なにもいえない





『や〜〜〜にしても可愛い』
「メル様…いい加減放してやってあげてください。」

くたくたでしょうが。

そう次の日、メルはパピが此処に住めることを知って
今までで一番の大声を上げてガッツポーズをして喜んだあとのこと。

かれこれ一時間以上犬は抱かれに抱かれまくっている。
なんなら歩いて此処がトイレ此処がお風呂、寝室と
家の中を廻って解説しまくっているのだ。

喋れることを知る者達は彼の目を見て申し訳なく思っていた。
彼曰く「どうせ何時もの様にお人形にされるだろうし慣れたからいい」
というのだから、まぁいいかもしれないが……。

「流石に可哀想ですから、自由にさせてやりましょう。」
『えーーーーーーーーーーー』
「嫌われても知りませんよ?」
『…いや?嫌じゃないって!!!!』
「貴方の意見でしょうがそれは。」

そっと下すメルに、
もー仕方がないなあと言われる彼が可哀想で仕方がない。
本当にお守りをさせて申し訳ないと思いつつもメル様と声を掛けた。

現在彼女は耳も尻尾も綺麗になくなり、
尚且つ華も殆ど消えて無くなっていた。

「体調に変化は?」
『特に何も。まぁまたなんか出るでしょ。』
「ならいいですが」
『だっこ』
「駄目です。先程したでしょうが。
まだ数十秒しか経っていませんよ?」
『けち!!』
「ケチで結構。貴方も嫌なら嫌と仰って下さい。
このままではエフェメラル様が
嘆かわしい神に成り下がってしまいかねませんので。」
『すでに嘆かわしいと思っていない?
ねぇ、それ大丈夫?』
「そうだと思うならば改めて下さい。」

全くもう、ほんと子供ではないのですから。
そう言う彼に、ええ〜じゃあとメルが言う。

『子供なら許されるの?』
「え?いやそういう訳では」
『だよね〜〜流石にパピもいい加減子供の相手はきついか。』

そう言うと尻尾を振る者だから困ったなあとメルは苦笑いする。
今は昼下がりの午後。暫く人も来ないだろうと思っていた時だった。

「おや、今お時間構いませんか?」
「大神官様!!」
『スピスさんだ!!こんにちわ!!』
「こんにちわ、おやコレが例の子ですか。」
『パピ君です!!はじめまして!!』
「ふふ、はじめまして、パピさん。
何時もエフェメラルさんの
お相手をして頂いてありがとうございます。」
「ふんっ」
『あ〜頷いてる!酷い〜〜私が相手してあげてるんだよ?』
「ふふ、そうですか。」
「本日はどのようなご用件で?」
「噂の子を見に来ただけですよ。それにしても可愛らしいですね?」
『でしょー?撫でていいよ!!私が許す!!』
「ちょ、エフェメラル」
「構いませんよサワアさん。」

どうせいつものことだ。言っても言う事など聞きやしない。
大神官はメルが近づいて来てくれたのと同時に犬の頭をそっと撫でてやる。
嬉しそうに目を閉じて少し尻尾を振る彼に、微笑んだ。

「此処は少々貴方が生きていた場所よりも息苦しいでしょう。
ですがいずれ慣れると思います。
もし辛いならサワアさんでも構いません
我々にも頼って頂けると幸いです。」
『…パピしんどい?』
「今は大丈夫そうですが、いずれきつくなるでしょう。
その時はサワアさんよろしくお願いしますね?」
「わかりました。」
「それにしてもこの子の寝室はお決まりに?」
『私とねんねしてます。起きたらいないけど。』
「エフェメラルが眠った後すぐにこっちに来て寝てますよ。」
『もうサワアったら昔のお父さんの位置じゃん。
あ〜〜ん、私のパピい〜〜〜。』
「そんなことを言われましても…」
「っふふふ、仲良さそうでなによりですね。」

そこそこ心配もするだろう。
メルの気が変わった後、意識を飛ばしてから
次違う形で目覚めたらとひやひやしたものだ。

「ま、大丈夫そうならいいでしょう。」
「大神官様、此方におられましたか。」
「コニックさんにクスさんですか。どうされました?」
「私はお父様に。コニックさんはエフェメラルに用がありまして。」
『私に?あっパピ君です!今日からお世話になります?』
「ふふ、コニックと申します。何時もエフェメラル様がお世話になっております。」
『も〜〜皆してパピがご主人って言う〜〜!!』
「ぷっ、ふふふ、すいません。つい。」

ついじゃないでしょ!!そう言って飛び跳ねるメルに
コニックはクスクスと笑って謝罪を言う。

それでは我々はこれにてと言ってお辞儀をしたクスらに手を振って見送った後。

「それで、メルに用とは?」
「以前クノフィリス様がおいでになられておられた件で
お伝えし忘れていたことをお話にきまして。」
「なんでしょうか?とりあえず中へ。」
「嗚呼すいません失礼します。」
『…パピみて〜おっきいね!パピもこんなにおっきくなれる様にご飯食べよ?』
「その前に貴方の方が大きくなるよう食事も食べないといけませんね?」
『む〜〜〜〜!!!』
「っくくく、私まで大きくならずとも、充分貴方はお強いですよ?エフェメラル様。」

そうかなぁと言ってメルはソファーに座り込む。
犬はそのまま何処かに行くと思っていたら
どうやら喉が渇いていたらしい。
ぴちゃぴちゃと音を立てながら飲み始めたのをきっかけに
それでとサワアが用件を聞く。

紅茶を入れたメルに礼を言ったコニックが続けて彼に目を合わせて答える。

「ええ、実はメル様の身体が昔と違い、少々昔と思いながら動くと厄介なことになるとお聞きしていまして。」
「昔と?」
「前は天使と人間のお子で在られたようですが、
勿論今もその状態に置いてはお兄様が見ておられる様に
一切変わりはないです…ですが成長をした為か、
或いは元からか。少々薬等の効果が高く反応しやすい
傾向にあると仰られておりまして。」
「…成程、薬ですか。」
「ええ。クノフィリス様曰く、余り此方側の処方は控えた方が良いとのこと。」
『なんで?』
「通常の効果より数倍も効き目が良くなるのですよ。」

それって良いことでは?と首を傾げるメルにサワアが答える。

「効果が強く表れるということはそれ即ち期待以上の分が貴方に押しかかってくるのです。」
「お兄様の仰る通りです。それ故毒になる。
貴方様は身体が人間ベースですから、天使程の気を持っていたとしても
緩和するにも時間より痛みで気を操ることも不可能でしょう。」

加えて体内の痛みは下手に回復すると後が困ります。
なるべく自然な痛みは放置して免疫力を鍛えさせているのですから。
それに薬を入れて、痛みが逆に出てしまえば元も子もありません。

「ですので、此方で飲む薬剤は必ずクノフィリス様らを通してのことで。」
「わかりました。そうするように致しましょう。」
『だって〜パピ!!』
「エフェメラル様……。」
「すいません、昔からこうだったらしくて。」
「いえいえ、構いませんよ。
それにしても本当に可愛らしい家族が増えましたね?」
「ええ。時々嫌がって怒っていますがね。」

ああやって。嗚呼…。
そうメルが話の終わるタイミングで犬を後ろから抱える。
犬は驚き固まっていたが、
直ぐに悟って諦め彼女の腕の中に納まることにした。

そのままメルはニコニコした顔でソファーに戻ってきたのだ。
犬の表情はもう、お察しの通りである。

『触る?』
「よろしいのですか?」
『噛んだらこいつを叩くから大丈夫。』
「それ拒否権彼に無いってことですよね???」
『犠牲はつきもの。仕方がないよね。』
「全く仕方がないわけないでしょうが。」

膝に乗せるメルに、直立してサワアに目を向ける。
「こいつ全く変わりも何もしてないが???」
みたいな反応に心の底で「すいません」と返してやるしかできない。

仕方が無しに寝かせてくるメルの言う通りにして鼻を飛ばすパピに
触って良いよとメルは答える。

「っ!!」
『ね〜ふわふわでしょ?』
「ええ、痩せてます?」
『そういやお前幾つくらいの年齢だ?
小さい時よりかは大きいから…
多分4から6の間だとは思うけど…』
「それ何処の年数です?」
『え?4年だけど』
「よっ!?!?これでですか?!?!」

まだ赤子も赤子ではありませんかと驚くコニックに
いいやとメルは答える。

『犬の寿命は短い。長く生きても15年だよ。』
「……は」
「え、そんなに短いのですか?」
『うん。この子は確か15年は生きてくれたかなあ?』

14年だっただろうか。いやどっちでもいい。
犬の寿命にしてはかなりの高齢で生きてくれたのだ。
最期はしんどそうだったから、無理せずに息を引き取って欲しいと
せめて、自分の見えるところでとは思ったが。

どうやら手遅れだったようで。
彼の眠る時間をみれなかったのが、どうしようもない後悔だったのだ。

また同じ様に消えるなんて、それこそ怖くていやだが、
何時か人も生まれては死にゆく存在なのだ。

「天使ですら人間の数百年は瞬き程の年数ですよ?
それがその半分以下以上とは…」
『でも長いようで短い。
い〜〜〜〜っぱい沢山やれることはやり切った。
後悔はないはずだったんだけどねぇ?
君とやってないことまだあったし。』
「何をしてなかったのですか?」
『ん?ん〜〜〜……君が死ぬその瞬間を見守ること。』
「メル様…」
『沢山頑張ってくれたんだもん。
せめて死ぬ間際にはお礼、言いたかったなぁ?』
「ですが、お迎えに行って差し上げたのでしょう?」
『連れていけなかったけどね。』

あの腐敗臭は、思い出しては嫌になるというもの。
冷たくなるその身体が、何よりも嫌で。
もう一度なんてしたくないのに、味わいたくない。

なのに不思議と同じ繰り返しをするのだ。

『今度は一緒に死のうね?パピ君。』
「おや、貴方まで死なれたら僕は一体どうすれば?」
『んなの知らん。僕パピと結婚する!!』
「む」
「エフェメラル様、流石にそれは……。」
『というか昔パピと結婚まがいのことしたよね〜や〜なつかしいな!』
「っしたんですか!?!?」
『ん?まぁ風呂も入ったことあるしな。滅茶苦茶嫌がったが。互いに全裸で入った。』
「そりゃ嫌でしょうよ。なに当たり前のことを言うんですか。」

流石に忘れて欲しい内容なのだろう。ふんと怒っている声がする。

『でもお花を頭に乗せても許してくれたの、私すっごく嬉しかったんだよ?』
「…っふんっ!!」
『わ〜照れてる?ねぇねぇ照れてる??かわい〜〜〜〜!!!!』
「エフェメラル様、すいません、流石にその体勢はおやめ頂けると…」
『え?どうして?』
「はいはい、コニックさんが困りますからちゃんと座る。」

ソファーを身体で包むように前に身体を倒すメルに
コニックはそっと目を伏せる。

なんだかんだ言ってメルの恰好は正式な衣装ではないものの、
ワンピース姿ではあるのだ。胸元がはだけて中が見えては困るのだが
其処ら辺全く羞恥というものが無いというか、育っていないというか。

「まぁそう言う事ですので、
こういった話は直接お話した方が良いと思いまして。」
「成程、分かりました。ありがとうございます。」
『えーもう行っちゃうの?』
「…すいません、流石に連続で貴方方の暇を邪魔するわけにも行きませんから。」
「気を遣わせてしまってすいません。」
「いえいえ、私も貴方方が居てくれる方が嬉しいので。」

どうか、末永く。

「お兄様をよろしくお願いします。」
『…うん!』

+++++++++++

「いいのか?あんなに放置しておいて。」
「構いませんよ。貴方も場を弁えておられるようですし。」

深夜、メルが寝静まった後のこと。
未だにサワアは完全に人間として確実化したわけではない為
まだまだ寝ると言っても昼寝程度。
強いて言うなら一日4時間程度くらいの睡眠しかとらないので
メルが寝て数時間後に寝るくらいで丁度いい程。

そんな深夜、犬が絶対に起きてはいけない
時間帯に目を覚まして席に座って話す。
メルが起きてきたら驚くだろうが、
きっとその時は彼か自分どちらかが気付くだろう。

「それに、沢山いてくれたようですし。」
「…流石にあれ程懐かれているとは思っていなかったがな。」
「おや、そうなんですか?」
「嗚呼寧ろこっちに来てすぐに分かった…お前達があの子を救ってくれたんだって、ね。」
「パピさん…」
「僕が出来たのは、ただ、あの子の傍に身体をくっつけることくらいだけだった。」

酷く、ボロボロになっていた、その精神は何時壊れてもおかしくなかった。
涙を流して、痛い、怖いと震える幼子。
それを通常だと一度で終わるものが、彼は違っていて。

触れれば触れる程、同じ様な時間を繰り返してみていたと言ったのだ。
それは廻廊に誘われると言ってもおかしくない状態で。

「成程、だからこっちに来るのをためらわなかったと。」
「嗚呼。一度ならまだしも流石に12回となれば、ね。」
「確かにいい加減おかしいのはわかりますね。
ですが違う動きはしたのですか?」
「しようとはしたが、出来なかったが正しい。」

廻廊のいや、理自体がそれを拒んだ。つまりはそういうことだろう。

「でも見てすぐに安心したから正直もうお役御免かと思っているくらいだよ。」
「そうです?そこまで?」
「酷いものだったよ。最初から、最後まで。ずっとずっと。」

君らが来た時くらいだよ。あんなに目が輝いていたのは。

「目に光など入れない。暗闇の中、じっと耐える。
息を毎回する回数ですら、怒鳴られ怒られていたからね。」
「…そんなことを、」
「父親ではなく母親の方だったが、アレは悪魔みたいなものだった。」

冷めた目。視線は何度も変わらない。
何時かきっと、きっと、迎えに来てくれるから。
そうくしゃりとした笑みで、悲しそうに笑って泣く子供。

ソレをじっと見つめて頷くことしかできない。

「僕が見てやらないと、あの子は床に寝転がって
そのまま息を引き取っていただろう。
部屋の隅で、じっと、ずっと。耐えて。」
「…前にウイスさんが仰っていました。
11番目の廻廊時、メルさんが食事を拒んでいたのです。
椅子に足を置いて座って、数ミリ程度かじって呑み込み、
しまいには部屋の隅で食事をしたり、その場で食べなかったとか。」
「……明らかこっちの食事だな。」

やはり、

「それくらいならまだ良い。」
「…それ、くらい?それがですか?」
「食べた様に嘘を付いたり、
食べる時無理矢理顔を変えて食っていたからな。
最初は怒られていたが、上手く出来る様になってから
次第に怒鳴られる回数は減って行ったが。」
「……な」
「へらへら笑うのは突拍子もなく怒鳴られ、
その積み立てた自信を蔑ろにしたやつらのせいだろう。
適当にせずに食事をちゃんと取り出したのは奇跡だ。」
「……その方はどちらに」
「知らない。生まれ変わったか、はたまたこちらに来たか。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「まだわからないよ?君が想っていることとは。」

だが、もしそうならば。それは最悪ということだ。
いや、寧ろ彼女にとっては救いなのかもしれない。

愛されるはずの母親に、愛を貰えず死んでしまうのだ。
手を伸ばしても地獄、放しても地獄。
その中で、悪魔でもあろう者に、手を伸ばし、言うのだろう。

どうか殺して。

貴方の腕の中で手で、この罪が償われるというならば。

それこそが、私の救いに、なってしまえばいいと。

笑って受け入れるのだろう。

「…ま、忠告は聞いておきます。」
「にしても意外だなぁ。」
「え?」
「いや、あいつの好み。知ってる?
あいつは悪い奴も良い奴も好きになる。
なんなら最初嫌な奴なのに最終的に好きになってるだって。」
「そうなんですか。」
「お前のこと毎回嫌がって愚痴ってたからな」
「ぶっ」

むせるむせる。そりゃむせるわ。
本気かと思って顔を上げると、
顔が座っているのでどうやらそうなのだろう。

「それで?」
「顔は良いけど中身腹黒いってコメントが全部同じ。」
「よろしい。後で少々お尋ねしておきましょう。」
「…程々にな。ま、それでも一途なのは変わらないって本当だね。」
「え?」
「最後は決まってお前を好きになって終わっている。
なぁ、一番目の死って、お前知ってるか?」
「…そういえば、演奏会の途中に抜け出していただけですが、」



「あいつ、食べ物食べて死んでいるんだよ。」



その言葉に、喉が詰まった。声が出なかった。


「…は?」


「後から聞いた話だけどな。
演奏会の前に間違えて食べちゃいけない食べ物を食べたらしい。
お前らが移動したあの時間あの瞬間、
あいつは何度も同じ食べ物を食べて死んでいる。」

きっと食べるのをチビチビ食べていたのは
アレルギーがあるかどうかを判断していたのだろう。
そして、演奏会にお別れを言ったと同時のその最期。

何度も何度も繰り返され、犬は置いて行かれてしまった。
その数年後、彼も息を何度も引き取り、夢を見たというのだ。
メルが翼を持って、迎えに来てくれる、そんな夢を。


「…待って下さい、それってどんな食べ物かわかります?」
「いや、流石に其処迄は…ただ、
小さな丸い果物だったとは聞いている。
三文字か七文字程度だったはずだが…」
「いえ、ソレだけでも十分な情報です。ありがとうございます。
一応こっちでも食べさせない様にはしましょう。」
「助かる。」
「此方こそ、寧ろそうでしたか…だから食べなかったのですね。」
「そいつには悪いことをしてしまっただろうが」
「いえ、聞けばすぐに分かってくれると思います。」




+++++++++++


「と、いうことでして。」
「…成程、そういうことでしたか。」

それは酷いことをしてしまいましたね。
そう謝るウイスに、サワアは仕方がないと答える。
此処は第七宇宙の破壊神ビルスが住む場所。

流石に呼び出して言うには悪いと思ってサワアがやって来たのだ。

「にしても、アレルギーですか。なんとまぁ脆いものですね。」
「流石に身体の細かいところまで浄化すると、ねぇ?」
「ええ、存じ上げていますよ?デメリットの方が大きすぎる。」

一度回復すれば身体がソレを認知する。
そうしたら機能を上手く稼働できなくなり、
メルが痛い目を見るだけになってしまうだろうとは分かっていた。

まぁ肉体を変えれば別に済む話ではあるのだが、
流石にコロコロ変えるというのもまずい。

「だからあれ程行儀が悪かったのですねえ〜〜。」
「笑って居たのは怒らないで欲しいという意味だったそうですよ?
ちゃんと貴方の言う事を聞くから。だからどうか怒りを鎮めてと。」
「…随分と酷い環境に身を置かれていたのですね。
そりゃあ嗚呼なっても仕方がないでしょう。」

…寧ろアレで済んで本当に良かったというもの。
本来であれば全神々が総攻撃を仕掛けても
なんらおかしくない程の侮辱である行為。

それを全くしないのは、何も中立的立場だからではない。

単純にメルが泣いて居なくなる方が怖いのだ。
なんだかんだ言って母親は母親。
ミュラリスの母親ではあるが、メルもまた幼子だったのだ。

母親に見捨てられた子供が、別の母親の愛情など、
取れる訳もないのを彼女は何時気付いたのだろうか?
そしてそれに気付いた瞬間、どれ程の痛みと共に
生きるしか選択肢の無い現実に打ちひしがれたことか。

「それで、お兄様はどうなさるおつもりで?」
「流石に喧嘩を吹っ掛けに行くわけにはいきませんので。」
「様子をみて、然るべきの時に、ということですね?
分かりました。一応此方でも策を考えておきましょう。」
「すいません、色々面倒をかけてしまいますね。」
「いえいえ、これしきのこと大差ないですよ。
これはメルさんにお話を?」
「一応してはいますが」
「成程、肝心な所は伏せた、と。分かりました。」

流石に彼女の求めた母親が、彼女を救ってくれた子の親が
まさか自分の子を彼を己を、ずっとずっと傷つけていた元凶だった。
なんてことが現実に明るみになってしまえば、
きっと心優しい彼女のことだ。

そんなことはないと言って庇ってしまい、その隙に死んでしまうことだろう。
そうならない為にも此方で裏から糸を引いてしまおうというもの。

「糸引く生ごみ程には成り下がらない様にしなくてはね。」
「お兄様…洗脳されてません?」
「いえいえ、案外面白いものですよ?」

実に人間の思考は興味深い。

「ま、何方にせよ遅かれ早かれ私も人間になります。
その際はすいませんが」
「分かっておりますよ。
我々が貴方の後押しをさせて頂くことになりましょう。
存分に、あのお方をお守りしてやって下さい。」
「頼みました。では私はこれで。」


ええ、そう言ってウイスは席を立ち、コルンを送ることにした。