう便が大なり小なり規制されていたことをアスナはそこで知った。
――部下たちには自力で帰ってこいというのは流石に過酷だったか、と思ったが旗艦すら置いて、本国に向かって慌てて帰ったのだ。
本来であれば、ありえない話だった。
それでも、マリアンヌの死から二ヶ月ほどは経っていて、すでに、葬儀は済んでいると告げたのは、空港で出迎えるはずだったルルーシュでもナナリーの代わりに現れた、沈痛に表情を暗めたコーネリアであった。
コーネリアに出迎えられ、その事件のあらましを知ったアスナは止めるコーネリアには目もくれずに走り出していた。
ただ、ただ、心配でならなかった。
あの小さな皇子と皇女が――あの広い離宮に二人でなんて。
アリエスの離宮は静まり返っていた。
アスナがやってきて、黒い服の使用人たちは一様に頭を下げているが、アスナは今それどころではない。
「ルルーシュ! ルルーシュ殿下は何処へ!?」
声を荒げてルルーシュを探す。
マリアンヌの死に際して、ナナリーは事件に巻き込まれてしまい足が使えなくなってしまったという話だった。
見舞いに訪れてみれば、彼女は目も見えなくなっていた。
光を失う苦しみを――アスナはよくわかっていた。
そっと手で触れ、手を握りしめてあげると、ナナリーはしくしくと光の映らない瞳で涙をこぼしながら、お母様は、お母様はと繰り返した。
その痛々しげな姿にアスナは何も言えなくなる。
こんなナナリーの傍にルルーシュがいないなんて、と思い部屋を飛び出してみれば、一人の使用人が漸くアスナに向かって口を開いた。
「――ルルーシュ殿下は、皇帝陛下の元へ謁見に」
「何だと……!?」
アスナは目を見開いた。
まさか、そんなことをしては逆効果だと言わんばかりにアリエス離宮を飛び出した。
しかし、アリエスの離宮から本宮へはハイウェイに飛び乗っても二時間以上はかかってしまう。
もしかしたらすでにことは遅いのかもしれないが、それでもアスナは部下に最大限スピードを出して構わないと告げて走らせた。
黒塗りのセダンの座り心地のいいはずの座席が、妙に固く感じられた。
まさか。
まさか、皇帝陛下であってもルルーシュたちを切り捨てたりはしないと信じたい。
だって、あれほど信頼されたマリアンヌ様の遺児ではないか。
――たとえ、マリアンヌ様の中に子どもたちへの愛情がなかったとしても、だ。
アスナは祈るように手を組んだ。
自分が家庭教師を任せられたあの聡明なる少年の行く末が心配でならなかったのだ。
ブリタニア本宮へついたときにはすでに日は落ちかけており、アスナが皇帝陛下に会いたいという申し出は思ったよりもあっさりと受け入れられ、謁見室までの道のりで誰一人としてアスナを邪魔してくることはなかった。
しかし、その道程で、ルルーシュが謁見室へ行ったこと、その先で何が起こったのかを耳にすることになったアスナはもう、なりふりをかまっていられる状況ではなかった。
かつかつと、足を早めてアスナは謁見室の前に立つと、両開きのドアを開けた。
「陛下! 皇帝陛下にご奏上申し上げたいことが!」
両脇に控えている貴族たちなど、アスナは目にくれている暇すらなかった。
本来なら儀礼を持って進まねばならない謁見室の玉座へと続くレッドカーペッドの引かれた道を無作法ではあると十分に承知した上で、皇帝陛下の眼前へアスナは転がり込むようにして膝をついた。
「何用だ」
「どうか、どうか、ルルーシュ殿下へのお怒り……お収めくださいませ! 殿下も母君を失われ、困惑しておられるのです。時が経てば、それも収まりましょう――何卒、今は、殿下の幼いが故の発言をお許しくださいませ」
アスナは膝を付き、深く頭を垂れた。
正直、アスナにはルルーシュやナナリーをかばう理由が見当たらなかった。
ただ、家庭教師として皇帝陛下から役割を振られただけだ。
その内情が――ルルーシュやナナリーに施されたギアスに関する手術の見極めを行うことであり、それらが成功しているかどうか判断することを任されたことであったとしても。
ルルーシュやナナリーは従兄弟ではあるが、教師と生徒という間柄でしかないはずだった。
アスナにとって――最も優先されるべきはシュナイゼル。
その認識が皇帝にもあったのか、些か意外そうな顔を彼は浮かべていた。
「そのようなことでそなたまで参るとは――だが、しかし、ルルーシュとナナリーには皇族としての役割を果たしてもらう」
皇帝は少しばかり鬱陶しそうな表情を浮かべている。
そなたまで、ということは他にも誰かやってきたのかもしれない、と思いながらもアスナにはその部分は耳に入っていない。
重要だったのはその後だ。
皇族としての役割を果たす――とは。
声が震える思いで、アスナは恐る恐る顔を上げて叔父を見上げた。
「まさか……まさか、日本へ送ると?」
「察しがよいではないか、そうだ、そのとおりである」
シャルルは大きく頷いてみせた。
アスナが己の言わんとしたことを察して満足している様子だった。
「おやめください! 今、日本は――かの地と我がブリタニアは戦争直前でございます! そのような場所にお二人を送ってしまわれれば…………」
アスナはいいかけて口を噤んだ。
日本は今、昨今にないほど反ブリタニアの情勢が高まっているというのはブリタニアに属する軍人ならば知っている話だ。
いずれ開戦するのは目に見えているほどには互いに摩擦が強まっており、ついこの間は日本の排他的経済海域でブリタニアとの間で小競り合いがあったとの話はアスナも耳にしていた。
――この状況で、二人を日本になんて。
まして、ナナリーは足が動かないのに、と思ったところでアスナははっ、と目を見開いた。
「……まさか、陛下は、お二人を開戦の理由にするおつもりですか」
驚愕で目を見開き、声を震わせたアスナと皇帝の間に入ったのはビスマルクであった。
彼は相も変わらず、ラウンズの正装を纏っている。
その白く、高潔な姿に――一瞬、アスナは怯んでしまった。
「アスナ、控えよ! 憶測で発言をするなど――」
シャルルは鷹揚に手を上げて、ビスマルクを止める。
そして、自身よりも下の位置で膝をつくアスナを見下ろして笑った。
「よいわ、ビスマルク。アスナ、申してみよ、叔父は寛容である」
「…………では、一つだけ確認させてください」
アスナはじと、叔父を見上げてみる。
相変わらず――この現実には興味が無いと見える。
歯ぎしりしそうになって、アスナはこらえる。
「事件の詳細。叔父上から、わたくしめに直接聞かせていただくことは可能ですか」
ビスマルクが再び声を荒げようとして――シャルルが笑ったことをきっかけにその声が出されることはなかった。
シャルルは是とアスナに返し、こちらのタイミングで呼び出す故、待機するようにとの旨を伝えた。
アスナはそれを承服した。
いや、せざるを得なかったという方が正しい。
これ以上、何を言ってもこの場では仕方がなかったからだ。
アスナは膝をついていた体勢から立ち上がり、皇帝に向かって一番深く礼をする。
「アスナよ」
戻ろうと踵を返したところで、皇帝に声をかけられる。
「マリアンヌはそなたに期待していた。――故に、お前にあれらを託したのだ」
――あれら、とはルルーシュとナナリーのことだろうか。
完全に入れ違いになってしまったが、彼らにも会いに行かなくては、と思いながら最後にもう一度礼をする。
アスナの中で、叔父であるシャルルや、マリアンヌに対して遺恨が全くなくなったわけではない。
誘拐を企てた人間は彼らではないので、彼らを責める必要性を感じていないがその後のことは全て、マリアンヌとシャルルの手の中で行われたことだ。
特にアスナが許せないのは――一度でも、アスナの中からシュナイゼルという存在を消し去ったことだ。
だが、アスナはそれを表立って皇帝に示すことはできない。
ギアスのことは秘匿されていることももちろんだが――シュナイゼルに、自分がシュナイゼルを一時的にとはいえ、忘れたのだということを知らせたくなかった。
現状、シュナイゼルを守り通すためにも今の立場は使えるということもあるから、皇帝に反旗を翻すなどということには至っていない。
――が、叔父たちの計画に完全に参画するかと言われれば、アスナは悩んでいる。
(Cの世界……思考エレベーター。アーカーシャの剣)
数多のことがアスナの頭をよぎっていく。
叔父たちの最終的な目標は知っている。
――世界から嘘をなくし、優しい世界を作ること。
今、アスナが行っている侵略行為もそのための一環なのだと叔父たちは語る。
『貴方は、シュナイゼルが幸せになれる世界がほしいのでしょう?』
優しいほほ笑みを浮かべたマリアンヌにそう言われたのは、アスナがあの場所から逃げ出して、父の保護を受けたあとのことだった。
突然訪ねてきたマリアンヌは、アスナを剣で伏せたその指でアスナの頬へそっと手を当てる。
「この世界から嘘がなくなって――全ての人が一つになったら、貴方の世界が叶えられる、そうでしょう?」
――果たして、本当にそうだろうか。
シュナイゼルは確かに、完璧な第二皇子であろうとして常に仮面をつけている。
それは彼にとって世界が「求めるもの」ではなく「求められるもの」だからだ。
求められなければ、確かに彼は仮面を外せる。
嘘をつく必要がなくなる。
でも、叔父たちが望む世界は――。
「協力しなさい、アスナ。そうすれば、貴方の未来は開かれるのだから」
アスナはいつの間にか歩みを止めて、自分の腕を引き寄せて抱きしめていた。
今の道を間違いだとは思わない。
騎士となり、剣となり、戦うことに躊躇いなど――ない。
だが、時折、足を止めて考えてしまう。
(あの頃のままで、いられたらなんて)
そんな資格、すでにないくせに。
時折、この左目が痛みを告げる。
あのときには戻れないのだと、瞼の裏に焼き付いた幻想を払うような痛みに、アスナは強く自分を抱きしめた。
助けてほしい、なんて。
私には言う資格などないのだと。
アスナが深くため息を付いたところで、聞き覚えのある足音が聞こえてきて、アスナは顔を上げた。
自分を抱きしめた腕を解いて、そっとそちらを見やる。
「――殿下?」
不意に発した声を、向こう側からやってきた男は気づいたらしい。
シュナイゼルは柔和に笑みを浮かべて、アスナ、と名前を呼ぶと少し駆け足に近づいてきた。
まさか、シュナイゼルばかり歩かせるわけにも行かず、アスナはシュナイゼルに向かって歩み寄る。
歩み寄ると、シュナイゼルはアスナの肩に手をおいて、全身をくまなく確かめた。
エリア10からの強行軍であったはずの従兄弟は思ったよりも元気そうで、しかし、それと同じくらい疲れた顔をしているのがシュナイゼルは気になった。
赤い髪を払うようにして、指を頬にかけると、シュナイゼルは少しだけほっとした顔を見せた。0
「今、君が謁見室に行ったと聞いて……慌ててやってきたのだけれど、何事もなかったかい?」
「……ルルーシュの件は」
「聞いたよ。――とても、残念だ」
シュナイゼルが沈痛そうな表情を浮かべるのをアスナは視線だけ向けて――頷いた。
シュナイゼルはルルーシュを評価していただろう、少なからず、その頭脳を、その才能を。
でなければ、忙しいはずの彼がアリエス宮まで赴いてわざわざチェスをするなんてことはないだろうから。
アスナはそっとシュナイゼルの手を握った。
「……申し訳ありません、私も上奏したのですが」
「いや、父上も決めたら変えない人だから……むしろ、君まで放逐などということにならなくてよかった」
シュナイゼルは指を絡めて、アスナの手を握り返した。
「私も手を尽くして、できるだけ日本との開戦が遅らせられるように考慮しよう。――アスナは?」
アスナの蒼と碧の瞳は徐々に濃い朱から、濃紺へと変わる空を見上げている。
「……日本に行くまでの間にできうる限りのことはしてあげようと思っています。アッシュフォードも後ろ盾の機能をなしえないでしょうし……家庭教師だったのですから、せめてのことぐらいは」
何がしてあげられるかはわからない。
日本へ二人きりで送られることは変えてあげられそうにはなかった。
日本でどんな扱いを受けるのか――想像するだけで、アスナは唇を噛み締めた。
「――ありがとう、アスナ」
そんなアスナを慰めるように、シュナイゼルはアスナの手を引いて引き寄せると、アスナを抱きしめた。
シュナイゼルの胸板に額を当てて、アスナは困ったように笑った。
「結局、私は何もできません。この騎士の座も万能ではないということですね」
アスナはそう言うと、空いている手をシュナイゼルの背中に回した。
本当は許されないことだけれど――今だけは。
「現状、打つ手がないのは仕方のないことだ。後は、少しでも多くの手を使って――開戦を送らせて、ルルーシュやナナリーを保護するしか」
シュナイゼルの言葉に頷いた。
日本へ送られることが決定事項ならば、それ以降をどうするか考えなくてはならない。
アスナにはその地位が握られているのだから。
そっとシュナイゼルから離れると、アスナはゆったりと、笑ってみせた。
「――ありがとうございます」
指先は互いに手袋をつけていてぬくもりなど感じるはずもないのに少しだけ温かい気がした。
そろそろ、手を離さなくては――と思っても、アスナは名残惜しくて絡めあった指を離すことができずにいた。
シュナイゼルの方から指を解く気配が見えないのだから、アスナの方から離さなくてはならないのに、と考えてアスナはちらりとシュナイゼルを伺い見た。
「殿下、その、そろそろ……」
「ああ。うん、わかっているよ」
だが、指は離れない。
いくら、人目が少ないと言っても皇宮の廊下である。
このままでは――とアスナが口にしかけて、アスナの端末が音を立てる。
この音は――軍内での招集を指示する音であり、ラウンズ内では皇帝陛下からの呼び出しを意味していた。
「……父上だね」
「事のあらましをご説明いただけるということでした」
わずかに顔をしかめたシュナイゼルがアスナの指をあっさりと離したのは一瞬のことだった。
名残惜しさを感じて、シュナイゼルの指に手を伸ばしかけるがアスナは慌てて思い留まって、自分の手を強く握った。
「行きなさい。陛下をお待たせするわけには行かないだろう」
シュナイゼルがどこか、感情を亡くしてしまったかのような声で固く言った。
なんだか、その声がとても切なくて、アスナは表情を歪めたが――すぐに騎士の顔に戻ると、シュナイゼルに敬礼してその場から立ち去っていった。
その足取りは早く、あっという間にここから影すら見えなくさせてしまう。
シュナイゼルはアスナの手を握っていた手を口元に寄せた。
細い指。
年が経つに連れて、自分とアスナは明確に性別の違うものなのだと自覚していく。
「……父上は、アスナを使って何をなさるおつもりなんだ」
やけにアスナの出撃が多い。
エリアをある程度まとめさせるのにアスナを使う。
本国待機にさせられている方が少ないとすら思うくらいには――アスナは年の半分以上を本国外で過ごし、その成果はたしかに目覚しい。
「隠し事は互いに多いだろうが――アスナを巻き込まれるのは不快だな」
手を強く握り込んだ。
アスナが心をすり減らし、何かを得るのならばそんなものに価値は見出だせない。
そもそも、目が見えないアスナにラウンズの称号を与え、大公爵の地位を与えたことすらおかしかったのだ。
シュナイゼルは息を吐きだして、くるりと踵を返して歩き出す。