荷物が大体片付いた頃
メルは職員室に顔を出した。
『ダリ先生。』
「…良いんだね」
ええ。そう言ったメルに
ダリは声を上げる。
「ごめん皆ちょっと聞いて欲しい。」
何々?と声が上がる職員室に
メルは一番聞かれたくない彼を探すも
今丁度席を外しているらしく
ホッと胸をなでおろした。
「急だけど本日を持ってメルちゃんが
寿退職する事になったよ!!」
ええ!おめでとう!!
そう嬉しい悲鳴が上がるのに
苦笑いで手を振った
『本日を持って退職します。メルです。
皆さまの陰でサポートが出来て毎日が楽しくて…
皆さまこれからも沢山大変なことがあると思いますが
どうかお体大事にして下さい。』
以上です。そう言ったメルに
ダリはコクリと頷いた。
「それじゃメルちゃん!
皆に挨拶して回っておいで。」
最後なんだから
そう背中を押されるダリに
メルは分かりましたとおじぎをした。
「メル先生〜〜〜〜!!!!」
『わーーー!!わーーーー!!!
わーーーーー!!!!!つつつつ
ツムル先生どうしたんですか
そんな大号泣して!!!』
私でもそんな泣かないぞ。
そう思って焦るメルに
さっきからこの調子で
とイチョウが答える。
「電話の相手聞いた瞬間から俺
ヤバい相手繋げちゃったかなって思ったんですが、
まさか寿退社とは思ってなくて
…おめでとうございます!」
おめでとう。
その言葉にツキリと痛みが走る。
まるで矢が刺さって
其処から熱を帯びている感じだ。
こういう時ありがとうと笑顔で言える所
私は人間で良かった、と。心から思える。
そうやって、誰かを傷付けないように
自分が傷付けるから。
『ムルムル先生、イポス先生
良ければ最後、握手してくれませんか?』
理事長からお別れに握手位しておいでと言われて
そう言ったメルに喜んでと手を服に擦り付けた後
ばっと手を出したツムルにメルは苦笑いで答える。
『ムルムル先生、次の新人さん来たときは
ちゃんと男だって言って下さいよ?』
「えっ!俺そんな女っぽいですか!?」
『へへ!少なくとも
私は何度か間違えました!!』
これ最後だから言えるんですよ?と笑って見せる。
ああ意外と笑えるじゃないか。心が痛いのに。
バレないように。そっと。
『イポス先生、先生との出会いが
私の苦手というのに巻き込んでしまい
本当に申し訳ございません。』
「いやいや、向こうに行っても
ちゃんとご飯食べて下さいね?」
『へへ!イフリート先生と修行したんで!!』
そう言ったメルに
ぎくりと身体を止めた
ツムルとイチョウがお互いを見る。
『あれ?そう言えばイフリート先生どちらに?』
「へ!?あ、ああえーとなんだったっけイチョウ!」
「え!?確か校舎見回るって帰って来てないですよ?」
歩いてたらそのうち会えるかもしれませんね。
そう言ったイポスにそうですかとメルは答える。
それから「サヨナラ嫌です!!!」
と飛び掛かってくるロビンを急いで
首根っこを掴み抱き着く一歩手前で取り押さえた
オリアスが苦笑いでごめんねと謝る。
『あの、オリアス先生』
「ん?どうした?」
『その…握手、してくれませんか?』
素手で。
そう言ったメルに
オリアスは少し驚いた表情を見せたが
すぐに嬉しそうに笑い
「お安い御用だよ」と答え
手袋を外して手を出した。
「向こうでも頑張ってね。
星の導きが、君を良い方向に
導いてくれることを願ってるよ!」
『えぇ!向こうでも頑張ります!』
「メル先生!!僕も僕も!!」
『はい!ロビン先生』
そう片手はまだオリアス先生と
手を繋いでる途中だったので
もう片方で手を繋いでみる。
片手で手を繋ぐ…というよりかは
ブンブンと上下に振るロビンに
止めなさいとオリアスが鉄拳を入れた。
苦笑いして答えた後、
近くにそわそわとマルバス先生や
プルシェンコ先生が居て
メルはそちらにも向かい声をかけた
「元気でね。安名先生。おめでとう!」
『へへ!ありがとうございます!!』
「向こうでも元気でな。」
『ありがとうございます!』
そう板について来た
自分の笑顔に我ながら褒め称える。
いやぁ割とうまく仮面って戻ってくるもんだな。
綺麗な仮面に皆、騙されていると良いな。
そしたら私のこの痛みも報われるものだ。
意外とこの人達
というかこの悪魔達、
結構鋭いから案外思ってること
全部バレてたりして。
そう笑いつつ
一通り挨拶が終わった辺りで
ダリの元に帰る。
『ダリ先生…大変お世話になりました。』
「…うん。此方こそ、お世話になりました。」
向こうでも元気でね。ハイ握手。
そう手を出したダリにメルは
手を出して嬉しそうに笑って見せる。
触れた瞬間強く感じる。
ほんの少しの…小さな芽生え。
あの記憶を、私はそっと閉じたのだ。
ダリ先生、貴方に出会えて
本当に楽しかった。
嬉しかった…ありがとう。
ありがとう。
「あともうお別れを言う子いない?」
『後は…そうですね
帰り際に会えたら良いな
って悪魔は居ますが。』
「じゃあゆっくり回って帰りな?
どうせ出るのは明日なんでしょ?」
『あっいや今日の夜には出る予定ですよ。』
「えっ!?そうなの!?」
『鬼遠い所なのは間違ってないんで。
多分体調込みでゆっくりしながら行くと
今日の夜出て明後日の朝につく程度なんですよ。』
まぁ浮遊で全力疾走しないといけないからな。
割ときついんだよ。
それでその時間かかるって
本当に馬鹿遠い所に家出したんだ。
そりゃあ何年経っても探しきれないわな。
にしても良く五年も持ったもんだ。
「へぇ…そっか、なら尚更ゆっくりしな。」
『ええ!…それではお元気で。』
そう胸の痛みを抑えつつ
メルは職員室を後にした。
「ダリ先生、よろしいんですか?」
「うん…建前は、ね?」
そうにやりと笑うダリに
ツムル達は不思議そうに首を傾げた。
「実はね…?」
そう言った彼の言葉に職員室中が
大騒ぎになるとは
メルは思いもよらなかった。
++++++++++++++++++
風が巻き起こる。
まだ夏も過ごせてない。
理事長の特待生入間君にも
会えてないと言うのに。
そう風を感じつつ
メルは校舎を歩いていた。
流石に素手で触った彼らを
こんな場所で使いたくない。
嗚呼でも…でも願うなら。
そう気づけばイフリート先生と
炎を見せ合いっこした場所に来た。
草木は生い茂り、綺麗な草原を見せてくれる。
手を叩いて綺麗なヒガンバナを作り出す。
嗚呼…そう言えば、
机の引き出しに残っていた
タリスマン用の宝石を取り出した。
いつでも作れる様に
と一回だけの材料は残していたのだ。
…今なら、今なら作れる。
とてつもなく綺麗な物が。
『…最初はとても、ズルい人だって思って』
でもその綺麗な紫色の炎が
今まで見て来た中で
一番綺麗で輝いていて。
『貴方と話せば話す程、世界がキラキラして』
そのキラキラは炎の煌めきで、
赤い私の炎を褒めてくれて。
嫌な思い出を全て
貴方が楽しい綺麗な想い出に
上書きしてくれた。
『その度に私は嬉しくて楽しくて…
嗚呼どうか、ずっと続けばいいって』
…思ってた
どうか、ずっと時が止まってしまえば良いと思った。
でも…それはこの宝石の中だけに仕舞うの。
だからこれは、私の全て。私の心そのもの。
そう、私は此処に置いていくの。
全てを置いていけば
誰にも奪われる事だって
壊されることだって、できないから。
『食べ物を見た時
この人も私を見捨てると思った。』
なのに貴方は私を見捨てずに
なんなら食わせようと
ニヤニヤした顔で腕を掴んだ。
本当はね?
あの時、とてもとても嬉しかった。
食べた瞬間
世界が広がる感じがした。
『嬉しくて笑った、あの時
笑い返してくれた。』
その笑顔が何よりも
キラキラしていて眩しくて。
私はその笑顔が、ずっと見たいと思った。
『だからもっと違う顔が見たくて
思わず貴方の手の取った物を
食べてしまったんだ。』
そしたら貴方は案の定
驚いた顔をして固まった。
食べて美味しいと言ったけど
本当はとっても怖くて
味はほぼしなかったんだけど…
それでも貴方は嬉しそうに
ただ「良かったね」と凄く、褒めてくれた。
何よりもそれが嬉しくて
…嗚呼この人とまた食べてみたいと思った。
食べ物を食べたら、きっときっと楽しいと。
『不審者が現れた時、私言われたの。』
“早く帰って下さい。お母さまがお待ちしております。”
『その言葉が何よりも怖くて、私逃げたの。
早く貴方に会いたい会って逃げきりたい。』
そしたら身体も倒れて
もう駄目だと思ってたら
貴方が守って来てくれた時
とても嬉しかった。
心配でただ守ってくれた。
『本当はミサンガを贈りたかったの。
フルーツ食べれて嬉しかったから、そのお礼に。』
でもつい魔術から逃れるために使ってしまった。
おかげ様でこれ以外のタリスマンは
作れなくなってしまったのよ。
…だって在庫になる洞窟は
今から帰る場所の近くにあるのだから。
宝石は年に一度ありったけの
透明化を使って取りに行く。
勿論夏休み一週間かけた超
後を追われない様に練りになった作戦だ。
毎年違うし
勿論収穫が良い時悪い時もある。
少なくとも一昨年は危なかったから
去年は行ってないおかげで
もう在庫はこれだけなのだ。
『貴方と初めてお出かけ出来て、嬉しかった』
本当は言われてテンション上がったの。
ワクワクして、私はとても嬉しくて。
だからそれを気付かれない様にしたのよ。
『魔林檎と魔苺のジュース
凄く美味しかった。』
ゴロゴロで実が見えても
少しも怖くなくてすぐに飲めた。
まぁほんの少し怖い時は合ったが、
貴方が見てくれたおかげで
そんな小さな怖さは吹き飛んでしまったのだ。
ただ楽しい時間だった。
…ただ、楽しかった。
『…煙草が似合って、
炎が綺麗で、抱きしめられた時
温かくてずっと居たいって思った。』
だから
これは、願い。
これは、いのり。
『でも私は貴方の傍になんていられないから…だから!
どうか貴方が危険な時、何度でも守れますように。』
これは一度ではない。
完成形の物だ。
自分の気持ちが凝縮されるため
本来は禁止されているものだ。
…だが、これでいい。
寧ろこうしないといけない。
これが割れた瞬間
一瞬だけ私の心に走馬灯として記憶が戻る。
でもきっと、その一瞬は気付けない。
私はそれほど深い闇の中に沈み込んで溶けるから。
黒が好きだと言った貴方の
その闇に溶け込めるならどれ程良いか。
『どうか救って守って。
例え貴方が誰かを守りたくても
守れますように。』
この気持ちが貴方に伝わりませんように。
きっと気付いたら
…貴方は困ってしまうから。
ほら、悪役が言っていたの。
ー恋をしては戦いの邪魔になる。
『…嗚呼願うなら、もし
一つだけ願いが叶うなら』
私は、貴方とずっとずっと居たい。
言葉になんてしてやらない。
ああそうか、私は
…私は貴方のことが
エイト
『(貴方が誰よりも好き
そう手の中に強い光が広がる。
目を開け手を開くと
其処には深い紫色を光らせた
タリスマンが出来上がっていた。
あの見た紫色の光にそっくりだった。
今回時間が無い為
ミサンガが作れないかもしれないが
嗚呼予備の紐があったな。
そう思いバックから紐を取り出しなぞるように
石を紐をこすり合わせ粉を散りばめさせる
すると本当にタリスマンは溶けていき
全体に入れる時には小さな石になっていた。
それを三つ編みにして石を固定する。
『…できた』
これを…さぁどうしよう。
『…“幻想の箱庭”』
あの人に、会ってしまえば
きっと帰りたくなくなる。
決意が揺らいでしまうから。
どうか貴方に受け取ってほしい。
『…イフリート・ジン・エイト
………貴方が付けて。』
どうして?
と首を傾げる彼にメルは答える。
『貴方が持てば
たまに私は貴方に会って
触れられて思い出せるし』
それに
『貴方の本人に会ってしまえば
きっと帰りたくなくなってしまうから!』
そう言っても、此処には誰も来ない。
…嗚呼、これで、良いのだ。
目の色が徐々に色を落としていってしまう。
嗚呼、表情もどうしていたか
分からなくなってきた。
バックの中に入れていた
小瓶を割り衣服が飛び出る。
黒のローブを反転すると
白のローブに代わり
短いローブに姿を包み込んだ後
バックを小さくし
ローブのポケットに仕舞う
色が褪せていく。
嗚呼、これで良いのだ。
これで…
『…エイト、好き。』
そう言ってメルは指を鳴らし
イフリートを消し去る。
実はこの幻想の箱庭、もう一つの姿がある。
それは出ている状態だと
何処にいるのか位置が分かる情報だ。
所謂GPSというものだ。
先程から出しているとかなり遠い方に居た。
ちょっと速度が速かったが
ひょっとしたら気付いて
此方に来ているかもしれない。
嗚呼、会えば間違いなく助けを求めてしまう。
間違いなく貴方に、好きだと伝えてしまう。
それは貴方達の邪魔をしてしまうから。
だめなのだ。
『…さよなら、私の大好きな世界。』
さよなら、私の恋した悪魔よ。
願わくば、夢の中で会いましょう。
嗚呼それすら覚えているのかな。
そう完全に色を見せなくなった目を見せつつ
メルは歩き出した。
嗚呼、色はどんな姿をしていたっけ。