温かい温もりに声が聞こえる気がする。
嗚呼、夢なのかな
グルグルと唸った声に
少し違う、温もりが伝わる。
『だい、じょう、ぶだ、よ』
そう目を閉じて伝える。
すると何かが頬に触る。
一体何かが分からないけど
間違いなく、これは無害だと思う。
なんなら守ってくれている。
何かから、あれ私
どうして横になってるんだっけ。
そう思っていると
炎が消えて声が聞こえる。
「メルちゃん!!
イフリート!
お前もう下がれ!!」
あれ、エイト先生の声かな。
でもイフリートって言ってた、誰だろう。
そう思っているとふわりと
身体が浮遊する感じがした
「っかっっっる!!!」
そう大きな声を一瞬上げる声。
え?何?食べてる??
と心配する声が聞こえる。
煩いな
一応これでも食べてるわ。
「ああ保健室いや遠い。
まず止血と水が先だな。」
そう言った声に
ふわりと風が巻き上がる。
++++++++++++++++++
『うっ、んん…』
「あっ!メルちゃん!!
気が付いた!?」
うん。気付きました。
此処は?そう目を開けた時、
イフリートの手には黒のハンカチが
ぐっしょり濡れた状態で此方に近づいてくる
ペトリと額に触れるのに
大丈夫?痛くない?と
優しく不安そうな声が聞こえる。
『いっっ!!!』
「っあ!ごめん!!!痛かった!?」
『いえ、ああまぁ痛かったですけど…』
「ああ触れないで!血出てるから!!!」
え?なんて?
そう言ったイフリートに
嘘だと思い
触ろうとすると腕を掴まれた
ここ痛いって言ったからこうかな
そう言ってイフリートが
丁寧にふき取ったのか
良しと言って声を上げる。
「具合どう?気分は?」
『えっと、特に…』
「ほんとに?吐き気ない?」
『えっ?はい…大丈夫』
そう言ったメルに
はぁーーーと大きなため息を吐いて
良かったと肩の荷を降ろした
イフリートにメルは首を傾げる。
「もうほっっっとに肝冷えた!!
メルちゃんさっきの覚えてる!?」
『えっ!?いや、侵入者とばったり遭遇して
とりあえず巻いてエイト先生の所にぶち当てようと
思って移動してたんですが、魔術当たっちゃって』
「え!?当たったの!?」
『でも作っていた
護符のおかげで
身体に当たることは無かった筈です。』
え、でも血と言った
イフリートに『ああ』
とメルが答える
『恐らく浮遊で低空飛行で逃げてたので
護符が守ってくれた反動に身体が耐え切れず
そのまま地面に身体ぶち当てた時に切れたんでしょう。』
「え!?じゃあ二回音が鳴ったのって」
『えっ!?二回!?待って待って待って』
そうメルは身体の周りを
触るが『ないない』と声を上げる
それに気づいたのかイフリートが
「もしかしてこれ?」と手を出す
そこには血に塗れたミサンガと
千切れたゴム紐があった
『あああああソレですそれ…
嗚呼、こんなことになってしまって…』
「え、これ大事なものだったの!?」
『ああいやまぁ確かに大事っちゃ大事ですが…』
いや本当は渡して
お守りにしてもらうつもりが
まさか守ってもらう事になるとは思わなかった。
「ごめん、弁償するよ幾ら?」
『え゛っ!そそそそんなの良いですって!!』
それに貴方に上げるために作ってたものだ。
なんて口が裂けても言えなくなってきた。
おいおいどうするよ、これじゃあ告白みた…
『(え?何、この胸の痛み)』
チリっとじゃなくてボッと胸に痛みが入る。
胸を掴みだしたメルに
イフリートが心配そうに見てくる。
嗚呼、ダメだ
不安そうにさせてしまえば。
胸がどんどんと痛みを増していく。
…これは、気付いてはいけない。
何処か気付いてはいけない気がした。
何かの警告音が鳴り響く。
駄目だ、これは駄目。
許されない。
砂嵐が何かを告げているのに
全く何を言っているのかが分からない。
『いえ、大丈夫です。
ちょっとギシってなった感じがして。』
「いやギシって機械じゃないんだから…」
『あとこれ弁償とか良いんで
寧ろ助けてくれて
ありがとうございました。』
おかげ様で命があるものだ。
一度だけでなく二度までも
防衛に成功したとは言えど
一瞬意識が遠のいて気絶していたものだから
あの時助けに来てくれなかったら
きっと生きていないだろう。
ペコリとおじぎするメルに
いやいやとイフリートは首を横に振った
「此方こそごめん。
嫁入り前の身体に傷付けちゃって…」
『イフリート先生…』
「立てる?僕送るよ。」
『でも…いっっ!!』
「ほら頭痛いでしょ?」
無理しないでと背中をさするイフリートに
でもとメルは声を上げた
『これ以上ご迷惑をおかけするには。』
「全然迷惑じゃない
寧ろそのまま帰らせる方が迷惑だ。」
『…っ』
「ほら、僕のことは良いから。
女子寮まで抱えていくよ。」
失礼そう言ってメルの背中と膝を抱えて
所謂姫抱きの状態で歩き出したイフリートに
メルは待って待ってと声を上げるも
切れた痛みがまだ残り
痛みに歯をぐっと食いしばった
「こら声上げないの…全く」
『すいません…』
「いやあの時そのまま
送って行けばよかった。」
そう反省するイフリートの顔が近い。
それもそうだ。
抱き上げてくれているんだから
近いも同然だ。
コツコツと音を立てて歩く
イフリートにメルは
重くないですかと声を上げたが
うん?と低い声が上がる。
え?
嘘怒らした?
「君さ、その軽さで言うもんじゃないよ?」
『え?』
「ったく羽根以上に軽くてこっちは
気が気じゃなかったんだからね?」
ぐったりして身体を床に寝そべる姿に
血が付着した瞬間
もう肝が冷えた。
『すいません…』
「はぁ…何で反撃しなかったの。
君くらいの技術があれば攻撃出来たでしょ。」
『あの、二つ理由があって…』
「言ってみ?」
『一つは頭がぼーっとしていて
多分脳震盪を起こしてたんだと思います。』
「ああ、浮遊から身体を擦りつけた
衝撃で、か。…もう一つは?」
『えっと…傷つけたくなくてその』
そう言ったメルに嘘でしょ?
とイフリートがメルの顔を見る
ひくひくと眉が動いている。
『え、えへへ?』
「えへへじゃないよ!…ったく!!」
『でもこうやって生きてますし』
「あのねぇ〜!…
はぁ、良いや確かに生きてるし。」
でも次ないと思ってね。
そう言ったイフリートに
メルはこくこくと頷いた。
保健室に入り
イフリートから処置を受ける。
夜の保健室は何処か不気味だ。
悪魔の世界にも幽霊ってあるのだろうか?
と何でもないことを考えていると
こっちみてと言われて
イフリートの方向を向いた。
どうやら止血した後
綺麗に消毒をして包帯を巻くらしい。
痛いよと言われて覚悟を決めるが
頭の痛さに衝動で後ろに身体が下がる。
「ほら痛かったでしょ」
『うんいたかっいだだだだだだだだ』
「はいはい痛いねーよしよし」
『ちょ私子供じゃないんですよ!?』
「煩い」
あっはいごめんなさい。
そうすんと落ち着くメルに
イフリートはこれで良いかなと
カタリ音を立てた
止血を終らせガーゼを額に当て
そのまま包帯を巻きあげる。
「ごめんね、回復魔術使えなくて。
痕にならない様にしてるけど
痕になったらごめん。」
『え?いやいや助けてもらってる上に
此処までしてもらってるんです…
痕になっても全然かまいませんよ。』
ほら勲章みたいな?そう言ったメルに
「いやそれ頑張った証拠の方でしょ。
君頑張ってないじゃん」
とイフリートから痛い指摘をされた。
「よし、これで良いかな。
どう?痛くない?」
『…はい。全く』
今までドクドクしていた痛みが
ぴたりと止まった気がする。
どうやら余程切っていたのか知らないが
手で包帯が巻かれているのを触って
包帯のおかげで痛みが止まったのを知る。
ではこのふわふわした気持ちも
包帯のおかげなのだろうか?
「はぁーーーほんっっと
生きてて良かった。
これからは気を付けてね?」
『はい!』
「ったく、返事だけは良いんだから
…ほら送っていくよ。」
『えっ抱えなくて良いですからね!?』
「それなら手繋ぐだけでも、ね?」
そう言ったイフリートに
メルはううんと唸った後
ではそれでと手を取った。
正直
夜じゃなくても、何処にいても
こうやって悪魔と手を長く繋いで歩くのは初めてだ。
よく一人の時は作り出して
手を繋いでたりするが
最近は家系魔術の存在を
忘れる位、忙しかった。
それに咄嗟の判断とは言えど
浮遊して逃げたのは正解だ。
おかげ様でエイト先生に
助けて貰える時間稼ぎが出来たものだ。
…まぁもう少し逆方向だったり
何かしらやることは
あったのだろうが
まぁ良い。
…にしても、手大きいな。
ぎゅっと握り返したメルに気付いたのか
何?とイフリートが此方を見た
『えっ?あっその…手、大きいなって』
「君は小さいって言うか細いね。」
『むっ!気にしてることを〜!』
「もっと食べたら?」
『あ!そうやってやな事いうー!』
「くくっ、また食べさせてあげようか?」
『うっ…あの、エイ、ト先生』
「うん?」
そう言ってイフリートが首を傾げる
鼻をポリポリとかいたあとそのと言って
メルはその節を謝る。
『その節は大変ご迷惑をおかけしました』
「え?ああいやいや、僕もごめんね。
無理に食べさせちゃったよね。」
『いえ!そのおかげでその
…食べれる物増えたので。』
「じゃあまた挑戦する?」
『その…イフリート先生が
嫌じゃなければ。』
「ちょ何でそっちで呼ぶの。」
『何となく?』
そう首を傾げるメルに
なんだそりゃと笑って見せる。
その姿に嗚呼と
胸がチリチリ焦げていく。
私はこのときめきを知っている。
何時か漫画で見た痛みだ
嗚呼あの子達の結末はどうなったんだっけ。
駄目だ、ときめいちゃ…
きっと、後悔する時が来る。
でも…もし
時間が止まるなら
…このまま。
手を繋いだこの時間のまま、止まってしまえばいいのに
なんて思う時ほど、時間が溶けるのが早い。
もうこれでおしまいだなんて、少し寂しい。
「明日は無理して学校行かなくていいからね?」
僕からも帰ったらダリ先生に報告するから。
そう言ったイフリートに
いえいえと首を横に振る。
何だかんだ今日は仕事を無理やり切って帰ったのだ
明日しないと終末日きっと泣いてしまう。
『お気遣いありがとうございます。
でも仕事もありますし
どうしても無理なら様子見しますけど』
「そうだね、それじゃ」
そう言って消えたイフリートに
伸ばそうとした手を
ぶらりと力を入れずにそのままにした。
『…連絡先、また聞きそびれちゃった。』
でもきっと会えるし、
この頭の傷が残ってしまえばと思ってしまう。
勿論部屋に帰ったら風呂に入る為にも
回復魔法を使ってみるが。
++++++++++++++++++
「メルちゃん!?
大丈夫なの学校に来て…」
『いえいえ!
傷も回復魔法で治しましたから。』
「えぇ…其処まで出来たの君。」
益々教員として欲しくなるじゃん。
そう口に手を覆い隠し震えるダリに
メルは苦笑いした。
「っ!メルちゃん!!」
『あ!イフリート先生』
「大丈夫なの、ってか包帯は!?」
『へへ、回復魔法使って
綺麗に消しましたよ。』
本当は傷をつけて
貴方を困らせてみたかったが
そんなことしたら
貴方がきっとずっと困ってしまうから。
だから、綺麗に綺麗に戻してみた。
そう、この感情と一緒に
…そっと綺麗に蓋をして。
彼の邪魔にならないように。
この燃えた感情を
そっと閉じて見せないようにした。
「そ、そう…なら良かったけど
無理しないでね?」
『はい!それでは私はこれで』
そうぺこりとおじぎをして
メルは席を外した
それにダリとイフリートは目を合わした
++++++++++++++++++
「メルちゃんもう今日は良いから」
『えっでも』
「ほら傷のこと聞いてるし、今週は良いから」
そう言われて流石に仕方が無く退社する。
今日は終末日で一応
昨日とは言えども回復魔法で
ぶっちゃけグラウンド100週しても
まだ元気な位にピッタリ止めている。
でもそんなことをすると
色んな方面から色々言われそうなので
割とそっと安静にすることにした。
それに…
『エイト先生に渡そうと思ってた
ミサンガも壊れちゃったし…』
そう持ってきた昨日
無事血濡れ&防衛用の護符効果が消えた
ミサンガを取り出した。
結構な自信作で
綺麗な形になって
お気に入りだったのだ。
仕方がないので帰ってから
また作ってしまおうかと思ったが
なんだかそんな気分になれない。
それに…これは
渡そうと思って気持ちを込めていたのだ。
…まだ気付かない時の、大事な気持ちを。
だからそれが綺麗に砕けたのを見て
自分のこの気持ちも砕けてしまう気がして
急に怖くなってしまった。
『…帰ろ』
今日は早く帰らせてくれたし、
昨日の今日で不運は立て続けに
起こらないだろう。
靴をとんとんと音を立てて身体を動かした。
そう言えばこの時間…
そっと前に放課後寄った場所に向かった。
ふらりと来た場所は誰も居なくて
ただ記憶だけが残っていた。
…嗚呼、今なら誰も居ない。
きょろきょろ辺りを見渡し
誰も居ないことを見計らって
声に出す。
『“幻想の箱庭”』
そう言って目の前に出て来たのは
昨日助けてくれた
そうだ、きっと
吊り橋効果みたいなものだ。
危険なことが起きたから落ちただけで
いや、気付いてない
気付かないから。
嗚呼でも…寂しいから。
『…炎を出して』
そう言ったメルに
イフリートの姿をした者が
コクリと頷き手から炎を出す。
綺麗な紫色で、記憶にあった通りだ。
嗚呼、記憶にあるから
…こうやって綺麗なままなのかもしれない。
このまま…この炎が
綺麗なまま閉じてしまえばいい。
きっと彼には邪魔にしかならない。
何時しか戦う漫画を見た時に悪役が言っていた。
ー恋をしてしまえば戦いの邪魔になる。
そう言っていたから
このまま気付かれないように
そっと塞いだ方が良い。
…きっと。
目を開いて彼の名前を呼ぼうとして、止めた。
でも彼の家系魔術は一体なんだろう。
炎かなそれともあの呻き声かな。
ずっと触れていたから
こんなにも本物に近い。
声…出たりするのかな…
嗚呼でも駄目だ。
こんな幻想で満足が出来なくなってしまう。
メルは首を横に振り
帰ろうと言って指を鳴らした。
消した彼のモヤを
逃げるように見ないで走った。
その姿を見ている者に気付かずに。