魔界
バビルスから東北に約300km地点
深夜の三時に、我ながら時計を持って来て
明日仕事行けるかなとか思ってしまった所
仕事中毒だったことに鼻で笑ってしまった。
『…綺麗な満月。』
そう言えば人間界で授業を受けていた時
老いぼれてるはずなのにひたすら元気な
おばあちゃんが和語を教えてくれていたな。
あのおばあちゃんみたいに
凛と立っている姿に憧れて。
私はその芯の強いおばあちゃんに
なって死にたいと思ってた。
ー月はね、どんな人でも平等に見れる魔法の形なのよ。
その月に昔は生涯の気持ちを祈りとして捧げていたの。
『えっと確か…月が綺麗ですねと、あと』
ー先生はどんな返し方が好きなの?
ー勿論死んでも良いわって言うわ。貴方は?
ー私?私はね〜
笑って居た黒髪の少女が
寂しそうに眉を寄せて笑い告げる。
『手が届かないから、綺麗でいてくれる』
私はこの関係が一番良い。
触れるようで触れられないこの距離が
一番感情を揺さぶり
どんな世界にも連れて行ってくれるから。
だからそのままを維持することが大事だと。
現状維持をし続けてしまった挙句、
停滞し、蓋を閉じて流すことに
慣れ過ぎてしまったけど。
『…仮眠はしておこう。』
目を閉じて世界を広げる。
これに早く慣れさせておかないと
割と後がしんどくなってしまう。
もう二度とあの場所に戻れないなら…
ならばどうか夢の中だけでも
残酷な夢を見させて欲しいものだ。
口の中がじんわりと
魔林檎の味がし始める。
駄目だ
首を横に振り胸に走る
衣服をぎゅっと鷲掴む。
…おかしいな、あの時は成功したのに。
幼い頃、似たようなことが一度起きた。
そう言えば彼女は元気だろうか?
おかっぱに近い髪型で、黒髪の少女。
++++++++++++++++++
夏のじりじりと暑い中
『(あ、ここ綺麗)』
メルは森の中を走り回っていた。
メルの家系は代々コピーを作り
自分の本来の姿を見せないことが掟。
産まれてきた時の姿は知らされず
作り替えた状態で姿を見て覚える。
その為、私は生まれてこの方
自分の姿を見たことがない。
そう言い聞かされて育ってきたため
所詮自分は、飾り物の人形でしかないと思った。
ただ救いだったのは
この飾り物の姿は
前世で生きていた
自分の姿では無かったことだ。
もし全く同じだったら、
きっと前世の感情を
色濃く引継ぎ上書きしてしまうから。
それだけはしたくなくて。
毎年、私は夏の一月ほど休みを使って
森の中に行方をくらましていた。
家系曰くルールらしいのだが
あの男女の口数や仕草からして
嘘なのは分かった。
目線が揺れ動くのは
どうやら人間と悪魔は
そう変わらないらしい。
『(水だ)』
森の中に湧き水があるのは別に珍しくない。
だが透明に近く青く澄み渡る水は正直貴重で
何なら人間界に居た記憶くらい
遡らないと思い出せない程だった。
そう、魔界では初めて見たのだ。
透明になり鏡映しに自分が見える。
正直本来の姿がどういう姿か分からないが
今の髪の毛は紺色なのにちょっと驚いた。
だって前世で好きな色だったから。
黒は身体が細く、見えすぎて周りが嫌がったし
逆に白は好きな食べ物が服が汚れると
割と困るものばかり好んで食べていたから。
だから私は間のグレーや、黒よりも淡くて
まだ見えやすい紺色が好きだった。
真っ黒に染まらない程度の明るさが
まるで今の自分を鏡映しに見せているようで。
どこか、落ち着いた気がしたから。
くしゃりと髪の毛を掴み
プラプラと振ってみる。
それにしても学校に行っても
意味分からない単語ばかりで
正直苦痛でしかないのだが…
此間年齢を数えながら
何してたか思い出し遊びをしていたら
漫画やアニメに夢中になっていたのを思い出して
丁度今の年齢の時魔法や
ザ・こんなもんだろ英文とか
絶対読めない文字を好んで見ていたし
なんなら自作していた記憶を拝借し
今魔界語のお勉強がすさまじく捗っている。
それも驚く事になんと言葉は
人間界でいうローマ字表記と
全く変わらないようなのだ。
つまり魔界の本全てにおいてローマ字表記で
ずらずらずらずらと用紙にインクが
のたくりまわされていると言うことだ。
おかげ様で勉強は一気に捗り
此間のテストは満点を取ってしまった。
その為注目されたので
次に点数を落とさないといけない。
私達の家系は注目してはいけないし
記憶に残してはいけない家系だ。
まぁ私がそもそも一人が好きなタイプの為
前世も引きこもりオタクニート生活を
満喫していた期間だって
割と他の人から比べて長かった筈だ。
その前世の力が発揮されているのか知らないが
別に友達がいなくたって普通に平気だし
なんなら手が触れたりした者なら作り出して
立体的空想のお友達ごっこ遊びが出来る。
これ結構ハマると中毒になって怖いんだよ。
どこら辺が怖いって言うとだな
現実と妄想の区別がつかないことに…って
『(え?待って?人?
いや違う馬鹿悪魔悪魔)』
この魔界に月が1つの筈なのに2つもある
魔界に人間が一人居る訳がない。
居たらとっくの昔に食べられているだろう。
誰かの血肉になって。
そうではなくて
いや目の前に
池の真正面に水を飲む子が見えて
身体が固まってしまった。
此方に気付いたのか
走ってというか飛んでくる。
いやいやいや
くんなくんなくんな。
そう思ってメルは
そそくさと木陰に隠れて姿を
目元まで出して様子を伺う。
『(見た目は同じ歳…?
下手し年上?いや下か?)』
もう三択になったら
何処か分からないだろうに。
メルは初めてと言っても
過言ではない体験をしている。
学校にいる時は皆が
私を避けてくれたりするからだ。
勿論皆の利益になる時で
かつ評価された時は
私の方に注目が集まるが、
大体それも2日が限界。
皆3日目には此方を見ることは
なくなってしまう。
少し寂しいが
人間界では恨み妬みつらみなら
地獄の果てまで追いかける奴も居たから
ちょっと温度差に困るが
割と今の方が楽だ。
きょろきょろと子供が
私を探しているのか
左右に身体を振っている。
遠くから見ていたので分からなかったが
黒い髪の毛は肩近くまで伸び始めており
額から左右一つずつ
上に弧を描きつつ伸び始めている
白い角を持った子がいる。
服は黒く、下はスカートとズボンが
一体となったようなものだろうか。
まぁ男とも女とも受け取れそうな
その姿にメルは更に困惑する。
もうただでさえ年齢不詳の悪魔なのに
性別まで不詳ときたら
もう君のこと暫く
そう焦るメルに気付いたのか
「ああ!」と高い声が聞こえる。
うっバレた…仕方がない身体を出すか。
そう思い姿を現す。
「どうして姿隠したんだ?
君誰?何処から来たの??」
『(おおおお!喋ってくるねぇ!!)』
グイグイ来る高い声に
率直に申し上げて女と断定させてもらう。
元気な活発女子と考えたら
割と良い線行くと思う。
あれ姿形を偽ってるから
名前偽って良いのかな?
いやでも魂引っこ抜かれたくないし。
ってそれは人間が悪魔に本名を伝える時のデメリットか。
いやいやいや落ち着け落ち着くんだ安名メル。
メルは焦り
ダラダラと脂汗を
額から顎まで高速で垂れ流す中
どう反応して良いか分からず固まっていた。
それに気づいたのか
ごめんねとしょげられたので
私は口に出せないのは悪いので
近くにあった小枝を使って
最近覚えた文字を書いて会話する事にした。
『(えーっと“君のお名前を教えて欲しい。”)』
「僕の名前は無いんだ。」
『っえええ!?』
おっと声が出てしまった。
声出せるじゃん
と言われたがすぐに反応する。
『(“驚いてつい出ただけで
ちゃんと話せないのごめんね”)』
「…そっか、なら仕方がないか。」
おお、歳にも寄るが
滅茶苦茶賢いぞこいつ。
「でもジンって名前っていうか
言われたことはあるよ!」
『(ジン…か、申し訳ない
一瞬ジンジャーエールが
思いついてしまった。)』
全く関係ないし
何ならお酒だから
お互い年齢的にアウトである。
いやそもそも魔界に
未成年飲酒の法律があれば
アウトだが、なければいいのでは?
まぁ良いやそこら辺。
話が逸れるから戻してしまおう。
『(えーっと、“ジン君って呼ぶね私の名前は”
ええええっと何にしよう!!!)』
メルメルメル…あ〜ラテン語好きだっただろ私!!
…そう言えば最近魔蜂蜜を食べれるようになったな。
アレ確か「メリッサ」とか言わなかったっけ?良いやそれで。
『(“メリッサ”)』
そう書いたメルにジンが
メリッサ…って長いから
メリィちゃんって呼んでいい!?
と嬉しそうに言うものだから
『(“いいよ!!!”)』
って答えてしまったーーーーー!!!!
わーーーー!!!!
私のばーーーーーか馬鹿馬鹿馬鹿!!!!
一瞬メサでも良いよ
と思ったがまぁ良いよ。
メリィで。
めーりさんの羊〜ひーつーじ〜ひーつーじが思い出せる。
ああもう次から次へと
下らないことを思いだすな。
私は肝心な時に役に立たなくて困る
慌てふためいた青の猫型ロボットか!!!
「君歳は?僕は10歳!!」
『(おっ凄い…!“私も10歳”)』
「へぇ!ねぇメリィ!!此処の近くなの?」
うっ流石にそれは答えられないから首を横に振る。
一応日本の合図で間違いないのは学校で履修済みだ。
「そっか…僕も遠い所から遊びに来ていて
明後日まで居られるんだ!」
おお僕っ子か!!
女の子で僕っ子だと尚私が嬉しい!!!
同い年というのもあり
とても好意的な彼女に惚れそうだ。
いやぁにしても可愛らしい子だな。
目も少し大きく、くりくりしている。
多分このまま行くと
男なら横に目尻がいくし
女なら縦にぱっちりお目目になるな。
…うーん!どっちも良い!!好き!!!!
そう初対面で仲良くなりそうな気配に
メルはテンションハイになりかけていた。
ついつい声が出そうになるのを抑え
丁寧に文字を書いていく。
読めなかったら不味いからな。
『(“君は何が好き?”)』
「僕は紫色が好きなんだ!
炎の家系で大人になったら
特別な名前と使い魔を持てるんだ!!」
へぇーーー!!!
炎かぁ…良いなぁ。
私も良く焚火をしている身として
炎には割と付き合いが多く
親近感が湧く。
だが流石に私の姿を見て間違いなく
女の子と言うのはバレている、よな?
もうこれは流石に
火遊びをしていますとは言えない。
多分怒られる。
「ねぇ〜君は何して遊ぶのが好き?」
おおう!火遊びですぅ!!!
ド直球にこいつ隠したい事
聞いてくるぅうう!!!
大人になったら
絶対会わないようにしよう。
こんな子が私の心を感じ取れる様になったら
割と色んな方面に言いふらしそうで怖いわ!!!
ええっとこういう時は何て言うんだ??
魔魔ごとが主流か?
確か魔魔ごとって
人間界でいうおままごとだったよな。
流石に家系魔術を使いながら
火遊びしてますとは
初対面のそれも火を扱う子に対しては
口が裂けても言えない話であるので…
『(“魔魔ごととか…あとかけっことかする”)』
超絶無難ーーー!!!
走るのは割と得意な方だ。
主に危険を察知した時の逃げ足だが。
俊敏な方だ。
そう回答したメルに
へぇとジンが答える。
「なら僕とかけっこしない!?」
『(お?私の経歴なめんなよ??“いいよ”)』
そう書いてメルは
ジンの手を取り走る。
ついて来てほしいからだ。
まぁ浮遊すれば一発なのだが
あれこれ彼女に
情報を渡してしまえば後が困る。
主に未来の私が困る。
困る芽は若いうちに摘んで置くのがベストだ。
走り抜けた先には草原が広がっており
割と此処は大人に見つからない場所だ。
だって中途半端な崖から生えてきている大木のおかげで
空からは殆ど見えないし、
此処まで来るのに結構目印を付けないと
迷子になってしまう位にはなっている。
子供の高さ的にも隠れ家にもうってつけの
横幅100mぴったんこカンカン場である。
縦は50mと短いが
小学生低学年から大人まで
男女問わず走るのが
割とはかりやすい場所だ。
メルは地面がむき出しに
なっている場所を見つけて
小枝を掴み描く
『(“此処で競争しよう。最初は直線。”)』
合図は石を投げて
水に落ちた音で走り出すと
ルールを決める
彼女はコクコクと嬉しそうに頷く。
にしてもジンちゃんって
女の子凄い名前だなぁ。
ひょっとして男の子の名前を付けてないと
悪魔に攫われて殺されるからっていうアレか??
偽名的なアレなのか??
まぁ良いか。
メルは良いよ
と聞いた声を頼りに
コクリと縦に頷き
石を投げ身体をしゃがませた。
ふっふっふ、大人げないと思ったそこの諸君!!
大丈夫だ安心しろ!!
私も充分大人げないと思う!!
クラウチングスタートを構えたのに
「えっ?」と言った子と
同時にぽちゃんと水の音が鳴り、
構えていた足を前に勢いよく出し
地面をえぐるように蹴って走り出した。
『(腕は垂直!太もも直線
前に出して肩の力抜く!!!)』
そう首を横に振らないように
とにかく描いた絵を切り取り
横に移動させるように
ただ平行を想像しながら走り切る。
岩壁にタッチし、
振り返ると少ししてから息を切らして
追い付いた子にニヤリと笑ってみせた。
「ちょっ!いま、の、はんそ、く…」
『はっ、はっ、はっ(ふぅ私も息が切れるとは
…こりゃ特訓しとかないとな。)』
そうメルは喉唾を飲み込みつつ
未来の自分に課題を投げつけ
ジンの言うことも兼ねて
もう一度走る提案をする。
それにジンはコクリと頷いた。
「ねぇさっきの走りって
どうやってやったの!?」
『(嗚呼多分クラウチングスタートの
こと、だろうな…教えてやるかぁ!)』
ふふふ
元陸上部で小学1年生から
鍛え上げ大学卒業まで走り続け
近くの陸上クラブにコーチとして
5年程指導した腕が鳴りますねぇ!!!
一応免許もバッチし取得しており
ちゃんと救急処置的なものも覚えている。
だが、流石に声を出した方が良い…ううん。
でも小さいから今教えないと
基盤が大人になって困る。
仕方がない、文字が多くなることを謝罪して
身体に触れることも許可取ろう。
そう考えてメルは文字でジンに許可を取ると
良いよ!とあっさり言われたのにホッとする。
まぁ女の子同士だし大丈夫でしょ。
言っても私ズボンばっちり履いてるけどね!!!
スカートで走り回る馬鹿ではないよ。
うんうん。
「そっちじゃなくて
しゃがんだほうやりたい!!!」
駄目です。お前にはまだ早い。
いや10歳位ならまぁ大丈夫か?
あれ確か8歳以上だっけ?
あれ何歳から適応なんだっけ?
いやそもそもその基準、人間の子供だから
悪魔の子供には適応されないのでは???
まぁ良いか。
私が本気で走ったのに
割と距離が詰められていたので
こいつ伸ばしたらガチくそ早くなるぞ。
翼の飛行だって
身体の速度体幹は慣らしておいた方が良いし
何より飛行よりも走った方が筋肉つきやすいからな。
まぁ筋肉女子にさせるつもりはない為
基礎的な所から教える。
かけっこをするのに
重心が必要なことや体幹の説明
そして直線の感覚を掴むことを説明し
…おおよそ一時間か
アッと言う間に時間は過ぎ、
大人の声が聞こえだしたのに
ジンは驚きやっべと声を上げた。
どうやら此処までらしい。
「また泉に居たら会おうよ!
明日も来てみるから!!」
『(“わかった。またね!”)』
そう手を繋いで泉まで戻った後
メルはそっと姿を消した。