05 光は射す、ただ気付かないだけで

 あれからエルの生活は一変した。
 船に乗る経験がなかったためか船酔いもひどいし、殴られた傷は化膿し酷い有様になり――それ以上に酷かった精神は常にささくれ立ち、怒りの対象は常にアスナへと向いた。治療しようとアスナが手を出せば、怒り狂い、竜としての片鱗を出しては、アスナに叩き伏せられ、ベッドに沈められる。香水の鎮静剤と鎮痛剤を投与することはできても、治療することはできず、またアスナ以上の治療を誰も施せないためか、手出しができずにいた。
 レビアはこの件についてはアスナに任せることにした。船員たちからは当然のように異論も上がった。アスナが怒りの対象であるのに、アスナを向けるのもどうなのかと。しかしながら、治療も、竜としての生き方も教えられるのはアスナ一人である事実が船員たちを黙らせる結果になった。アスナは元からそのつもりだったのか、不治の病にかかっているジニアの治療の研究を進めながら、エルの面倒を見だした。

 元来の面倒見の良さがあるのだろう。多くの弟子を抱えていたというアスナの言葉はあながち外れていなかったのだな、とリッタは外野で眺めながら思った。ただし、弟子への面倒見の良さと遠慮のなさが同一であるせいで、アスナは日の内に何度も何度もエルに強襲されるが、遠慮なく海へ叩き落とすことも多い。
 傷の治療が終わってないはずの人物に向けてすることではない、と船員たちが改めてアスナへの畏怖の感情をつのらせているのだが、アスナはそういったことを意に介さず、今日も海へ落ちたエルを自ら引き上げ、気絶している彼に治療を施して、再び医務室のベッドへと引き戻す。

 そんな毎日が続いていた。

 アスナは医務室の続きにある私室で本を読みながら、ウィスキーの入ったグラスを傾ける。から、と氷がグラスに擦れて音を立て、その僅かな音に紛れて、アスナの耳に入ってきたのはエルの呻く声だった。――またか、とグラスをテーブルの上に置くと、椅子から立ち上がった。医務室にはいると、布団の中でうずくまり泣いているエルがアスナの視界に入った。医務室のベッドは部屋が決まるまでの間、治療が終わるまで一つはエルが占領している。そのベッドは盛り上がり、カタカタと震えている。医務室の明かりはとうに落とされ、暗い中だ。アスナはランプへ煙管で火を灯し、明かりをそっとエルの元へ近づけた。
「ぅ……うぅ……ぐっ……!」
「……エル」
 優しく声をかける。そして、頭をなでてベッドの端に腰掛けた。
「苦しいか」
 そう言いながら、頭をなでた。エルは何も答えない。エルは何も言わない。ただ、うめき声を上げ、苦しむだけだ。恐らく、エルを今苦しめているものは傷の痛みよりも心の傷だった。ただ、どうしようもない、感情の行き場がエルには無い。アスナが殺したという事実をただ受け入れられず、受け入れようとしても、憎しみをつのらせ、アスナを殺そうとしても、アスナは殺せない。――アスナが母を救った事実をエルは察しているのかもしれない。
 何も語らないエルからそれを察しているのはアスナだけで、ただ、アスナはエルの傍に寄り添った。
「痛いよな」
 包帯の巻かれた体を撫でる。まだ十四歳の体には重たい傷ばかりだった。竜としての生き方もよくわかっていないエルにとっては竜の力を引き出して治療をするなんてこともできなくて、ただアスナが自分の生命力を少し分け与えて、その傷を少しずつ治していく。――ただ、それだけだ。
「痛くないのか、ってお前は聞いてくれたな」
 顔の火傷をなぞって悲しそうな顔をしたエルを思い出してアスナは泣きそうな顔をした。
「うん、俺も痛い」
 ぽた、とエルの顔を伝って落ちた涙。エルの瞳を伝って一緒に落ちていくそれを感じたエルはふと顔を上げた。濁った黄金の瞳がアスナを見つけてぱちぱちと目を見開かれた。痛い、と言ったその人の顔は誰よりも苦しそうな顔をしていた。泣きそうで、苦しそうで、それでも笑っていた。
「――いたい……」
「うん」
「いたい、よぉ……っ」
「うん、知ってる」
 エルはぐずぐずと泣き出した。漸く、かもしれない。アスナは顔を上げたエルに向けて腕を伸ばした。そして、優しくその頭を抱いた。――昔、あの男が自分にしてくれたように。泣けなかった自分を泣かせようとしてくれたあの愛おしい人の手つきを思い出して。優しく、優しく、傷つけないように。
「泣きたい時に泣けばいい」
 それができるうちに。
 段々と泣かないことに慣れてくると、泣くことすら忘れる。いや、泣こうと思っても涙が枯れてしまう。アスナはまだ小さな身体を抱きしめた。エルは涙を浮かべてぼんやりとアスナの腕に抱かれながら、何か聞こえたような気がした。アスナの声だったのかもしれない。ただ、それはひどく悲しんでいて、ひどく苦しんでいた。悲しそうな目をしているその人がただ、母の死を悼んでくれている事だけは伝わってきた。
「……エル、生きろ」
 アスナはそういった。静かに、頭をなで。そして、苦しみに耐えようとするエルの精神にそっと寄り添うようにただ、一人の人間として。
「苦しいけど生きよう。――俺も、お前も」
 明けない夜はないんだって。
 きっと、いつか、この苦しい夜が終わって、明るい朝が来るようになるから。そこまで必死に縋り付いて、何かに理由をつけてもいい、ただ、転んでも地をはって、それで――生きていければきっと。いつか。アスナはただ、エルが眠るまで、エルを抱きしめ続けた。エルはただ、眠るまでアスナの心音に耳を傾け、アスナの言葉に耳を傾けた。

 エルが眠り、アスナはそっとランプの明かりを落とす。泣き疲れ眠った彼の顔の涙のあとを優しく拭い、ベッドから立ち上がった。そして、煙管の灰を灰皿へと落とす。

「おやすみ。――今は眠って休むといい。無理にかさぶたを剥がせば血が出るだけだ」




* * *




 エルは久しぶりにゆっくりと外の空気を感じて目を細めた。
「すー……はー……」
 吸っては吐き、吸っては吐き。何度か深呼吸を繰り返すと人の気配を強く感じた。振り返ってみると金髪の美女が立っていてエルは瞠目した。そういえば、しばらく暴れてはいたがこの船の船員について自分は何も知らないじゃないか、と気付いて視線をそらすとそれを察せられたかのようにレビアは微笑んだ。
「私はこの船の船長よ」
「あ、え、っと!すみません、挨拶も全然してなくて……」
「状況が状況だったもの、仕方ないわ。良かった、元気になって」
 レビアはエルの赤い髪を撫でる。
「調子はどう?」
「大分いいです。傷も――あの人が治療してくれたんで」
 エルが起きたときにはアスナはすでに診察台に向かっていた。薬の調合をしていたようだ。起きたか、と一言エルに振り返って笑って見せると、たまには外の空気をゆっくり感じてこい、と外へ出されてまだ朝日が昇ったばかりの甲板へ出てきた、というわけだ。朝の空気はしっとりとエルの肺の中に入りたっぷりと空気を含ませ、エルの心に静寂と落ち着きを与えていた。
「……あの」
 エルはレビアを見つめた。黄金の瞳はこれまでの様な濁った様子はなく、静かな月のようで、レビアは少しだけホッとした。
「ありがとうございました、俺のこと、救ってくれて」
「ううん、お礼はアスナに言って?君のお母さんと戦ったのも、君を救いたがったのも、キミのそばに居たのも全部アスナだから」
「でも、貴方達が居なかったら……あなた達が戦ってくれなかったら、俺は……」
 あの場所から救われてなかっただろうから。
 エルはそう少しだけ照れくさそうに笑って、ペコリと頭を下げる。すると、ラミーが船室からドアを開けて飛び出してきた。
「レビア姉! 朝ごはんできたよー!あ、あんたも起きたんだな!」
「…えっと」
「うちのコックのラミーよ。彼の作る料理は美味しいんだから! さ、食べに行きましょう、料理が冷めちゃうわ!」
「え、わっ」
 エルはレビアに身体を押され、そのままラミーにも手をひかれる。朝ごはんは皆で食べるんだよー、と言われてなんだか懐かしい気がした。――そんな前でもないはずなのに。食堂の場所もたしかによくわかってなかったので案内してくれるのは嬉しいが自分のペースで歩かせてほしかった、と思いながらドアを開けられ、食堂へ入った。

「お!起きたか!」
「よかったなー!お前!」
「先生はいい腕だろう?」
「ほら、座れよ!」
「ラミーのご飯はうめぇからすぐになくなっちまうぞ!」

 食堂に居た全員がエルに口々に声をかけた。レビアがほらほらこっちで食べましょう、と幹部が揃う席に案内するとエルを椅子へ座らせた。ラミーが厨房へと戻ってその両手いっぱいに料理を抱えてくるとあっという間にいつもの蒼の瞳の食卓風景へと変わっていった。雑談で賑わい、これだけ広い食堂だと言うのに船員たちが肩を寄せあって食事をとる光景にあっけを取られたエルは呆然と並べられる食事へ目を移した。
 色とりどりのあらゆる国の料理なのだろう、エルには見覚えのないような料理も出てきている。いい香りが鼻腔をくすぐって――久しぶりにお腹がすいて腹の虫が鳴った。それをみていたフェイカーがくすりと笑いながら取り皿に適当に料理を取り分けるとエルに手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「たくさん食べなさい。ここ数日、ろくに食べてなかったんだから」
 話の最中ですらぐー、と鳴る胃袋にエルは顔を赤くしながら、皿を受け取った。フォークへ手を付けて、さくりと華麗に上がったフライを刺してたっぷりとなめらかなタルタルソースに絡めて口の中に放り込む。じゅわり、と口の中に広がる魚の油にエルは目を見開いた。揚げたてということもあるのか、すごく美味しい。久しぶりに口にする食事としては少し重いのかもしれないけれど、サクサクとしたフライと白身魚の油の少なさがしつこくなく、タルタルソースの心地よい酸味も相まって口の中から留めなく唾液が溢れてくる。ラミーがこれも食べて、と差し出してきたスープを受け取って熱々のそれに息を吹きかけると、ゆっくりと吸い込んだ。たっぷりと入った玉ねぎやじゃがいも、人参の甘さが口の中に広がってひどく至福な気分になる。
「……おいしい」
 エルが感激したように呟いたのを全員が見守って、微笑ましそうに顔を見合わせた。
 しばらくして、食堂のドアが開いた。
「いやー、すまんすまん、アスナ」
「頼むから吐血するまでムリしないでくれよ。倒れたのを見た船員たちが動揺して朝っぱらから叩き起こされたじゃないか」
 入ってきたのはジニアとアスナのようだ。食堂から入って奥側、幹部たちが集まるところへ真っ先に向かってきた二人はエルが座っているのを見て、顔を見合わせた。すると、ジニアはエルの肩を叩き、いつもの席に腰掛けて、ラミーが作った料理へ手を伸ばす。
「食ってるか」
「あ、はい」
「たっぷりと食え。ラミー、エールが上がってないけど、せっかくフライなのに」
「駄目だって!朝から飲むのやめろよー!」
 ちぇ、と子供っぽく頬を膨らませたアスナはエルの隣に当たり前のように腰掛けて、フライを取り皿に分けてたっぷりとタルタルソースをかける。自分の皿に乗っていた肉料理に関してはエルの皿に分けている。
「え」
「俺好きじゃないんだー」
「ちょ……」
「たくさん食べろ、若人よ!」
 アスナがニコニコと笑いながらエルの肩を叩く。
「諦めなよ、エル」
「えっ!?」
 突然少し離れていたリッタに声をかけられてエルの声は上ずった。
「アスナはいつも若人はこれからだ、とかいって皿に盛るから」
 そういうリッタの皿にもアスナから大量の食事が取り分けられているようだ。くくと笑いながら、アスナはこっそりと机の下から酒の瓶を取り出して、空のグラスへ注ぐ。パッと実はぶどうジュースのように見えないこともないが、明らかに香りは濃厚なアルコールの香りではないか。エルはそれを眺めて苦笑した。
「あーー!!アスナ姉!!また!!」
「ち、バレたか」
「バレるよ!!そりゃバレるからー!もう―!!!」
 フェイカーもどうだ、と勧めると朝からラミーに怒られるのは勘弁ね、と断られてしまった。振られちゃった、と少し眉を下げながら、アスナは魚のフライに漸く手を付けた。口の中に入れてサクサク、としばし咀嚼すると嬉しそうにアスナは微笑んだ。
 エルはもぐもぐと食事を食べながら楽しい様子につい口元が緩んだ気がした。レビアはあの体のどこに入っているのだろうというくらい大量の食事を流れるようにたっぷりと食べているし、クロノは適度に食べながらも、アスナに食事を盛られないようにと攻防戦を繰り広げている。リッタはその様子に苦笑しながらも、フェイカーやジニアと楽しそうに話をし、ラミーはおいしい、と飛び交う反応に嬉しそうに笑って新たな料理を作り出す。大きな体に見合う大きな料理を食べているオペラもとても楽しそうで、ただただ、この空間が楽しいと思った。


 食事を食べ終わると、エルは自然とアスナを待っていた。ゆっくりとダラダラと食べるのが好きなようで、ラミーもアスナと雑談しながら片付けも緩やかに行っているようだった。
「手伝おうか」
「え、いいよいいよ!アスナ姉がダラダラ食べるのはいつものことだから!」
 ラミーの言葉にひどいなーと言いながらアスナはラミーに粘って出してもらったエールの瓶へ口をつけた。エルはどこか居心地が悪そうにしていて、やはり根はいい子なのだろうな、とアスナはエルを見て笑う。そして、最後のトマトへ手を伸ばしてぱくん、と口へ放り込んで、立ち上がると皿を片付ける。
「ご馳走様〜」
「はい、お粗末さま!さあさ、食堂の片付けするし、アスナ姉は今日から忙しいんでしょ?」
「おう。こいつに話をしないといけないしなぁ」
「……?」
 エルは首を傾げた。
 そして、適当に皿の片付けを手伝ってからアスナはエルを連れ立って食堂から出ていった。

 エルは連れられるまま再び甲板へ出てくる。
「どうだ。息づいている者を感じられるか」
「え?」
「声以外の何かが聞こえるなら、それはお前のちからだ」
 アスナは手すりに体を預けて、エルへ視線を向けた。ただ静かにエルを見据えるその姿はあの時に暴れていたエルを無理やり抑え込んでいたような荒々しさは感じられず、ただ揺るがない大樹のようにそこに存在していた。エルはそっと目を瞑って、あたりへ意識を張り巡らせてみる。ゆっくりと呼吸を吐き出してみれば、そっとたくさんの気配や声がエルの中に入ってきて、ぐっ、と顔をしかめた。
「最初はそんなもんだ。まあ、とりあえずは、あの体験がお前に覇気の覚醒を促したな」
 アスナはエルの肩に手を置く。すると気配が霧散するように消えて、エルの心の中がすっと軽くなった。エルはアスナを見上げる。少しだけ背の高いその人は陽光に背を向けて笑っているではないか。
「……覇気」
「なに。使い方は俺が教えてやる。――もちろん、医療も」
 アスナは大胆不敵に笑った。
「いいか、エル。俺はお前の母親を殺した」
 真剣な眼差しでエルを見つめ、そしてアスナは煙管に火をつけた。煙がゆっくりと空へと吸い込まれていき、独特な香りが立ち込めて、エルは顔をしかめた。薬草系の特有の香りだ。
「忘れるな、絶対に。お前は俺から技術を盗み、力を盗み、戦い方を盗み、強くなれ」
 互いの黄金の瞳の視線が交わる。

「強くなり、そして――いつか、俺を殺せ」




* * *





「無理じゃないかしら」
 オペラと医学書を開くエルを見下ろせる場所でアスナが煙管をふかせているとフェイカーが歩いてきた。今度、リッタに戦いの修行をつけてもらうと言っていたのをアスナは聞いていた。リッタと話す度に緊張して、顔を赤らめている彼の初々しさは自分にはなかったなあと思いながら見下ろし、穏やかな表情を浮かべていた。
「何が?あいつが医者になるのが?」
「そっちは貴方が教えるんだもの、何の心配もしてないわ」
「おや、全幅の信頼だな」
「貴方はこの船の医者よ。皆信頼してるわ」
 フェイカーの言葉に裏表がないことを悟るとアスナは居心地悪げに視線をそらした。こういうところは少しばかり皮肉屋な一面があり、まっすぐと感情を向けられるとどうしていいかわからなくなるのだろう。さらに後ろからレビアがやってきてそれを眺める。
「エルじゃ、アスナを殺せないって話でしょ」
「……どうかなぁ。実力的に俺に迫るというのはまだまだ先になるかもしれんが、あれはこれからがある若人だからなぁ」
 そうじゃなくて、とレビアが苦笑する。
「アスナを恩人だと思ってるでしょ、エルは」
「まっさかー。自分の母親を殺したやつを恩人だと思うバカがどこに居るんだ」
「……あれは」
 レビアが歩いて行こうとするアスナを引き止めた。
「あれは仕方なかったわ。アスナが殺さなければ、彼女はあの島の全てを滅ぼしたわ。……実の息子も」
「……なに、ただの推測だ。結局のところ、結果だけ見れば、俺が彼女を殺したのさ」
 アスナは薄く笑って、手を軽く上げた。それはここから退散する合図であり、徐々にアスナの身体が黄金の粉末のように自然に溶けていく。フェイカーとレビアは照れ隠しなのか、それともただ罪を背負っていきたいだけなのかよくわからないアスナの意味深な笑顔に顔を見合わせて、肩をすくめた。



「……あ、リッタさんっ」
「あ、エル。お疲れ様」
「どうも……」
 エルはリッタを前にして耳まで赤くして、心臓がうるさくなるのを感じてぐっと拳を握りしめた。
「修行?」
「あ、はい!師父に座禅組んでこいって……」
「あー、覇気の修行かぁ。アスナ、厳しいから頑張ってね」
 じゃ、と言ってリッタは訓練に使っていた巨大なダンベルを軽々と移して、訓練用の部屋から出ていった。それをぼうと眺めていると、その後ろにそっと現れたアスナがその肩を叩く。
「覇気の修行は心を静かにすることからだぞ……」
「う、うわああああっ!!!!」
 突然現れたアスナに慌てふためいてエルは一気に壁際まで寄ったせいで背中を強く打ち付けてしまった。いたい、と思うよりも早く、心を見られてしまった、と感じて、エルは顔を赤くしたままアスナを睨みつけた。アスナはといえばそれはもう面白いものを見つけたと言わんばかりに底意地の悪い笑みを浮かべて、エルをにたにたと見つめている。
「ふっふーん? リッタねー」
「う、うるさいっすよ!!何なんですか!」
「いやいや、初恋の相手としてはリッタは素晴らしいくらいだ。いやいや、いいねぇ、若いっていうのは」
「……面白がってやがる……っ」
 アスナはくつくつと笑って、適当に椅子を用意してそこへ腰掛けた。
「面白がってなどいないさ。若いものたちの恋っていうのは応援してやりたくなるねー」
 絶対応援じゃないな、と思いつつエルはアスナが座っている椅子の前で座禅を組むために床に腰掛けた。

「なあ、エル」
「……」
「お前に名前をやろう」

 アスナは静かにそういった。
「竜として生きるべきお前に名前を」
 そういって優しく座禅を組むエルの頭に自らの手をかざした。

「フリューゲル」

 エルは目を見開く。そして、見上げた先には穏やかな微笑みを浮かべた竜が居た。
「おめでとう。今日から君は新しい我が同胞だ」
 いつか、俺を殺せ。
 お前の牙を持って、翼を持って。
 ただ、空高く舞い飛び、大きな世界を知ってほしい。


 お前は、今日から、俺の守るべき弟子となった。
BACK NEXT
ALICE+