この世界の誰よりも
「っメル様…!!」
「安心して下さい。無事終了しました。」
よくやりましたね、そうサワアがコルンを褒める。
メルはぐったりして気を失っているらしい。
ちらりと繋がっていた膣の方を見ると、
中央にひし形のマークが二つ施されていた。
外側のひし形は先に続くように蕾らしきものがみえているが、
このまま育って行けば、一体どのような形に変化するのか。
「お兄様、流石に少々無理やりすぎやしませんでしたか?
幾ら何でも其処迄急ぐことでは…」
「この子を其処迄見ていないからそう言えるのですよ。
これくらいどうってことないはずなんですがねぇ…
割と大袈裟に言って話を逸らす癖があるもので。」
偶に本気だったりするので、少々見分けつかなくて。
まぁ甘やかすのは致し方がありませんので。
そう言うサワアに、そうですがとコルンが唸る。
「にしても暴れましたねぇ〜?
私も割と力を入れて抑えてしまいましたよ?」
「痕にのこらないですますよね?」
「ええ。すいませんお二人とも、ご協力感謝します。」
「いえいえ。お役に立てて何よりですよ。
それよりコルンさんも仰いましたが、本当によろしいので?」
「ええ、此処からは我々で何とか対応出来ますので。」
すみませんいえいえ。
そう言って彼らが消えて居なくなる。
紋章は綺麗に彼女の身体に染み込んでいるのを見て、その場所を触る。
「すみません、どうか、許して下さい。」
私は貴方をもう、手放すなんてしたくないのです。
そう言うサワアに、お兄様と声を掛けるコルン。
ただでさえサワアとて忙しい身。これから元の宇宙に戻る。
後を頼みましたと言うサワアに、分かりましたとコルンは答えた。
++++++++++
目を覚ます。誰も居ない。
ポロリと涙が零れ落ちていくのを、笑ってしまうことすら出来ない。
嗚呼、架施を一度変えたのもあって、感情が収まらない。
それに気付いたのかドアのノックもせずに部屋に入って来た彼に目を向ける。
「泣かないで下さい。」
酷いことをしてすみませんでした。
そういって優しく抱きしめてくれるコルンに
いいよとメルは声に出さず答えてやる。
寂しくなってしまったのだ。
あの時間と同じようだったから。
ソレが伝わったのか、コルンの腕に力が入る。
嗚呼、貴方まで怒りを想うなんてしないで。
持ち合わせてはいけないの。こんな痛み、知らないままで。
「…どうして其処迄その手を振り下ろせるのですか。
これ程の痛みを知って、怒りを振っても許されるというのに。」
父も母も居ない。あの時間は幻想だった。
胸の痛みが酷く続いて、涙が止まらない。
静かに泣いて、その涙を忘れさせるようにしていた。
確か離婚した時もそうだった。
ルメリアに突き放され、ルトラールに身体を落とされて。
落ちた先でも、目覚めたら誰も居ない。
ドンドン私を知った者が私から離れていく。
酷い運命に足を踏み入れて堕ちていくのが怖くて。
だから自分が悲鳴を上げなければ終わると思った。
そうして痛みを快楽に誤変換させて、架施を施したというのに。
それを流れに身を任せて外してやったのを今酷く後悔している。
そうしたらコルンはこんな痛みを知ることもなかった。
「…っ、知らなくて良いのは貴方の方です…!!!」
いい子だね。コルンは。私の罪をそうやって優しく撫でてくれるんだ。
無知というか、知りたくないから目を背けた私は罪人。
そうでもしかければ、どうしてこうなっているというのか、分からない。
ずっとずっとなんてね、在り得ないんだよ。
隣に居てくれる時間をふと想像しては、切り崩していく。
壊れたパズルを元に等戻せるわけもない。欠けている処が多すぎた。
サワアと二人の花冠に隠されたその時間。
隣で一緒に笑い合うその時間を、見つめて固まった。
メルがどうして人間で在り続けるのか。
ゲームセンターと呼ばれる遊戯の画面に、その一瞬だけ、
額を付けて泣いて絶望に打ちひしがれている、酷くやつれた子供。
目が黒くよどんでいると言うのに、
その気は何処までも澄んでいる。
酷いくらいに澄んでいるから、嫌でも彼女だとわかる。
貴方はずっと、この場所を望んでいるというのか。
そりゃあ、サワアお兄様も嫌がる訳、か。
「…そこに戻りたいのですか?いや、其処に戻るのが、怖いから。
だから我々とそうやって距離を取り続けると?」
こくりと頷くメルに、嗚呼と心の中で声が漏れる。
震えるその身体は、今此処に居るのは、彼女の本心その者。
此処まで声を出さないくらいに、酷く怯え続けていたのか。
そりゃあ彼等も守ろうと過保護にもなるというものだ。
下界の人間どもに、酷く傷つけられたこの子に。
処罰を下したい気持ちを押さえつけるしかない。
そうしてやってしまえば、この子が泣いて嫌がるだろうから。
その手を染めなくて良いと言ってくれるだろうから。
サワアはこの気持ちを、先に知ったと思えば良く今まで
耐えているなと心の底から兄を尊敬のまなざしで見つめるしかない。
こんなことを知ってしまおうものならば、
少なくともマルカリータ辺りはそっと物騒な物を片手に乗り込むだろうな。
静かに泣き続ける彼女に、コルンは背中をトントンと叩きながらさすってやる。
「あまり目を擦らないで下さい。痕になりますから…」
『っふ…っ、』
「…声を出せない、いや、出したら怒られたから。ですか。」
俯く彼女に、どれ程痛めつけられたのかすぐにわかる。
サワアが繋げたのが今とても効果を発揮しているから。
直接脳裏に伝わってくる映像に、
正直ブチ切れそうな気持ちではある。
この女をどう懲らしめてやろうかと思うくらいだ。
明らかルメリア様ではないことは分かる。
だが、良くこの女、見てみれば誰かに似ている気がするが
…何処かで在ったことがあるだろうか?
いや、流石にないか。
というか、これ良く耐えられたというもの。
「…貴方本当に人間ならこんなのとうの昔に死んでいますよ?」
寧ろ人間ではないから、耐えなければいけなかったのか。
それはそれで、酷すぎるというもので。
廻廊に居た時間の、彼女が見てきた時間が脳裏を徐々に埋め尽くしていく。
そりゃあフィズの時に嗚呼やって距離を置こうとするものだ。
あの時は本当に悪いことをしてしまった。
もう少しやりようがあっただろうに、切り離そうとしたのは良くなかった。
彼女の視点からしたら「ほぉら見たことか」と言う声が酷く胸を抉ってくる。
これは、誰でもキツイ。考えなくて良いと言いたいが、そうはいかない。
魂に刷り込ませてきた彼女は、此処に戻って来た。
一人になりたいのはこの気持ちをとにかく落ち着かせておきたいから。
そうしないと何時自分達にバレるか分からないから。
まぁサワアにバレた以上は隠し事なんて出来る訳もなかったのだろうが。
「だとしても、いや、普通にお父様でもこれを知ればお怒りになりますよ…。」
絶対に言わないと誓う。というかサワアも恐らく言っていないだろう。
こんなことが知れたその日には世界の終わりだと思ってもいいくらいだ。
ルトラール様らが良く落ち着いているのは、
恐らく似たようなことを受けたからだろうと踏んだ。
そうでもなければ、あんなに嫌そうにならないでと
酷く縋る様に頼み込むことはしないはず。
なら、ティーナ達はどうなのだろうか?
そう思えばメルが声を出してくれた。
『…ティーナたちは、華神だから。願うだけでおしまい。
華樹神になる人だけがコレに入る。』
まぁ成れなかったらただ死ぬだけなんだけどね。
そう言う彼女の声は生気を持っているように聞こえない。
穏やかに笑って居た昨日までの声は何処にもない。
それは、今までずっと隠し続けていた本性であって。
全く癒えてなどいなかった。
大丈夫だと笑って嬉しそうに笑って居たのは、
あんなの真っ赤な嘘だったのだ。
本当は誰よりも何よりも救いを求めて縋り付いていた。
何処にも行かないで。此処にずっといて欲しい。
でもそんなことは叶わない。彼等は持ち場がある。
私とは違う、生きる場所がもう、違うのだ。
そう言い聞かせる声がずっとずっと脳裏で響き続ける。
此処まで言い聞かせ続けて、あの表情が出来るのか。
そりゃあこっちの方に引きこもるというものだ。
だってこっちならばこんな感情等誰も知れるわけがないから。
全王様や大神官様ですら、彼女の心を探ることなど出来ないそうだから。
そりゃあ自分達も心を探ることなんて出来るわけがないものだ。
「大丈夫ですよ、今は沢山泣いていて。」
私が此処にいますから。そう言うと、すぐさま彼女が否定する。
嘘だ、そんなの在り得ないと。どうせこの身体から離れてしまって一人になると。
隣に一緒なんて、夢幻ですら居させてやくれないと。
随分と酷いことを自分に言い聞かせるものだ。
流石に黙っていられないのだが、その目を見てすぐにそんな気も失せた。
何処も見ない。誰も見ない。ただ視線を落とすだけ。
先など見ていない。過去も未来も今ですら。
そっと目を閉じて、その時間に身体を委ねるだけ。
繋がっているから尚の事分かる。この子は見た目以上に酷く優しすぎる。
それが仇となり、自分のことを痛め続けているのだ。
自己肯定感を殺し続けていたら
再生する暇すら作らせない速度なのだ。
そりゃあ攻撃を繰り出す瞬時の的確な意識も碌に育たない訳で。
だから彼はあんなにも甘やかしていたのか。
確かにこれは甘やかして自己肯定感を
とにかく回復させるしかさせれないというもの。
それでも対等に見て欲しいと強く願うのは、まぁ、仕方がないか。
華樹神のシステムを作った者に色々問い詰めたくなるくらいだが、
単純に偶々この子が酷い時間に落ち続けてしまっただけだろう。
幼いながら、その身を投げてしまったが故のこと。
「はぁ……確かにこれは先が思いやられますねえ。」
『…』
「ええええ、分かっていますよ。
貴方のお母上を傷つけることは致しませんし、
大神官様にも言わない様にしておきますから。」
なので安心して下さい。
貴方が選んだ様にこのコルン、約束はきっちりと守りますので。
寧ろ私を選んで下さったことが誇らしいくらいなのだ。
この子のことが知れた分、尚更メニューを大きく変えた方が良いだろう。
通常のメニューも良いが、これは確かに…酷いというもの。
画面越しに、その時間しか見れない。
11回目…いや12回目では我々が辿り着いたあの瞬間、
彼女の目に絶望と希望が入り混じって、夢だと思わせるしかなかった。
ある意味残酷なことをしてしまったのだろう。
彼女自身が、決意をした瞬間でもある。
この子達が私の様に酷い時間に触れない様に。
それはまるで、自分を見ている様で、嫌にもなりそうになる。
コルンとて、メルが付けた呪文のように、弟や妹達を守る為にも
危険な翻訳機能から何から何まで消し去った張本人だからだ。
メルが酷くコルンらの面倒を見てくれた理由が漸く分かった。
そりゃあこうもなる。というか、
よくぞ耐えて此処まで完成させたというものだ。
本当に偉いと思う。サワアお兄様といい、貴方と言い、本当に、凄い。
「今まで本当に、よく頑張りましたね。」
あとで花丸を上げてしまいましょうか。
そう言うコルンにいいよとメルは呟く。
きっと貰ったとしても、今ではないから。そうでも言うのだろう。
嬉しそうに花丸を見せる子供に、母親が見つめて笑うのが見えた。
当たり前に起きる時間。ありふれた幸せを子供が噛み締めるのに、
目を覚ます様に、悪夢が降り注ぐ。
いや、こっちが現実なのだろう。
花丸を見せても母親は見向きもしない。
それどころか気分を害されて酷い仕打ちをする始末。
自分のやったことは、何も生まない。
寧ろ酷い結末ばかりを産むだけの、忌み子だと言い聞かせるしかない。
そんなことはない。努力した結果が実ったというもの。
あれ程努力したらそりゃあその結果が結び付くと言うのに、
自分の感情だけで彼女の努力を踏みにじった。
嗚呼だから、友人らや私達に此処まで優しくしてくれるのだろう。
こんな感情誰も見て欲しくないから。知られたくないから。
そんなことがあったことなんて、みせない。
…そりゃあアルトリア様も、彼女をずっと見守るわけだ。
向こうの世界に、幼馴染として生き続けた
彼女の目が虚ろになったのを今でも覚えている。
こんな酷い状態を間近で見ていたら、あれ程過保護にもなる。
「大丈夫ですよ、此処には貴方を傷つける者など何処にも居ない。」
でも、それを望んでいる訳でも、貴方はないというのですね?
何処までも澄んだ者。これ程の清らかな気を持っていたら、
そりゃあ酷い時間に耐えきれるわけがない。
自分を切り捨てて、兎に角痛みを自分に向けて回すようにもなる。
寧ろ良くそれに早く気付いて回したというものだ。
画面越しに映る、愛おしい彼の姿を見て涙を流す。
それ以来時々見て、ふと神々の戦いを見ていて身体が止まる。
ヘレスが出てきたときくらいの二人が、とても朗らかで。
もしこのまま帰れば、彼等と会うことになるかもしれない。
自分の居る場所を、彼女が持ってくれている。
嗚呼それなら、本当に帰ることなんて、しなくていい。
首を絞める…おやめなさい。それ以上痛めつけなくて良い。
涙を流して、首を横に振って否定する彼女もいる。
そんなことはない、きっとサワアのことだから、そんなことしないと。
でももし、もしも万が一、そんな状態だったら?私はどうすればいい。
殺せ、殺せ、コレを殺せ。何度も何度も繰り返して、痛みに慣らして、
そのままその痛みを献上してしまえばいいとさえ思わせる。
その狂ってしまった思考回路すらも、愛おしく抱きしめる。
ヘレスとサワアがくっついた処を思い描き続け、その痛みを慣らし続ける。
嗚呼だから貴方はあの子の元に戻れとお兄様に言い聞かせていたのですか。
何時かそうなるべきなのだと。
貴方が言い聞かせるのは「ほら見たことか」
と言ってくる彼女の心に耐え抜き勝ち残る為のもの。
言って来た彼女を殺して、その身に余る痛みを絶望に変えて、
魔女になってそのまま消えて散らすだけなのだろう。
自分かサワアから最悪華を奪えば誰にも知られずに
存在事消えて無くなれるから。
理に成って、その時間を画面越しに縋り付くことになるというのに。
本当の孤独に、彼女は目を向けて走り続けてとまらない。
「させません」
貴方は陽だまりの中で笑って居続けるのがお似合いなのです。
そんな場所なんて、絶対にさせるわけがない。
少なくとも彼が見捨てても私が見捨てる訳がない。
一度飼ったものは最後まで面倒をみますからね。
真面目で優しい貴方に名付けられた、この私が。
まあそんなことがあろうものならば、
一度だけでも本気で彼の頬をぶん殴りに行きますが。
それくらい許されてもいいと思います。
その時は今度こそ貴方をこの箱庭に
閉じ込めることになろうことですが、
それはそれで致し方がないというもの。
此処まで酷い時間を過ごしてきたのだ。
いい加減幸せになって欲しいというもの。
隣に、居続けるなんて…それは不可能ではあるのだが。
「…何時か、貴方が塗り替えてしまえばいい。この場所から。」
人間の様に、振る舞えることを許せる空間を作ればいい。
そう言うコルンにメルがそっと顔を上げる。
やっと見たその顔はぐしゃぐしゃで。
嗚呼、愛らしくて堪らなくて、困ってしまう。
愛おしくて愛おしくて、仕方がない。
「其処迄人間になりたいならば。お兄様の言いつけなど忘れてしまえばいい。」
悪い子は手を取ってもらえないのでしょう?
ならば悪い子のままで居続ければいい。
いい子になれず、この場に戻って来てしまった、
こんなの、ただの迷子の子供ではないか。
震えている。
ずっとずっと、その現実が怖くて、恐れて、震えている。
これは数か月や一年そこらで癒えるものではない。
軽く数十年下手したら数千年は考えることでもあるのだ。
結構天使とはいえど、破壊神のおつきから離れている今現在。
昔の自分なら間違いなく今の状態を叱っていただろうな。
だが、こんなのを知っても、そう言い切れるかどうか。
「寂しいなら仰って下さい。出来る限り暇を見つけて会いに来ます。
嫌なら時間を決めてきます。貴方が手を下ろさなくてもいい。」
求めることは、決して悪い訳ではないのだ。
寧ろ我儘なくらいが貴方にとっては丁度いいというもの。
嗚呼きっとお兄様も同じことをしたのだろうな。
何時しかの二人が、脳裏にかすめていくのを見て、目を閉じた。
どうして?そんなこと、わかりきったことを聞いてくるなんて。
貴方にもわかりやすい様に言って聞かせる。
「貴方が私達にしたことの様にとでも言いましょうか?
人間になって、力も分からず前も知れず絶望していた時の様に。」
貴方は手を差し伸べる。それと全く、同じことなんですよ。エフェメラル様。
顔を今度こそ、向けてくれる。きらりと光る、その緑色の目が、徐々に青を染めていく。
嗚呼、まだ、其処を見なくていいのに。狂い咲きというのは、こうなるのだろうか?
青の時間を、早くに見つけてしまった、迷子の迷子の人間が。
天使に捕まって、一人でこの箱庭に閉じ込められているなんて。
物語でももう少し救いようがあっただろうに。
コルンはメルの手を取って、そのまま彼女の後を追わす様に連れていく。