ねぇ、ルーシー。私を知っていますか?2



大神官様は消えた。突如となく、だ。大体どれくらいか、ある日突然戻って来た。

「お父様一体何方に!!!…お父様?」
「……嗚呼、すみません、どれ程長い間席を外していましたか?」
「嗚呼いやあの…大丈夫、ですか?何処かお身体でもいやそれは流石にないで」
「ちょっと人間になってきてましたのでその弊害ですね。すぐに戻しますよ。」
「ちょっと人間になってきてましたので?????」


招集し、事の詳細を天使に話す。摩訶不思議なこともあるものだ。まさか天使が人間に、だなんて。

「一つ分かったことがあります。皆さん何方か左手首に星が描かれていませんか?」
「あ、私あるですます。」
「では次がマルカリータさんですね…やはりこのままだと順番ですかね。」
「大神官様もう少し明確にお伝え頂けると助かるのですが。」
「説明は全て向こう側に書いています。今お伝え出来るのは其処で出会った黒髪の女性は此方の味方です。一切危害を加えないで下さいね?」
「もしも危害を加えたら」
「さぁ、どうしましょう?」
「っひ!!!」

ふふっと笑みを浮かべる。その笑みの深さと来たら、あの長女であるクスも背筋を凍らせた。これは何が何でも守らねばならないな。とは言っても名前は教えてくれない。理由は全て向こうに書き記しているのだとか。それに

「私の記憶も消すことになりましょうからね。」
「別に其処迄する必要はないのでは…」
「…いえ、彼女との約束ですから。」

ーもしも向こうに帰ったらですか?
ーうん!どうか私を忘れてよ。
ーまた何故
ーきっと邪魔になる。私はね、大神官様。貴方の責務の邪魔をしたくないの。

「私を救って此方に戻してくれた礼をしなければならないのです。」

例え私が望んでいなくとも。貴方が望んでいるならば、私はその手段を受け入れましょう。嗚呼、帰ってキャラメルシフォンケーキとやらを食べてしまいたかった。眠たかったから寝てしまったのがいけなかった。無理矢理起こして書き殴って来たが、読めたら良いなくらいだろう。此処で話すには勿体なさ過ぎるし、誰が聞いているかも分からない。言葉にも、気にも留めない。それが此処で生きる術だ。

彼女は此処で生きれない。

あれ程質の良い気を持った子は是非ともこっちに組み込みたいものだが…アレはいけない。出来ればあの場所に居て欲しい。あの部屋の中で、温かな買って来た紅茶を嗜み、未来のことを話す時間を奪われてしまった。嗚呼きっと泣いていることだろう。泣かせたくなんてなかったのに、触れたら触れただけ、あの子は泣いた。もう大丈夫だと言いたそうに、笑っていたのだ。

だって嬉しそうに泣くのだ。まるでもう何一つとて要らな


嗚呼そうか。


「貴方も同じ気持ちだったのですね。」
「お父様?」
「なんでもありませんよ。ただの戯言です。」


貴方が居れば何も要らないの。


今度言ってしまえればいい。嗚呼そんな日が来ればいいですね?そんなもの、もう、叶うことはないでしょうが。だって私はこれから全王様にお会いし、事情を全て話してから記憶を消し去るのです。業務もありますし、これはルールです。向こう側の記憶を保持しない。これは鉄則ですからね。

「彼女の手助けをなさい。彼女は貴方方が思う以上にお優しい方。無礼は身の程を弁えるように。分かりましたね?時期がくれば私の様に戻ってくることがこれで証明出来ました。」
「ですが…」
「では持ち場に戻しますよ。」
「あの、まだ」
「…いけませんね、子供達にも伝わる程とは。」

隠そうとしても難しかった。なので無理矢理飛ばして、通信も切ってしまう。全王様との会話が終わってから彼らが到着することだろう。これでいい、これで。かさりと音を立てて違和感にポケットをさぐった。ピンク色の白いリボン付きの栞を持ち帰って来てしまったのだ。嗚呼届けるならこれを届けたい。

嬉しそうに笑う子が私を呼ぶ。私が人だった時の名前を。

「…っふ」

忘れたくなんてない。ソレが本音だ。今すぐにでも会って抱きしめてやりたい。きっと泣いていることだろうから。伝えたいことを伝えて、そして陽だまりに連れて行ってやりたい。あんな小さな部屋の中でなんていい。あの広い陽だまりの下にでも連れて行ってそれでそれからその先は貴方がしたかった

「ふっ…っ」

ー待って!私何もしない!!!

そう両手を広げて止めていた子。自分の危険も見境なく、自分だと知れば目を輝かせた。当たり前のように人を助ける。自分のことを顧みずに。それは破滅を呼ぶというのに言うことを聞かなかった頑固な人間。私のことを隠そうとした人間。ちょっと力を入れたら折れそうな腕で、身体で、包み込んでくれた。人間。

ー律人ってね、律する人って書くの。規律を守る貴方が、人でも生きて居きれますようにって。

何よりも私を思いやり、そして何よりも子供達を好いてくれた人。嬉しかった。子供の話をして共感してくれる人なんていなかったから。だから話過ぎたこともあったが決まり決まって「何も聞いてないよ!」なんて嘘を吐くのだ。大ほら吹きだ。誰が聞いていないだ。顔が言っているじゃないか。貴方は言った。


”貴方の不利益になることは私は覚えないだから安心して今は此処に居てね”


なんて、狡い言葉を言うのだ。だから踏み込んだ。手を触れてしまえば温かくて、もっと知りたいと思った。ドイツ語も学んだついでにその言葉がなんて言うのか調べてみた。だがよく分からない言葉で埋め尽くされて、意味が分からなかった。長く触れて居たかった。その時間がもっと続けばいいと思った。離れなくて良いと思った。

ーっ言えねぇよ。そんなの、お前が考えろ。

そう吐き捨てた冷たい目。嗚呼それでいい。酷いことを聞いてしまった。今更覚えるとは、私もまだまだですが…それもまた、いや、もう、無い。足取りが此処まで重い日はなかった。貴方の好きなスパゲッティとやらは作れませんし、少し季節外れの菜の花の和え物も作れません。貴方の入った後の匂いも思い出せません。花の様なふわりとした匂いでした。

ー一緒に居てよ

その言葉で視界が見えにくくなる。嗚呼、いけませんね、これでは全王様の元に辿り着けません。立ち止まってはいけない。もう少ししたら彼らが急いで界王神を連れてくる頃合いです。急がねばならないのに、前が見えない。

ーあめだね

貴方を傷つけてしまった。いっそのこと消滅したい。でもそうしたら貴方に二度と会えない。それだけは嫌だとはっきりしているのです。狡いですよね?貴方を置いて来てしまったというのに。今から貴方を忘れ生き延びる奴ですよ?天使とは遠い、悪魔と言われてもおかしくないでしょう。ですが、貴方はきっと言い切ってくれる。ルールならば、絶対だと。


笑って、そうだと泣いて言うんです。









わすれないで











「…っふ、私だって、」

忘れたくなんてない。覚えて居たい。嗚呼貴方がしていた魔法を教わるべきでした。貴方は私すらも騙そうとした。どうしたらこの感情は抑えられるでしょうか?留めていたと言っていましたよね。確か額縁に切り取り、嗚呼、そうか。

「力を使えばいい。」

確か首元を触ろうとしていた癖があった筈だ。アレを真似ればいい。何処か背後で声がする。「駄目止めて。それ以上するなら忘れて」なんて酷い声だ。貴方を忘れて生きるくらいならば、私は死んだ方が良い。でも、それだと貴方は泣いてしまうから、出来ない。ならばどうするか。

自分で自分の力を使って留めるのですよ。

嗚呼そうだ、合言葉を用いましょうか貴方に伝えたかった言葉に致しましょう。そう、あの甘そうで美味しそうなしふぉん




「だいしんかん?どしてそこにいるの?」

嗚呼見つかってしまった。泣いてるどうして?と近づいて来てくれた。何でもないのですよ。なんでもない。そう言えば首を横に振る。誰にやられたのだと。やったら怒るのだと。嗚呼それはいけない。彼女を見つけたとは、言えなかった。喉の奥につっかえて、何も言えなくなる。今度こそ本当に心配そうにしてきた。

何処か痛いの?そう言われて首を横に振った。痛かったらよかった。痛覚なんて何処にもありゃしない。人間だったら痛くて痛くて敵わなかったのに、こうして痛みが無いと苦しくて仕方がない。

「何が欲しいのね?なんでもあげれるのね。」

それならばあの家が良い。何時か帰ってくるかもしれないと、待ち望んでいる子がいるのです。目を醒まさずに別れも言わずに出て行ってしまったのです。一度帰って、事情を説明して…嗚呼そうすると傷つけますね。どうしたらいいのでしょうか?私の本が読めたらいいのに、嗚呼それはマルカリータさんがしてくれることでしょう。ですが、あの子は分かってくれるでしょうか?分かった方が辛いのでは?私はこれから消す。もう時間が来るのです。あと数分で、痛みが走る。それが最期です。

もう私は何処にも帰れません。貴方の待ち続けている家になんて、帰る義理がない。貴方を泣かせるなら猶のこと。貴方はいい子で賢い子だ。きっと周りにも恵まれて、新しい想い人にも出会えることでしょう。従妹も見つかりましたし、其方で新しい人生を歩むことだって出来る。

大丈夫、もう何が起きても大丈夫です。貴方程の強い人は何処にもいません。嗚呼荷物を受取り忘れましたね。貴方の着る姿を一目で良いから見て見たかった。文通も始め、私の分も入れて貰う予定だったのに、書き損じてしまった。嗚呼










嗚呼眠たい、これが夢だったら










これが








目を醒ましたら、何時もの部屋だった。髪の毛を少し崩し…いや、おもいっきり引っ掻いて無理矢理崩してしまっただろう痕跡をみつけた。嗚呼あとで編みなおす此方の身にもなって頂きたい。ため息を吐きながら待ってましたと笑って応えてやれば、嬉しそうに笑ってくれる。黒髪の子。三つ編みのおさげにした、可愛らしい子。

床に座ってなんて、子供達が見たら驚き「いけません!」と引き留めるだろう。行儀が悪いから。でもそんな人は何処にもいない。誰も否定しない、誰も何も言わない。この小さな箱の中で、笑い合う。互いに向き合って。紅茶に手を付けた。目の前を見たら白く眼は塗りつぶされていて。

ー****?

声も分からない。紅茶の味はした。甘くて美味しかった。それなのに何処か胸がするするとするのです。冷たくて、まるで穴が空いたかのように。

「大丈夫、何時も此処にいますよ。」

そう言えば嬉しそうに笑って、今度は声が聞こえた。嗚呼と息を吐いて、笑ってくれた。あの陽だまりの下に居た貴方そっくりの顔が、白い糸を風が吹き上げ飛ばしてくれた。





『そっか!じゃあもう大丈夫だね!だって私は貴方が居ればもう何一つとて何も要らな』
















































「大神官、どうしたの?」
「…何がでしょう?おや、何故鼻が詰まってるんでしょう?頬も何か当たりましたかね?」
「泣いてたのね。覚えてないのね?」
「ええ、何一つとて。」

それは何なのね?
さぁ、なんでしょう

「消してしまいましょうか。」
「えー勿体ないのね。」
「…それもそうですね。」

ですが、何処か消してしまわねばならない気がするのです。そう言えばじゃあと手を触れようとしたらなりませんと声が出た。はて、本当にどうしたのだろうか?

「…すみません、無礼をお許しください。やはり此方は処分すべきですね。」
「あ!」

ふわりと消えるその消滅で、ふわりと匂いがする。花の匂いだ。前を向いた。





黒髪の女性が、ずっと嬉しそうに笑って泣いていた。






『よかった、おねがい、かなえてくれた。』




その言葉に、何故かやらかしたと思った。胸が痛くて痛くて堪らなくなって、思わず胸を掴んだ。私は一体何を忘れてしまったんでしょうか?




それから私が気付いたら時には貴方が見えるようになった。何も言わない。ただ貴方が此方を見て微笑んでくれるだけ。ただふとした時に声を掛ければ笑って泣いてくれる。近づいたら消える。幻覚だろうか?この私が?術に?いやいや、冗談も程々に、休み休みにして頂きたい。

貴方は誰なのですか。どうして私を見ているのですか。そう言っても何も言わない。でも、決まりきって言う。


「すみません、私は貴方を知らないのです。」

そう言えば嬉しそうに笑って、うんと頷いて言う。

『そっか!それはよかった!』

そう言って彼女は消える。それからしばらくしたらまた出会う。人が居ない時に限ってそうなるのだ。だから定期的に天使らを呼びつけ業務を任せることにした。それから彼女は会わなくなって、本当に心に留めることは無くなった。何一つとて変わらない業務。時々消える天使らが何かを言おうとして止まるのが気に食わないが。

暫くして、幻を見た。今度は第11宇宙で別世界の人間が発見されたらしい。惑星は東の119。惑星の名前はトゥレイン・ユフタと呼ぶらしい。青い惑星だ。黒髪の女性だった。目は丸くて、眼鏡をかけていたのが印象的だった。コッチをみて、嬉しそうに笑って近づいて来たが、速度を落として俯いてしまう。

「どうかしましたか?」
『”いいえどうもしませんよ”』

コトバが分からない。外の言語だろうか?

『”嗚呼良かった、何一つ分からないソレでいい嗚呼全て期待通りだ”』
「…すみません、言葉が分からなくて、何と仰っているのか解読するのでそのままで居てくれませんかね?」

分析して調べたら終いだ。にしてもこの匂い何処かで嗅いだ覚えがある。いやそんな人の匂いなんて嗅いだ覚えはない、筈いや無いと言いたいのに、何故か止まる。

『”分からなくていいのになだって夏が来ている蝉が鳴いてる私の分まで”』
「漸く理解出来ました。」
『』
「おや、あれ程話をしていたのに何故?」
「お父様、」
「マルカリータさん、この方をご存知なのでしょう?って、」

マルカリータ!?そう叫ぶ破壊神に、どうしてと泣く。言ってしまえばいいという彼女に指を立てた女性。何を知ってるのだろうか。言えば約束だから言えないという。その約束は私がしたのも同然だと。一体何を忘れているのでしょうか。

「すみません私は忘れてしまっていて、何処でお会いした方でしょうか?」
『…いいえ、何処でも会ってなんていませんよ。会ったとしても他人の空似でしょう!』
「そ、うです、か。」
『ええ、きっとそうです!すみません、私も何処か分からなくて。此処は何方でしょうか?』
「此処は第11宇宙です。惑星の名は”トゥレイン・ユフタ”。貴方別世界の人間ですね?気の変動が此方と少々異なります、が。」

おかしいですね?
何がですか?

「嗚呼いえ…通常でしたら変動が変わる筈なんですが…貴方は妙に一定、ひょっとして神々の誰かと長く居ましたか?それもかなり精錬されて」
『ばれちゃいますか。実はある方と一緒に暮らしていたのです。』
「アイティ様っあ…!」
「アイティ…?まさかあの子なのですか?」
『…!…、えぇ、そうです。本当はばれ』

駄目と言って飛びついて来たマルカリータを勢いよく剥がす。一体何をするのだろうか。客人にだ。…ん?客人?何処か乱雑な音が入る。

「消しちゃやですます。私は貴方も大好きなのですます。」
『…大丈夫、少し眠たいだけだから。』
「何の話ですか?」
『アイティは白髪の方の子なのです。私は彼女に代わります。大丈夫大丈夫、すぐに会えるよ。』
「本当ですますか?嘘だったら叩きますですますからね?」
『うん、本当。』

そう言って抱きしめる。目が見えた。遠い処を眺め、涙をぼろりと零し口を動かした。



ー嗚呼これで私は漸く


その先はマルカリータさんが動いたことで分からなかった。続きは一体どういうつもりだったのだろうか?何処か変えてはいけない気がした。待ってと言えば止まる。


「少し疲れたでしょう?でしたら回復してから変わって頂いても構いませんよ。もしくは気が二つありますし、コレでしたらアイティさんとやらと分離出来ます。幸いなことに肉体も分離出来ましょう。」
『本当ですか!?〜った!!やった、ねぇアイティ聞いた!?君出れるって!良かったね!!』
「お父様、私、恨みますですますよ。」
「え?何か言いましたか?マルカリータさん。」
「…いいえ、何も言ってないですますよ?」

今出来ます?そう言って何処にしようかと周りを見て、開いた草原のど真ん中にある木を指差し言うのだ。


『あの場所が良いです!』


何処か歩いている間に嫌になった。やはりやめようかと言えば、私のお願いですというのだ。天使らを世話した褒美と言えば、何も言うまい。この日をずっと待ちわびていたという。夢に見ていたのだろうか?自分が一つになれると。存在がやっと別れると。

向かい合い、風が頬を拭う。ぼろりと泣いた人に、大丈夫かと問えば大丈夫と答える。かみしめるように答えた。


『私は何一つとて辛くなんてないのですから。』
「…そうですか、では」






















「いけません。してはならない。後悔しますよ。」


















「え?」

何処かで声が聞こえた。振り返ったが誰もいない。戻れば二人に別れていた。

白い子と黒い髪の子二人分。

片方は目を開いていたが、黒髪の子は髪の毛を背中にすり合わせ遊んで、暫くして目を閉じ眠ってしまった。




それ以降彼女が目覚めることは無くなった。







泡沫の白昼夢


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