個人的に凱旋を迎えたかったのと、ゆっくりとアスナと時間を作りたかったからだ。
アスナ自身も大公爵として自身の離宮を与えられているが、アスナはそれを快諾した。
どうせ、自宅に帰っても義母と異母弟がいるだけであったし、父親であるクロスはしばらく別件が入っていて帝都を離れている。
そうなると、自身の離宮とはいってもあそこは居心地が悪くてたまらないので、シュナイゼルの申し出はむしろありがたかった。
二人きりの食卓でとりとめとなく話をした。
もちろん、その時、一番話題に上がりやすかっただろうエリア11の話は殆ど上がることなく、シュナイゼルも、アスナも敢えて話題には取り上げないようにしていたのかもしれない。
アスナはシュナイゼルに最近、趣味で料理を始めたのだ、と教えた。
「君が?」
「はい。中々楽しいもので――ああ、もちろん、見えていないので周りの助けも必要なのですが」
計量するときとか、焼き色とか。
アスナはそういいながらも朗らかな笑みを浮かべた。
「この間はラーズと一緒にビーフストロガノフに挑戦して……うちのシェフに褒めてもらったのですよ。――お世辞かもしれませんが」
それはないな、ともシュナイゼルは思う。
シュヘンベルグ家の、アスナの使用人たちは皆、アスナに対して一定レベルで遠慮がない。
たとえ、主人が作った料理であってもまずいと思ったら、しっかりと忠告するだろう。
「今度、食べてみたいなぁ」
「……で、殿下にお出しできるほどのものはまだ、作れていないと思うので……もうしばらくお待ちいただいていいですか」
アスナは頬を薄っすらと染めて言った。
「楽しみにしているよ」
シュナイゼルは穏やかに笑う。
シュナイゼルは、ここ最近は政務で忙しくて、そういった趣味の時間は取れなかったな、という話をアスナへ切り出した。
まあ、そもそも物事への執着も薄いので趣味らしい趣味もないのだが。
唯一、それなりにやっていたチェスやクロケットも最近ではご無沙汰だったなと思う。
「それでは、殿下、時間が取れたら私と遠乗りでもいかがですか」
アスナはそういう。
「おや、仕事は大丈夫なのかい?」
「ええ。……帰参前に、ヴァルトシュタイン卿から、陛下はしばらく貴公を休ませるつもりだと、話がありまして」
「それはちょうどいい。なら、私も少しスケジュールを見直してみるよ」
シュナイゼルは一つ楽しみができた、と笑う。
ここ数年は互いに忙しくて、本国で会うことも少なかった。
会話をするのも報告用の通信が多くなっていたし、顔を突き合わせてこうやってゆっくり話すのは久しぶりだ。
「そういえば、クロヴィスも君に会いたがっていたよ。何でも君をモデルに絵を描きたいとかなんとか」
思い出したようにいう。
「そうなのですか。そういえば、クロヴィスとは確かに通信も殆どないから……」
軍の報告が主になれば、自然と報告する相手はシュナイゼルかコーネリア、ビスマルクへ直接という形が多くなるので、それ以外とは中々連絡が取りづらい状況なのだ。
「そういえば、彼が『姉上は私のことなど、二の次、三の次でしょうから、兄上が会ったらお伝え下さい』と頼まれていたのを思い出したよ」
「……別に、クロヴィスを邪険にしたわけでは」
「もちろん、それはクロヴィスだってわかっているさ。ただ、寂しいんだよ、彼も」
昔はクロヴィスや、コーネリアとももっと時間を取っていたから。
昔のように行かないとは全員が理解していることだ。
それでも、寂しく感じてしまうのは仕方がないだろう。
「休暇の間に一度でも会いに行ってあげるといい」
「……そうします」
アスナはそういって笑う。
とりとめもなく話を続けて、食事をしていたからか時間はあっという間であり、シュナイゼルは客間を支度させているから泊まっていくといいと告げた。
アスナが住まうライブラ離宮はシュナイゼルの離宮からは確かに離れており、車に乗って二時間ほどはかかる。
今から車に乗れば、日付が変わる前には離宮に戻れないこともないが、それ以上に体は疲労しているだろう、とシュナイゼルはアスナを気遣った。
「しかし、殿下の体面に関わりませんか?」
「まさか。許嫁であった君を泊めたところで誰も言わないし、私と君が懇意にしていることなど、皇宮で知らない人間なんていないだろう?」
だから、そこは気にしなくていい。
シュナイゼルはそういいながら、ワイングラスを傾けた。
「もちろん、君が嫌でなければの話だよ」
アスナは困ったように眉を下げた。
嫌なんてことはない。
アスナだってシュナイゼルと久しぶりに時間が取れて嬉しかったのだから。
「……では、お言葉に甘えて」
「うん、ぜひ、そうしてくれると嬉しい」
たまらなく嬉しそうにシュナイゼルが目を細めるので、アスナも釣られるようにして笑みが溢れる。
食事を終えても、しばらくは二人共、ダイニングに残ってとりとめのない話を続けた。
今までの時間を埋めたいような思いもあったのかもしれないし――何だか、今日だけは誰かのぬくもりを互いに求めていたのかもしれない。
特にアスナは。
自分が許されてはならないという罪の意識から、少しだけ逃げたかったのかもしれない。
ただ、その答えは誰も知らないことであったほうがいい。
流石に夜が更けてきて、休んだほうがいい、という次官になるまでは二人共ほんの小さなことでも話を拾って、互いの空白を埋めようとしていた。
あの、薔薇園で、ずっとそうしてきたように。
アスナは久しぶりに、本当に久しぶりに心から大きなしこりが取れたような、そんな軽い気分だった。
慣れない場所は大変だろうから、とシュナイゼルは年若い侍女を一人、アスナにつけた。
目が見えないという話は先に言い含められていたのか、若いなりに侍女はとても優秀だったし、アスナの邪魔にはならないように努めてくれていた。
入浴を終えて、割り当てられた客間に入るとアスナはその侍女に下がるようにと言った。
もう後は寝るだけだったし、寝ることにまで他者に介入されるのはそもそもアスナの好みではなかったからだ。
侍女は食い下がることもせず、では何かあればお呼びくださいとだけ伝えて客間から出ていった。
アスナには客間の調度品がいかなるものか、見ることは叶わないが僅かに感じる物の配置や輪郭からセンスのいいものが揃っていそうだ、と目星をつけてまっすぐベッドへと向かっていった。
少しだけひんやりとしたシーツの感触がして、アスナはその間に滑り込むとふう、と息をついた。
意識がうとうと、と眠ろうとするのを感じて、ふと珍しいなと思ったが、あまり考えている時間もなさそうで、自然とまぶたが重たく、閉じていく。
呼ばれている気がする。
誰かに。
確かな声で呼ばれている気がする。
――目を開けてみれば、そこは、血の海だった。
アスナの青と緑の瞳が何かを映すことなどありえないので、この世界が夢だとアスナはすぐに分かる。
あまりにもリアルに感じるのはそれが悪夢だから。
裸足で踏みしめたぬるりとした血の暖かさが妙に気持ち悪くて顔をしかめた。
「……また、ここか」
陰鬱に呟いた。
あの日から、アスナは眠る度にここに来る。
だから、この夢に終りが来る瞬間も当然知っている。
これは瞼の裏にこびりついていると錯覚しているだけの幻影にしか過ぎないと知りながら何度も、何度もアスナは怯えていた。
だが、いつまでもこんなところにいるわけにも行かず、アスナは先へと進んだ。
――なんだか、今日はいつもと違うことが起こりそうで。
これは、幻想だ。
だから、目の前にいるシュナイゼルは十五歳の時の姿をしている。
――だって、アスナは今のシュナイゼルを知らないから。
「殿下……?」
「あ、すな、……」
崩れ落ちていく体。
届かない手。
アスナが駆け出して、手を伸ばしてその体を受け止める。
突き刺さった剣は間違いなく自分があの時に使ったものだ。
夢だ。
これは夢であるはずだ。
だって、あの時にあの人はいなかった。
自分が使った剣があの人に刺さるはずがない。
――だって、これではまるで、私が。
不意に足元を見た。
無数に転がる死体に、見覚えがある。
コーネリア、ユーフェミア、クロヴィスに、オデュッセウス、ラーズ、レオルグ――
全てが見覚えのある人達であり、愛おしんできた家族たちだ。
その先に、一人の少年がいた。
美しい黒髪の、紫水晶の瞳の少年は倒れ込んだ瞳でじとアスナを虚ろに見つめていった。
「――僕たちを見殺しにしたくせに」
――だから、兄上も亡くすんですよ。
ルルーシュの言葉で、アスナは自分の腕の中にいたシュナイゼルを見た。
突き刺さった剣からどんどんと流れ出す血。
光を失ってしまったガラス玉のような瞳。
腕の中で、熱を失っていくのすらリアルで、恐らくアスナにはそこが限界だったのだろう。
意識が急激に体に戻ってきた感覚がして、頭が眠ることを拒否して、ベッドから飛び起きた。
漆黒の視界の中に先程の光景が焼き付いて消えず、アスナは荒い呼吸を整える機会すら失ってしまい、必死で腕を抱いた。
「……っ、違う、違う……っ!」
アレは夢だ。
ただの夢だ。
殿下は生きている。
必死で自分に暗示をかけるように叫び続けた。
先程会ったばかりじゃないか。
この場所はあの時の場所じゃない。
「違う……違う、違う……違うの、ちが、う……私は、わたしは……っ」
多分、これは自分の罪悪感が見せた悪夢だ。
今までだって、似たような夢を見てきた。
何度も何度も何度も何度も何度も。
この夢は繰り返していくんだ、とアスナは悟った。
怖い。
怖い。
救いがない、と誰かが言った。
そのとおりだ。
アスナは眠る度にあの日から夢を見る。
何度だって、何度だって、あの罪をなぞるように夢を見た。
逃げることは許さない、と怨念が足を掴む。
見えないから、それが現実ではないと否定するすべすらなくて、アスナはベッドから飛び出してしまった。
違うのだと、否定したかった。
ただ、夢の中にいたあの人があまりにも美しい顔で死んでいくのが恐ろしくて。
ただ、殿下の声が聞きたくなった。
しんと静まり返っている深夜の離宮で、初めてだったのに間違えることなくシュナイゼルの私室についたのはおよそ奇跡だったのかもしれない。
ノックをして、中から返事が来た時、すでにアスナの瞳からは涙がこぼれていた。
深夜であるのにも関わらず、部屋の主は起きていた。
「アスナかい? …………アスナ?」
ドアが開いて、シュナイゼルの気配が自分の前に来た瞬間にアスナはシュナイゼルに抱きついていた。
すでに寝間着姿だった彼はアスナに驚きながらも、静かに抱き返してくれた。
「どうしたんだい?」
「…………少しだけ、少しだけ……っ」
必死でシュナイゼルを掴んだ。
シュナイゼルが少しでも離れていくことが怖かった。
怯えて、泣いて、縋る自分が騎士には向いていないと知っていた。
こんなにも、私は弱い。
でも、流れ落ちる涙を止める術も、戦いを闊歩して誰かを殺すための強靭な心を持つための術も、アスナは知らない。
怖い、怖い、と泣いてすがるアスナをシュナイゼルは拒絶することなく抱きしめ返した。
軋みを上げている。
あれほど優しかった少女が軋みを上げて泣いている。
怖い、と。
「殿下、殿下……殿下、どこにも、行かないで……っ」
「行かないとも。行かないよ。――君を置いてどこに行けるというのかな」
(どこかへ行ってしまいそうなのは、君の方だ)
突然、再び、シュナイゼルの前から姿を消すのだろうか。
恐らくその可能性が一番高い。
あっという間にアスナはシュナイゼルには探せないくらい遠くに行ってしまうのだろうか。
怖い、怖い、と泣いてすがっているはずのこの人が、いずれ――自分から離れていってしまうのだろうか。
「アスナ」
名前を呼ぶと、泣きはらした顔を上げた。
ああ、なんて。
「何も考えずに、いればいい。ただ、私のことだけ考えて」
シュナイゼルはアスナの赤い髪をそっと撫でて、頬をなでた。
「全て、今だけは忘れて」
いつものように額にキスを落とした。
愛おしむように、そっと後頭部へ頭を回すと唇を重ねた。
あの時はあまりにもためらってしまったのに。
今は存外あっさりとキスをした。
触れるだけのキスを一回。
そして、深く、呼吸すら奪うようにキスをした。
「ん……っ、ふ……ふぅ……」
アスナから吐息がこぼれたようなくぐもった声が聞こえてくる。
必死で互いを掻き抱くようにして、強く抱きしめた。
「いいかい、アスナ」
アスナを抱きしめる。
そう。
たった一晩だけの夢。
「今だけは、君は父上の騎士じゃない。私だけのアスナだ」
そうしなくては君が壊れてしまう。
君は戦い続けるには、優しすぎた――ならば、甘い夢を。
溢れる吐息も、普段ならば絶対に聞くこともないだろう甘い声も、全てが愛おしくて、脳幹が痺れた。
普段は黒い服に包まれている白い肌を自分の前に晒して、アスナは涙を浮かべたまま、ベッドにその四肢を力なく伸ばしていた。
「あっ、……やっ、あ、で、んか……っ」
アスナの肌にかかるシュナイゼルの息が熱い。
片手はシュナイゼルの手に絡め取られていて動けず、身を捩って逃げようとしてもそもそもの体格差が大きい。
何よりも脳が麻痺していて、シュナイゼルから逃げることを拒んだ。
甘い刺激をアスナは知らない。
その全てを剣に捧げて生きると決めたはずだったのに。
シュナイゼルの唇がアスナの左目の傷をいたわるように何度もキスをする。
そのまま、左耳の方にシュナイゼルの顔が移動すると、アスナはびくりと体を震わせた。
「アスナ、ん……」
耳の外郭をねっとりとなめあげられると、いいもし得ない感覚が背中を駆け上がっていく。
熱のこもったシュナイゼルの声が自分を呼ぶ度に自分の中にある弱い部分がさらけ出されそうで怖かった。
「殿下……殿下、ん、あっ」
でも、嫌だとは言えなかった。
待ってといえば、シュナイゼルは待ってくれるだろうとアスナは知っていたけれど、それを口にだすことができなかった。
――心の何処かで、こうなることを望んでいた浅ましい自分がいたのかもしれない。
「アスナ、何も考えなくていいよ。今は、全て忘れなさい」
シュナイゼルの言葉に、涙を浮かべたアスナが頷いた。
その行動に満足したようにシュナイゼルは微笑み、絡め取ったアスナの手にそっとキスをする。
アスナの白い肌は思ったよりも傷が目立った。
いつのものか、シュナイゼルにはわからなかったがアスナが頑なに黒い衣装で自分を隠すのはこういうことも理由だったのかもしれない。
傷をなぞるように唇を落とす。
血と硝煙にまみれているはずのその体からは甘い香りがした。
「あ……っ、ん、……ひぁ……っ」
未だ、不安そうな顔をするアスナのためにも、シュナイゼルは片手をつなぎ続けていた。
見えない彼女には今、自分が何をされているのか曖昧で、だからこそ夢だと認識することもできるだろうが、同じくらい不安であるはずだった。
できるだけ優しく、大丈夫だよと、ささやきかける。
「ふっ……ぁ、あっ」
手が離れないように固く結んで。
シュナイゼルはアスナの肌に愛撫を続けた。
傷がありながらも、絹のような肌の感触にシュナイゼルは目を細める。
「はっ……んぅ、あっ、で、んか」
殿下、とアスナが何度も自分を確認しようと呼ぶ声が聞こえる。
弱くて、愛おしい人。
シュナイゼルは柔らかく微笑んで、その唇を重ねる。
「あっ、あ、ふぅ、ん……っ、ひ、あ……」
不安で歪んでいたはずの瞳は、とろりと色に蕩けていく。
甘く柔らかな色へと変わっていく蒼と緑の瞳を見下ろしながら、シュナイゼルはゆっくりと手を離す。
もう、手が離れても大丈夫な様子だった。
シュナイゼルの舌が体を伝う度に、甘い声を発して、シュナイゼルを求める自分が、自分ではないように感じて、アスナはただただ恥ずかしくて顔を覆い隠そうとすると、シュナイゼルが穏やかに笑って、それを止めた。
「あ……っ」
「駄目だよ。私は君の顔が見ていたいから」
ごめんね、と謝りながらシュナイゼルはアスナをなだめるように髪を撫でる。
どうして、こんな事になったか、とアスナは思考を巡らせることも今はできない。
シュナイゼルがアスナの胸の頂きを咥えると、ひ、と震えた声が聞こえてきて、体が跳ね上がった。
「あっ、ああ、やっ、殿下、でんかぁっ」
「ん……大丈夫だよ、怖がらなくていいよ」
どうせ、いずれはこうなっていた。
こういう関係になっていた。
その手順が少し変わっただけだと、シュナイゼルは快楽に怯えるアスナを愛おしく見つめた。
優しく手に口付け、指先を口に含む。
見えない分、感覚が過敏なのだろうアスナはそれだけで肩を跳ね上げて、震えた。
「やっ……あっ、あん」
「アスナ、大丈夫だよ」
何度だって、囁いた。
それで、アスナが泣かなくて済むのなら。
シュナイゼルの長い指がアスナの腹を伝って降りていく。
シュナイゼルの指がアスナの秘部に達すると、わずかに濡れたそこからくちゅり、と水の音がして、アスナは耳を塞ぎたくなった。
「は……っ、うっ」
「……少し、きついかな。痛くないかい?」
シュナイゼルは入り口あたりで指を少し動かした。
「は……い……っ」
返事をするのですらやっとの様子でアスナは声を絞り出す。
羞恥で体が熱く、今にも脳は沸騰してしまいそうだった。
シュナイゼルが自分を優しく扱うことが恥ずかしくて、いたたまれなくなる。
いっそ、手荒に扱われていたほうが気は楽だったかもしれない。
「アスナ、こっちを向いて」
「……?」
言われるままに顔を向けると、シュナイゼルの唇がアスナの唇と重なった。
舌を差し込まれて、絡め取られると呼吸すら奪われる気分だったが、酸欠の酩酊感なのかより快楽が高まるような感覚だった。
「んっ、んんー……ふっ、んぅ」
口づけをしながら、背中から腕を回してアスナの弾力のある胸へ手を添え、もう片方の手は相変わらず秘部の入り口付近を愛撫していた。
もう、体に力は入らなかったし、入れられなかった。
ただなされるがままになっているのが、すごく心地よかったのもあるだろう、アスナはうっすらとまぶたを開けた。
おそらく、そこにシュナイゼルがいる。
今、自分の体に触れてくれているのはシュナイゼルだ。
そう思うと――たまらなく幸福だった。
「はっ……ん、大分柔らかくなってきたね。指を挿れるけど、痛くなったらすぐに言っておくれ」
シュナイゼルはアスナの頬や鼻にたくさんキスを落とした。
予告どおり、シュナイゼルの指が一本、アスナの中へと入って来る。
「ん、あっ、あ、はぁ……あっ、ああっ、んう」
シュナイゼルの指はアスナの中をほぐすようにゆったりと動いた。
内壁を擦り上げられる度に、アスナは首をのけぞらせ、声を高めた。
快楽が頭を支配していく感覚はあまりにも甘美で。
あまりにも未知の感覚で、どう抗っていいのかもわからない。
つま先に力が入り、自然と浮かび上がる。
ただ、わからなくて、シュナイゼルに腕を伸ばすと、シュナイゼルは優しくアスナを受け止めて、大丈夫、と名前をささやきながらアスナにキスをした。
中を行き来するシュナイゼルの指が動く都度、内壁が擦り上げられ、入り口を広げられ、腹が熱くなり、言葉にならない声ばかりが口からこぼれ落ちた。
呼吸すら詰まりそうになると、シュナイゼルは優しくアスナに口づけて、呼吸を促した。
何度もささやかれる睦言は確実にアスナの思考を溶かしてしまった。
何も考えられなくなり、ただ、快楽を享受するようになるとシュナイゼルは穏やかに微笑んだ。
熱を孕み、互いの肌の熱が更に熱を高めて、クラクラとする。
「あっ……あ、ひっ、あ、そこ……っ、ああっ、あん、あっ」
シュナイゼルの指が、アスナの快楽の点をかすると、アスナは身を捩って逃げようとした。
しかし、それができるほどの思考も力も残っていなかったせいであっさりとシュナイゼルに捕まってしまう。
そこを執拗にせめられれば、あられもない声を上げて、アスナは絶頂に達した。
――全く、知識がないわけではない。
アスナだって、貴族の子女だ。
こうして騎士になっていなければ、大公爵の座についていなければ今頃、シュナイゼルの妻として、こういう役割を背負っていたのだから、知識はいくらでも教養としてある。
だが、頭がついていかない。
体がうまく動かない。
涙が溢れて泣き出してしまうと、シュナイゼルはアスナを優しく抱きしめて、何度も何度もキスをしてくれた。
愛されているような、錯覚。
彼の腕の中は心地よくて、アスナはゆっくりと目を閉じる。
「アスナ――入れるよ」
元々――自分はこういう役割だった。
シュナイゼルの元へ嫁げば、当然こうなっていたはずで。
初めて、受け入れたそれは鉄を熱した棒のように熱く、アスナの中へと押し入ってきた。
「ひっ……あ、ああ、*っ、ん」
痛い。
苦しい。
熱い。
だが――それに勝る喜びがあった。
「……で、んか……っ、あ、*っ、うん……っ」
息をつくのも苦しいくらい。
指とは比較にならないそれがアスナの奥に入ろうとして、動きを止めた。
シュナイゼルはそっとアスナの髪をなでた。
「大丈夫だよ。大丈夫」
シュナイゼルの声は麻薬のようにアスナの脳にすらりと入ってきた。
穏やかな声にアスナはそっと目を開けた。
見えるわけではないが、シュナイゼルが穏やかに微笑んでくれているのがわかって、そっと腕を伸ばした。
「ひ……っ、あ、あっ、殿下……っ」
全てが奥に入りきる苦しさは、戦いの比ではなかった。
シュナイゼルが全て奥まで入っていくのはあまりにも苦しくて、しかし、あまりにも幸福で脳幹が思考の麻痺を訴えかけてくる。
麻痺した思考で、必死にシュナイゼルを呼ぶ。
シュナイゼルはそれに応えるように、何度でもアスナの名前を呼び、髪をなで、キスを落とした。
全てが入りきると、シュナイゼルはゆるゆると腰を揺らしながら、アスナの様子を伺った。
苦しそうなうめき声は上がらなくなったが、顔はまだしかめられており苦しそうな様子は続いていた。
さて、どうしたものか、とアスナの額にキスを落としながら考える。
シュナイゼルとしては動かないことも辛いが……と考えたところで、アスナがシュナイゼルに向かって腕を伸ばした。
「で、んか……殿下ぁ……っ」
「……最初は痛いかもしれないが、少しだけ我慢しておくれ」
ごめんね、とアスナの赤い髪を撫でる。
シュナイゼルは静かに、アスナの膝裏に手を差し込んで持ち上げた。
「ひっ……! あ、ああっ、いっ、でん、か、殿下……っ」
シュナイゼルが腰の律動を開始すると悲鳴にも似た嬌声があがる。
シュナイゼルの首に回った腕に力が入り、シュナイゼルが引き寄せられる。
痛い、とは言わなかった。
泣きそうな声で、殿下、殿下、と繰り返すアスナに寂しさも感じる。
(……もう、シュナとは呼んでくれないのだね)
切なくはなる。
それは、特別であったはずの免罪符。
自分と彼女が二人だけ断絶された二人きりの世界にいたような気持ちになれた特別な呼び名。
彼女だけが、自分を一人の人間として必要としてくれていた証拠。
シュナイゼルは――アスナ、と呼んだ。
振り向いてくれ。
気付いてくれと、思いを込めて。
「ひあっ……で、んか、あっ、あ……ああんっ」
アスナの声が、シュナイゼルを犯した。
人並みの欲から外れていた気分だった自分を、一人の人間に戻してくれるのはやはり、彼女だけだった。
求めて、
焦がれて、
漸く、今、手に入れた。
「……っ、くっ」
「あっ、あ……あ、ああーっ!!」
ひときわ高い声が部屋に響いて、アスナの一番深いところへ押し付けると、膣が強く締まり、シュナイゼルもアスナの中で果てた。
「……はっ、はぁ……」
短く荒い呼吸が、シュナイゼルの下のアスナの半開きの口からこぼれ落ちている。
「ん、殿下……」
すでに夢の中に堕ちかけているアスナに優しく微笑みかけて、頭をなでた。
「今日は、もうおやすみ」
ゆるゆると瞼が落ちていく。
アスナの、光の見えない目では、開けていても閉じていても同じであろうが――聞こえてきた寝息だけは本物だった。
シュナイゼルの手をその白い手でつかむ。
細く、しかし、傷だらけの指は昔から変わらないぬくもりで、弱々しくシュナイゼルの手を握りしめた。
その手を握りながら、気づいた。
――泣いていた。
それは、この交わりについてのものなのか、それとも眠れなかったことを思い出してしまったからなのか。
シュナイゼルは一つ、電話を手に取った。
数コール、深夜にも関わらず電話先の相手は出た。
「ああ、カノンかい。夜遅くにすまないね」
シュナイゼルの突然の電話にも、側近のカノンは責めることなく穏やかな口調で何用かと問うた。
アスナが隣で寝ているためか、シュナイゼルの声は少し控えめであったが、深夜の静寂でそれでもよく通るように聞こえる。
「アスナのカルテを取り寄せてくれないか。――ああ、普段回されてくるものではなく、シュヘンベルグ家のお抱えの医師が持っているだろう原本の方だ」
シュナイゼルの手が僅かに動かされる。
視線をそちらへと向けてみれば、アスナが手に擦り寄って来ているのが見えた。
「ああ、そう。うん、おそらくは、これまでアスナの健康診断の報告書は医師から上がってくる時点で改ざんされていると思うんだ。――特に、メンタルでのメディカルチェックがどうなってるか、できるだけ詳しく調べてくれるかい」
泣きながら、必死でシュナイゼルを掴み、探している。
電話口のカノンが改ざんの疑いに首を傾げている。
「まあ、改ざんなんて、いくらでもできるしね。まして、シュヘンベルグ家ともなればお抱えの医師を診断医にすることだって難しくないからね」
それじゃあ、頼んだよ、と一声告げて、シュナイゼルは電話を切った。
カノンには申し訳ないが、おそらく明日の朝にはデータが揃ってシュナイゼルに出されるだろう。
これまで、アスナの身体・精神ともに異常なしと上がってきている報告は全て嘘だ。
もしかしたら、碌に睡眠を取ってない可能性だってある。
周期的に悪夢を見ているということだけならば、少しは目を瞑ろうと思うが、どうやらそんな話では済みそうにない。
シュナイゼルは一つため息をつく。
すると部屋のドアが開かれて、燕尾服の男が現れる。
「清め用のお湯とタオルをお持ちいたしました」
一礼して、それをベッド近くのテーブルへ置くと彼は静かに部屋から出ていく。
何もかも察せられているのもいたたまれないな、と考えながらもシュナイゼルは一度アスナの指から自分の手を抜き取るとタオルを固く絞った。
そのタオルで、そっとアスナの体をなぞり、身を清めていく。
できるだけ、起こさないように。
静かに、慎重に行っていたせいで時間がかかったがシュナイゼルもアスナの隣に潜り込むと、アスナの手を握って、その体を優しく抱き込んだ。
「おやすみ」
――良い、夢を。
* * *
アスナは瞼の裏側で、わずかに光が揺らいだ感覚に意識が浮上してくるのを感じた。
暗闇の中では光の感覚も曖昧になるが、朝日が差し込むような時間にもなれば、光の濃淡がはっきりしてくるのでアスナでもわかる。
――朝が来たのだと。
「……?」
いつものように、眠れなかった朝の感覚とは違う。
意識の途切れではなく、深い睡眠をとった感覚が体にあり、珍しいこともあるものだとアスナはゆっくりと体を起き上がらせようとして、途端に違和感を覚えた。
――嗅ぎ慣れた、香水の匂い。
体に回っているかすかな重み。
「…………――殿下?」
必死に記憶を手繰り寄せる。
隣にいるのは間違いなく、確実に、シュナイゼルだとわかってしまえばアスナの意識は微睡みから一気に覚醒して、飛び起きた。
「殿下!?」
しまった、と思ったが驚きのあまり発してしまった声はおもったよりも大きかったらしい。
眠っているはずだった、シュナイゼルが僅かな身動ぎをし、うっすらと目を開けた。
「……ん? 起きたのかい? アスナ」
穏やかなシュナイゼルの声に、アスナは余計に混乱した。
旧日本――エリア11から帰参したその日に、シュナイゼルと共に食事を取ったことは覚えている。
シュナイゼルの離宮に招かれ、久しぶりに他愛のない話に花を咲かせ、夜も更けてしまったので、泊まってはどうだという話になったところまで覚えている。
――そうだ。悪夢を見たのだ。
とても良いシーツに挟まれ、安眠できずとも休めるだろうという希望は易く打ち砕かれ、アスナは夢に苛まれた。
そして、――そして?
「眠れなくなった君は、私を訪ねてきたんだよ。覚えているかい?」
混乱しているアスナに話しかけてきたのはシュナイゼルだった。
優しく、あの夜のように、アスナの頬に触れた。
――思い出した。
そうだ。
あの時、殿下は、私と。
「…………っ、ま、誠に申し訳ございません!! 騎士にあるまじき、あの、そ、その、あ、あのような……」
もし、彼女が日本人であったなら土下座という選択肢が確かにあっただろうが、紛れもなくアスナはブリタニア人であったので、騎士として最上級の礼をするために、ベッドから飛び降りようとして、シュナイゼルに腕を掴まれた。
「待って、落ち着くんだ、アスナ」
「し、しかし、このようなこと許されるはずがありません! 私はあくまでも、皇帝陛下の剣――騎士ですっ、殿下と、その、よ、夜を共に、する、などと」
アスナの顔がみるみる紅くなっていく。
耳まで、赤くなり、沸騰しているのではないかと思うほどだ。
シュナイゼルはそれを見ながら、つい笑ってしまう。
「そうだね、騎士である君とこんな関係など誰も認めてくれないだろう」
客観的な意見を、少しだけ意地悪な口調で言う。
その言葉に、最初は自分から言いだしたくせに、少しだけショックを受けたような表情を浮かべるアスナがいる。
心と思考は裏腹といったところだろうか。
「……殿下、その」
「それでも、君とのその関係を望んだのは私だ」
結ばれていないアスナの髪は白いシーツに広がって、まるでそこだけ燃えているように見えた。
その髪を一房、持ち上げてキスをした。
「もしも、もしも私の近くで君が安息を得られるのならそれでいいよ。ぜひとも私のことを利用しなさい」
シュナイゼルが笑って言うと、アスナが目を見開いた。
「殿下、そのような……」
「アスナ、私はね、」
――言いかけたところで、ノックが聞こえてきた。
「シュナイゼル様、マルディーニ卿がいらっしゃっています。――いかがいたしますか」
「……私が頼んだんだ。ダイニングで待ってもらってくれるかな」
承知いたしました、というと執事は扉の向こう側から去っていったのがわかった。
アスナは静かにそちらに顔を向けていたが、恐る恐るシュナイゼルへと戻す。
はぁ、と少し深いため息をついたシュナイゼルはアスナへと手を伸ばして、あっさりとキスをして、離れた。
「この話の続きは、カノンが持ってきてくれた資料を見てからにしよう。――君も、昨日一応は体は清めたけれど……ちゃんとシャワーを浴びたほうが良さそうだ」
アスナはシーツで体を隠していたが、シュナイゼルはちらりとそちらへ視線を向けて、優しく微笑んだ。
「侍女をつけるから、お風呂に行っておいで」
「は、はい……っ」
アスナは手渡されたガウンを身にまとって、ベッドから降りると、ぱたぱたと走っていってしまった。
(身を、清めたって……誰が――まさか、殿下?)
それは、色々とまずいのではないかと思うが、もはや今更すぎる。
昨日の夜に、シュナイゼルのもとを訪ねた自分が悪いというか、悪夢に苛まれて眠れなくなって人肌を求めるなんてどこの子供だ。
アスナは深く深く溜息をつくと、シュナイゼルから指示を受けていた侍女たちに導かれて浴室へと向かった。
『アスナ』
思い出せば、鮮明だ。
熱のこもった声、と指。
伝う汗と、溢れる吐息。
この体に確かに、残っている。
「ああ、もう」と広い湯船の中に体を沈み込ませながら、アスナは呟いた。
――この気持ちは、行き場のないものだというのに。
「シュヘンベルグ家には相当渋られましたが、正しい情報を開示してきました。――彼らも、今のアスナには危機感を抱いている様子ですね」
カノンから手渡された資料を眺めているシュナイゼルは未だ着替えを整えていないガウン姿だった。
アスナとは違い、シャワーのみで済ませてきたシュナイゼルは椅子に腰掛けて、資料をテーブルに置いた。
「皇帝陛下たちには確かに正しいデータが送られている様子ですが……」
シュナイゼルはわずかに、柳眉をしかめた。
「……これだけの不適格数値をわざと放っておいているというわけか」
身体面はおよそ問題がないどころか、一介の騎士では相手にならない――ラウンズの名に相応しいものだが、精神面はムラがある。
具体的に言うなら、平時・戦闘直前・戦闘時で大幅にずれがあるのだ。
良い戦士ほど、このズレが少なく、戦闘時における精神の不安定さがないものだが――アスナはそのどれにもムラが大きく、およそ安定した精神とは言い難い。
そもそも、平時ですら、ちょっとしたことで精神のバランスを崩しやすいとの診断が出ている。
「父上たちはこれを知っているのは間違いないんだね」
「ええ。特務総監には殿下と同じものが渡されているようですが……皇帝陛下には素のデータが渡されていると、シュヘンベルグ家の発信履歴が残っておりました」
ふむ。とシュナイゼルはつぶやいて、手を組んだ。
「多少精神面にずれがあっても、実際アスナは戦果を上げています。特に戦闘時の精神の安定具合は申し分ありませんし、おそらくは……」
「それは、平時になれば、その戦闘を思い返して日常生活にも支障をきたしているということじゃないか。昨晩、彼女は何もわからないくらい動転していたんだよ」
泣いて縋ってきたアスナを思い出す。
手が震えて、シュナイゼルを必死に探して。
「……あれでは壊れるのも時間の問題だろうに」
シュナイゼルは小さくつぶやいた。
その顔は普段の生活で見受けられるような仮面の表情などまるで見られず、心の底からアスナが心配でたまらないという感情がにじみ出ているようにカノンには見えた。
心がないような、優しい微笑みや冷徹な表情ならば、カノンは何度も見てきたがこういった表情は稀だ――というより、特定人物のことでしか、見たことがなかった。
アスナのことに限って言うなら、シュナイゼルは意外と感情が豊かであるように思えた。
仮面を仮面と思わせないような強かさを持っている人ではあるが、アスナのことに関しては仮面など投げ捨てている。
無駄なのかもしれない、とカノンが思ったところで、一つノックが鳴った。
シュナイゼルがどうぞ、と一声かける。
すると、ドアが開かれて、ひょこりとアスナが出てきた。
「そ、その……お風呂、ありがとうございました、殿下」
しっとりと髪の毛は濡れており、アスナは湯上がりのせいなのか、それとも羞恥からなのか、頬が赤い。
ガウン姿ではなく、きちりとリバリーズが整っていたので、その可憐な乙女な表情とリバリーズの凛々しさがなんとも不釣合いで、しかし、憎めない愛らしさがあった。
そんな姿は少女騎士趣味のある男性にはとても受けるのだろうな、とカノンは心の端で考える。
成熟しきらない少女の雰囲気を醸し出しながらも、アスナは紛れもなく騎士だ。
――ああ、いや、アスナもまた、シュナイゼルの前でしか少女の側面は出さないのだろう。
困ったように眉を下げている顔は、どことなく行き場を失った犬が弱々しく鳴いているような印象をもたせたので、天下のナイトオブラウンズの特例の一員であるナイトオブサーティーンがこんな顔をしていたなどとなったら、威厳など天から地まで堕ちるような勢いで失墜するだろう。
アスナはドアの端からおずおずとした動作ではあったが出てきて、シュナイゼルに一礼している。
シュナイゼルはそんなアスナに柔らかく微笑みかけた。
「大丈夫だよ。それよりも、昨日は眠れたかな」
「え? あ、――ああ、はい。しっかりと休むことができました」
アスナは最初、何を問われているかわからなかったのだろう、答えに窮していたが、自分が何を問われているのかと理解すれば返答はあっさりと返ってきた。
「うん、たしかに、顔色も良さそうだ。――そろそろ朝食の支度もできるだろうから、食べてから父上のところにゆくといい」
今日、アスナは皇帝陛下に極東事変に関する委細の報告へブリタニア宮へと再度赴かなくてはならない。
謁見の予定は十一時であることは特務総監から聞き及んでいるシュナイゼルはそれまでは、この離宮でゆっくりと過ごすことをアスナに提案した。
今更、皇帝陛下への謁見に緊張するような人間ではないのはシュナイゼルもわかっているが――アスナが、皇帝に会うことにとんでもないストレスを感じていることは間違いない。
少しでも和らげばいい、という配慮でもあった。
「ありがとうございます、何から何まで――」
アスナはそういったシュナイゼルの配慮も汲み取ったのだろう、少し困ったように笑い、シュナイゼルに礼を述べた。
かまわないとも、と優美に笑いかけたシュナイゼルは自身も着替えを済ませねばならないということをアスナに告げた。
「今日は天気もいい。どうだろう、テラスでゆっくり朝食なんて」
「……私は良いのですが、殿下はお時間の方は問題ないのですか?」
泣く子も黙る超大国ブリタニアの宰相が暇であるはずがない。
朝から会議の一つや二つはいっていてもおかしくはなさそうだが、というアスナの懸念は側近のカノンが打ち消した。
「大丈夫よ、今日は元々武勲授与式と凱旋パーティーとその前の貴方の謁見に列席される予定になっていて、ほとんどの公務が変更されてるの」
――カノンがいたことは見えていなくても承知していたアスナは彼の声が聞こえても驚かなかった。
ああ、ならよかった、と安堵した表情を見せる。
「まさか、私が殿下を独り占めしてしまったら、文官たちにも、政務官たちにも叱られてしまいます」
少しジョークを言うようなゆとりも出てきたらしいアスナにシュナイゼルもカノンも少しだけ安心する。
カノンは実際にアスナがどれほど動揺したかは見ていないが、シュナイゼルがあれほど心配するのだからよっぽどであったのだろうと推測する。
そもそも、騎士として儀礼を弁えているアスナが、いくらもとは婚約者だったとしても妙齢の男性の部屋に、夜、尋ねてくるなんてよほど錯乱していたのだろうと思わざるをえない。
「誰も君を叱らないとは思うけどね」
シュナイゼルはそう軽く笑って、椅子から立ち上がった。
アスナからはシュナイゼルやカノンがいることは見えても、シュナイゼルの手元の書類がなんであるかまではわからないはずだ。
申し訳ないが、こればかりは彼女が盲目でよかったと、シュナイゼルは書類をカノンに手渡した。
「これで、問題なかったかな、カノン」
「ええ、ありがとうございました。急に確認いただいて申し訳ありませんでした」
カノンはシュナイゼルの言わんとしていることを察した。
この書類は、アスナに知られる前に片付けてしまえというのだ。
視線だけのやりとりを済ませた主従にはアスナは気づかず、では、先にテラスでお待ちしていますとの旨を伝えて退室した。
「……よろしいのですか」
アスナの気配が完全になくなったところでカノンはそういった。
「私には今、立場が握られているからね。やりようはいくらでもあるよ」
そう言って、力なく笑うシュナイゼルはガウンを脱いだ。
――君が私を守るために戦うというのなら。
――私も君を守るために戦わなければならない。