フラワー・マーダー
『あ、きちゃったか。』
そう振り返って笑うメルに、きょとんとした。
その姿は余りにも綺麗で、夢かと思った。
『ごめんね、すっぴー』
「っ…すみません、本当に。すみませんでした。」
ばっと走って彼女の身体を抱きしめてやった。
こんな焦ったのは何時ぶりだろうか?いや初めてかもしれない。
全王様とも入ったであろう空間に、彼女の時間を見てしまう。
『いいよ。大丈夫。だってもう終わったんでしょう?ならいいよ。』
「…貴方、外で何が起きているのか分かっているんですか?」
『うん。だから最初は貴方に。そう思って選んだんだよ?すっぴー。』
「…それはそれは、至極光栄極まりないことですねえ?」
私の嫁に来るつもりですか?
あっっ流石にそれは不味いですって。
おや、別に構わないんですよ?
「貴方が良ければ。何時だって席など空けれるというもの。」
『お兄さんお兄さん。お兄さんのお兄さんが困りますよ?』
「っくくく、あんなもの適当に放置していればいいでしょう。」
『お兄さん?!?!?!?!』
「人間の一夫多妻制など正直神々では通用しませんよ?」
『まって?!?!?!本当にまって?!?!?!?』
「待ちません。」
抱きしめて、その温かさに安堵する。
この子が生きていることを実感し続けて安心しているのだ。
魂が綺麗に、前に見た時と全く同じで、本当にやり切って来たのだと。
「本当に良く頑張りました。よくぞ一人で、此処まで…良く、耐えましたね。」
『す、ぴ、す…?』
「ええ。スピスですよ?エフェメラル。」
誰にも助けを求められずに、よく一人でやり切りましたね。
あんなに泣き虫だったのに。
サワアさんが来てからというもの、
本当に泣かないでいたのを、私はよく知っていますよ。
毎日嫌だろう勉強も隠れてやっていたのも、
自分らに褒められる為だけでもいいからって
手がボロボロになったのを母親に治して貰っていたのも。
その廻廊から帰って来続ける度にボロボロになる記憶と精神に。
何度助けてやりたいかと、何度その身体を抱きしめてやりたいかと。
小さな子供が、悲鳴を上げても手出しなど出来ない。
此方は中立。貴方の時間に、触れることなど許されない時間の位置。
そう言う彼に、ジワリとメルの目に涙が浮かび上がる。
ボロボロと泣きだすメルに、抱きしめていた身体を変化させた。
「貴方が彼女の母体に居る子におまじないを
掛けてくれていたのが功を奏したんですよ。」
『わたしが?』
「ええ。その原因に気付いたのはつい最近ですが。
妙にコルンさんへの術が一向に進まないと焦っていました。
私が出来たのは彼の魂と肉体の器のみです。」
それ以外は何一つしていなかった。
彼女の母体に触れていた子は貴方一人しかいない。
「ずっとずっと。貴方が付けた「コルン」という名に守られていたのだとね。」
『…そんな、そんなバカなことが』
「現に彼は芯を持って行き続けているではないですか。
華樹神に近しい力を持っていたというのに、
ソレをずっと防いでくれていた。
…私からもお礼を言わせて下さい。
本当に子供達を守って頂きありがとうございました。」
そして、守れなくて、本当にすみません。
頭を下げる大神官にそんなと慌ててメルも頭を下げた。
『私もすいませんでした!!!』
「メルさん…」
『私、とっても頭悪くて。後先考えずに
つい自分一人でやっちゃいたくなっちゃって。
サワアとかクス姉とか、頼れる処沢山あっても出来なくて。』
その癖彼女の子供に産まれては
何度もその手を取ろうと必死に縋り付いたというものだ。
『実はすぴ…いや、大神官様が私のことを
見てくれてるって結構最初の方に気付いてたんです。』
「ほう?」
『彼女が黒幕で、私が何度も出会う母親が黒幕だろうということも。』
「っ!!!それは、一体いつ」
『…記憶を何度も消していたのが功を奏したと言うべきでしょうが、
恐らく一番最初の時間軸で既に気付いていたことでしょう。』
こういう勘が鋭いのは私の十八番と言ってもいいくらいだ。
真実に辿り着くのはとても早い段階だった。
『とんでもなく嬉しい誤算は繰り返す時間が戻っていくのではなく、
回数をこなしていく蓄積型だったほうです。
その分記憶を継承出来るアレにも記載されていくのを見ていましたので。』
「記載…貴方まさか彼女の本を?!」
そう。メルは何も数十年足らずの時間だけで
この世界に本を持ってきてなどいなかったのだ。
サワアと同じ年齢とまではいかないが、
その分に近しい程の本を端から端まで書き記し続けていた。
おかげさまでちょっとした書庫にするつもりが
図書館レベルまでの量になるとは思わなかったが。
『ええ。推察の範疇も、貴方達に好意や素振りの仕方らも。
全て日本語で書き記し続けていました。』
「彼女に気付かれたりは?」
『そんなの在り得ません。彼女に出会ったのは
幼少期から二桁に満たない程度の時間のみ。
記載をしていたのはその数年も後で、
彼女とは別居中でしたので。』
勿論定期的に会っていましたが、
彼女は此方の日本語をきちんと把握できていなさそうでした。
お陰様でこっちもある程度捗ったといえばそうなるが。
『まぁ大神官様らを犯人に仕立てるのは申し訳なくてですね。』
「いえ、寧ろその作戦を考えて敢えて嵌めようとしていましたので。」
『…私を守る為に?』
「ええ勿論その通りですよ?
此方に意志が向けば彼女がボロを出すと思いましてね。
必然的に貴方と私の距離は近づくので、
後は彼女が動いて決定的瞬間を見逃さないだけでした。」
そんなことにすら出来ずに、
こういうことになってしまったのは、少々心苦しいんですがね。
そう言って大神官はメルの頬をさすってから、また優しく抱きしめてやる。
「貴方が此処まで力を抑え、
尚且つその力を悪い方向に向けずに走り切ってくれたこと、
本当に感謝しているんです。よくやりましたよ。本当に。」
『…す、ぴぃ』
「ふふ、今は二人きりです。あの日の様に。」
貴方が彼等に出会う、前の時間みたいに。
そう言ってやると、メルの目に涙が溜まり始める。
背中に手を回して、ずっと泣く彼女に続けて話をする。
「怖かったでしょう?彼女が廻廊の一度目にすら入ってきて。
しかも母親になっていたとは…私も想像していませんでした。」
『っふ、うう、す、すぴ、す、ぴい』
「ええ。もう終わりました。貴方が死ぬことはもう、ないですよ。」
その腹を割かれて倒れるなんて、そんな酷いことはない。
「そんなことがあれば私が即刻消滅を言い渡しますから。」
『まってえ〜〜ひどい〜〜』
「っふふふ。まぁ、いずれにせよ、もう彼女はいませんが。」
『え?』
「貴方に何度も痛みを伴わせた挙句の果てに切り殺したのです。
それ相応の処罰を下してきましたので。」
『…そ、っか。』
「嫌でしたか?それでも、あの子と。仲良くなりたかったと?」
うんと頷くメルに、本当に貴方はとため息を吐いた。
この身体だと彼女はとても小さく見える。
何時もの身体で在れば同じくらいにはなるものの、
身長や体格の違いというのもあるんだろう。
髪色の青さも、その瞳の青さも。全てが其処にある。
もう緑色の瞳なんて、一つも残されていない。
青々とした、その瞳に、目が細まる。
「この場所から出る手段は?」
『…。』
「見つからないまま、ですか。
今現在貴方と仲良くなりたい子達が
貴方と一緒に寝てしまわれています。」
『っえ!?!?!?』
「恐らく貴方が考えている全員がですよ。」
『まって結構な人数になってるんじゃ。』
あれべっとたりる?
ふふ、そのつもりで大きくさせてもらってますので。
そう事の事情を説明してやると、そんなことがとメルが答える。
「貴方の推察通りでした。
確かに貴方の事が心配でしたが
私は彼女を見張ることが大前提でしたからね。」
『うう。サワア達怒ってる?』
「まぁあの事情を知れば多少は。
ですが仕方がないと言えば仕方がないでしょう。
貴方が彼女の事情を知って行動していると気付けば
乗り込んでその華を千切ることくらい造作もありませんでしたし。」
私も割と持ち場から離れたりもしていました。
隙は一応無くはなかったんですよ。
まぁ天使らが貴方を見てくれていたので
そういうケースは少なそうでしたが。
「まぁ皆さんと一緒に話して差し上げなさい?
きっと沢山悲しんで落ち込んでいらっしゃいますから。」
『……うん。わかった。』
「あああとそれと。貴方が考えていること全て此方は把握済みですので。」
『へ?』
「…結婚式、楽しみですねえ?」
そう言うとポーンと音が鳴り響く。
どうやらお題は「願いがバレること」だったようだ。
ニコリと微笑み、では、と言ってスピスはメルにキスを落した。
「向こうでお待ちしておりますね?私の愛しているエフェメラル。」
++++++++++
『いや愛してるとかまっああああああああああ』
「何悶えてるんですか。」
『ああああああなんかきちゃああああああ』
「うるっさいですね…いやもうほんと。」
『サワア?』
「なんです?」
生きてる?
それはこっちのセリフです。
『いるよ?』
「…ええ、いますね。」
ごめんね?
ええ。全くです。
そう抱きしめるメルに、
サワアはその小さな身体を少し強く抱きしめてやった。
ふと香る気に、ん?と声を上げた。
「メル、貴方大神官様と先に出会ったのですか?」
『え?何でわかるの?』
「気が貴方から感じ取れましたので。貴方の状態は魂そのものです。
我々の気を浴びればある一定時間であれば残るというものですし。」
にしても声を掛けられなかったのは、今現在回ってると言う事ですか。
そういうサワアに、メルは首を傾げている。
「いえ、此方の話しです。そんなことより怪我はありませんか?」
『物理的な怪我は含まれますか?』
「…いえ、魂の方という意味で。」
『ふふふ。こういうこともあろうかと!!
死亡しそうな出血が起きそう尚且つ
刃物の検知が出れば即刻魂自体は分離して
すぐに飛ばせるようにしていたんですよ!!』
あの場所で記憶があるとしたら殺意を感じ取った時くらいか。
どんな形で死んだとかは正直一切記憶がない。
そう思っていると、ちらりとサワアを見つめる。
「なんです?」
『嗚呼いや…どんな感じで死んでた?』
「それをこの私から言えと。」
『あっごめん。』
「はぁ……腹部をばっさりと斬られていました。」
メルの身体を背中から抱きしめてやり、その腹部を優しくさすってやる。
「赤子を育てるであろう部分を、特に重点的に。
下腹部の多量出血死だと思われます。」
『…多分避けるのミスったんだろうな。其処の感覚は何となくわかる。』
サワアの身体から記憶を辿っていく。
その情景は酷く鮮明で、かつ辛い現実に見えているから。
ぐったりと倒れる自分に、周りが必死に蘇生を促している。
その刃物は、華樹神らの力に寄るもの。
ただでさえ回復が難しい自分の力に加わって
出血を止めまいと力がウイスらの手を拒んでいく。
それをコルンが変わって契りを交わしたのもあってか
幾分か回復が出来た。出来たはいいが、その時間は戻らない。
そもそも魂本体はその場所に存在していないのだ。
まだあると言っていたのは、ただのダミー。偽造そのもの。
それに気付いていたのかは別だが。
『流石にあの刃物で切られてたら魂もひとたまりないだろうねえ。』
私の勘はさえていたというものだ。流石私。
「こればっかりはよくやったと言うべきですかね…。
全く、貴方という子は本当に毎度毎度ひやひやさせてくる。」
『へへ!!こんだけ魂が綺麗だと肉体に戻すのも其処迄難しくないとは思うけど…』
「けど?」
『流石に一度切られた刃物の状態がちょっと気になるかな。』
「…分かりました。調べて分かってから此処に来ると致しましょう。」
『おおふ。とんでもなく長い時間過ごしそうだな。』
千年此処で生きるのでは。
いや、流石にそれは…。
『まぁいいか。この先の事を考えつつ整理出来ると思えれば。』
「貴方本当にこの状況夢か幻か何かと勘違いされてません???」
『え〜〜?そうしたからこうやって救われてるってわかってないの??』
「う゛」
『あっ致命傷負った。』
「変なこと言わないで下さい。」
あんなこと、もうこりごりですよ。
あはは、ごめんってば。
『まぁ在り得るとしたら下界で拉致とかじゃない?』
「ちょっと本当に在り得そうなこと言わないで下さい。
それ貴方達が前に言っていた「フラグ」とやらでは?」
『待ってそう言うから立つんだよ。フラグ。』
「いかせませんからね????」
というか暫く貴方は我々と一緒に行動しましょう?
あっやっぱりそうなる?
「私達の眼が離れた時ばかりこうなるのです。
流石にお父様も何か策を講じるはずですし。」
『中立とは。』
「それはあくまでも下界の人間らに通用すること。
貴方は元々中立外の場所に位置していますし、
何なら貴方の状態は全王様と位置が変わらないとまで来ましたのでね。」
流石にコレ以上のことをさせる訳にはいきません。
えーーーー
「まぁ、戻れるかどうかは此方も考えておきましょう。
その間はどうか此処で暫くお待ちください。」
『あいよ!!!』
「今度こそ、私が迎えに来て差し上げますから。」
『…サワア?』
「ん?どうしました?」
そっと頬を触ってから腰を引っ張り上げて身体に引き寄せる。
メルが此処にいる。この場所にならば。ずっと、生きている。
それが何よりも、心にクるというのを、彼女は知らないことだろう。
++++++++++
「…皆さん起きて下さい。」
そう言ったサワアの言葉に、各々が起きる。
「先程メルと会ってきました。」
「っな!!」
「最初はお父様からとは聞きましたが、他の者達は?」
「メル様からはお兄様の次にとお声を掛けられていました。」
「その次はわらわじゃな。」
此処に居る者達全員に渡ったというもの。
それには少し息を吐いて全くと声を掛ける。
「…貴方という子はどれだけの神を驚かせ困惑させるのやら。」
「一応今後の方針ですが、貴方達何を彼女と話してきましたか?」
「私は肉体の方にあった切り傷の影響を聞いてきました。
すぐにヴァイス様らに連絡を取りに行きます。」
「その件でしたら私も。」
「コルンさんもですか?」
「ええ。我々二人の方が良いと彼女から声を掛けられていましてね。」
「…成程、そう言う事でしたら。すみませんお父様少し席を外します。」
「わかりました。お気をつけて。」
そう言って空に浮いた二人の姿が変化する。
白い翼を広げ、その先にある時空の歪みに身体を消していったのだ。
「他の方達は?」
「謝罪を貰ったくらいです。」
「私も。」
「私もですね。」
「ふむ、そうですか。それならこのまま貴方達も一度お帰りなさい。」
流石にずっと此処に居座る訳にもいかない。
そう言う大神官に、ウイス達も席を外し、自分達の宇宙へと帰還するのを見届ける。
「…さて、と。少々面倒なことになりましたねえ。」