君は美しい人

 ブリタニアの多くの学校では、フェンシングという競技が盛んに行われている。
 元々、騎士たちが持って戦っていた伝統ある武器が剣であったことに起因するのだろう。
 今でも多くの騎士たちは剣を持ち、戦う。
 故にその実戦感覚を養うための一環として騎士になる子女・子息たちの間ではフェンシングの嗜みは必須教養とされていた。
 ――もちろん、アスナも幼い頃からフェンシングをやってきた。

 競技フェンシング専用の武器、エペが相手の有効面にしっかりと決まると剣先に入っている通電システムが起動し、電気審判機のライトが一つ点灯し、審判が旗を上げた。
 互いに敬礼が済むと、ピストと呼ばれるフェンシング専用のフィールドから選手二人が出ていき、試合は終了した。
 選手たちが互いの健闘を称えるため、ピストの外で握手を交わすために向かい合う。
 そのために、片方の選手がマスクを外すと赤い髪が重力に逆らわずこぼれ落ちる。
 数度首を振ってその髪をならすと、赤い髪の少女騎士――アスナは柔らかく微笑んで相手へ手を差し出した。
「やはり、お前には勝てんな」
 そう言って困ったように笑ったのは第二皇女――コーナリア・リ・ブリタニアである。
 皇女ではあるが、士官学校に通うといい出したときはどうなることやら、とアスナも年頃の近い従姉妹のことを心配していたのだが彼女は決して音を上げることなく、この士官学校で二位の成績を収めていた。
 二人共、フェンシングクラブの花形であり、二人の対決の際には学年、男女問わず多くの生徒がクラブスタジアムに集まるため、観客席は常に満員状態なのだ。
 コーネリアも頭を振って、髪の毛を落ち着かせると固く握手した手をそっと話し、ため息をつく。
 少年のような凛々しさを持つ彼女の美しさに、会場中の乙女たちがほうと息をついたが、それは本人たちまでは届かない。
「今日はいいところまで行ったと思ったが」
「コーネリアはわかりやすいし、熱くなると冷静さを失うからね。もう少し、落ち着いて戦況を見ないとね」
「……兄上にと同じことを口にするんだな?」
 コーネリアは肩をすくめる。
「仕方ないなぁ、一番過ごす時間が長かったのはシュナ……イゼル殿下だから」
 流石に人前で、シュナイゼル第二皇子をあだ名呼びすることは憚られたのだろう、アスナは多少の違和感はあるものの、どうにかこじつけるかのように殿下の敬称をつけた。
 ――しかし、コーネリアに対してはまったく殿下をつけようとする気配がないのに対して誰も茶々をいれないのは、二人が従姉妹であり、親友であり、戦友として学校全体に認識されているからなのだろう。
 二人は次の試合が控えていたこともあってか、クラブスタジアムの試合ブースから離れ、スタジアム内の更衣室へ向かって歩き出していた。
「兄上と先日お会いしたのだろう?」
「うん。元気そうで良かったし、今度、シュナも従軍があるみたい」
「ああ……軍部の方から相当無理難題を引っ掛けられたらしいな」
 E.U.の攻略戦にシュナイゼルの軍略をお借りしたい、とユーロ・ブリタニアの白ロシア前線基地から要請があったらしいという噂はコーネリアも聞いていた。
 かねてより侵略に時間がかかっていたところで、中華連邦の国境線も近いその前線基地での、陣頭指揮に当たれと皇帝から直接命令が下るのはそう遠くない話なのだろう。
「お前も同行するのか?」
「許されれば。試作機のKMFの騎乗許可も必要だろうし」
「……あれはまだ実戦配備されないのではなかったか?」
 KMFは第三世代型ガニメデの演舞が執り行われたばかりであり、それに騎乗したのは元ナイトオブシックス――皇帝妃マリアンヌであったことは世を騒がせた。
 閃光のマリアンヌと呼ばれた彼女の演舞は、それはもう素晴らしいもので、コーネリアは正しく彼女に憧れを抱いて騎士になる道を選んだのだ。
 そんな、KMFが実戦配備されるなんて話はまだまだ耳にも入っていないことだったので、コーネリアとすれば寝耳に水だ。
「いや、ガニメデじゃなくて……もう一方で開発してる方。脱出ブロックのついた――グラスゴーだったかな。そっちの方を父上が支援しているみたいで。ちょうどいいから、軽くデータとってこいってこの間……」
 なるほど、とコーネリアは納得すると同時に、苦笑した。
 アスナと同じ赤い髪を長く伸ばしている目鼻立ちの通った麗人と呼んで差し支えのない伯父を思い出したのだ。
 いくら士官学校に通っているとはいえ、いずれ皇族に嫁ぐ立場の娘に好き好んでKMFに乗せてデータ取りをしようとするなんて、彼以外コーネリアには思いつかなかった。
「伯父上も相変わらずだな」
 アスナは良く、傍若無人が服を着て歩いているような存在だと口にするが、確かに元皇位継承権が上位だっただけはあるなという言動を常々される方なのだ。
 しかし、コーネリアからすると実の父親よりも、伯父の方が密接に関わってくれた大人であったし、ボワルセル士官学校への入学を母の実家に猛反対されたときには、後見人になり、寮に入る手はずまですべて整え、実の娘、息子とともに送り出してくれたのは伯父、クロスであった。
「今度、コーネリアの近況も聞きたいから離宮においでってさ」
 アスナがコーネリアの考えを察したように笑いかけた。
 それぞれの皇子、皇女を支援している貴族は多数いるし、コーネリアの母の実家は大貴族だったということもあってか支援者たちは多かったが、誰一人としてコーネリアの士官学校入学は認めてくれなかった。
 入学前は母の親類たちが毎日一人ずつ、コーネリアの説得にくる始末。
 しかし、それでもコーネリアが折れるつもりがないことを知ると、全員が匙を投げた。
 どうせ、どこぞで諦めるとでも思われているのだろう。
 だが、アスナの父は違った。
 アスナの実家、シュヘンベルグ家は皇族近縁の家であったためか、どの皇子や皇女の実家にも分け隔てなく支援や協力を惜しまない特徴があったので(そもそも、シュヘンベルグ家は皇帝の騎士の家系であるのでどこを支援しても文句が出にくいのだった)コーネリアの後見人になる際にも伯父はあっさりとしていたし、反対されることがわかっていたようで伯父はコーネリアのもとに話を持ってきたときには大半の準備を終わらせていて、アスナたちとともに受験を受けさせてくれたのだ。
「ああ、是非。伯父上には感謝してもしきれないからな」
「そう思うなら、卒業後はブリタニア軍で戦場の花になって、その姿を見せてくれ、って言ってた」
 アスナはからからと笑う。
「お前は、ブリタニア軍には入らないのか?」
「一応入る予定だけど……多分、第二皇子の親衛隊に行くための実務経験でしかないよ。最低限五年は軍で勉強しないといけないみたいだから」
 アスナはそう苦笑する。
「シュナは私をあんまり戦場に出したくないみたい」
 やはり、アスナの道はすでに決まっていたか、とコーネリアは思う。
 日頃からあれだけ絆の強いところを見せつけられてしまうとあてられるが、でも、兄上――シュナイゼルの傍にアスナがいるのは非常に納得の行く未来だと思った。
 卒業してから五年も立てばシュナイゼルは学業を終えて、政治・軍略方面で父から仕事を賜っているだろうし、その補佐として専任騎士が必要となるのは確かだったから、アスナの考えは決して間違っていない。
 少しの間の離れ離れに耐えることができれば、アスナはシュナイゼルの隣に立つという名誉を手にすることができるのだ。
 いや、アスナはそんなことをしなくてもいい。
 シュナイゼルの婚約者という立場で、騎士になろうとしているのだからこの士官学校でもアスナの存在は十分に浮いていた。
 いずれは、后となり離宮にこもることになるのがわかっていて、敢えてアスナはシュナイゼルとは違う道を選び、違うことを学ぶことを選んだ。
 同じことを学んでも、同じことしか考えられなくなるからという、アスナなりの考えもそこにあったのだろうが、コーネリアはあまり深く考えなかった。
 アスナは、名実ともにシュナイゼルの支えになろうとして努力しているのだけが事実なのだ。
 そんなアスナの姿勢は士官学校でもちゃんと認められているし、今では多くの生徒が支援者といっても過言ではない。
「シュヘンベルグ家にはラーズもいることだしな。お前が当主になることに伯父上がこだわっているようにも思えん」
 シュヘンベルグ家には三人の子供がいる。
 長女にして長子、その卓越した剣の実力と身体能力、その頭の良さも相まってすでに当主候補として世間から見られているアスナとその双子の弟ラーズ。
 ブリタニアでは双子は忌み子とされているが、シュヘンベルグ家では代々、双子を篤く迎えており、ラーズもアスナも双子でありながら、ブリタニアの貴族たちの間では受け入れられている。
 ラーズはアスナと同じくボワルセル士官学校に通う学生であり、その剣の実力はアスナにこそ一歩遅れをとるものの、すでにナイトオブラウンズに近いのではないかと称されるほどであった。
 その末の弟に当たるのが、二人にとっては異母の弟に当たる、十三も年下のレオルグである。
 レオルグはシュヘンベルグ家にとっては正妻となるアイネアス・ミア・クラウンの息子であり、本来正当なシュヘンベルグ家の後継者は彼でなくてはならないはずだった。
 だが、皇帝陛下からの覚えもめでたく、優秀な第二皇子、第二皇女から信頼も得ている年長のアスナを、と周りが考えるのも致し方のないことで、アスナは現実、そのプレッシャーに対して誠実に応え続けている。
「まあ、ラーズはもしかしたら継ぐ気ないのかもだけど」
「ありえるな」
 二人で笑いながら更衣室から出ると、スタジアムの方でわずかに歓声が聞こえてきた。
 聞こえてくる音をひろうと、「ラーズ様」と女性の黄色い歓声が聞こえてくるので、アスナは苦笑した。
 顔だけはいいのだ、顔だけはと思いながら、今試合をしているだろう双子の弟を思い浮かべる。
 ラーズもアスナもどちらかといえば父によく似ていると言えるだろう。
 目鼻立ちはしっかりとしており、涼やかな目が特徴的で父は緑一色であるが、ラーズとアスナはそれぞれ青と緑を反転させて埋め込んだ瞳である。
 特にそっくりなのは赤い髪だろう。
 燃えるような焔を写し取った赤い髪は、クラウン家の血統によく出やすい色であったし、それは異母の弟であるレオルグも同じく――赤い髪であった。
「ラーズは実力があるが……少し軽薄ではないか?」
「仕方ないよ、どっちかっていうと父上に似てるし」
 アスナは諦めも混じった口調でコーネリアに対して見解を述べた。
 父、クロスもどちらかというと軽薄なタイプである。
 家にはめったに帰らず、ほとんどの時間を愛人たちの家で過ごしているのだ。
 それでも真面目に皇宮に出仕しているのだから、それだけは褒めてあげたいが、それは彼の最低限の役割であるのでアスナもコメントはいつも控えている。
 むしろ、愛人たちを優先して、置いてきぼりにされる継母であるアイネアスが哀れでならないとアスナは思う。
 念願の男児を遅くに生むことにはなったが、クロスの興味はどちらかといえばアスナやラーズの方に向いているので、まだ子供で稽古事をはじめたばかりのレオルグは母にせっつかれるようにして幼い手で剣を握らされている。
 継母であるアイネアスの露骨な態度にもアスナは別段気を悪くするつもりはなかったし、当然のことだと思う。
 正妻として、夫が突然自分の子供だからと連れてきた子どもたちを受け入れ難かっただろうし、自分が漸く後継者たる子供を生んだというのに夫の興味がそちらにないというのはたまらないものがあったことだろう。
 とはいっても、アスナはシュナイゼルの妻になることが決まっているので、別の意味で心労が絶えないだろう継母が実は、シュナイゼルとの縁談がなかったことになればいいと思っていることをアスナは知っている。
 アスナやラーズが社会的な立場を持つことが、アイネアスにとっては苦痛なのだ。
 ボワルセル士官学校に通うので寮に入りますと言ったときのアイネアスの顔と言ったら、寂しいですねと口にしながらも早く出て行けと言わんばかりだったのを双子の弟と苦笑し合ったのはもう二年も前の話だ。
「しかし、レオルグではまだ幼かろう。確か、私の妹、ユーフェミアよりも年下だったな」
「そう。マリアンヌ様の第二子と同い年」
 コーネリアに話を振られながらアスナは廊下を歩いていく。
 二人が歩くだけで相当目立つものがあるのだが、二人共目立つことには存分に慣れていたし、皇族ともなればカメラを向けられることだってあるから向けられる視線もあまり気にしていなかった。
 これが敵意をあり、害意があるのならば考えものだが――今はそういうものはなく、学校でも有名な二人を見ようという興味本位が殆どであったため、声をかけられれば手を振るなどの対応は心がけた。
 コーネリアはそういったことが得意ではないのか、少し困ったように笑っていて、アスナはついそれに笑ってしまう。
 笑ったのがバレると、コーネリアは顔を少しだけ赤くしてアスナを小突いてさっさと進んでいってしまう。
 待って、と声をかけて、少し駆け足でコーネリアを追いかけた。

 学校内にあるテラスはちょうどクラブ活動中ということもあって人はまばらだったし、適当に飲み物を注文するとアスナとコーネリアはテラスの一席にそれぞれ腰掛けた。
「そういえば、コーネリア、来週の誕生日パーティー来るの?」
「当たり前だろう。お前とラーズの誕生日だぞ。正式に招待状も受け取っているし、何よりユフィが楽しみにしているのだ」
 来週の六月二十日には二人と双子の弟であるラーズは一時帰宅という形でブリタニア皇宮に帰ることになっていた。
 誕生日パーティーのためである。
 皇帝陛下臨席の元で開かれ、皇族の殆どが顔を出すということもあってか学校側もあっさりと許可を出したのだ。
 アスナとラーズからすればこんなに大々的にする必要性を感じておらず、毎年この時期が憂鬱になってしまうくらいの気分で、今も正直気が向かない。
 アスナが唯一、パーティーで楽しみなことがあるとすればシュナイゼルのことくらいだ。
 以前話していた学友に招待状を渡してほしいと頼んであるし、中々会うことができないシュナイゼルに会うのが楽しみではないはずがないのだ――と考えたところで、アスナの肩にずしりと重みがかかり「まぁた」と自分とよく似たしかし、変声期を迎えた男性の声が聞こえてきてアスナは顔を上げた。
「シュナイゼルの事考えてたのか?」
「――せめて人目があるところでは、殿下をつけたらどうなんだ」
 写し鏡であるかのようにそっくりだが、髪の毛の長さも目つきの雰囲気もまるで違う男がそこにいる。
「ラーズ、お前、試合は終わったのか?」
「もちろん! お姉ちゃんの名に恥じず、今日も勝ったよ」
 にこやかに笑うそれはアスナとよく似ているとコーネリアは思いながら、ラーズとアスナのやり取りを見る。
 ラーズはコーネリアへ視線を向けると、貴族らしく皇族に対しての礼をしっかりととり、膝をついた。
 従兄弟であってもという姿勢があるのか、それともからかいが混じっているのか――おそらくは後者だなと思いながら、コーネリアはラーズが自分の手を取ってその指先を額に向けたのをそっと見ながら思った。
「コーネリア殿下にはご機嫌麗しゅう。我が姉が殿下に不敬を働いてはおりませんか?」
「心配はいらんよ、お前も楽にするといい。――今は人も少ないからな」
 コーネリアが周囲を見回して一言言うと、ラーズは礼を解いて、同じテーブルの席に腰掛けた。
「何の話してたん?」
「来週の誕生日パーティーの話だ。――大変だろうな、お前」
 アスナの言葉にラーズは思い切りうげぇと顔をしかめて、嫌悪感を隠そうとはしなかった。
 パーティーが年々と憂鬱になってきているのは結婚適齢期が近づいてきている証拠で、年頃の子息・令嬢に引き合わされるのは明白だった。
 ラーズは外見もさることながら、アスナとは違い、懇意にしている異性の皇族がいないこともあり、なおかつまだ大公爵位はラーズになる可能性があるためか、貴族の令嬢や資産家の令嬢たちはラーズの恋人になりたいと必死なのだ。
 うまく行けば、皇族の近縁家に入ることができ、いずれラーズと自分の間にできた子供が、ひょんなことから皇族や外の王族に見初められでもすれば……と考えているのかもしれない。
「はぁ……帰りたくねぇな」
 ラーズの言葉を聞いたコーネリアはくすくすと笑う。
「お前は正直者だな」
「シュヘンベルグ家は代々、正直者の家系だから」
「よく言うよ。お前も父上も、さして正直者じゃないだろう」
 ラーズとアスナは互いににらみ合いをすると、なにおうと取っ組み合いにまでは至らずともそのまま喧嘩を始めてしまう二人を見て、コーネリアは苦笑するばかりだが、この二人のやり取りは見ていて嫌いじゃない。
 姉弟で存分に仲がいい二人は今でも一緒にいる時間は長いし、距離が近すぎて誰かが禁断の近親相姦なのではと盛り上がっていたのをコーネリアも耳にしたがそれはないだろうなと、すぐに思ってしまう。
(兄上とアスナの方がもっと距離が近いように見えるからな)
 シュナイゼルとアスナが話をしていたときのことをもいだして、コーネリアはふと笑った。
 シュナイゼルはずいぶんと露骨に示していることにコーネリアが気づいたのは、ポワルセル士官学校に入ってから初めて出席したパーティーでのことだった。
 久方ぶりに会った兄は挨拶もそこそこにアスナを探しており、アスナもシュナイゼルを見つけると満面の笑みを浮かべ、話しかけてきていた同じ年頃の子息を断ってシュナイゼルの元へやってきた。
 アスナとしては親しい幼馴染のシュナイゼルを見つけたことによる嬉しさが優先されただけだろうが――シュナイゼルは明確にアスナと話していた男に向かって笑みを浮かべた――見せつけるように。
 ああ、兄はアスナのことが、と思うとこれまでの距離の近さなどに全て合点がいってしまって――。
 婚約者だから、というわけでもなく、深くつながっている二人の間柄がコーネリアにはとてもうらやましく見えた。
(ラーズには悪いが、私は兄上の味方でな)
 これをいうとラーズが盛大に拗ねてしまうのは目に見えていたのでコーネリアは敢えて何も言わずに、二人がじゃれているのを見守っていた。
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