優しく笑って翼を与えて5
彼の名前は「アンドラ」と呼ばれるらしい。アンドラーシュと呼ばれる子がいたが、どうやらその類なのだとかなんとか。とは言っても別人格とかも言っていたのでよくわからない位置に置いて話しを続けさせることにした。
現在降参の両手を上に軽く上げた彼を後ろから杖で押し当てたコルン様に従い、王宮の奥にある一室へ彼を連れ込み、尋問を続けさせている。そう、これもそれも全て、私が作り上げた子達の前であって。
だってこの場に本物は誰一人としていないのだから。
「…それで?何故貴方は此方に居られるのでしょうか?」
「君本人ならば、僕が答えてあげれなくもないのだけれども。」
「むっ」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいコルンさん。何も焦らなくたっていいではないですか。」
そう言ったのはアワモさんだ。ですがと目を見たコルンにアワモが続けて言う。
「アンドラさん、と申されましたよね?貴方は都結さんが寂しそうだったから、とお話されました。」
「そうですね。」
「何故寂しそうだから出てこられたのでしょう?」
「おやおや、まるで私が彼女から出て来たみたいに仰る」
「精神は常に異常を繰り返している。目で見えないものは幻想にすぎないもの。」
見えるもの全ては誰かの夢幻の最中なのかもしれない。
そう言ったアワモの目を見た彼の目もまた、細くなった。
「では問おう」
「拒否します」
『ビビるくらいには拒否されてて草生える』
「だって私は模倣品に過ぎませんから。」
それに、
「ご本人にお尋ねした方が賢明かと。」
『っ、アワモさ…!?それに皆さんまで…!!!』
「先程ぶりですね。都結さん。」
其処には、部屋に入る扉から窓からに腰を掛けたり立ち尽くしている天使らが見えたではないか。周りの模倣達も驚き少し目を見開いたくらいで。近づいたサワアがふむと声を上げた。
「これまた随分と精密度の高い模倣ですね。…しかも一人ではなく複数体も。」
「おや。彼女がお望みとあらば、我々とて出来る限りの助力はする者…そうでしょう?」
「…ええ、全く持ってその通りです。…が、如何せん少々残念ですねぇ。」
『え?』
「本人ではなく模倣で満足なさられる、とは」
もう少し手を伸ばしてくれると思っていたのですが…どうやら此方の勘違いだったようです。
あのーさ、さわあ、さん?
「はいなんでしょう?貴方のサワアですよ〜」
『っば!!ちょ、それ違うサワアさんでしょうが!!!』
「おっとこれは失礼。ついつい模倣につられてしまい、申し訳ございません。」
『お兄さんからかってるな!?さてはからかっているな!?!??!』
「私の方が模倣だったらどうされます?」
『ぜーーったい違う。ぜったい違うから。』
「おや、何故そう言い切れるのでしょうか。」
『模倣の方がもっと素直』
んあーーーいーーたいよーーーーーお
…軽く殴られることを発言なさられるからでしょうが。
「こればかりはお咎めすらなくて良い話。」
「おやそれ程買ってくれるとは嬉しいこともあるものですね?」
「違いますよ。単に余りにもしょうもない話にフォローのしようがないだけの事です。」
『泣きそう』
「泣いてないだけマシでしょうが。」
そう言ったコルンがトンと杖を叩けば、だ。模倣達が綺麗に消えて居なくなってしまった。あーん折角出来ていたのにーーー。
「貴方が面倒なことをなさるからでしょうが。」
「それで?何をお尋ねしたかったのでしょうか。」
聞いた天使に、まぁどうでもいい話だよと彼は続けて聞く。
私の方を向いて。彼は問うのだ。
「”君のいる町は何処にあるのだろう?”」
その問いかけに、少し息を呑んだ。暫く時間が経過した後、都結は声を出す。誰一人とて、その問いかけに声を出す者はいなかった。あのコルンでさえ、黙りこくっていた。
『此処にあるよ。ずっと、此処に。』
顎を引いて答えた都結に、そうかと応えた彼がふわりと消え去った。一体何だったのだろうか?そう思っても答えが返ることはない。何処か知らない扉が、光を零しているのが見えた。あの場所に行けと言われている気がした。だから足を向けたのだ。
「其方に行かれてどうされるのですか?」
今度はコニックさんが言った。意外だと思ったが、案外そうでもないのかもしれない。
『…会いたい人がいるの』
「そうですか」
『いってきます』
「ええ」
お気をつけて。そう言った声を聞きながら扉を開いてしまう。この先には一体誰が待ち受けているのだろうか?
そんなもの、分かり切っているのに。
一瞬だけ手が止まった。そう言えば彼女は最後の方扉を開け移動していた。いや、最初から最後まで彼女は扉を開けては次へ進んで止まることを止めなかった。深層心理とは不思議なもので、執筆していた当時の私も扉を開けた先にはよりよい世界が待ち受けていると確信していた。何故そうだと言い切れるのかは分からなかったが、今なら分かる気がする。
嗚呼、私は報われると信じていたかったのかもしれない。
その場所には軌跡とも呼べれる程の、幸が世界を一つに知らしめてくるのだと。
眩い程の光に包まれ、温かな陽だまりの中だけで微睡み、本当の自分さえ分からなくなることすらをも、許せると思っていたのかもしれない。そんなの嫌なこと決まりきっていた筈だろうに。それだとしても、だとしても。私は
空は色とりどりの色をみせることなんて知らない程に、一色だけぶちまけている。
この世界を待ち望んでいた。
…嗚呼、もう戻れない。その時間に愛おしさを感じ取ってしまう。切り離されたこの足元が、何処か名残惜しさを感じ取ってくれる。過去の方が良いのだと、そう言い聞かせたいのかもしれない。
目の前には、大きな果樹の下に、一人立ち尽くしていた。
その場所は私が愛して止まない場所だった。
私はいつの間にか
『 』
絵画の色に魅入られてしまっていたらしい。
ある晴れた日のことだった。
少女は大きな絵を描いている女性に問いかけた。
ーどうして同じ景色を自分で彩るの?
指を指して問う少女に、女性は振り返って答えてしまうのです。
ーそれはね?
”私から見た世界は決して誰かとは違う景色に見えるからよ”
その世界を”共有”したい。女性はそう少女に伝え、頭を撫でて「いい?」と話を続けます。
ーこの世界何処に行ったって、ずっと一緒よ。
寂しくなんて何一つないの。苦しいことだって何一つ出て来なくていいの。そう言う女性に、ソレはなんだか可哀想だと少女が言いました。
ーだってそしたら”最初から全く違う世界で独りぼっちに生きてしまう”ことになってしまうでしょう?
それは苦しくて辛いことかもしれない。ある意味では同じ世界に、生きているとさえ思っていいのかもしれない。でも、最初くらいは。そう、最初の最初くらいはどうか
ー最初から寂しくも苦しくもなかったら。貴方の手を取ってぎゅって抱きしめてやることすら叶わないのに。
そんな狡いこと、したら悪いことだよ。
なんて少女が大人びた感想を言うものだから、女性は吹き出すように笑いだした後、ケタケタと笑いそうかそうかと笑いながら少女の頭をぐりぐりと撫でまわした。先程よりも強く大きく、だ。それに痛いよなんて嘘を並べながらその手が止まる行為に話を進めようとする。そんなことない癖して、だ。
ーそうだねぇ。全く、だ。
女性は左側にセロハンテープで貼っている景色をちらり見た後、その大きな絵画に描かれている世界を眺め見るように目を細めて見続けた。
「…扉も額も、何方も同じ末路だというのに。」
それでもお前は。その時間に囚われたいと願い止まず、留まることすら知れない世界に足を踏み入れたということか。
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そよ風が気持ちいい。
肌を拭い去ってくれたらよかった。
この熱情も。全て。
「風邪をひきますよ」
そんな声が聞こえて来たものだから、うんと答えてしまうが。それでも世界は変わることは、なかった。
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「…残念ですが」
これ以上はご家族のご判断にお任せします。
…どれくらいですか。
そうですね…
「持ちこたえるとしても、あと…三か月程度くらいかと」
「…分かりました。」
そう席から立ちあがった男性が、しゃがみ声を掛けた。
「帰ろう、都結。」
お家に。
シャーと水飛沫を飛ばす音が鳴り響く。耳に届いてそれ以上もそれ以下だってない。病名は付けられなかった。名付ける事すら、酷なのではと医師からの温情さえも受けられる程、この身体は蝕まれていたらしい。テレビの音が煩く、音量を下げてしまえば車の外に広がっている音が中に少しだけ入ってくるだけは知れた。
それ以下も、それ以上も無かった。
大神官らと話をしていたのは、全て自分の極度な妄想だったことが判明した。何故か悲しい気持ちは湧き上がることすらなかった。画面越しに触れて、感じた感情だけは映像として記録し続けているくらいだ。何故かこれが妄想やら幻想で説明してはいけない気がしたから。誰かがきっとドラゴンボールか何かに願って、私を閉じ込めてしまったのだと言い聞かせた方がまだ理解出来たくらいで。
扉を開けて、帰って来た場所は
『ど、して』
「ほら、此処が君のお家だよ。」
彼等と過ごしていた部屋の中だった。あの六畳一間だって、目の中に入ってくる。後ろを振り返ったら、黒髪の男性がニコリと微笑んでくれていた。君が好きに過ごして良いのだと。金も渡すし、この時間好きにしていいのだと。そしたら仕事にと言うが、どうやらそれは許してくれないらしい。まぁ死ぬ人間が行っても、って感じなのかもしれない。周りの人に迷惑をかけてしまうのだけは避けたいところだからな。
何時死ぬのか分からない人を一人になんて出来る訳もなく。白鳥さんが付き添いで居てくれることになった。嬉しそうに何処か遠くを見て私の頭を撫でてくれた。
その眼を私は知っている。
その眼はね
「悲しい」って言う意味をもっているんだよ。
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白鳥サイド
大神官達らと過ごした時間は、決して夢幻ではないと断言出来た。
というのも、履歴だって残っているのだ。誰もが偽造したと言い切るが、俺はそう思えなかった。何だったら俺も気が狂っているのかもしれない。ある意味気が狂ったままであればどれ程良かったことだろうか?これが俺の妄想だったら。夢の最中だったらば。どれ程良かったことだろうか?
嗚呼、どうか目の前がみすぼらしい黒ずんだ白の天井だったらよかった。
余命104日の宣告を受けた。
そしたら俺は吐き捨てるように「頼むから醒めないでくれよ」なんて嘘に身を委ね、その本質を隠したまま想いを昇華してやれたというのに。それさえもお前はさせてくれやしないとは。天使の日に産まれたとかほざいていたが、本当は天使の日に産まれた悪魔の子ではなかろうかと思うことくらい許されて良いと思う。
ベランダから飛び降りて奇跡的に生還している都結は、蓋を開けて見て見れば、かなり重度に進行が進んだ病気が判明した。これ以上は下手に手を出せばすぐに死んでしまうと察した医師らの見解で、このまま放置することを決意したご家族により、退院することが決まった。
都結の心は此処にあらず、と言った感じがするが、恐らくそれが真実だろう。そして
「(アイツと結ばれたら、このままゆるりと眠ってしまうのだろうか?)」
時が止まる向こう側に、想いを馳せたって仕方がないというのに。自分も連れてって欲しいなんて欲張りはしない方が良い。これ以上この子のお守をするのは御免だと言い聞かせるしかなかった。背中をさすってやったり、食事を与えたりするだけの関係性だ。それ以上もそれ以下だってない。ただ、この余命期間、ずっと彼女の顔は曇っていた。
その場所に彼が戻ってくることは、恐らく
(今後二度と無いことだろうし、もし仮にあったとしても。
その先は一体、何処に向かう場所であるのだろうか。)