蜜陽炎






…りました。

……ですね、はい。

『……ん。』
「あ、起きましたか。気分はどうです?」
『ここ、いっ』

急に起き上がるからですよと言われてそのままベットの中に戻される。
あれからどうなったんだと思っていると、
その言葉を受取るかのようにコルンが説明してくれた。

「あの後貴方が急に倒れるので何事かと焦ったんですが、
体力の消耗が激しすぎたことから安静にと言われまして。
現在はあの日から三日間くらい寝込んでいらしてましたよ。」
『え゛』
「丸々ではありませんが、一時間一日分と考えても構わないかと。」

えっそれ、寧ろそっちの方が精神と時の部屋感のデメリットでかすぎない?
お得感が全く皆無で笑えないんだけど。

「元々貴方は千年程長い眠りにつく手前ですからね。
徐々に睡眠時間が長くなるのは当たり前と言えば当たり前です。」
「一度起きたら暫くは使わない。使うとしても誰かが居る時にする。
この二つを守って頂ければ、我々もやりやすいので、出来れば守って頂きたいです。」

勿論唐突に起きたものは無しとカウントしますので。
そう言うサワアにはぁいとメルは声を上げる。

「安心して下さい。こう見えても何度も貴方の面倒を
弟や妹達が見に来てくださっていますので。
後でお礼をきちんと言うように。」
『はぁい』
「おや、案外素直ですね?」
『面倒見て貰えてるのは大体分かってるからその通りに動くよそりゃ。』

これ一人でお題とか考えれたらいいのにとか思ったが、それはまだ早いというものか。
いやにしても、面白いことが起きるものだなぁ。

『普通の人生送ってたら絶対在り得ないことしか
今の所起きてないのうけるんだけど。』
「うける?」
『あ〜〜〜〜〜、単純に面白いって意味だよ。愉快愉快。』

下界の言葉と言えばそうなんだが、どうも廻廊一度目の考えが拭えないのが何とも言えない。
気を抜けばこうなるのだ。そりゃあ数十も回数をこなせばそうなるものかと思ったら納得するしかない。

いやにしても、なんでも叶う部屋かぁ。何でもって訳ではないだろうが、考えたらきりがないのは確かであるのだ。

『よっと』
「なにするつもりで?」
『やりたいこと全部紙に書いておきたいなって。』
「それは名案ですね。起きたことも含めて書き記しておいていただけると助かります。」
『でしょ〜?とりあえずサワアの分とマルカリータの分を書いておいて〜。』

出来たとにんまり笑顔のメルである。
叶える部屋と言えばだ。

『出来れば普通の時間に出来ないこととか考えたいよねえ。』
「例えば?」
『絶対人がいる前だと恥ずかしくて出来ない!ってやつをするとか。』
「別にしても構いませんが、其処に記入する時点で終わりでは?」

はっと驚いて固まるメルに、コルンはううんと唸ってしまう。
此処まで知能が低いとは……お師匠もかなり苦労したのだろうか。
いや、単純に外に出るのが早過ぎたのだろう。

知能が上がる様にも訓練はしておいて損はない、はず。
うん、そう、無いはずだ。そうコルンは自分に言い聞かせて
彼女の今後を考えたメニューをメルの隣に座り、計画立てていた。

その姿をみて、もう大丈夫そうだと思ったサワアは
そっと彼等の傍から離れ、そのまま自分の持ち場に戻ることにした。
暫くしてから、コルンがちらりとメルの姿を見てみた。

真剣な顔をして用紙一枚に書き殴っている
その文字は乱雑で、丁寧とは程遠い文字。

日本語を使っている処、どうやら癖で離れないらしい。
何時も言っているのは単純に弟や妹達が無駄な知識を得ない様に。
そして、自分達の秘密が守れるようにと言う意味も含めてだった。

「(これくらい許して欲しいものですね。
…貴方の文字を私だけが知れるというのは。)」

まぁ遅かれ早かれ誰か一人は日本語をマスターしてしまうだろう。
だが、今だけは。二人きりの言葉で在って欲しいと願うばかりで。

『あ〜〜ウエディングドレス着たいなぁ。』
「急に何を言うんですか。あとそのウエディングドレスとやらはなんですか?」
『いや結婚式に着るお嫁さんの衣装。』
「別に着てしまえばいいものを。」
『いや〜〜雰囲気っていうものがありましてねぇ?お兄さんや。』
「…白い部屋の中で着るおつもりで?」

いやそれは流石に無理かなあとメルは答える。
いつか、そう、何時かで良いからしてみたいとは思ったのだ。

『照れちゃうから絶対夢の中でしかしない。結婚式。』
「…きっと皆さん喜んでお祝いすると思いますよ?」
『そうかなぁ〜〜』
「ええ。そうに違いありませんよ。」

そういつもよりも優しい声で返すコルンに、
メルはえへへと嬉しそうに無邪気な声で答えて笑う。

「人間同士が契りを交わす場だと聞いたことがあります。」
『逆によく結婚式知ってるね?誰に聞いたの。』
「前に会合で。フェル様らがお話していましたので。」
『あ〜〜リキール様と契り交わしたいのかあ〜〜??』
「っくくく、そうだと仰ったらどうするおつもりで?」

まさか飛ばしておいて戻すおつもりですか。
まぁゆくゆくはそのつもりかなあ。
そういうメルに意外だとコルンが目を丸めて答える。

『そう?』
「ええ。てっきり向こう側に持ち場を設けることばかりだと思いまして。」
『私が次の、三期に正式な形で入ればね。全員連れ戻してこの場ではなくて向こうの方を調整するつもりなんだよ。』
「むこう、とは。まさかアストランティアのことですか?」

そう、惑星アストランティア。別名華神らの故郷とも呼ばれる処だ。
あの星はかなり広い惑星になっており、四季をモチーフとした区画もあるくらい。
出入口は中央。四方に四季が永遠と続くその惑星は、とても綺麗な場所。

コルンらと移動した所は東側だから、夏に近い場所だった気がするが。

『原初は春。引継は夏。最果ては秋。終焉は冬に移動させる。』
「その量を管轄するとあれば、かなりの気を消耗するのでは?」
『そのための訓練、でしょう?付き合ってくれるんでしょ?お師匠様。』
「…おやおや、これは気合を入れて叩き込むべきことですねえ?」

一体どれ程の時間が経てばいいのやら。
そう笑うコルンに、えへへとメルは笑って答える。

『リキール様とフェルの子供絶対今瀬で見たいもんねぇ〜〜だ。』
「既にくっつく前提でお話しますねぇ?」
『絶対くっつく。恋のキューピッド役しよ?お師匠さまぁ〜』
「私はしませんよ。そんな面倒事の種なんぞに。関わりません。」
『いやいや、持ち場の破壊神様ではありませんか。』
「だとしてもです。リキール様やフェル様が
お望みであれば自然とことが運ぶだけのこと。」

私はソレを見守るだけでいいですよ。
そう言うコルンに我先にと言わないのだなぁとメルはふと思っていた。
案外コルンという子は面白いというものだ。

強欲かと思いきや、割と消極的だったりする。
意志は強いが、ここぞとばかりに発現するのは、
案外場所が決まっている。

天使らの元や、破壊神らの元では大体声を上げるが
基本的に自分と一緒にいる時はこうして穏やかに話が流れていくのだ。

『〜〜〜〜♪』

急に歌いだすメルに、ふとペンを止める。
トントンと叩いた後、シャーペンを使って軽く指揮を取り出すメル。
その歌は、その人間が契りを交わす時に使用する曲だろうか?

聞いたことのない単語だが、声を掛けるには悪い。
それ程、甲高い声でもない。ただ響かせる、
午後の時間に相応しい様な、穏やかで滑らかな音。
歌なんて歌わない。なんなら人の居る前では猶更。

なのに歌うのは、此処が夢だからだとでも思っているのだろうか?

いや、違う。彼女は心を開きつつあるのだろう。
自分の前ですらも、彼と同じ様にしているのかは知らないが。
プライドの高い彼女が、何処にでもある様な願いを呟いて。

その時を描く様に歌を歌って嬉しそうに思い描いて笑う。


「(…私がソレを手引きしたら、一体どんな顔を見せてくれるのでしょうねぇ?)」

全く、想像に容易いというものだ。
どうせ顔を赤らませて怒って腹を叩いてくることだろう。
そうして嬉しそうに、でも照れくさそうに笑って
そのまま感謝の言葉を述べてくれることだろう。

ありがとう、と。

澄んだ気を持った、天使の様な元天使の子。
人間と天使の狭間に位置する彼女が、穏やかな時間を過ごす。

この時間がずっとずっと、続けばいい。
酷い時間に落ち続けていなくていい。

その願いが沢山叶ったとしても、此処に居続ければいい。
貴方はこれからもずっとずっと、ずーっと。

「我々の傍に居続けてくれるのですから。」
『ん〜?何かいった?』
「いいえ?なんでも。」
『何かいいことあったの?』
「ええ。現在進行形で、ね?」

メルの髪の毛がひと房垂れたのを見かねて、
コルンはその髪を手に取って軽くキスを落す。

ぽんと顔が赤くなるのかと思ってやってみたが、
どうやらそうは上手くいかないらしい。

『〜〜〜っへへ』
「…っ」
『あ!照れてるぅ〜〜!!コルン様が照れてるぅ〜〜!!!』
「ば、なっ、て、照れて等おりません!!」

焦るコルンに、メルはそんなことないもんと
机に寝そべりながら答える。

行儀の悪いことをなさらないでと怒るコルンに
嫌だと言わんばかりに頬を机に擦り付けて言うのだ。

だってこうしたら、貴方は私を叱ってくれるでしょう?

なんて。まるでしなくなれば見向きもしなくなる様に。
そんなこと、在り得ないというのに。
彼女は良い子で在り続けて、その先に待ち受けていた時間は、一体どんな場所だったのだろうか?

良い子で居られた時、彼女を見てくれた人は存在したのだろうか?

ふと思った。サワアお兄様に約束を交わして、
良い子で居なければとずっとずっと耐え続けていた彼女。

誰もが「良い子」だとレッテルを貼って、
「良い子」になれたというのに。

何時まで経っても彼は迎えに来てさえくれなくて。

その時間を何度も何度も何度も何度も繰り返し続けて。
すり減った感情を気を、一体どうやって取り戻したのだろうか。
ここまで澄んだ気にするなんて、とてもじゃないが元が幾ら良くても
環境が悪ければ悪くなる一方だったはずだろうに。

どうして、そのままで居られたのか。

まさか、貴方は最初から、この場所すらも夢だと思い込んでいるのでは?
そうだとしたら、その白い空白の世界こそが、現実であれと言うのですか?
其処は幻であるというのに、現実など程遠い場所に位置するというのに。

…そうして、貴方は辿りつくつもりだったのですか。
お兄様を本当に置き去りにしたまま。
この地にこっそり帰って来るだけ帰って来て。

その瞬間に泡となって消えて、
その空白に身を閉じ込めさせているというのですか。

「…もし、」
『ん?』
「もし、結婚式に出るならば、どんな衣装を着飾るのですか?」
『え〜〜?そうだなぁ、やっぱり白の長いウエディングドレスが一番だよねぇ。』

女の子は皆憧れるよ。
そうなのですか?
そうそう。天使らは知らないけど。人間はね。

『ねぇ、知ってる?コルン様』
「なんです?」
『白っていう色はね、清楚や純粋、純潔などのイメージから
「貴方の色に染まります」って意味を持ってるんだよ。』
「ほぉ?それはそれは。愛らしいことを仰るのですねえ?」
『黒色は「貴方以外の色になんて染まりません」
青色は「永遠の幸せ」とかの意味があって、
ウエディングドレスって奥が深いんだよお?』
「本当に人間は照れくさいことばかりするのですね。」

全部着ちゃいたいと笑うメルに、
きっとお似合いになると思いますよとコルンは答える。

『へー意外。コルン様の事だから
てっきり一着になさいとか怒ると思ったのに。』
「貴方ならどんな色を着ても似合うでしょうし。
それにすべての色を試着して見せまくるに決まっていますからね。」
『わあ〜〜ばれてら!!!』
「っくくく、そりゃあこれ程良くお傍に居させて貰えれば、ねえ?」

そう軽く頬に手を触れると、
嬉しそうに目を閉じてきゃ〜と笑って首を横に振る。
つついてやると片手だけで遊び出すのだ。
両手で自分の手を取って、目をコロコロと変えて。

本当に、自分だけの者になってしまえばいいとさえ
思ってしまうくらいには、愛らしくて仕方がないというのに。
そんなことは許されないのだから、仕方がないというもの。

『オレンジ色の花冠も作らないとね。』
「オレンジ?また何故色を固定に?」
『神話でとある神様がとある神様との結婚の際に
オレンジを送ったって逸話が残されていてね?』
「ほお?」
『オレンジの花は白くて甘い香りがすることと、
繁栄と多産のシンボルとされてて、うちのいた世界では
花嫁がオレンジの花を頭に飾る習慣があったそうなんだよ。』
「そんなものが伝わっていたのですか。」
『うん。もっともオレンジの花の咲く時期がとっても短いことから
大抵のオレンジの花飾りは造花なんだけど、
「枯れない」から代々受け継がれてるんだって。』
「造花だから「枯れない」と来ましたか。」

そう、この花はとても綺麗で凄く柔らかい印象があるのだ。
だから何時か。花冠を作って、その頭に乗せて貰えたら良いと思う。

『ルトって泣くかなぁ。そうなったら。』
「この場合はメル様がお兄様の方に嫁ぐということになるのですか?」
『ん〜本当は逆なんだろうね。でも今やるなら嫁ぐ方が嬉しいかも。』
「何故です?」
『だって弟や妹がたぁくさん出来るんだよ?』
「おやおや。そう言わずとも、とうの昔から貴方を心待ちにしていましたよ。」

きっと呼んで欲しい子が大勢いることでしょうし。
うわあ〜〜〜本当にしたくなってきたじゃん!!困った!!

「いっそのこと現実にしてしまえばいいものを。何故とどまるのです?」
『……ん〜〜、内緒。』
「…そうですか。」

本当は、気付いているというのを、彼女は知ってるのだろうか?
曲がりなりにも天使。兄である彼がしていたことくらいは分かっている。
メルが気にしているのは、仕えているヘレスの気持ちを汲んでということだろう。

もし自分がヘレスだったら。その痛みに押し潰されてしまいそうで怖いとさえ思うだろうが。
きっと彼女ならそんなことで泣いて居なくなったりしないことだろうし、
それにこうなることを最初から分かっていて、猛アタックしたことだろう。

だからそんなこと、考えなくていいというのに。
絶対に現実ではしないと今此処で誓うのだ。

ウエディングドレスの衣装を軽く描きながら。
帰った彼を想いながら、その景色だけで満足させようとする。

「(時期を見計らってやってみたら、とんでもないことになりかねませんねぇ。)」

それこそマルカリータとヘレスが協力すれば大事になるだろう。
何だかんだ言って彼女らはメルの事が大好きであるのだ。
二人ともサワアの事は知っているし、何なら長い付き合いでもある。

その為にあれよあれよと色んなことを叩きこむことだろうし、
ソレを止めに入らねばならないこっちの身にもなって欲しい。

まぁ、結婚式などしなくても、既に入ってきているみたいなものだが。
形を作ってしまうのもまた、一つの手だろう。

「他に何をなさりたいので?」
『ええ?ないしょ〜〜!!』
「おや、それもですか。」
『うん!!楽しみにしててね?』
「…そうですね。楽しみに、しておきましょうか。」

もしも、白い部屋の中で泣き続けている彼女がいるとするならば。
どうかこの子と私らが行くから、泣き止んで欲しいと思う。
こんなにも温かな時間があるのだと。言い聞かせにいければいい。

そうして、元ある場所に戻してしまわねばならない。

酷だろうが、それが、現実ではあるのだ。
恐らく、もう彼女の望む世界など、何処にも

『はやくあいたいなあ』
「メル様……」
『どんな世界を辿ったのかなぁ。私。』
「…余り干渉すれば貴方まで消えてしまいかねませんよ?」

そうなったらこっちとてただ事では済まされないもの。
今はなんとかなっているが、貴方が消えたら
少なくともサワアお兄様が消滅するだろう。

正確には消滅するような掟破りを行いかねない。
時間を移動するならまだ良いが、
普通に其処ら辺の人間を本気で殺しに行って消滅しかねないのはある。
正直其処が怖いからこそ、天使の役を務めさえているというのを彼女は分かっているのだろうか?

寧ろヘレスを足枷にさせてるくらいにはあるのだ。
それくらい彼女の位置は、非常に重要というものなのに。
この子という子は、もう歩けば自殺未遂待ったなしの道に走る走るまぁ走る。

正直あの連れ去られそうになった時は肝が冷えた。
隣の殺気と、その本気に、止めを入れないとまずいとすら思ったのだ。

何故なら、彼が彼女の目の前で消滅した時が真の終わりであろうから。

その瞬間、彼女の核が崩壊への切り替えから二度と戻らなくなるだろう。
例えドラゴンボール等で戻したとしても、その事実は変えられない。
変えられないことが起きた時点で終わりなのだ。彼女からすれば。

一度自分の手で葬ってしまった事実はぬぐえない。だから破壊する。
自分という存在すらも、彼が居ない世界なんて生きれないのだからと。
帰って来た意味なんて、何処にも存在していないと言い聞かせて。

「(お兄様が居なければ、貴方はすぐに死んだも同然だというのに。)」

逆に言えば、サワアが居るからこそ、メルはこうやって穏やかに暮らしているというもの。
もしもサワアがヘレスに恋を移していれば、それでも報われないし、
かと言ってサワアがメルのことを忘れてしまっていても、恐らく報われない。

サワアがメルの事を想うからこそ、メルはこうして穏やかに生き続けられる。
泡という息を吸って、ずっと生き続けていられるというものを。

彼女らは、その状態を知っているのだろうか。
恐らく、知らないのだろうな。

嗚呼知らなくて良い。そんなことは、なんにも。

『ヴァドス様はマーメイドでも絶対似合う。でもAラインとかも捨てがたいなぁ。
マルカリータは絶対ミニ丈。いやでもAラインもあり。もう全員Aライン着させる???』
「何とち狂った話をするんですか。」
『あいた』
「全く、そんなことをなさればどうなるかくらい、少しは想像つくでしょうに。」
『えへへ、だってえ〜〜。』
「…いつかは、したいのでしょう?その時の為に、ご自身でお考えになられては?」
『え?』
「きっと自分で考えた方がお兄様もお喜びになられるでしょうし。」

私は聞かなかったことにしておきますから。
そう言うコルンにメルはクスリと笑って答える。

確かに、それがいいと。そう言って。