ねぇ、ルーシー。私を知っていますか?5
「その名前誰が教えたんですか。」
「誰も教えてませんよ。」
「あの子が勝手に言いました。」
「もうこれ、どうするんです。」
あの方の名前その者ではないですか。
そう嘆いたのは動画を見終えた後の会議だ。コルンが大きく深いため息を吐き、額に手を置いて横に振ったと同時に皆もため息を吐いて肩を落とした。そう、都結が告げた名前は、大神官の名前その者だったのだ。それ故彼女に恩恵が宿ったも等しい状態になった。
これは一大事だ。というのも、彼女が本心から応え、名前を呼ぶだけで何処に居る者でもその気を使えるということ。借りてその気を使いきるなんてことも可能だということだ。これを知ったら彼女は使用しなくなるだろう。心優しい上に臆病、特に人に対しては気遣いを越えるレベルで気を使う子だ。しなくなったらこっちも困るし、彼女も一番困るだろう。まぁ優先順位的には困りごとの範疇から外されることだろうが。それではいけない。こっちが困るのだ。
スピリタス、それが彼の、この世界で強いて名前を渡す言葉だし、以前アイティに教えた名前は其処から更に偽名としてもじった”スピス”ではあった。だが、都結が作ったのは”律人”の”ひと”から更にもじったもの。まさか都結も分からなかっただろう。大神官に名付けた名前が、本来の名前をもじられていたとは。
”スピリト”
それこそが、大神官の神名であるのだ。
間違いなく彼女に言えるわけもないし、というか言うということはこっちも分かった上のこと。間違いなく大神官からお叱り処の話で済まされないことになる。目を確実に付けられるというもの。それだけは勘弁被りたい話だ。ため息が二重に加わる。もうどうしてくれようこの気持ち。まだ気を扱えるアイティが可愛らしく思えて来た。
「ウイスさん。彼女自身から気を出す様にしてないんですか?」
「それが
「妙、ですか?」
「ええ。会いたいな、とボヤくように「お待ち下さい」どうしました?マルカリータさん。」
「私の日記をお知りの方なら分かると思いますですますが…」
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「精神状態ですますか?」
「嗚呼、君には非常に懐いていると見た。出来れば聞いておいて欲しい。」
それは何時だったか、もう帰るであろう時間三日前前後か。医者から声を掛けられた。定期的な通院で、都結がくっついているなんて処見たことがなかったのだ。それに加え、穏やかな表情で何一つとして要らなさそうに。そんなこと、あり得なかった。薬を投与しようがしまいが、と言った感じも見えたのだ。
「あの子の身体はかなり特殊でね。どうやら体内に同じ質のある子がいる。まるで双子がくっついているみたいな感じだ。」
「(ポタラ合体…の懸念もした方がよさそうですますわね)…それで?」
「嗚呼それでね、今この薬を処方している。首に手をかける癖が出たら出来るだけ早く飲ませて欲しい。」
「これは?」
「所謂自殺防止剤だよ。精神を強制的にシャットアウトさせ、気を無理やり落ち着かせる。ただ暴れ馬を縛っただけだ。その後の対処法は彼女自ら編んだ言葉で言う。」
嗚呼なんだったかな。嗚呼そうそう。
”だいじょうぶだいじょうぶ、どこにもいない、ばらあとみきよ、めゆのよのこ”
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その言葉に、がしゃんと音を立てた。コルンだ。手から滑り落としてしまったのだ。
「…それ誰が、」
「ですから都結様自身からと申されていましたですますよ。」
続けるですます。此処からが大事なのですますから。
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「その薬が出なければどうなるですますか?」
「ん〜此処数十年くらいはしてるからなんとも…嗚呼そう言えば彼女が拒絶したからやめた状態のカルテがあるね。…これか」
嗚呼、出来れば嫌だな。したくない。
「…最初の一か月はまだ良いが、徐々に記憶の定着が浅くなる。」
「定着、ですますか。」
「嗚呼、元々覚えは良いっぽいんだけど、何が原因か。嗚呼恐らく母親からの完全拒絶が原因だろうが…ともかく今は覚えることが非常に困難なんだ。持って三日程度。記憶を忘れるというよりかは、時間が止まる感じか。」
読み込みが止まるみたいな感じだよ。それ故時間差で理解はする。だが、其処に人は居ない。皆分かり切っているからね。戻ってくれる子が一人でも居たら、それだけでも彼女は救われるんだが。社会はそれで生きれない。故に彼女が生きれる場所は何処にもないのが現状だよ。
「それを改善するのがこの薬だ。飲めばいいってもんじゃないとは散々言っているがね。元々は非常に良い子なんだよ。何でも名前を付けて大事にしてやる。幼子、大体二歳児前後の感覚と思って構わない。」
「(あの日から時間を止めているのですますかね)」
「一応一シート分で五回分。緊急用なのとちょっと副作用が強めに出たら怖いからってことで彼女には薬を飲んだ後救急車を呼ぶように滾々と伝えている。これは君を助ける為のお薬だからと言ってね。」
それは地獄に留める様なものと変わらないではないか。だが、それでも怒るなんてことは出来なかった。その地獄の果てに、彼女の本当に望んでいた場所があったから。そしてその望んだ場所を作り変えようと彼女自らが動いたことすらも。その昼下がりが物語っていた。
時間が止まったとしても、終わりが来てしまう事すら、分かり切っていただろうに。
それでも彼女は嬉しそうに笑って、待ち続けているのだろう。絶えず彼が生きれると信じているからこそ。中立を背かねば、例え此方が死んで生まれ変わったとしても。彼は変わらずいる。お月さまのように。その場に居続ける。
「首に手をかける時は、その子が精神を殺すも同意義だ。」
それは、気を消し去るも同然。即ち精神の死、その者だ。流石のマルカリータも目を据える。
「回数が多ければ多い程、恐ろしい。ダミーって言って、彼女はこっちを騙す偽物を上手く使って掻い潜ってくる。首に手をかけるのが”御守り”となるか”脅威”となるかは彼女次第にすらなる。」
「ならなるべく手をかけさせない、と。」
「そう言うことだ。大体会いたいと言い出すのは過去の母親に対してだ。其処が変わっていたらいいんだけどねぇ〜」
「何故?」
「あの子は決まりきって願いを変えない。それは代償として渡すと言っていた。何事も等価交換。もしも渡してしまえる時が来たら、その時に身代わりとして渡すのだと。正直母親なんて気にも留めてないとも言っていたがね。」
一番が決まらないようにしているんだとよ。
「一番が変わるのが良いんだけどね。あの子の大事な人が出来たらば。あの子を大事に見てくれる人が傍に居てくれさえすれば。あの子は日向にずっと生きていけるし、其処から先はあの子が勝手に歩いてくれることだろう。二歳から漸く成長が進む、という訳だ。まだ精神は脆い。」
会いたいから、続いて徘徊する。其処からは要注意で隔離かな。
「流石に殺害はしていないが、ちょっと怖いことが以前あってね。階段の所で立ち止まったり、下があるところでとにかく立ち止まるんだよ。まるで自ら落ちるかどうか考えているくらいに、怖いくらい止まる。点滴も気付いたら外すから、しないでと言うが笑って話を聞かないし。」
ま、それでも薬がある以上は大丈夫だよ。こっちを頼ってくれて構わない。
「僕達はいや、上は彼女を実験台として扱っているだろうが。僕は違う。あの子はあの子が助けられる範囲がある。必ず人は決まった場所が見つかる様に仕組まれている。まるで神が選んだかのようにね。あの子はその場所を自ら見つけてくれると思っている。」
「随分と過剰に買っていますね?」
「買いもするさ。僕が見ていた子だけじゃあない。通院している子の世話を気になって時々声を掛けるんだ。それも全員決まってほぼ通院しなくなくなる程に回復する。これは異常な程だ。あの子が精神医になってくれたら大助かりなくらい。」
嗚呼この場合は医者いらずになるから、こっちが困るか?まぁ精神医は人が辛くなった処の拠り所だからね。回復を前提としてみている。あの子は凄い子だよ。
「まるで魔法使いだ。傍に居るだけで分かってくれるという。幾ら努力をしても、そう言った質は決して作れない。あの子自らが編み出した時間だ。あの子はね、きっと誰かを救う。もう誰もが信じない程のことを成し遂げてくれる。あの子はそのことを理解出来る様にならねばならない。」
「そうならなければ?」
「恐らく死ぬだろうね。その願いが叶った後は。」
母親に愛されたその先は、決まって最期だ。其処が最終目標地点だから。夢の続きなんてありえない。其処がENDで終わりなのだ。だから決して叶わないだろう願いを付ける。
「その時間に戻りたいという願いだ」
あり得ない。だからそう願う。…そう医者は言っていた。だが、
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此方では話が大きく変わってくる。それはあり得るに変わるからだ。
「一応元の世界から一つ持ってこれるという感じがして持ち出してきたですます。」
「これが…」
「効果が増やせればいいですますが、もう大分使っていたとお聞きしておりますです。…恐らくそのシート分が彼女の肉体として限界値かと。」
「増やすよりもそもそもしないように、ですか。分かりました。お預かりしても?」
「構わないですます。対処も後でお教えしとくですますね。」
「お願いします。」
これで、これで?
「(変わらないではないか向こうもこっちも。何方も彼女の地獄で変わらない。)」
あの陽だまりに、連れて行ってやりたいが、それは禁忌だ。時間操作になる。それを彼女が許さないだろう。だから望むだけで留まっている。額に飾って「いつかできたら」なんて言うが、その「いつか」は「ない」ものだ。彼女の中でフィクションと化したものを、掘り起こすなんて出来ないし、彼女自体が許さない。
彼女はルール違反を強く毛嫌いする子だ。そうでなければ大神官様に良い名前を付けてくれない。
”律人”なんて、酷いくらいに似合った名前を。
「狡いですねぇ、ほんと。互いに合わせられればいいのに。」
「にしてもアイティさんの中に紛れていた子が本当の…また面白い因果ですねぇ。」
「ポタラ合体した様な形で戻りまたこっちで分かれるとは。」
「長い間一緒の気を練っていた以上、上手くいくのは一つの状態。」
「ですが、それではいけない。」
そう、二人一つはよろしくない。というのも、だ。大神官が何故かそれを許さないのだ。戻せばと言えば目が怒る。そりゃあもう、怖いくらいに怒るので、それ以降聞かないようにしているくらいだ。一体何を話しているのだろうか。
「以前お父様も記憶を取り戻されませんし…」
「あの笑顔、見て見たいですますのにね〜」
「「ほんとですねぇーーー」」
嬉しそうに笑ったり、口を大きく開けてまるで「やめなさい」と今でも言いたそうに手を前に出してきた姿。横になって寝ている処や、犬らと戯れる姿も動画に残されていた。ちゃっかり音声迄聞いたが、あんなもの今迄見たことも聞いたこともない。凛々しい姿しかこっちは見たことがない。あんな子供の様に遊んだり、お茶目になったりなんて見たことがないのだ。あの長女であるクスでさえも、だ。
間違いなく都結ならば、もう大神官を任せられる。それは向こう側の医者らも言うだろう。現に事情を説明したら、大神官ならばと言っていた。もう外は決まっているのに、当人らは依然としてズレたまま維持をされている。月と地球だ。近いようで遠い処をグルグルとまわり続けている。どっちが地球か、どっちが月かは、わかりゃしないが。
きっと都結の方は嬉しそうに笑っていたことだろう。大神官が使っていただろうスマホは電源を入れてもパスワードが分からなかったので解析出来なかったが。何時か帰って来たら使うからと言って置いていた。本当に献身的だ。一度決めた人は何処までも置いている。帰ってこないと分かったとしても。元カレの荷物はそれが分かったからこそ、本人が持ってったのだそう。まぁそうもなるか。
「お父様には大変世話になっていますからねぇ。少しでも楽になるならば、とは思いますが…」
「その人間が短い時間な故…ひょっとして死んだら思い出しますかね?」
「恐ろしいことを言わないで下さいよコニックさん。本当になったらどうするんです。」
「ですが人間は寿命で死ぬ。いずれにせよ十年以上生き延びようが、彼女の寿命的には延びても80程度で切れるでしょう?」
祖母も80で死んだ。ということは、8を10回廻れば終わるというもの。それは向こうの世界で人と添い遂げればの話。こっちは違う。こっちは限りなく短命。それは気を消耗するから。向こうは消耗も出来ない。止まっているも同然の世界なのだ。気を巡らせたくとも、留まるならば意味がない。使えないも同然。だから力は出ないしましてや浮遊なんてもってのほか。出来る気配も微塵もでないのだ。
巡らせることがないから、止まる。それは彼女の精神みたいだ。その動く流れさえあれば…だが、それこそが大神官の居る位置なのだ。歯がゆいものだ。その位置を互いが持っている。大神官の記憶を取り戻すのは都結の手だ。そして都結は恐らく、その鍵を分かっている。賢い子だ。伊達に数十年酷い状態で育っていない。きっと答えは分かっている。鍵はその手の中にちゃんと持っている。
でもしない。そうしたら最期が分かるから。どうせ大神官が記憶を取り戻し、中立から逸脱し、消滅。そして消滅後は都結が代わりとなり得る可能性になってくるだろう。都結は現に大神官の加護を得ているし、それが定着すれば大神官の地位も維持出来る。代替わりとも言えることになる。ソレを彼女はしたくない。
彼女は我々の存在を知っているからこそ、その位置を守ろうとしてくれているのだ。
健気な子だ。そうしなくてもいいのにしようとする。記憶を取り戻したらすぐにでも夢が続けられる。もう願ってもない程の幸福が待ち受けているのに、光は漏れている分かっているのに、手を付けない。その先が分かっているから。大神官が見たら泣くことを、彼女は知っているだろうから。だからしないのだ。手を付けない。分かっていても手を伸ばさない。
いや、分かっているからこそ手を伸ばさないのだ。
嬉しそうなフリをして、これしか要らないのだと笑って止まる。それ以上は踏み込まない。そうしたら嬉しいが苦しいになると分かり切っていたから。終わりの先に待ち受ける地獄に出会いたくないから。大神官よりも彼女自身が、それを物語っている。だが、いずれにせよ寿命は来る。大神官の代替わりとなれば永遠とも言える時間に取り残されることだろう。彼女はそれを嫌がっていることだろう。死にたがっているのは、周りに迷惑を掛けたくないからとも言えるが
「あの方の傍でしか生きたくない、だなんてよくもまぁ言い切れますよねぇ。」
大神官が何処にもいない世界でなんて、生きたくない。
それが彼女の望みなのだ。まぁこっちも同じ意見。利害の一致をして、彼女を守るも約束した身だ。天使全員だけでなく大神官も救ってくれているのだ。彼女の望みを叶えないでどうする。貴方だけが生きて居ればそれだけでいい、だなんて。随分と欲の無いことをいう者だ。いや、ある意味欲張りなのかもしれない。貴方だけが生きれれば、どんな願いも捨てどんな時間にだって生きようとする。その欲の底知れない力は、その人ひとりだけで生きて居る。まさに彼は彼女の中の太陽だ。
その太陽は隠れ、今は月に隠れている。夜をほんのり照らして。見守るしか出来ない。明け方になってほしい。早く戻ってきてやってほしいのだが…それは、上手くいかないだから、困っている。
「(あの子自体からの気は依然として見えない…あの力はあくまでも”恩恵”だ。借りているに過ぎない、きちんとした彼女自らの気なんて、未だ何処にも放出どころか見えかくれもしない。)」
ただ、陽だまりを望んだ時だけは、一瞬だけ見える。そして後は大神官様と話をして帰る瞬間か。其処だけは見える。非常に綺麗で、もう、ずっと見て居たい程には透き通った光を見せるのだ。其処が続けばいいのに。彼女は続けさせない。まるで諦めきれない恋を抱えた町娘だ。帰りを待っているだけの子。自分から動けない。動いたら迷惑を掛けるから。
今ではない。今、動く訳にはいかない。
だから待っている。でも、待っていれば、時は来る。
「(寿命が来ます。貴方が叶えられるだろう時間が来ない。それでいいのですか…それで、)」
それで良いから、依然として姿を現さないのだろう。きちんと顔を変えて対応する。まるで「嗚呼良かった貴方が居るから生きていける」とでも言いたそうに、だ。まるで転職した先で出会った元同僚を見つけたように接する。気が知れているから其処に居るみたいに言うのだ。もうそれではいけない。貴方はその転職した先で生きるのだ。過去に縋っては未来にいけない。
私は手足になれます。でも、動かすのは貴方なのですよ。都結さん。
そんな気持ちも、ため息に溶けて消えていく。もう何度付いたかわかりゃしない。