01 アカシアの花
白ひげ海賊団と蒼の瞳海賊団の合流はある意味で世界中に衝撃を与えたニュースであった。四皇と呼ばれる白ひげ海賊団と規模はあまり大きくないものの最近名前を上げ、四皇にも匹敵するのではないかと呼ばれている蒼の瞳海賊団の船長同士が顔を合わせ、話をすることは当然のように海軍にも警戒されている。同盟を組むのか、もし、組むとしてもその規模ははかりしれず、白ひげという後ろ盾を得た蒼の瞳には余計に手出ししづらい存在になる。
ばぁん、とブランニュー少佐が両名の手配書が貼られた板を強く叩いた。
「これは由々しき事態です!」
彼は当然であるかのように声を張り上げた。会場中に集まった海軍の精鋭たちが一斉に彼に視線を向けて、その先にある二つの手配書を眺めた。
「蒼の瞳は徐々にその戦力を整えつつあります。人種などを問わない船長の方針からか、巨人族の少年、タイタニアの元傭兵、弓矢の名手など、戦力も十分に整い、新世界へと踏み入れました。そして、その直後の! 白ひげ海賊団との接触です!!」
ブランニューの声は確かな熱を持っていた。
「そして、数年前の写真にはなりますが、蒼の瞳には我が海軍が出した最大の汚点――最悪の反逆者、ローディア・D・アスナが乗っている可能性も示唆されています」
叩きつけられたもう一枚の手配書。賞金はすでに億を超えているものが多く、そのトータルバウンティは一海賊団としては破格のものになっている。船団ではないのだ。たったひとつの海賊団としてはありえない規模の賞金に海軍も注視せざるを得ない存在――それが蒼の瞳という海賊団である。新世界で何をしようとしているのか、その行動は読みづらい。
ブランニューは視線を上座へと向けた。そこに鎮座しているのは海軍最高戦力と呼ばれる三人の大将たち。
「んまァ、アスナは元気そうじゃないの」
真っ先に声を上げたのは青雉であった。彼はアイパッチを少しだけめくり、手元に来ていたアスナの手配書をみてにやりと笑った。それはかつて妹分であった可愛らしい少女の顔はなりを潜め、女の色を持った確かにいい女になった。しかし、惜しい。と呟きながら、映った顔の左側をそっと撫でた。
「きれいな顔だったのに火傷なんて」
その言葉に会場に居た全ての海兵達がごくり、と息を呑んだ。 視線はその隣にどかりと鎮座していた赤犬へ向けられている。しかし、彼は何も言わずただその手配書を見ているだけのようだった。全員が少しだけホッとしたようにしているとん〜と間延びした声が聞こえた。
「彼女は何で蒼の瞳に入ったんだろうねェ〜。自分で海賊を旗揚げするかと思ったけど」
「まあ、誰かの下につくようなおとなしい女ではないよな、アスナは」
クザンはその隣に並べたどこか友人に似ているような少女――レビアの手配書を見た。アスナは何を彼女の見出したのか。アスナが他人の下につくことを決めさせるような女なのだろうか。
「ど、どうであれ! 蒼の瞳と白ひげの接触は危険です!」
「まぁ、わかっちょる、ブランニュー」
ここで漸く、赤犬は声を発した。全員の空気が変わり、一瞬にして全員の背筋が伸びるような思いだった。この男は自分の正義に合致しなければ――自分が手塩にかけてきた娘ですらその能力のもとに焼き払うようなそんな人間であることは三年前に証明されている。
「大きな動きがあるなら対処は必要じゃろうが……今はまだいい」
そう言って赤犬は一枚の手配書を取った。紅蓮の髪、黄金の瞳、かつて自分を父と呼んだその少女はすでに自分の手元を離れ、袂を分かち、遠い海の果てで自由を謳い、赤犬が最も嫌う"悪"となっている。――なんて皮肉か、と赤犬はあまりにも恐ろしい笑みを浮かべてその手配書を握りつぶした。ごぼ、というおよそ人体が鳴らすような音ではない音が聞こえ、その腕から黒煙が上がると、手配書はあっという間に燃え尽きて、灰すら残らず、消えていった。
* * *
――燃える夢だった。
「っ」
アスナが何かの気配につられて飛び起きるとそこには空色の髪をした少年がこちらを見つめている。ぱちぱち、と両目を瞬かせて、アスナはゆっくりと息を吐いた。
「大丈夫? アスナ姉」
声変わりもまだの少年の声にここが現実であることを理解すると、ああ、と一つ呟いてアスナは少年のバンダナのつけられた頭をなでた。や、やめてよ、と少し照れたようにいう少年にアスナは一つ礼を言って、ベッドへ腰掛けた。
「朝ごはん食べられそう? 皆食堂に集まってるよ」
どうやら、少年――蒼の瞳が誇るコック、ラミーはアスナを朝食へ誘いに来たらしい。アスナは意識を別へ放つようにしながら色々探るとたしかに階下の食堂には多くの船員が集まっているようだ。採光用の丸窓から入ってくる光もひどく眩しく感じる。
(眠ったのか……)
それにしても眠った気のしない夢だったものだ。アスナははぁ、とため息を付きながら火傷へ手を這わせて、ちりちりと痛む感覚がすでに三年前の古傷であるとは思わせない。今もなお、痛みを放つそれを撫でているとラミーの瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「痛い?」
初めて会った時にはすでにあったこの火傷を彼は何かと心配してくれている。料理人である彼は火傷の恐ろしさをよく知っているのだろう。料理をするとき、どうしても注意するのは包丁で手を切ることと、火を扱う時の火傷だ。ちょっと指の先をやけどするだけでもヒリヒリして痛いというのに、顔の半分を覆う火傷なんて、どれくらい痛いのだろう、と彼はそう考えている顔をしている。アスナは困ったように笑いながら、大丈夫だ、と再度言った。
「もう三年前の古傷だ」
「でも」
「そうだな、ラミーの作ってくれたうまい朝食を食べたら元気が出るかもしれない。すぐに食堂へ行くから、ラミーは先に言っててくれ。――ほら、船長がお腹をすかせてるみたいだぞ?」
聞こえた声をそっと告げると彼はしまった、という顔で慌ててドアの外へ向かって走り出した。早く来てね、と明るい声をかけてくれる彼にアスナは穏やかな気持ちになれた。
アスナが着替えを済ませて食堂へ出ていった頃にはすでに船員たちでぎゅうぎゅうづめだった。広く作ったはずの食堂だが船員たちのピークの時間には互いの肩が触れ合うような具合だ。アスナは苦笑しながら、ドアの向こう側、少しだけ離れた場所で囲ってある場所へ視線を向けた。
「あ、おはようございます、先生!」
「先生、おつかれさまっす!」
船員たちに口々に挨拶され、アスナは適当におう、おはようさん、と答えながら船員たちをかき分けてそこへ向かった。真っ先に自分を見つけた金髪の少女がにこりと笑みを浮かべた。
「おはよう、今日はお寝坊さんなのね」
「何、気付いたら朝だった」
アスナは軽口に軽口で返すと空いていた席に腰掛けて並べられた瓶の中からエールの瓶を取る。
「あら、朝からお酒?」
ラミーと同じ空色の髪の青年は呆れたように声を出す。お茶、淹れましょうか?という彼の気遣いだが、アスナは結構、と言って朝の駆けつけに入っていたエールの瓶の中身を一気に飲み干す。
「ラミーが来る前にな」
「もう来てるよ!オイラ!!」
おっと、とアスナは肩をすくめた。彼は怒っているようで両手いっぱいに料理を持ちながらも両頬をふくらませる。ほらね、と言わんばかりに金髪の少女がアスナへ視線を向けてくる。アスナはそれに苦笑がちに肩をすくめて、悪かったよ、と言った。
「アスナ姉はすぐにお酒ばっか。ご飯もちゃんと食べてよね」
「わかったわかった。――気が向いたらな」
「もう!!」
あはは、とその場で笑いが起きる。これはいつもの話なのだ。中々食事を口にしようとしないアスナとなんとかご飯を食べさせようとするラミーの攻防戦。テーブルにお酒を出さなければいい話なのでは、という意見も以前、船員たちから上がったのだが、それもある意味効果をなさないというか、アスナは自分でいくつも酒を隠し持っているのだ。
「でも、貴方最近、ちゃんと食べてないんじゃない?」
贋作者――フェイカーが静かにそういった。彼の空色の瞳は偽物ではなくラミーと同じく特定の種族を表す貴重な瞳だ。アスナはん、とトボけた顔をしてラミーから出されたサラダを受け取り、肉料理を流れるように船長レビアに向けて差し出した。
「そうだったかなぁ。昼ごはんは食べてるよ」
「人間は一日一食じゃ足りないのよ」
フェイカーからの鋭い意見にアスナはどうしたものか、とサラダにさしたフォークを所在なさげに弄んだ。
「お腹空かないの?」
視線を向けてきたクロノにアスナはどうかな、と呟いた。
「もっと若い頃はレビアみたいに食べてたんだがなー」
冗談めかして言えば、クロノからの視線が冷たい。これは絶対に信じてないな、とアスナは肩をすくめてサラダを一口食べた。
「俺ももう若くないな、フェイカー」
「何いってんの、まだ貴方二十代後半に入ったばっかりでしょう? 私の一つ上なんだから」
「もうアラサーだぞ。悲しいな」
いつまでも若いつもりだった、とアスナは一言つぶやく。
「クロノ位の年の頃はまだまだ世界に希望が溢れてるとか思いたかった時代だもんな」
「アスナにそんな時期あったの」
容赦のないクロノの言葉にアスナは悲しい、と嘘泣きのように顔を覆いながら言うものの、誰も取り合ってくれないので自分で立ち直ったように手を外す。するとアスナの隣から褐色の手がばんばん、とアスナの背中を叩いてくるではないか。ジニア、痛いよと彼女を制しつつ、彼女の空のグラスにお酒を注ぐ。
「リッタやクロノはまだまだ若いんだ。しっかり食べておけ」
そういって、アスナは大皿に盛られた料理をクロノとその隣りに座っていたフリルのたっぷりとついた服を着ている――少女、リッタの小皿へ移し替える。あ、とクロノがアスナを睨みつけてくるのは小皿に取り分けられた料理は全て食べきるのがこの食堂内のルールというか、全て食べないとコックのラミーに怒られるのだ。彼からすれば丹精込めて作った料理だから当たり前だし、この海上に置いて食材は貴重だ。残すなどもってのほかというのも頷ける。リッタはいつものことだ、と言わんばかりにフォークを手にとって食べ進めることを決めたらしい。クロノは相変わらずアスナを鋭い眼光で睨みつけながら、渋々フォークを手に取った。
食事もある程度済んでくると、船員たちは徐々に少なくなり、鍛錬があるからと早々に食事を食べ終えたリッタが席を外してから、少しずつ所謂幹部と呼ばれる古株の船員たちも少なくなってきた。アスナはちびちびと食事をゆっくりと食べるのが常なので、一番遅くに食堂へ顔を出して、一番遅くまで食べていることが多い。
「よし!終わったぁ!」
「お疲れ様」
必然的にラミーの片付けの手伝いまで済ませることも多いのだが、今日はまだ食べていた。
「食器は自分で片付けるよ」
「いいの?」
「うん。ああ、そうだ、オペラに伝えておいてくれるか、今日のお勉強は三十分後からにしようって。ラミーも良ければノート持っておいで」
「やったぁ!じゃあ、オイラ準備してくるよ!」
彼を見送ってアスナは最後になっていたパンをちぎって食べると、三本目のエールを飲み干した。瓶をいつもの場所へ置いて、食器を丁寧に洗って片付ける。
「アスナ」
「ん?」
振り返ればフェイカーが居た。相変わらずね、と彼は嘆息しながらアスナのところへ近づいてくる。
「そろそろ島に付きそうなの。レビアが物資の確認したいから船長室に来てって」
「わかったよ。……一人で行けるぞ?」
「貴方ならぽんぽん忘れて、次のこと始めちゃうでしょ。ついていくわ」
やれやれ、とアスナは肩をすくめた。まあ、仕方ないか、と食器の片付けを済ませるとハンカチで手を拭いた。行くわよ、と言ったフェイカーの後ろをついていくアスナははいはい、と呟いた。
「待ってたわよ、アスナ」
「ゆっくり御飯食べるのが俺の常だから」
アスナはそう言いながらペラリと見せられた紙を受け取った。次の島で必要なものを一通り書き出したものだろう。それに踏まえてアスナ関連の薬品や包帯など――船医として必要だと思われるものを書き出していけ、ということだろう。
「包帯は……一応補充しておくか。後は傷薬用の薬草と、念のため風邪薬なんかも揃えるか。麻酔と抗生物質もそろそろ切れるしな」
「色々補充が必要ね」
「まあ、薬品はきっちり管理すればそれなりに持つけどな。準備に越したことはない。特に麻酔と抗生物質はな」
アスナが医者としての観点を述べながらくるくるとペンを回す。愛用しているという万年筆はMARINと書かれ、かもめを模した紋章がはっきりと刻まれている。フェイカーはそれを眺めながら、ふぅと溜息を付いた。
「意外と出費は大きいわね」
「うちは海軍からも、世界政府からも目がつけられてるからな。――海賊同士の小競り合いは少なくなったけど、その分、一度の戦闘の規模が変わった」
書き出したものをレビアへ戻してアスナはふむと頷いた。
「看護師がほしいところだ」
ぽつり、と呟いた。フェイカーとレビアの視線がアスナに向けられる。
「医者ならアスナがいるし、充分じゃない?」
「いや、白ひげのところを見てて思ったんだがな。これくらいの海賊船になってくると、もう少し医療を手厚くしてもいいかな、って思うんだ」
静かにアスナはテーブルに腰掛けながら言った。白ひげ海賊団は船長そのものが高齢であるということもあるのだろう、ナースや医師達がしっかりと連携を取って治療できる様な状態になっていた。もちろん、白ひげ自体は元気だったとしても充分な高齢、それに酒だの煙草だのと、思った以上に酷使されていたのだろう、アスナが遠目に見た限りでも十分限界が来ていると思う。――まあ、数週間、数ヶ月で容態が変わるほど悪いとは思えないが。それはさておき。ナースがいることの利点は大きい。
「俺が見なくてもいい軽症患者をナースたちに預けられる」
充分に治療の手を行き渡らせるためにももっと医療の手を良くしていきたい。
「レビアは船の方針を決める大事な役割を持ってる。もちろん、船を動かすためにはフェイカーの力も必要だが……俺は医者としてここにいる全員の命を預かってる。――生かすも殺すも俺次第だ」
医療とはそういうもの。
もしも、怪我をした時に誰が治療をするのか。個人で見れる範囲の小さな傷ならそれは幸いだ。表の傷は大したことがなくても、そこから感染症が広がったら? 他にも未知の病や、既存の病気であれ手持ちの薬だけでは対処できない場合もあるかもしれない。そのための医者だ。船における医者は、陸の場合よりも重要だと言われている。――コックなんかもそういう話をよく聞くが。
「まあ、レビアたちは頭の片隅に入れておいてくれればそれでいいよ。とりあえず今は数人の船員捕まえて応急処置なんかは教えてるし、オペラも勉強してる。――まあ、オペラがどれくらいで使い物になるかはさておき、だが」
アスナは苦笑しながら言う。それじゃあ、医療系の買い出しは俺が行くから、とだけ告げて船長室から出ていく。ぱたん、とドアが閉まるまで見送ってレビアはうーんと顎に手を与えて悩む仕草を見せた。
「やっぱり、長い間前線で医療やってるだけはあるわ。発想が違うわね」
フェイカーはぽつりと呟いた。私達じゃ、無理ね。と一言言って、レビアはうん、と呟いて紙を眺めた。必要なものが必要な分だけ書かれている。念のために予備があってもいいものも細かく記されていて、元は海兵としてそういったことにずっと触れてきたのだろう。観点が船団を維持して如何に効率運用していくか、けが人が出たとしてもその被害を最小にする方法は何か……と船団のトップに立つ考え方が染み付いている。
「確かにアスナ一人だと手が回らないときもあるんだよね」
「今のところ、それほどの戦闘になってないだけでね。アスナの手が回りすぎてるだけなのよね」
効率よく、誰から治療していくのがいいのか、完璧に脳内でシュミレートを何回も繰り返してるのだろう。だから、医療手順も間違えることなければ、治療順番が狂うことがない。ただし、それもこれまでの規模の戦闘だったから。もう少し大規模な戦闘になったら――とアスナは想像したのだろう。もしも、自分が一から手をかけなければならないような重症患者が増えたとしたなら。もしも、自分の機智すら及ばないような病気が現れたとしたのなら。
自分一人で冷静に仲間たちを救えるのかどうか。
(俺一人で手が足りるなんてことはありえない)
アスナは煙をふかせた。
煙管の先から上がる煙をぼんやりと眺めながら、どうしたものか、とゆっくり視線を降ろしてくると、大きな手が大きなクレヨンで文字を書いていくのが見えた。その隣ではラミーも本を読みながら勉強している。ねえ、アスナ姉と呼ばれて、ん?と近づいて覗き込んで見る。ここがわからないんだけど、と指差した場所について教えるとラミーはなるほど、と言って再び読みふけっていく。
「せんせー!かけたよ―!」
「どれどれ」
大きな手から渡される大きなノートを覗き込む。まだまだ拙い字で書かれたそれらを一通り眺めるとアスナの手には少しばかり大きな紅いクレヨンを手に持つと、彼にも見えるように大きな花丸を書いていく。その花丸を見てオペラは目を大きく見開いてその巨体でわーいと両手を上げて喜んだ。
「いいなぁ」
「ラミーも頑張ったら俺が花丸をあげよう」
クレヨンを見せながらアスナはふふんと笑ってラミーの頭をなでた。
そして、ふと、立ち止まった時に思うのだ。
チリチリと火傷が痛むような気がした。
平穏などあっさりと壊れていくことを、アスナは知っている。
* * *
「抗生物質と麻酔ってなるとこの店じゃ置いてないねぇ」
吹かしていた煙管へ口をつけながら薬草店を営んでいた店主の言葉にアスナはそうか、と呟いた。こういうことはざらにある。麻酔や抗生物質は医師が使うものであって、薬草など一般人で扱えるようなものが置いてある店にはない場合も無いわけではない。
「じゃあ、医者はいるかい?」
「腕のいい医者が一人いるさ。彼のところなら確かにあるだろうけど」
「きっと麻酔なんかは彼のところに行ってるんだね」
「ええ、ええ、そうですとも」
ありがとう、と行って大量に詰められた薬草を受け取った。これだけあればしばらく持ちそうだ、と思いながらも他にも薬草の種など、栽培も視野に入れてアスナはそれぞれを揃えた。包帯はレビアたちの方で手配してくれるようなのでそっちは安心しておこう。
外に出てみれば、オペラが座りながら花を眺めていた。またせたな、と声をかけるとせんせー!と明るく笑ってくれた。
「ボク、荷物持つよ?」
「いやいや、このくらいなら俺でも持てるさ。それよりも、麻酔と抗生物質がここでは手に入らなかったんだ。だから、町外れにあるっていう病院まで行こう」
「驚かれないかなぁ」
「大丈夫さ。俺がついてるよ」
アスナはそういってにこやかに笑って歩き出した。
医院は小高い丘の上にあった。
「せんせ、このお花何?」
「うん?」
顔を上げてみれば、黄色の小さな花が木に群生している。ぱちぱちと目を見開いてそれを見て、アスナは柔らかに微笑んで黄色い花にそっと手を伸ばした。
「アカシアの花だ」
「アカシア?」
「ああ。春島の気候域なら珍しい花でもないかもな。――それにしても見事に咲いている」
ふわ、と風が肌を撫でるたびにアカシアの花の香りが鼻腔をくすぐる。良い香油が取れそうだな、と思いながらそっと手をかざすとアスナは明確に異質な気配を感じた。これは人間のものではない、とアスナのすべての感覚器官が告げていた。背後を取られた、という気持ちは不思議と湧いてこなかったのはその気配に殺気が無かったからだ。アスナはゆっくりと振り返った。
「まあ、外の人は久しぶりだわ」
薄い黄色の――まるでアカシヤの花のような髪の女性が立っていた。
* * *
「そうでしたの。麻酔と抗生物質をそろえる為に……船乗りの方は薬を揃えるのも大変だと主人から聞いておりますわ」
女性はルナというらしい。この医院の主人――医者の妻でここの一人のスタッフとして夫を支え、経営を切り盛りしているようだった。オペラも医院の中へと言ってくれたがどうやら、彼の身体ではドアを通り抜けることもできなくてしゅん、と落ち込んだオペラを見かねて、ルナは外でお茶にしましょうか、天気もいいし、と微笑んだ。
「ええ。薬草屋へ行ったら、ここがいいだろうと」
「まあまあ、オーベムさんたら。確かにそれらを揃えてるとなるとうちしかありませんわね」
淹れてもらった紅茶はハーブティーだった。独特の香りを鼻に感じながら、アカシアの香りも交じる感覚にアスナはうっとりと目を細めた。巨人さんって本当に大きいのねぇ、と朗らかに笑いながら手作りだというクッキーを差し出したルナを眺めた。
(……気の所為、ということにしておこうか)
先ほど感じた気配をいくらでも追うことはできるだろう、だが、それをしてはならないようにアスナは感じた。
「でも、ごめんなさい。主人は今、息子と一緒に出ていますの」
「それは残念だ。また、改めてお伺いしても?」
「ええ、ええ。主人もきっと、外のお医者様とお話したいと思っておりますわ。伝えておきますので、ぜひ、明日にでもいらっしゃってくださいな」
それはありがたい、とアスナは一礼した。
「せんせー、クッキーおいしいよ!」
「よかったな」
「あらあら、よかったわ。まだあるからたくさん食べてちょうだいね」
「うん!」
褒められたルナも嬉しそうに笑い、食べているオペラもいい笑顔だ。どれ、俺も一枚、とアスナはジャムの入ったクッキーを手に取った。さく、と歯が当たって砕ける食感がなんとも小気味よく、きっとジャムも手作りなのだろうか、すっきりとした甘さがなんとも口に心地よい。食べて、アスナが目を見開いて、素直に口から出た言葉がおいしい、の一言だった。
「それは嬉しい褒め言葉ですわ」
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