もしもし、神様?いるんでしょう?13
最後の日は穏やかだった。絵を描いてしまう。綺麗に想いが籠っていたからか、今迄一番きれいな大神官様が描けた。ねぇ好きなキャラは?なんて言うから嗚呼と声を掛けた。スマホを使って私が作ったキャラを見せてくれたのだ。
『それはあの世界に居ない子だからね。私が作ったの。』
「貴方が?凄い上手。」
『ありがと、こんな子になってみたいけど、私はこの身体が良いな。』
「今が?可愛い物ね。」
『私が?いやまぁブスじゃないとは思うけど、其処迄じゃなくていい。』
普通の可愛らしい子が良いな。ありふれた人が良い。そうしたら紛れ込めるでしょう?貴方に見つからないまま。息をするの。
「…次また会おう。来年でも、何なら職無くなったら何時でも言って。力になる。」
『ありがとう。覚えておくね。割と本気で。』
「っふふふ、うん。」
そう穏やかに過ごす。三日目。荷物は綺麗にして、明日の朝から出ていく。寂しくなる。あっという間だった。
『”恋しさに ぬるる袖さへ かへす波 よるべもなくて ただぞ浮かべる”』
「それは?」
『私の好きな和歌』
本当は他にもあるが、彼女に今を伝えるならぴったりだろう。これは大神官も知らない言語だ。日本語として古い言語は教科書やらしっかり調べないと本質に辿り着けない。
「袖振り合うも他生の縁」
『それは?』
「私の好きな日本語。じゃ、またね。」
そう握手をして、抱きしめる。嗚呼今度こそお別れだ。次は夏にでも来てやろうか。来れるならば、ではあるが。またねと言って手を振った後、アメリは検索を掛けた。言ってしまったわねと言って振り返った母親が眼を止めた。パタパタと音を立てて、空が泣いてると子供がぼやいて、崩れ落ちる。
「(だめなのにそんなの、だめ)」
この歌は、とある人が出家後に詠んだとされる和歌の一つで「恋の想いを断ち切りたいのに、どうしても波のように心が揺れてしまう」という抑えきれない恋心が描かれている。「何処にも行けず、ただ涙の波に漂うだけ」という情景が、脳裏に浮かび上がった顔と一致しない。一致しては、いけない。尚、その気持ちが強まる。今行って抱きしめてそんなことないと言いたいのに、彼女はもう、会えない。言葉にしようとスマホを持っても、画面を落とす。
言えない。言ったら彼に伝わる可能性が高いから。会って直接言う日は、恐らくきっと
「(どうして)」
栞を持った後、ありがとうと言って交換をしていた。大事そうにオオイヌノフグリが入った栞を眺めて居た。その眼が、物語っていた。貴方はそんな小さな紙切れにその願いを託してしまうというの?ねぇ、お願い、置いて行かないで。彼の位置は確かに大事だ、でも彼は貴方が望めばどんなことだって叶えさせると誓える程の目をしていたし、事実そうだろう。でも、貴方は、決めたというのか。
どうしてあの日雨が降ったのだろうか。神が居たら怒鳴り込みに行くところだった。
寂しそうにぼろりとぼやいた大神官の言葉を思い出す。
ー約束、破っちゃいましたからね。
折らないで欲しい。頼むから。その願いを、どうか、続けて欲しい。そしたらきっと、きっと…嗚呼、叶わないと分かっても、それでも、辛くて堪らないから。だから、その栞に挟んだというのだろうか?どうか、飛ぶなら彼の居る場所に飛ばして欲しい。もしも消えたとしても、この世界に居なくてもいい。貴方が望んだ彼の場所に、連れてって欲しい。あんな心優しい目をする子は居ないし、うちの犬が出迎えるなんて本来無い。
だって初対面で好きだと飛びつくのだ。それも一匹は捨て犬を保護したものなのに。
それは、彼女自身が心の底から犬が好きで、尚且つ人として良い子であること、何よりの証拠だ。子供は嘘をつかないというが、本当で、子供達も泣いて行かないでと抱き着いていた。その時、そうだねと言ってごめんなんて言わなかった。嗚呼貴方はそう言われたから、嫌だから、言わなかったの?ねぇ、教えて。
何処にも生き場がない感情に、打ちひしがれるしかない。
「雨、止みませんね」
『そうだね。でもきっと帰ったら晴れるよ。』
その時には私の心もない。
メッセージが先程から打ち込みのアイコンになったり止まったりを繰り返している。何かを伝えたいのか、それとも伝えたいのに伝えきれずに開いたり閉じたりを繰り返しているかは分からないが、きちんと伝わって良かった。
「そんなことより先程何をぼやいたのですか?袖がなんちゃらと言っていましたが。」
『嗚呼ちょっとした和歌ですよ。』
「和歌?」
『日本古来の歌です。私の好きな言葉でというか、彼女にぴったりの言葉をかけたんです。』
「ほぉ?なんて言葉ですか?」
『それがですね〜忘れちゃったんですよね〜』
こう話していると忘れる。じゃあ見たら良いと言って見せてくれるが、何時の間にスマホを其処迄使えるようになったのかを私は先に知りたいものだ。こういうのって聞いても教えてくれないからね。検索するんだよ。馬鹿だよね、検索しても教えてくれやしないのにね。ほんと私って馬鹿だよ。大馬鹿野郎。
『(袖と波、私は好きだよその言葉)』
気付いて良い、でも、言葉になんてそれくらいで。本当の言葉になんてさせない。それがいい。今は、そう、今は。神が言っていた。イナイ神が、どこにも見させてくれない神が言った。釣り合わないと、雨が降った。私は嬉しかった。嗚呼正解だったと。ほら、私はいい子だろう?賢い子だ。とってもとっても、賢い子なのだ。
誰かが泣いている。袖を掴んで、茶色い服が視界を埋めた。
ー受け入れて良いのです、貴方は彼に相応しい。
嘘を言う。その言葉に涙があふれて来た。寂しいと言えば、大神官がそうですねと答えてくれる。ごめんね、彼女らのことなんて考えていないのに、私は大ウソつきだ。茶色い服が恋しい。貴方に恋をしていた時に戻りたい。貴方が振り返って抱きしめてくれる夢をみていたのに。私は見れなくなってしまった。なのに、ちょっと意識が飛びかけた時に出て来てくれる。酷い。
ー酷い夢ではない、優しい夢ですよ。
そうだといい。夢を観たい。あの昼下がりに、出会いたかった。一度だけでなく二度だ。誰が偶然というだろうか?必然に決まっているだろう。私は出てはいけないのだ。世界が言っている。私は、出てはいけない。口に出ては姿を出してはいけない。まだ仮面が生きて居る。これに紛れられる。だから生きれる。
少し寝ましょうと言った彼に、うんと頷いた。スンスンと泣いていたのも落ち着き、疲れていたのか眠り込めてしまう。昼下がりの温かな場所に、高い声が響き渡る。
「こら!騒がない女子がそんな下品なリキール様!なんで胡坐をかくんですかこの子が覚えるでしょうがって言っている傍から覚える!!!!!」
「いやこれくらいいいだろ。」
「だろ!」
「よかないですよ!教育いや彼女の人生に悪い悪影響です!!!男ならまだしも女子ですよ!!!!」
「別にいいよなぁ?」
「なぁ!」
「わかってない!!!!ん〜なにひとつ!!!!!」
そう頭を抱えて怒る子に、狐が尻尾を振って笑う。白い髪の毛の子が笑って尻尾を追いかけ、狐の胡坐の中に入り込めば、彼女のことを見ずに背中の服を軽く一つまみして動きを防いだ。
「どうせこれくらいだったら大人に成るまでに忘れ去るさ。気にしない気にしない。」
「いやそれもそうかもしれませんが…」
「それにこれ程質の良い気ならそれこそお前の知り合いになったりしてな。それこそ大神官様の妻なんて。」
「恐ろしいことを仰らないで下さい。」
あり得そうで怖いと頭を抱える。此処は何処だろうか。そう思って見ているとちらりと目が合った。彼等と、だ。
「…ま、別にいいだろう?」
「というか仮にそうなるならば猶のことでしょうが。大神官様の奥方、それも正妻とあれば話が別です。猶のことマナーはしっかりと教育せねばなりません。」
「だってさ?やるか?」
「うあう?」
「意味わからんとさ。まぁこれくらいで厳しくしてたら石頭になるぞ?育てさせたいのに何してくれてんだって言われても知らんが。」
「うぐっ」
そう言えば距離を取る彼に、ま、いいだろうと彼が言う。
「コルン、お前の好きな様にしろ。アイティは少なくともお前の事も好きだぞ。」
「私の?いやいや、嫌がりますよ?」
「嫌がるのは分からないからだ。分かる様になったらお前の後ろを引っ付いて嫌になる程までくっつくぞ。」
「そういうものなのですか?」
「そういうもんだ。」
「ところでよだれ垂れてますが、如何なさいます?」
「っげ!!!おいなんでよだれたらすんだああああ!!!!!」
どばあと出せば、狐の尻尾もびびっと上に伸びる。それが見たかったのだろうか、ケタケタと子供が笑う。温かなひだまりに、ごきげんようと声が掛かる。大神官が来たのだ。
「おや、随分と嬉しそうですね?何かありましたか?」
「嗚呼、リキール様によだれを垂らしましてね」
「おやおや」
「今紅茶を淹れて来ます。」
「ええ」
そう言って捌けるコルンに、大神官が少ししゃがみ子供に手を持っていく。手を掴み口の中に入れたらば、今度はリキールが顔を青ざめるし、大神官は目を少し開いて驚いた。おやと言った後、ちゅぱちゅぱ吸っては離してを繰り返す。
「これは…どういうことですかね?」
「…多分、様子を伺っているのかと。」
「ほぉ?何故そうお思いで?」
「兄弟の面倒を見ていたのですが、行動を見て動くこともあるのです。つまらなくなったり嫌ならやめたりします。こういう子は決まって優しい子が多い。」
服で拭い、頬に手を当て笑う彼女の頭をそっと撫でたリキールに、また子供も笑う。手を伸ばし、大神官の方にと伸びる。
「貴方様がお優しいと申されているのですよ、大神官様。」
「私がですか?」
「ええ、子供は正直ですから。」
貴方なら大丈夫。
「子供は安心感が無いと懐きませんからね。」
そう言って立ち上がったリキールに子供は笑っている。大神官の顔に頬を当てれば嬉しそうに笑う。今行くと言ってから、失礼と声を掛けたリキール。コルンが声を掛けたのだ。
「そう言えば私の名前を教えてませんでしたね。」
「うう?」
「私の名前はーーーーー」
っていうんです。覚えて居たら、教えて下さい。
「貴方をお迎えに参りましょう。貴方がその場所で生きれたとしても。」
この陽だまりで私は貴方を待ち続けます。そう言ってふわりと香りが伝わる。穏やかで、まろやかな香りが。
「あいてぃ」
「都結さん」
『(ゆめだったか?それとも)』
「都結さん?起きてます?叩きますよ?」
『何故叩く以外選択肢がないのかな。』
飛行場から降りる為に、客席でさらりと交わす罵倒。ある意味ではである。日本に戻って来たのだ。まだ夜中、午前一時だ。荷物を受取って行けば、彼に会った。数日ぶりなのに、数年も会っていない感覚になる。きっとこのまま会わないこともあるだろう。
「よ、おかえりさん。旅は良かったか?」
「ええ、充実した日々でした。此方はお土産です。」
「嗚呼そんないいのに」
「いえいえ、世話になってばかりですしーーー」
「ーーーーじゃあーーーー、ーーーー」
『うん』
声もしない。でも、うんと答えてやる。それが良い。そう思った。心此処にあらず。だって私は置いて来た。あの陽だまりに、全てを置いて来た。記憶の中のコルンが言っている。置かないでと。でも、何故か分からない。きっと私が作った彼だろう。そう信じたいのに、違うと分かる。本物が言っている気がするのだ。言っていた、気がするのだ。
振り返ってみる。其処には誰もいない。戻ってみる。其処には居た。今は居る、人達が。
「どうしました?何か忘れ物でも?」
『…うん、帰ったら連絡しないと。』
「あちゃ〜やったかお前。もー必ず一つは忘れ物するよな。」
「おや以前からでしたか。私も見ていたのですが、次からはーーー」
『うん。ごめんて、頑張るよ。』
笑ってしまう。そうして、分からないことを知らないままでいい。陽だまりの時間が恋しい。
そんな一日何処にも存在していなかったのに。
「何した」
「何もしていませんよ。」
「明らか顔がおかしかったが?」
帰り道、寝て置けと言われまた寝れた彼女が恐ろしい。このまま起きないのではと心配するが、どうやらそう言う事でもないらしい。単に疲れがたまっているのだろうという。こっちは晴れて星も綺麗に見えた。
「向こうで従妹にあいました。」
「そうか。またとんでもない出会いだったな。」
「ええ、近いうちに私だけでなく彼女も消えることになる。」
「…きちんとした理由を聞かないとどうなるかわかるよな?」
「私はこの子を愛しています。」
カチカチと音を立て、静かになる車内規則正しい寝息が、事実を突きつける。
「人間に諭されるようではまだまだですがね。ですが気付いた。この子はあの子その者でしたし、この子も私のことを好いている様にみえました。」
「それはそいつから聞いたか?」
「いいえですが目は事実を述べました。」
「なら許さねぇな。」
「おやこの私に歯向かうというのですか?」
「嗚呼、そいつはどんな顔をしていた?」
「そうですねぇ、嬉しそうでしたよ?嗚呼でも、夜は決まって」
ないていましたが。
そう言った途端だった、ブレーキをかけ、止めた彼に何をと言った直後、胸ぐらを掴まれ殴られた。
その一瞬が分からなかった。目をぱちくりとして、止まっていたら、声が震えたまま聞こえて来た。
「ないていた?うれしそうにか?それはな、神様。うれしいじゃない。くるしいだ。」
「苦しい?確かに泣いていましたが、痛みは無いと言っていました」
「涙は心の痛みだ。泣くほどに抑える物を、そいつは知ったから泣いた。」
「貴方はご存知なのですか?その物を。」
「お前……」
「ご教授下さい。私はこのようなものを知りません。」
本気で言ってるのか。そう言った彼に、ええと大神官は応える。
「…答えを出してくれるまで、俺は喜べねぇ。くれてもやれねぇ。」
「貴方のものじゃないでしょう?血も繋がっていないのに。」
「血の繋がりじゃねぇんだよ。人の関係はそれ以上だから子を世界はこんなにも人で溢れ切っているんだ。」
嬉しそうに笑って、大丈夫と答える。でも、告げたのは大丈夫じゃないと否定した言葉。それに、肩を降ろし笑って泣いた。無慈悲だな、神はとぼやく。
「無知は罪だ。この世の全てを覆せる程の。」
それから彼の返信は途絶えた。幾ら通知を送っても、お掛けになった電話番号は使われていないという。おかしい。これは使える筈なのに。何故そういうのか、大神官は分からなかった。