もしもし、神様?いるんでしょう?8



さて、空港に到着した。ターミナルの方に向かって行けば、8番乗り場に搭乗手続きが出来るらしい。

「さ、見送りは此処までだ。元気でな。飯食えよ歯磨けよ」
『分かった分かった』
「頼んだぞ」
「勿論お任せください。命に代えても守り抜いて差し上げましょう。」
『「それはやりかねんからマジでやめて」』
「おや残念」

本当にしかねない。都結はまだしも、白鳥の方は分かっている。その為意味合いが強く感じ取れた。やりようによっては怖い話になりそうだ。

「帰ってこいよ」
『…勿論。』

その言葉を聞いて安心した白鳥は今度こそ帰る。背中を見ていた二人だったが、大神官が行きましょうと言ったことで頷いて歩き出す。

「向こうの方ですね。」
『なっがえっぐ』
「其方に乗って歩くのでは?」
『だとしてもお兄さんを歩かせるこの世界は恐ろしい』
「ふふふ、飛んだらどうなるでしょうねぇ〜」
『今は駄目だよ流石に。』

間違いなく大神官だとバレるし、そうなった日こそ、私の命日だ。全クラスタに殺されてまうわ。一応搭乗は間に合った。チケットを見せて入ってしまう。だとしても、これからどうしようか。検査も一応全部終えて、飛行機の中に移動してきた処。席はまさかの中央ブロックの後方側座席である。今回は45EとDの席が取れたので其処に入る。中の方にと入れてくれたが、どうやら隣は人が居たようだ。

『へるぷみ』
「ぶっ」

向こうの人にも笑われているではないか。もう、と思いながら大神官は声を掛けた。

「”すみませんうちのツレがご迷惑をお掛けしまして、何か御用ですか?”」
「”いえいえ、可愛らしいので何処の子?って尋ねただけなんです。お子さんですか?”」
「”いえ、出来れば恋人になんて出来たら嬉しいですがね”」

なんて言えば周りがひゅーひゅー言い出す。一体何を言ったんだと言えばさぁととぼけてしまう。

「”まだ言ってないのか?”」
「”というかそもそもこれ分かる?”」
「”分からないらしいですよ。彼女まだ何となくしか知らないそうです。ただ音楽を少々齧っていたらしいので、恐らく音楽用語と日本語を交えれば交流程度は可能かと”」
「”嗚呼連れ帰っているのか?お持ち帰りとは随分と可哀想なことを”」
「”…えぇ、恋しいと言われても放してやるものですか”」

なんて言えばまたひゅーひゅー言い出すので黙れと言われるが、生憎そのような言葉は知らないものだ。

「”お名前は?”」
「”一応律人と申します”」
「”あれこっちの人間じゃないのか。髪的にこっち側の人間とばかり思っていたが。”」
「”場所は何方でもありませんが、色々訳ありまして彼女から名を頂きましてね”」
「”あらロマンチック。無意識に恋を射止めるとはなんて熱烈なことでしょう!”」
「”眼鏡外せば絶対モテるな。ひょっとして敢えて付けさせてるのか?”」
「”さ?どうでしょう”」

そうドイツ語の話がポンポン飛んでいて少々やり過ぎたかとちらり彼女を見るが、ふぐうと声が聞こえる。

『どいつの言葉を取ったらいいかわからなくて困ってるうううねぇなんていってるのたすけてええええ』
「ぶっっははははは」

嗚呼おかしい、まさか此処まで言語が簡単だとは思わなかったが、それ以上にこんな簡単な言語を理解出来ていなかったとは、不思議なものだ。知らない方が良いというのもあるが、可哀想過ぎるので少々自己紹介をさせてやろう。

「”彼女は都結・向水と申します。人懐っこい子ですが、ドイツの方面に興味を持っていましてね。ただドイツ語は喋れない上に話せないのでご了承下さい。ちなみに私はこうして現場の方と話すのはこれが初です。”」
「「「”””まじでいってる!??!?!”””」」」
『これ分かった。マジで言ってるって言ったでしょ。』
「よくわかりましたね。」
『絶対そう。顔で分かる。』

本当に面白い子だ。その後の反応は大体の発音で大体は掴めている。場慣れが早い子だ。

「”私の名前はミシェルって言うの。ミシェル・クライン”」
「”俺はエリアス・フォーゲル”」
「”僕はアルヴィット・レー”」
『誰だどれでどうだ。』
「ふふっ、お隣がミシェルさん。その隣がアルヴィットさん。後ろから声を掛けて来てくれたのがエリアスさんですよ。」
「”俺だけはぶりなんだよ助けてくれよ神”」
「”神は居ないというか僕神様じゃないって何回言ったら分かるんだよ”」
「”神に祈りもするさ!こんな可愛らしい子と話せるなんていっ”」

いいだろうと言った途端だ、大神官の目を見てひゅっとする。嗚呼そうだったと手を上げれば、全く知らない人から声を掛けられる。

「”っふふふ、駄目でしょう?可愛らしい子を狙うなんて。既に狙って逃さないようにしている処つついたら”」
「”だって口がそう思ったんだから仕方がないだろう?ほおっておいてくれ!”」
『何言ってるの?』
「間違いなく知らなくて良い話であるのは間違いないですよ。」

外堀を掘っていることを、彼女は一切知ることはない。それに満足げな大神官を見て、更に首を傾げていたら、ちょんと突かれたので振り返る。ミシェルが声を掛けて来てくれたのだ。

「えと、これ、伝わる?」
『伝わる伝わる…!嗚呼神が救いの神が此処におる!!!!』
「ぶっ」
『ねぇ今日本当におかしいよ?どうしたの本当に。』
「いっいや、なんでも」

笑うに決まっているだろう。先程救いの神を求めていた子の隣で言っているのだ。正確には後部座席か?まぁそんな前も後ろも気にしなくて良い。

「少しだけなら話せるけど、難しいのは分からないから…」
『いいよ。大丈夫。もうそれだけで私良い。いざとなったらスマホで喋ろう。』
「一度切らないと駄目でしょう?お話したければ伝えますよ?」
『むぅ、なんかやだ。』
「なんでですか。」
『だって違う意味で言ってそうでやだもん。』

強ち間違ってはいない。そう拗ねて居たらば、ミシェルが大神官の方を向いてほらーと言ってドイツ語で喋りかける。

「”彼女何となくわかっちゃってるわよ?どうするの?コレ”」
「”どうもしませんよ、気付いたら引きずり込む迄ですからね。”」
「”寧ろ其処迄してどうしたいんだよ。まだ告白もしてないんだろう?”」
「”其処ら辺もこの旅行で考えればと思いましてね。”」

仮に両想いだったとして、だ。地位が地位。此処では平等に生きれていても、向こうに戻れば話が違う。自分は大神官で、この子は人間だ。仮にこの子が神々の位置に入り込んだとして、この子が生き残れる可能性は恐らくゼロに近い。それならこの場所に残しておいた方が良い。それならばいっそのこと。

「(私のことは忘れてしまえばいい)」

漸く見つけた子だが、向こうに連れ帰れたところでどうというのだろう。真面目で勉強熱心な彼女が、神々の中に入っても、戦えなければ話にならない。守りながらで、彼女が気を悪くしない訳もない。きっと気を悪くして、一人になって其処に漬け込まれ死んでしまうがオチだろう。目に見えている。そうなるくらいならば、いっそのこと気付かないでこの場に置いて消え去るのが、一番互いにとって好都合だ。

気付かないで知らないで欲しい。以前彼女は言っていた気持ちが痛い程良くわかる。知らないで良い。此方側に来ないで下さい。貴方が落ち込む姿を私は見たくもないのです。

「”好きなのね彼女のことが”」

そう言われて、どうでしょうと答えてしまうしかなかった。

「”私も分からないのです”」
「”分からない?”」
「”好きというのが理解出来なくて”」

そもそも人間の愛だの恋だので子を産みださなくてもいい状態なのだ。1人で何とか出来たし、一緒になんて思いもよらなかった。確かに以前孫悟空さんから「奥さんいねぇのか?」なんて言葉を掛けられたことはあるし、その時のウイスさんや界王神の顔はちょっと面白かったのはあったので良かったのだが。人間のようなことをしなくても子供は作れるものだ。

それに、そういったものを知って中立を背くなんてことが一番恐ろしい。出来るならば中立を理解し、重んじる子が良いものだ。

「”好きって言うのはね、何時でもどこでも気付いたらその子を想って居ることなの”」
「”では当てはまりますね”」
「”辛いことも苦しいことも全てを好きに理解し、受け入れるそれが愛なの。もしも貴方が愛しているならば、彼女が貴方を少しでも気を持ってくれているならば、どうして伝えないの?”」
「”色々ありまして、私の立場からして、この子を守り抜くことが難しそうなのです。”」
「”ああそう言う問題か。まぁ国境を越えた愛は問題が付き物だしな”」

国境であればまだ話は容易いが、これは惑星や宇宙を飛び越えた世界自体の話である。そしてその神々は現在も通信も連絡も分からない上に、未だ杖も取れていない。多分こっちに飛んで来ている筈なのだが、一体何処にいるのやらだ。

「”そう言う訳でして、彼女を狙おうだなんて思わないことですね”」
「”しないしない”」
「”ねぇこの子ちょっと借りて良い?”」
「”構いませんよどうぞお好きに”」

ミシェルとあれば良い。この子は恐らくいい子だろうと思ったのだ。そんな話をしていたら飛行機も飛んで、落ち着いている処に食事が入って来た。どうやらテーブルマナーが活かされる処だ。まぁその前に、文字を読まなければならない。半泣きになっているので、ミシェルには悪いがこっちで先に対応して置いてやろう。

「読めませんよね、貴方が前にお話してくれた一つでディナー形式です。それも各メニューから選べる仕様になっていますが、上から説明しましょうか?」
『お願いします。』
「まず肉か魚、後は麺類どれが良いですか?」
『えぇ…悩む。』
「”ミシェルさん”」
「”なぁに?可愛い天使さん”」
「”っな!冗談は止して下さい”」

一瞬驚いたが、気にしない。

「”メインディッシュ何にします?彼女何にするか悩んでいまして。もしも宜しければ一口交換いただけると幸いなのですが”」
「”嗚呼そんな可愛いこと話していたの!?なんでもっと話してくれなかったの!!!”」
「”すみません”」
「”私は魚よ!白身魚のグリルにするの。レモンバターソースで、サイドはバターライスでサラダとデザートのレモンタルトが美味しそうな気配したので採用したのよ!”」
「”アレルギーはないのですか?”」
「”ない筈ですね”」
「”でしたら無難なボロネーゼはどうでしょう?あれは何処でもハズレが出にくいですし、サイドもガーリックブレッドとサラダ、デザートはティラミスですし。”」
「”そうですね”」

決まりだ。大神官は肉で赤ワインソースのビーフシチューを。サイドはハーブポテトと蒸し野菜。デザートには林檎のコンポートがついてくるものを決めた。ボロネーゼは彼女に食べさせたらいい。因みにそう言ってくれた彼はというと、マスタードソースのローストポークを頼み、ドイツ風のパンとハーブバターにデザートはフルーツサラダを頼んでいた。

因みに後部座席に座っている彼は都結と同じものを注文した所で話が再開される。

「嗚呼、発音を教えてくれるそうですよ。学びますか?」
『えっいいの!?』
「構わないそうですよ。何でしたら食事を一口でも交換してもいいそうです。」
『えっいいの???』
「っくくくく、良くなければ話しませんよ。本当に面白い子ですね?彼女とは初対面ですよね?」
『勿論。知らない人の方が何故か仲良くなるのよ。』

本当によく分からない子だ。ま、別にいいのだが。

「”チキン”」
『ちきん』
「”やんも〜可愛い〜ねぇこの子貰っていい?”」
「”あげるわけないでしょう?可愛らしいのはありがたく頂戴致します”」
「”これはチキン”」
『これはちきん』
「”ねぇ本当に可愛いどうしよう本当に何この子天使?天使なの?天使の子か何かなの!?”」
「”強ち間違ってないですね”」

可愛らしさ的には子供らとそう変わらないのは事実ではある。

「”本当に中々いないわよ。日本人でもこんな純粋そうな子いるとは…”」
「”結構遊びに行ってるんだけどね、そう言った子は最近見かけなくて詰まらなかったんだ”」
「”昔はそんな子達ばかりだったんだけどな”」
「”そうだったのですか”」
『”ねぇみしぇる?ちきんわかる?”』
「”どうしよう可愛すぎるんだけどどうしたらいい?ねぇ私ドイツに帰れる?辿り着けるかな?”」
「”帰ってる帰ってる”」

ミシェル達が料理を待っている間、ひたすらに都結の話で持ち切りとなった。余りにも可愛げがあるらしい。まぁおろおろとしてはちょこんと座って自分の国を知ろうとしてくれたら、そりゃあ可愛げもあるものだ。

『えっと伝わるかな…”みしぇるわかる?”』
「”わかるわかるなんでも分かる”」
「”それは無理だろ”」
『”みしぇるのすきな、もの、あげたいけど、どれ?”』
「”ねぇどうしよう私殺されそう、なにこの生き物なにこの生き物”」
「”死なない死なない大丈夫大丈夫”」
「”もうどれでもお腹一杯で辛い”」
『なんて?』
「っふふふ、貴方のことが可愛らし過ぎて食べても居ないのにお腹一杯になったそうですよ。」
『待って何でそうなるの!?!?!?』

そりゃああんなこといったら一発だろう。抱き着いてくるのは許してやってもいい。

『えへへ、ミシェル好き』
「ミシェルも都結がすきいいいい」
「うるさい」
「いだい!!!」

そんなことを言っていたら料理が到着した。頂きますを言えば、周りも真似して言うので笑ってしまう。口には一杯の肉がゴロゴロしたミートが広がっていく。食べますか?と言えば勿論と言ってフォークに刺さった物を食べてしまう。うう、美味しい。

「”…本当に良いの?”」
『ねぇどうぞってどういうの?』
「”どーぞ”って言いますよ」
「”ねぇなんでそんな酷い”」
『”どおぞ”』

死んだ。死んだな。そう周りが笑っていると、もう可愛いと叫んだので流石に叱られるミシェルだった。可哀想に。

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それから食事が終われば彼女の可愛らしさは広がったらしく、前からも声を掛けられるようになり話をすることも増えた。勿論通訳係りにはなってしまったが

「(…ま、その顔でチャラにしてやりましょうかね)」

目をキラキラさせ、嬉しそうに話す彼女を見たら、もうどうだってよくなってしまうというものだ。ドイツ由来の詳しい話は向こうの人の方が好きだろう。何処から来たの?とか好きな色や食べ物やらを聞かれて、簡単なものは大体わかっていく。まだまだ拙い発音だが、それは彼女らしさも相まってのこと。

ほんと、周りに振りまくのは良いが、[[rb:牽制 > けんせい]]しなければならない此方の身にもなって欲しいもだ。流石に人間へ気付かされたのは少々困ったものだが。言われてやっと気づいた。

「(私はいつの間にか貴方を好いていたのですね)」

ま、これ程仕草が可愛らしいのだ。惚れるのも当然である。彼女から好意を貰った日には、抑えが聞くか正直言って困るものはあるが。まぁ良いだろう。ウトウトとしてきた彼女を見て、あらもうおねむ?と声がかかる。

「”すみません席に戻ってしまいますね”」
「”いい夢を”」
「”はいはい皆お開きだよ〜可愛い天使の子が寝るってさ”」

ええとブーイングが入るがそれもシーという声によって遮られた。中々こういったフライトはないのだとか。普段は身内で話をしたりして静かになるが、こういうのは異例だそう。ドイツの方面は厳格で、こういったルールも厳しい。静かにしておくべきところは静かにとするのだそう。嗚呼確かにコルンさんはそういった傾向ではある。成程、彼女がドイツの方を気にしていたのは、コルンさん由来が強すぎたのか。

ま、もしも彼に取られるとなったらこっちも考えるまでだ。幸いなことに彼女はこっちにも気を持ってくれているのは事実。じゃなければ顔を近づけるだけで赤らめるなんて初心なことはしないだろう?ちなみに此間手を触れてしまっただけで触れた処を触って笑っていた。本当にあの生き物どうしたら生まれるんでしょうね?私も聞きたいくらいですよ。

皆落ち着いたのか、席を倒し始める。後ろの人に目配せをすればこっちの座席を叩かれたので振り向いた。

「嗚呼なるほど。そのまま思いっきり倒して良いそうですよ。全部倒しても文句言わないそうです。」
『待って本当に言ってる!?』
「ええ」
『えっこれは?』
「もっといいだそうですよ。」
『待ってこれも!?足死なない!?』
「…っふふ、ええそうですね。死なないですし、どうせ足上げて寝るんだろうから下げて置かないと寝にくいだろう?だそうですよ。」

そう言われお言葉に甘えてしまえばご満悦の彼。これ、ひょっとして見えるようにとなれば話が別だが。むっとすれば流石に手を出すことは勿論顔も見ないと言ってくれる。

「”流石に神の言葉を避けたら、困るだろうからなぁ”」
「”路頭に迷うって意味でね”」
「”洒落にならねぇよ”」

そんなこんなで徐々に言葉数が減り、日付が変わる数時間前には誰もが何も言わなくなった。

このままどれ程居られるだろうか。大神官はそうふと思っていた。人間になってから睡眠は出来るだけ取る様にしているが、如何せん睡眠が良く分からない。確かに気付いたら意識がない時はある。それが寝ているのだろうが、無防備で怖く、最初は寝ていなかったのがいけなかったのか、初めて風邪を引いたものだ。

あれは面倒だった。二度となりたくないものだ。病院に連れて行けないからと困らせてしまったし、出来るだけどうにかしたいもの。一番堪えたのは彼女が傍で寝疲れていたことだ。あれは堪えた。肝が冷えた。床に丸まって寝ているんだから、倒れて死んでるのかもと思ってしまったが、息をしていることを確認してどっと疲れが出た。

そう考えたら本当に最初の方から好きだったことを改めてしり、ぶわりと顔が熱くなる。嗚呼今誰も起きて居なくてよかった。こんなみっともない姿誰にも見せられたものじゃないからだ。

ー連れて帰らないの

出来るならそうしている。嗚呼言ったが、口だけだ。本当は出来ない。せがんでも引き剥がして置いて行くしか出来ないが…きっと縋りつくなんてしない。こっちの困ったことはしない子なのだ。だからこそ、もどかしい。いっそのこと縋りついてくれたらよかったのに、なんて思う。そうしたらちょっと考えたのに。望まないなら、それ以上は出来ないのだ。とは言ってもせがんだところで一度くらいは置いて行くしかないのだがな。

「(今頃ウイスさん達はどうされているでしょうか)」

もう誰かが交代してくれているかもしれない。全王様は立派になられただろうか?前からごりっぱだったが、あれよりもきっと成長していることだろう。どうか誰かが…

「(これ程帰りたくないと思う日があったとは、私も弱くなったものですね)」

だがきっと向こうに行けばこの記憶も消えて泡となるだろう。天使にこういったものは毒でしかないからだ。いやだという声が心の中で上がるが、しばいてしまうしか出来ない。彼女のことを忘れなければいけない。ただいまは、それだけが辛かった。こんな気持ちを知らないまま、他愛もない話で笑っていた日々が懐かしい。あんな場所に戻れない。

私は帰らねばならない。そして、記憶を消して、そうして、元の場所に戻る。それだけだ。なのに何故、この胸は痛みを増すのだろうか?これが彼らが言っていた恋というものなのだろうか。それなら要らない必要ない。こんな痛み等、知らなくて良い。

ーでも好きなんでしょう?

そうだ、好きなのだ。彼女のことを考えたら、この痛みも和らいでしまう。拭い去られて、何もかも忘れてしまえさえ出来る。少し小さな彼女は、対等に、私を見てくれる。嗚呼、貴方がこっちを向いてくれたらどれ程良いか。置いていかないでと言ってくれさえすれば。それでも、それでも私は。

「(寝て忘れましょう)」

堂々巡りだ。大神官は目を閉じた。其処には白い服を着た子が背中を向けていたのを、此方に向けた。嗚呼、これが夢というものですか。嬉しそうに笑った子が傍に来て抱きしめてくれる。このまま醒めなければいい。そしたら地位も何もかも要らない。人間の夢は毒みたいなものだ。これ程狂ってしまうとは思っていなかった。危険視はしていたが、これ程までとは思っていなかったのだ。

寝ても覚めても忘れられない。

それが、何よりも辛かった。



貴方が泣いている、夢を観た。



私は何も出来なかった。







泡沫の白昼夢


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