赦されざる罪

『皆様、御覧ください。本日、ノーフォーク海軍基地に旧日本、属領エリア11の攻略へと向かわれていたナイトオブサーティーン、シュヘンベルグ大公閣下が旗艦、空母シュトラールとともに凱旋されました』

 テレビのカメラが軍事基地に入ってきた大きな空母を映し出している前で、アナウンサーが手で導くようにしてそちらを指すとつらつらと話しだした。
 旗艦シュトラールから一歩降り立ったのは、赤い髪の麗人である。
 麗人は一歩、旗艦から出る都度、出迎えに訪れているであろう軍人たちに僅かな一瞥をくれると確かな足取りで進んでいく。
『出迎えには第一皇子オデュッセウス殿下と、第二皇子シュナイゼル殿下がお越しになられており、わずか一ヶ月で極東の島国を我が帝国の属領としたシュヘンベルグ大公の活躍を讃えられております』
 オデュッセウスとシュナイゼルの前に膝をついたアスナが帰参した旨を二人に告げる。
 オデュッセウスは君が無事で良かった、大変だっただろうと労いの言葉をかけており、アスナもそれに対して感謝の言葉を述べた。
 シュナイゼルはアスナに立つように告げると、アスナは素直にそれに従った。
 二人はしばらく言葉をかわしあったが、カメラではその音は拾えず、シュナイゼルは優しい笑顔でアスナを見ており、アスナもまた全幅の信頼を寄せてシュナイゼルを見つめていた。

『シュヘンベルグ大公閣下はこのまま、両殿下とともにノーフォーク基地から帝都ペンドラゴン、ブリタニア宮へ移動されるとのことで――』

 車内に入って、漸くアスナは息をついた。
「よい仮面だったよ、ご苦労さま」
 シュナイゼルはそう言ってアスナを労い、それに苦笑しながらもアスナはため息を付いて、肩から力を抜いた。
「これで、君はブリタニアの英雄だ」
「……ルルーシュとナナリーを殺した張本人が、ですか?」
 力なくアスナは笑った。
 これは、事実と反することではあるが、ブリタニア本国への報告書にはそう記載されている。
 アスナの配下であるカーリオン騎士団には完全に口止めしてある。
 何かあれば、彼らの耳に入ってしまうかもしれないが――現状、ルルーシュとナナリーは死んだことになっていた。
 実際、ああしなければ、彼らは死んでいたのだから、アスナの口にしたことは間違っていない。
 と思ったところで、シュナイゼルの手がアスナの手に触れた。
「あまり、自分を責めるものじゃない。……君は全力を尽くしてくれた。それだけで十分だよ」
 シュナイゼルの優しい言葉は毒のようだ、とアスナは思う。
 耳あたりの良い、優しい声がするりと耳に入ってくるとそれに甘えたくなってしまう。
 きゅ、と唇を噛みしめる。
 そして、首を横に振るとシュナイゼルは困ったように笑った。
「私が、私が殺したんです。ルルーシュも、ナナリーも、日本人も。戦争だから、当たり前かもしれませんが――私が、殺したんです。戦争は……盤上のゲームとは違うのだから」
 アスナの出した指示の一つが、誰かの命を奪う。
 それは敵ばかりとは限らない。
 間違った指示は味方をも殺す。
 そんな重圧にさらされ続けることに、アスナの心は疲弊しきっていたのかもしれない。
 綺麗に揃えられた膝の上に乗せられた手が固く握られる。
 嘘による、罪悪感も大きかったかもしれない。
 シュナイゼルはただ、懺悔に身を震わせているアスナの両手を包み込むように手を添える。
 ――やはり。
(彼女は騎士には向いていない)
 ましてや、戦場を闊歩させるなど。
 この小さな手には人の命は重すぎる。
 どれだけ強くとも。
 どれだけ優れていようとも。
 それを受け止める彼女自身は――シュナイゼルの知っているアスナのままなのだから。
「殿下、今回もいろいろお力添えいただきましてありがとうございました」
 アスナは見えない目で必死にシュナイゼルを探す。
 シュナイゼルが手を握ってくれているからおおよその位置がわかりやすい。
 こうして、シュナイゼルの存在を感じていられるときが一番安心できる。
 どれだけ、繕っても。
 どれだけ、強くなっても。
 アスナという存在はシュナイゼルを探している。
「あの程度のことでいいのなら、いくらだって。それに、エリア11はこれからが大変だ」
 アスナは頷く。
 あのエリアは――日本はたかだか一ヶ月程度で無条件降伏を受け入れたが故に、余力を残しているだろう。
 旧日本軍の残党も、捕まっていないものが何人もいるとの情報は入っているから、エリア11はテロの温床となるだろう。
 これからまとめていくものの手腕が問われる、そういう土地になってしまった。
 アスナとしてはもう少し残党狩りに力を割いておくべきだったかとも思ったが潰しすぎても、エリアとしての生産性が下がってしまう。
 日本はあまり国土も広いところではないので、あれ以上は生産性のラインが下がるだろう、と参謀たちと意思決定し、皇帝陛下からもその旨が認められて――あのエリアはとりあえず戦争を勝利で終結したという形になっている。
「暫定的に天領としてしばらくの間は本国から文官を派遣するそうだが――正式に総督が決まればそちらに任せるだろうね」
「……誰が有力なのですか?」
「エミールかオスカーか……もちろん、状況を見て変わるだろうが」
 そうですか、とアスナはつぶやいて、手から力を抜いた。
 アスナは皇帝の姪とはいえ、正式な皇族ではない。
 皇位継承権もとうの昔に投げてしまった身であるから、エリアの統治をしたいなどと言い出せる立場ではないのだ。
 ――できれば、あの二人が過ごす土地を静かにしてあげたい、なだらかな統治をしてあげたいと思うのだが。
「もしかしたら、父上は君に任せるかもしれない」
 シュナイゼルが冗談を言うように軽くそういった。
 彼なりにアスナに気を使ってくれたのだろう。
 アスナは漸く笑った。
「叔父上のことです、私は別のエリアの開拓に行かされるだけですよ」
「どうだろう、最近はコーネリアもそういう仕事についてきてるから……」
「それはまずい。コーネリアに役割を取られないように、精進しなくては」
 少し大仰にそういうのだから、シュナイゼルは笑みをこぼす。
 アスナとしてはこの役割に強くこだわっている様子はないから、冗談ともとれる。
 そっとアスナの赤い髪を撫でて、シュナイゼルはアスナを抱きしめた。

 ブリタニア宮ではアスナや旧日本攻略軍の凱旋パーティーと、武勲授与式が翌日に用意されていることが告げられ、皇宮でしばし、皇族たちとの会話を済ませると、アスナはユーフェミアに会うために離宮を訪ねていった。
 ――当然、お叱りを受けるためである。
 シュナイゼルとコーネリアも同行したいとの話があり、二人は自分をかばってくれるつもりだろうとアスナは察した。
 もちろん、断る理由はなかったし、そもそもユーフェミアのいる離宮はコーネリアにとっても自宅なのだから、シュナイゼルとはともかくとして、コーネリアを止める理由はアスナには思いつかなかった。
 ユーフェミアは自室に引きこもっている、という話を彼女付きの侍女がアスナに告げた。
 アスナはコーネリアに連れられ、シュナイゼルに手を引かれながら離宮の奥、皇女たちの私室のあるエリアまで進んでいく。
 目が見えていないアスナにとっては慣れない場所はやはり些か不安があるのをシュナイゼルが察したのか、エスコートを申し出られ、戸惑いはしたがお願いすることにした。
 ここだ、とコーネリアが止まったところで、コーネリアが部屋のドアをノックする。
「ユフィ、――ユフィ、アスナが帰ってきたぞ」
 コーネリアが部屋の外からそう声を掛けるが返事はない。
 まさか眠っているのだろうか、とも思ったが、アスナの敏感な五感は部屋の中にいる人物が僅かに身じろいだのを感じ取った。
「……ユフィ、ただいま」
 アスナは静かにドアの前からそういう。
「お叱りを受けに来たよ。――命令違反をしてしまったから」
 ――助けて。
 ――ルルーシュとナナリーを助けてあげて。
 ユーフェミアはそういったのだ。
 だが、アスナはそれを果たすことができなかった。
 コーネリアが少しばかりアスナを気遣うような視線を向けたが、アスナはそれに首を横に振って返事はなかったが部屋のドアを開けた。
 部屋の中央には、大きなくまのぬいぐるみを抱えたユーフェミアがいた。
 ひっく、と肩が震えていて、その頬は涙に濡れていた。
「ユフィ」
 アスナが声を掛けると、ピンク色の美しい髪の少女は顔を上げた。
 コーネリアにそっくりな紫色の瞳には大粒の涙がせり上がっており、アスナを見つけるなり、抱いていたくまのぬいぐるみを投げつけた。
「どうしてぇ……? アスナ、ルルーシュとナナリーを助けてくれるって」
 ユーフェミアは泣きながらそういった。
 アスナは投げつけられたくまのぬいぐるみを拾い上げる。
「ユフィ、アスナは全力を尽くしたのだ……全てがうまくいくなんてことは、」
「コーネリア」
 アスナの代わりに弁明しようとするコーネリアの肩を掴んだのはシュナイゼルだった。
 静かに首を横に振るシュナイゼルに、コーネリアはしかしと言おうとしたが、口を噤んだ。
「どうして、二人を助けてくれなかったの……?」
 ユーフェミアの手がアスナの足を叩く。
 ――アスナは多分、断罪を待っていた。
 ユーフェミア以外、あのルルーシュたちと仲良くしていたクロヴィスですらアスナを裁くことはできないだろう。
 皆、わかっているのだ。
 アスナがルルーシュやナナリーを救おうと各地を訪問し、探そうとし、あらゆる危険を冒してまで二人のことを考えていたことを。
 だからこそ、誰も責められない。
 理解ができてしまうから、誰もそのことには触れない。
 触れないでいてくれる彼らに甘えて、アスナは全ての人間に嘘をついた。
 許されない嘘を。
 だが、ユーフェミアは違う。
 アスナに対して口にして、二人を助けてほしいと言ったこのお姫様だけが、今、アスナを断罪する権利を持っている。
「アスナなんて、嫌い……っ。大嫌いっ」
 アスナは膝を折って、ユーフェミアと視線をあわせる。
 泣き続ける姫にあの日と同じようにハンカチを押し当てて、涙を拭ってあげる。
 だが、流れ続けるそれには何の意味もなさない。
 ただ、ハンカチが涙を吸って重くなるだけ。
「助けてくれるって……言ったもの……!」
「ええ。お助けすると、お約束いたしました」
 全力を尽くす、と。
 必ず、と。
 アスナはユーフェミアには何の反論もしなかった。
 ユーフェミアの言葉は、恐らくアスナが何度も何度も自分に言い続けた言葉なのかもしれない。
「ルルーシュも、ナナリーも……私が、見殺しにしてしまったのです」
 そこから、わっ、と泣き出したユーフェミアをアスナは抱きしめた。
 やめて、と。
 大嫌い、と。
 腕の中で暴れ続けるユーフェミアをなだめることもせず、ただ、その言葉をアスナは受け止め続けていた。
 ユーフェミアだけがアスナの罪を知っていた。
 助け出せなかった小さな二人の兄妹はきっと、もっとつらい思いをした。
 ルルーシュはナナリーのために痛い思いをしただろう。
 ナナリーは暗闇の中で必死に不安と戦っただろう。
 ――アスナは彼らの頼るべき場所でなければならないはずだったのに。
 アスナはその彼らに二人きりで生きることを選ばせた。
 そうならなくては彼らが死んでしまうと知っていたから。
「うわ、あ、あああん……」
「ユーフェミア様、どうか、私を許さないでください。他の誰が、コーネリア様も、シュナイゼル様も許しても。あなただけはこのことを許さないでいてください」
 泣き続けるユーフェミアを抱きしめる。
 小さな背中に回された、ユーフェミアにはとても大きく感じるその手はかすかに震えている。
「ごめん、ごめんね、ユフィ」
 約束を守れなかった。
 皆、全力を尽くした、あれは仕方がなかったと口にするがアスナは自分が許せなかった。
 だから、もうひとり、アスナという存在を許さないでいてくれる人が欲しかったのかもしれない。
 ルルーシュとナナリーを心から思ってくれる人がいてくれてよかった、と思う。
 アスナはユーフェミアの涙を受け止めながら、そっと目を閉じた。
 開けていても、閉じていても、暗闇が続くこの世界はひどく冷たくて、漂うだけの――もがくことすらできない場所。
 ユーフェミアの泣く声が、少しだけアスナを現実に引き戻した。
「ありがとう、ユフィ」

 しばらくして、泣きつかれたのかユーフェミアはアスナの腕の中ですやすやと眠ってしまった。
 それをベッドに泣かせて、侍女に任せてからアスナはコーネリアとシュナイゼルの前へ戻ってきた。
「……アスナ、ユフィもわかっているのだ。お前が最後まで頑張ってくれていたことを」
「でも、事実は変わらない。誰も、私を責めないけれど、おそらくは私がルルーシュとナナリーを追い込んでしまったんだよ」
 だから、それを許さない人間は必要だった。
 ふと顔を伏せたアスナの目尻にそっとシュナイゼルの指が添えられた。
「……私達は君を責めることはできない。君のおかげで、極東事変はわずか一ヶ月で終結し、ブリタニア側も日本側も予想よりもずっと少ない被害で済んだからね」
 シュナイゼルはアスナの瞳に、わずかに涙が滲んでいるのが見えた。
「でも、君はユーフェミアに怒られるのを、責められるのを承知でここに来た。……そういう、君の優しさが私は悲しいよ」
 シュナイゼルはそういうと、アスナの額にそっとキスを落とす。
「ご心配をおかけしました」
 もう、大丈夫です、と笑ったアスナにシュナイゼルは優しく笑みを向けた。
 ――だが、それと同時に悲しいという気持ちは事実だった。
 痛々しく、見えたのだ。
 その笑顔も、その言葉も全てが。
ALICE+