ふと触れた瞬間だった。
手が触れただけで、熱を帯びる。
メルは驚いたがすぐに気配を飲み込んだ。
『あ、すいません。』
「あ、いやいいよ…それでその資料なんだけどーー」
熱を帯びた体温が消えることはなく、
半分以上聞けた気がしない。
メルはまたーと言って後を去る事にした。
熱っぽい状態が出たという事は、
下手したらあの日だろうかと思った。
丁度そろそろ来る頃だったし、オペラ先輩に
今日は早くおかえり下さいと言われたばかりだった。
流石に大丈夫だろうと思っていたのだが
廊下を歩いていると、誰かが話す言葉に耳を疑った
ーねぇ、オリアス先生って好きな人居るってマジ?
その言葉に、僕の血の気が引いた。
何故オリアス先生で顔を青ざめるのだろうか、
僕の心は困惑した。
どうやらボケっとすることが増えたらしく、
先生に聞いても内緒。
と、はぐらかしてしまうらしい。
かなりの噂になりつつあるらしく
それはオリアス先生も
困っているのだろうかと思った。
嗚呼、だからさっき困った顔をしていたのだろうか?
いや気付けなくて申し訳ない。
でも、ふらつくこの足取りに、
ドキドキするこの気持ち
そんなことはないと、言い聞かせて足を進めた
空き教室、戸締りが出来てないと思ってドアを開けた
そこには女子生徒を庇う様に
壁ドンしてるオリアス先生が居た
ー好きな人がいるらしいよ。
ああちがう。
脳内が警告音を鳴らした。
僕は走ってその場を逃げた。
音をたてずに心臓も落ち着かせるように。
彼に強い感情を見せない様に。
閉じてしまえばいい。
そうすれば楽になれるよ。
首に手をあてる。
何時もの呪文を唱えて、扉を開けて。
「ーメル」
『…ねぇ、僕、忘れてたです?』
皆で笑いあった後、
帰りに見た誰かのキス
それは本当にバビルスの教室?
『ねぇ僕は何を忘れさせてるの?』
生まれて来た感情を
僕は知るのが怖いのか?
いや違う
『教えて…教えてよ…ルアちゃん…』
「ー君は、本当に知りたい?」
例えそれが地獄の幕開けだとしても?
そう言ったルアに、メルは首を傾げた。
「いや忘れて。
そのままで良いよ。
ほらオリアス先生だって悪魔だし、」
『…そうだよね、忘れてしまえば良い。』
虚ろな彼女の目に、ルアはドキリとした
嗚呼、彼女は何度だって同じ場所に戻ってくる。
まるでその場所が本物の居場所かの様に。
「…メル。君は」
手を伸ばしてメルが力を注ぐ
綺麗な女性と
開けた青い世界
花畑の中
女性と男性が気付けばメルの名前を呼んでいた
「…行かないのかい?」
何も答えない彼女の姿は、水色の姿のままだ
ただ、前に歩いていくのに、途中で足を止めた
まるで其処にガラスがあるかのように
ドンドンと音を立てる
隣には白いワンピース姿の少女が待ってと言った
ーねぇ、待って!置いてかないでっ!!お願いっ!!!
そう叫ぶ声に、メルは首を傾けた
嗚呼そうかと言って少女に目を向けて
柔らかな肌にまあるいお目目。
皆が褒めた真っ白な姿の少女
『君を殺せば、夢が醒めるのかな。』
これは悪夢だ。
幸せな悪夢。
世界で一番残酷な、悪夢の
手に包丁を作り出し
少女を地面に押し倒した
ーいいよ
そう言った言葉に、メルの手が止まった
『…なにがっ、良いの!!
貴方は何時もそう!
誰かが言った言葉を
そのまま受け止めて!!
痛いって言っても良いのに!!』
ーいいの。もう。
『嫌だ!!君をもう大事にするのは!!
だからどうせならこの手で
…っ!このっ、この手で』
殺してしまえれば、どれ程良いのだろう。
約束した彼との時間がとても煌びやかで。
僕は嬉しくなっていたのが
一人だけだったと思い知らされた。
ーもうだいじょうぶ。
頭に酷い痛みが走る
嗚呼脳卒中だろうかと疑うがそんなの関係ない。
今は、早くこの子をこの手で
ーもういいの。もう大丈夫なの。
『、な、んで?』
ならどうして君は泣いているのだろうか?
僕は悪い子なのだ。
君すら泣かせてしまう僕は
悪魔に食べられる資格すらないのだと。
良いの、そう言って笑う少女が
僕の手にある包丁を取った
さくり
音が刺さる
嬉しそうに笑って泣く少女の顔を、僕は思い出した。
これは悪夢だ。
目を醒ませば哀れな天井が僕を迎え入れるのだろう。
力が暴走しそうだ。
いや暴走しているのだろう。
死にたい。
ただこのまま彼女を
いやそう言ってそのまま逃げてどうする僕。
親に見放され悪魔にも見放された僕が
このまま放置して良い訳がない。
あの悪魔に、捧げてしまわないと
僕の気分が晴れない。
咲いた花を引きちぎってしまえば、
どうなるか分からない。
なのに花は自ら散る事を望んだ
赤い血が花に移り咲き誇る
血の匂いがしない事に、
気付かないわけではない。
これは夢なのだ悪夢でただの悪い幻なのだ。
優しい君が笑ってくれる。
それだけでよかった。
100点のテストを見せたかっただけだった。
ーこんなもの、どうにもならない。
そう言って投げ捨てられた
僕の心は何処に行ったのだろうか?
君はずっと僕の心に居てくれたのだ
なのに
僕は
君を
この手で
違う
君を殺すように
僕が仕向けてしまっただけなのに。
手の中に力が溢れる。
今なら触れられる力を使える気がする。
嗚呼、どうせなら、呪いをかけてしまいたい。
もう二度と貴方に触れられないのなら、
いっそのこと唱えてしまいたい。
嗚呼でもそれならこの子の様に僕も
「っ馬鹿っ!!目ぇ覚ませ!!!メル!!」
突如光よりも早く
金色の彼が僕の前に飛び降りて来た
+++++++++++++++++++++++++++
先生!好きです!!付き合って下さい。
なんてもうかれこれ何十回聞いただろう?
いやモテるのは嬉しい限りなんだが
生徒に手を出す程ではない。
今回も拒否する予定だったのだが
虫が出たと言って何処だと思っていれば
足を踏み外して壁に手を持たれてしまった
ラッキーなことに、
虫はドアから居なくなっていたらしく
ホッとしたのも束の間、
俺は職員室に戻るべく自分の手に付けていた
手袋を正しい位置に直しながら歩いていた
突如頭痛の様な痛みが入った
何事かと思ったら、次の瞬間
我を忘れる位の言葉に俺はまいったなと思った。
ー助けて、オズ
彼女の悲痛な叫びに、思わず俺は職員室に出て
メルちゃんが何処か誰か知らないかと聞いた
何事かとカルエゴが席を立ちオリアスの方に歩いていく
「っ、今急にメルちゃんから助けてって聞こえて」
「…使い魔の知らせですかね、
誰かメルの居場所を知る奴はいるか!!」
「一時間前に職員室から出たばかりで!」
「あれ悪周期近いって言ってなかったっけ!?」
「っ、侵入者だったらまずいですよ!!」
そうダリが言ったのもそうだ。
メルの悪周期は教師全員が知る血の魔術。
男女問答無用で生きとし生ける生物を暴走させる能力。
と言われているのだが、それは半分本当。
半分はメルが人間で
子を産めるようにするための準備期間として
一か月に一度訪れる生理だということを知るものは
誰も知っていないことだ。
「っ!俺急いで教室見てきます!!」
そう走り出したオリアスに
バラムが僕も行くと走り出した
他の悪魔はサリバンに連絡を入れ、
カルエゴは入間を呼びに向かった
走り出したオリアスに追い付いた
バラムが居たと声を発した
「やっぱり図書館の奥にいるよ!!
…でもおかしい」
「え?」
「ずっとそこから動かない」
普通なら動いている状態も
何となく察するバラムだったが
何も動かないというのに、
オリアスがまさかと言った
「まさかメルちゃん、
誰かに刺されたとかないですよね!?」
「それで動けなくて閉じこもっているとか?
いや…彼女ならあり得る。」
敵から逃れたは良いものの、
自分の魔術で部屋に閉じこもって
動けない状態なら急いで加勢に行かなければならない。
そう思った二人はすぐに図書館に居た
生徒たちを非難させて奥の部屋に入って行った
「此処か…確かに此処全く分からない場所だね。」
「メルちゃん!!俺だ!
オリアスだ!!いる!?
部屋開けるよ!?」
扉をノックするオリアスに、声が全く聞こえない。
まさかとは思うが
もう息が出来ない程になっていないかと思い、
彼女から聞いた言葉を紡いだ
「っ、“開けゴマ”!!!」
それでかちりと音が鳴り
部屋に入るオリアスにバラム
ただ、入ってすぐに広い世界に囲まれた
「っ!凄い魔術だ…青い空?」
メルちゃん。大丈夫!?無事!?
そう声を発そうと思った。
なのに目の前には
淡い緑髪の少女の胸に
ナイフが突き刺さっていた
それにわなわなと段々絶望する
メルが首元に手をだそうとしていた
不味いと思ったオリアスが
前に行くも何故か拒否られて進めない
それなら空からと翼を出して勢いよく飛び上がった
何とか正解だったらしく、
そのままメルの元に
空から降りていくことにしたのだった
「っメルちゃん!大丈夫!?」
そう彼女の元に飛び降りて手を取った
それに目が虚ろな彼女に前に見た状態と一致した
嗚呼なんて馬鹿なんだオズワール!!
大丈夫なわけがない!!
彼女は助けられもせずに
目の前で死んでしまった女性に
恐怖を感じているのだ。
だから手を取った時は泣いて
此方に飛びついてくれると思っていた
ぱしんと音を立てて、距離を取ったソレに
オリアスはきょとんとして固まっていた
びくびくと震えてごめんなさいと呟くメルに
一体どうしたのだと問う
酷く怯えているメルに、何も言えず、ただ下を向いた
そこには嬉しそうに笑って涙を流して眠る少女がいた
少女の笑顔に何処か見覚えがあったが、気のせいだろうか?
「…メルちゃん、何があったの」
びくりと飛び跳ねる彼女に、俺はうなだれた
「誰にやられた?犯人は?俺がそいつのことを」
『…犯人を知ったら、貴方はどうするの?』
そう言ったメルちゃんに、
そりゃ食い殺すけど、と言ったのに
それならいいやと笑った。
作り笑顔で。
前に見た綺麗な嬉しそうな作り笑顔にぞっとした
『ねぇほら起きて?
もう綺麗なお花は作れないよ?ほら』
そう死んだ少女を揺らしてメルは泣き叫ぶ
ああ、やめて、嘘うそそんなの、
ちがう、そう言って
わんわんと泣き叫んだ
『っ、あぁ、んで?ねぇ!!
どうして君が死ななきゃいけないの』
作られた偽善が生き残った
その先に未来なんて無いというのに。
そう言ってメルは
また首に手をかけようとした
「っ、ごめん!!」
そう言ってオリアスがメルの首後ろを強く叩く
それに景色が揺らぎ、通常の部屋に戻る
少女は居なくなり、意識を失った
メルがオリアスの身体にもたれかかった
「誰かが入った形跡もないね」
「ええ急いで部屋に入った感じはしましたが…っ」
ーいやだ
そう強い思念が頭の中に入ってきた。
彼女の意識は確かに先程失わせたばかりだ。
応急処置として充分だと思う。
あのまま落ち着かせるなんてことは不可能に近いし
それにあんな綺麗な世界が暴走したら
このバビルスが飲まれる。
それで終わればいいのだが、
はたまた一体誰がこんなことをしでかしたのか。
「っ!メル様!!」
「オペラさん…すいません。俺」
そう抱きかかえて大事に
ゆっくりと職員室に向かおうとしていたオリアスだったが
メルの部屋に入間とオペラが入ってきた
「構いません…
事情をお聞かせいただいても構いませんか?」
+++++++++++++++++++++++++++
「そうですか、メル様が…わかりました。」
「すいません。
俺がもっと早く気付いていればこんなことには」
「いえ、前からメル様は
ご自身でセーブされていました。
最近はそんなことも無かったので、
やっと良い兆しがあると思っていたんですが…」
「失礼ですが、前からこのような事が?」
そう盗聴防止の措置をして、
メルの部屋でベットに寝かしつけたまま
オリアスとバラム
そしてサリバン家が円になって話をしていた
カルエゴはそのまま教師らに
無事に保護したと伝えに帰って行った
「ええ。二年程前ですがね、
ですがそこまで強い反応はありませんでした。」
「うーん、流石に難しいのかなぁ」
「え?どういうこと?」
そう戸惑う入間にサリバンは告げた
「入間君。メルちゃんはね
人間でも魔王様のご令嬢なんだよ。」
そう言われた言葉に全員がぎょっとした
そう、サリバンも言うには困っていた
「この事は内緒ね。勿論メルちゃんにも
時が来たら教えてあげればいい。」
「えっ、ちょ、え!?」
「ああああの、魔王様って…」
「訳あってデルキラ様の言葉でね
人間界に子供置いて来たから連れて帰って来いって
命令下されててさ、緑髪の女の子だから
見たら分かるって言われてたんだけどね。
ちょっと厄介な呪いかけられちゃっててね。」
そう言ってメルの頬を
優しく撫でるサリバンが話を進めた
「厄介?」
「そ。悪夢を見せられる呪いさ。
これがある以上子供の意志を食らいつくして
そのまま食べようとしている。」
「悪夢…」
「でも強い子だよ。
何度も悪夢にうなされても
ぴんぴんしてるんだ。」
「その悪夢ってどれくらいの頻度であるんですか?」
「毎日さ」
まっそう言い止めたオリアスに
サリバンが嘆く
「初心者が適当にやってこんがらがった糸のように。
ほどくのがもう激ムズ。
それがここ最近晴れていたんだけどなぁ」
悪魔ならまだしも
人間のそれも誰かも分からない奴が呪文を紡いで。
そうサリバンは心の中でぼそりと呟いた
「…ひょっとして、その悪夢って
子供が出てくるものですか?」
「え?嗚呼、そんな話はしてたかもだけど
…オリアス先生、ひょっとして」
「彼女、メルさんの感情の中に入って
そのまま暴走しかけてたのを止めました。」
「ふぅむ…何故…?」
そうかなり不思議そうに深く唸る
サリバンにどうしたのかと問う
それに対してバラムが不思議だなと言った
「僕は入った瞬間君もメルちゃんも
居なかったんだよ?」
「っえ!?本当ですか!?」
「うん。数秒したら君がメルちゃんを
抱きかかえていたって所。」
「オリアス先生。
君メルちゃんと契約以外に何かした?」
そう指を一つたてたサリバンに
オリアスは誓って何もないと首を横に振った
記憶にないものならば話は別だが
そんな契約交わしたことは一切ない
「ふぅむそれなら使い魔の特権かなぁ。
でもそんなことあり得ないし。」
「何の話です?」
「いやメルちゃん心の中で作り上げた
造形を作り出すことが出来るんだ。
でもそれって悪魔が限られていて
ランクも低いと死ぬはず。」
オリアス先生のランクは普通に消し飛ぶ範囲だ。
そう言ったサリバンがまぁラッキーだったね
と言っていたが、普通にゾッとする。
彼女の世界に入ったら
即死ぬとは恐ろしい話だ。
「それで?おじいちゃん」
「もし仮にできるとしたら血を交わした契約者か
あるいは何か特別な関係かのどちらかなんだよねぇー」
まさかうちのメルちゃんと付き合ってる?
そう睨んだサリバンにオリアスは
勢いよく首を横に振った
そんな隠れて付き合ったなら
もう首を飛ばされるどころですまない
「この話は本来誰にも喋らないように
しとこうと思ってたんだけど…
オリアス先生が入れたって聞いて、ね。」
「大事なお話を…」
「いやいや、五体満足で
帰ってきてくれたことだし。
にしても入れるって一体…」
そう言った時、メルが唸ったのに声を上げた
目を開いた時に、手を伸ばしたのに急に距離を取られた
シーツを身体に巻き付けて、
部屋の隅になるべく近づこうとするのに
サリバンが距離を取った
「メルちゃん、僕の声、分かるかな?」
そう言ったのに、メルの反応が驚き首を横に振った
ふぅむと唸ったサリバンがオリアスに声をかけた
「ね入間君。ちょっとだけ手伝って欲しいんだ。」
そう話をするサリバンに縦に頷く入間。
一体何を言っているのだろうか?
「えっ!?…わかりました。」
メルが急に何か分からない言葉を
話し出したのに驚いたが
それに対して、入間君が急に
訳の分からない言葉を話した
その言葉に、メルが不思議そうな顔で此方を向いた
まるで野生動物が興味を持ったような不思議そうな顔
入間の言葉に、ぼそぼそと答え
二度三度言ってそのまま入間は手を上げた
「どうだった?」
「…メルさん、僕達のことが
分からないらしいんですが
そのああ魔術かけて良いらしいです!
言葉が分からないのに
話してもと言っていました。」
なら、と言ってサリバンが術を唱える
それにメルが目を閉じた
「これで言葉分かるかな?」
そう言ったサリバンにメルが頷いた
言葉はまだ分からないらしい。
「僕が言ってもいいの?」
そう言った入間にメルがこくんと頷いた
「オリアス先生なら見たことあると」